役目瞭と映画を撮るようになってから数年が経った頃。瞭の手掛けた映画は色んなところで評価され始め、少しずつその名前が広まっていった。
そんなある日、俺は知人から話があると喫茶店に呼び出された。
「直接会うのは、久しぶりだな」
第一声にそう言った男は、昔よく一緒に映画撮影に協力をしてくれた人物で、最近たまに連絡を取るようになっていた。それが今回、なぜか直接会って話をしたいと言う。
「それで用件は?」
「単刀直入に言う。……俺の知り合いのところで仕事を任されてくれないか」
相手が切り出した内容を聞けば、他の現場でカメラマンをしていた奴が急に来られなくなり助け舟を探していたらしい。それに白羽の矢が立てられたのが俺だった。
「お前の技術なら、きっと先方も文句はないだろう」
そう答えると、自信に満ちた瞳を向けられる。多少のブランクがあることも承知の上での判断のようだ。
「甲斐被りすぎだ」
「そんなことはない。俺は前からお前の腕には一目置いていた」
自信過剰すぎるその言葉に、一度大きく息をつく。
確かにこの男には人を見る目があった。昔から一度言い出したことは必ず有言実行するほど、映画製作に対する熱意が他の誰よりもある。
きっと、彼と知り合ったばかりの俺なら快く承諾をしたことだろう。
それを分かった上で、俺はその誘いに答えを出した。
「―――悪いが、断わらせてくれ」
確かにこいつの提示する条件は悪いものではなかったが、今の俺にとって優先すべきは瞭の方だ。その理由を説明していくと、どこか納得いかないような反応をされてしまう。
「だが、これを逃すのは本当に惜しいと思うぞ。……そんなにその監督がいいのか?」
不思議そうな顔で問いかけられたが、その質問に俺は迷うことなく、あぁと肯定を返した。
「俺にとって、あいつは特別なんだ」
たとえ瞭の作るものに、目に見える大きな実績や結果がなくて
俺の選択が間違っていると言われようと
瞭の求めているものを撮れるのは俺だけで、
俺が撮りたいと思えるものを作り出せるのも、瞭しかいない。
その役目を、誰にも譲りたくなかった。
頑なに変えない強い意志を感じたのか、相手は諦めたように呟いた。
「……お前がそこまで言うなら、こっちが折れるしかないな」
そして、胸ポケットから取り出した煙草に火をつける。煙草の葉を紙で包んだ小さな筒から吸い上げた煙をゆっくりと吸いあげるとふぅっと吐き出す。
「それなら、俺はその赤井監督の新作を期待することにするよ」
「あぁ、そうしてくれ」
軽く笑みを浮かべながらそう伝えて、俺はその場を後にした。
ーーー
話を終えた後、俺は映画研究会の部室へ向かった。
部室にいた瞭以外のメンバーたちに先程の話をする。
「それで蒼山さん、その誘いを断ったんですか?!」
「あぁ」
栗栖が驚いた反応を見せると、佐倉が問いかける
「そんなにすごい監督なの?」
「海外で今最も注目されている人ですよ。もし一緒に仕事出来たら、そんな名誉なことはないです」
「ははっ、それは惜しいことしたな」
藤堂には笑われながらそう言われるが、蒼山は特に気にする様子もなくきっぱりと返事をされる。
「そうだな」
「全く後悔してねぇな……」
「そうみたいですね」
話を聞いていた全員が呆気にとられ、それ以上何も言い返すことは出来なかった。