【ちょぎにゃん】年の瀬第32回毎月ちょぎにゃん祭り
お題「年の瀬」
「さみい、にゃ」
口が震えてしっかりと発音できていない言葉を呪詛の様に吐けど、隣を歩く刀には露とも響かないらしく南泉の呟きは木枯らしに溶けていった。
師走に入り幾日が過ぎ、気が付けば世の中は年の瀬と呼ばれる時期に入っている。南泉が所属する本丸では先日始まった年末年始恒例である連隊戦でどこかばたついていて、それと並行に大掃除だの年越しの準備だのとどうにも慌ただしい。
南泉も今日は朝早くから打刀の交代枠として幾度も戦場に向かっていて、午後は夕餉の厨当番までに出陣の疲れを癒すためにゴロゴロする予定だったのだ。現に自室でゆっくりと過ごしていたところを、朝から年越しに向けて書類整理に駆り出されていた長義がふらりと訪れ、博多から預かったと言う甲州金の入った巾着を見せたのだった。
いわく、連日出陣詰めの刀剣たちを労うための団子や幕の内弁当を買って来てほしいと言ういわば使いを賜ってきたらしい。朝から机に向かいっぱなしの長義に対する配慮の様にも思えるが、荷物持ちとして同伴することになった南泉からするとどうにも勘弁してくれという気持ちの方が大きいのだが。
師走も半分が過ぎると、朝晩だけでなく日中も随分と冷え込むようになった。それは人の身の中心まで凍えそうなほどの寒さで、元々寒さに強くないという自覚はあったがここまで堪えるとは流石に思っていなかった。戦場では集中していることもあり寒さなど気になったことはなかったが、どうにも戦場から一歩離れると駄目だった。
着替えるのも面倒だと内番着姿で出ようとする南泉にそのままでは寒いからと、主を筆頭に他の刀たちまでも(一部は面白がって)外套だの衿巻だの耳当てだの手袋だのと防寒具を渡されたが、屁の突っ張りにもならず相変わらず冷たい風が南泉の身を凍えさせていく。
「君ねえ、顕現したての刀剣じゃあるまいしいい加減慣れたらどうだい」
「慣れるもんなら慣れたいとこだが、こんなもん慣れの問題じゃねえだろ」
隣を歩く長義は南泉とは違い装具を外した戦装束に、南泉が着ている外套とは全く違う薄手のものを一枚羽織っているだけで特段寒そうな素振りもしていないが、こいつは格好つけなので南泉を揶揄うためだけにこんな薄着をしているのではないかと思えるほどには薄着だった。
「その格好でよく動けるね」
「動くったって歩くだけだろ」
「まあ今遡行軍に襲われる心配はほとんどないだろうけど、今から君にはいつもとは違う戦場に行ってもらわないといけないんだけどね」
「いつもと違う戦場?なんだそれ」
「端末一つで購入が可能な商品をわざわざ万事屋街に訪れてまで買いに来るなんて変に思わなかったのか?」
「……げ、嫌な予感」
「残念ながらその予感は大当たりだろうね、もう少ししたら先着個数限定の大安売りが始まるそうだよ」
にこやかに鬼のような事を告げるこいつは、夏のあの大惨事を忘れたわけではないだろうに人の心がないと今の気温にも負けない冷えた目線を送れば、刀だからねと南泉の心を読んだかのような答えが返って来て、苦いものを噛んだような心地になる。
「夏の連隊戦のときも、安売りだって駆り出されて大汗かきながら並んで押し合いへし合いして突っ込んで行ったのに、数人前で売り切れただろ」
あの時も白羽の矢が立ったのは長義と南泉で、しかも実働したのは南泉だけだったのだ。他の本丸の審神者もいる中で押しのけて進むと言うのは長義には厳しかったらしく、早々に離脱した上で南泉には何が何でも手に入れて来いと言う無理難題を吹っ掛けていたが。
結局徒労で終わったあの出来事を忘れてはいないし、切羽詰まったよその審神者の形相はなかなかに怖かったのでもう二度と行きたくないと思っていたのに。
「リベンジが早すぎる、にゃ」
「今回は暖まっていいんじゃないかな。ほら、短刀たちが冬になったら遊んでいるだろう?おしくらまんじゅう、だったかな」
「あれは短刀がにこにこしてキャッキャ言いながらやってるから見れるのであって、図体のでかい成りでやってもちっとも笑えねえし、そんな可愛いもんで終わんねえだろ」
「まあ何を言っても決定事項だから行ってもらうんだけどね。主に不戦敗だったなんて言えないだろう?」
「完敗だったって言うよりマシなんじゃねえのか」
「勝利以外の報告をする気はないんだけど」
「お前どうせ参加しない癖によく言うにゃ」
「残念ながら俺は博多からの頼まれごとで支払いに回らなきゃいけないんだよね」
「……褒美は?」
別に何かが欲しいわけでもなかったけど、ただ言いなりになるのも癪に障るしと思い口に出した言葉に長義が目を丸くするのが見えた。
「なんだよ」
「いや、もっと駄々を捏ねるのかと思っていたから」
「ガキみてえに言うな。どうせ抵抗しても行かされるんなら無駄な体力の消費はやめて有意義な交渉の方がいいかと思っただけだ、にゃ」
「大安売りで買えなくても通常価格で買ってくるように言われているから、無事に安く買えたら浮いたお金で何か買えばいいとは主にも近侍殿にも言われたけどね」
「成功報酬だけなのかよ……」
自分の声が思ったよりも苦いものになったが、それも仕方ないだろう。夏と同じくらい客が来ると考えるだけで、連隊戦に何戦も続けて出た方がましと思える程には疲労してしまうのだ。勝たなければ何もないよりは、例え安い菓子一つでもやると言われた方がやる気になっただろう。
まあそんなことを口にすれば褒美がなければ頑張れないなんて小さな子供かと揶揄されるだけなのでこれ以上口を開くつもりはなかったが、自分の中のやる気がどんどんと萎んでいくのが分かる。
「……主には猫殺しくんの当番に間に合うように戻ってくればそれでいいと言われていてね」
「ん?」
「頼まれたことを全て済ませても時間は余るだろうし、後で俺が茶屋で奢ってあげるよ」
「……は?」
長義の金で茶を飲むということがもちろんないわけではなかった。こうして二人で万事屋街に来るのはわりと珍しいことではあるが、恋仲になって何度か私用の買い物に来たりそれこそ茶屋に来ることも数回ではあるがあったし、わざわざ会計時に折半なんて面倒なことをせずこの場はどちらかが払う、を交互にしたりしていたしそういう意味では奢られたことも奢ったこともあるけれど。
労いのために馳走するなんて言われたことはなかったはずだ。それがあまりにも上手く飲み込めず、盛大に出た疑問の声に長義の眉が顰められるのが分かった。
「この俺が直々にご馳走してやろうと言うのが不満かい?」
「なんでそんなにえらそうなんだ、にゃ。別にそうは言ってねえだろ、奢ってくれるってなら遠慮せずについて行くぜ」
「じゃあ決まりだ。せっかく奢るのならいい報告を聞いて気持ちよく支払いたいもんだね」
そう言うと同時にもうすでに人だかりの出来ている店の前に着き、長義は手をひらひらと振ると別の店に向かうらしく踵を返した。
「結局、勝って来いってことかよ……」
離れる前に差し出された紙には品名と個数が書いてあり、これが使いの内容なのだろう。ずいぶんと多いのは安売りで買えと言う圧力かそれとも信頼か。どっちにしろ、この勝負に負けたらこのあとの茶が美味しく飲めなさそうなのは確かだった。
くそ、見てろよ。ともうすでにここにいない恋刀に心の中で悪態を吐くと少しでも身軽に動けるようにと、寒風から身を守ってくれていた防寒具を一つずつ外した。