運命の赤い糸③【森本 ーgreenー】
赤い糸が繋がる先に向かうと、いつも通い慣れた道場の奥へと続いていた。
さすがに朝が早く、建物の中に誰もいないのではないかと思っていたけれど、その糸が示した場所で森本が一人熱心に自主練習していた。
そしてここまで案内をしてくれた糸はというと、確かに森本の小指にへと結ばれているのが分かった。
「…っふ、……っ!」
真剣に取り組んでいるところに水を差すことが出来ず、しばらくの間森本の練習を眺める。
竹刀が空気を切る音、短く息をして真っすぐに前を見据えるところみれば、恐らくこの糸が見えているのは俺だけらしい。数分ほど経ったあと、背後から人の気配を感じたのか森本が不意にこちらを振り向く。
「おはよう、丈士」
「来ていたのか。声をかけて良かったのに」
そう声を掛けながらも、額に汗が流れる。俺は出入り口のところに置いていたタオルを手渡した。
そして、その拍子で森本の手に触れた途端、本人の顔が驚いたものに変わる。
「―――ッ?!」
森本の視線の先がその糸であることに気づき、俺が触れたことで見えるようになったことが分かる。
「見えるのか、この糸」
「あぁ。これは瞭が付けたのか?」
「朝起きたらこうなっていたんだ」
こうして誰かと繋がっているのをみて、一つだけ思い当たることがあった。
「なにか、分かったのか?」
「森本は、運命の赤い糸って知ってる?」
それは人の結婚を司る神様が、生涯を共にする相手を決めた時にそれぞれの手に赤い糸を結ぶことで現世で結ばれる運命にあることを示す。そしてそれは決して切れることはなく、どんなに離れた距離にあっても、どんな境遇だとしても変わることのない永遠の愛になる。
そんな空想じみたよう伝説があることを、簡単に伝えていった。
「……そう、か」
そうして俺の説明を聞き終えると、何故か大きな手で口元を覆って隠してしまう。
「……瞭。今日はこれから予定はあるのか」
「ううん、特にはないよ」
「実は今日、この場所を使うのは俺しかいないんだ」
まるで他の誰にも聞かれたくないとでもいうように、そっと囁きかけられる。
「ここでしばらく、休んでいかないか」
「うん、いいよ」
素直に頷いて、その日一日は森本と一緒に時間を過ごした。