【Saturday Night Happening(あまりか)】 夕暮れ時の駅前は土曜日ということもあり、人通りが多い。理解は待ち合わせのため、駅前の広場に立っていた。時刻は待ち合わせの15分前、他の用事を済ませるために移動時間も含めて30分早く到着したが、それでも余裕があった。
理解は鞄から買ったばかりの本を取り出し、ページをめくった。
(買いそびれていた新刊本……通販でも手に入るが、やはり書店で手に取るほうがいい。)
理解が本に没頭していると、横の方から声がした。
「──ですよね〜?」
「………………」
「土曜日って人多いですよね〜?」
「へ……!? は、はい……?」
聞きなれない声のせいか、理解は自分が話しかけられているとは思っておらず声が裏返った。相手が女性であったことも、彼を混乱させた。
「いきなりごめんなさい、お兄さんカッコイイなぁ♡って思って声かけちゃいました♡」
「かっ!? えっ!?」
女性と接することに苦手意識のある理解は自分を「カッコイイ」と形容されたことにとても驚いた。相手は彼の動揺を知ってか知らずかお構いなしに話しかけてきた。
「この近くに美味しいパスタのお店があるんですけどぉ、よかったら一緒に行きませんか♡?」
「えええ、えと、待ち合わせ、をしています……ので」
「お店決まっちゃってるんですねぇ。残念……」
「ご、ごめんなさい……」
「……あのぉ、いきなりこんなこと言うのもどうかと思うんですけどぉ……」
「……は、はい?」
「お兄さんのこと好き……って言ったら、困りますか……?」
「────!?」
諦めて立ち去ると思っていた相手から告白めいたことを言われ、理解が大きく動揺したことにより彼が左手に持っていた本が地面に落ちた。ふいに本で隠れていた左手からキラリと小さく光るものが目に入り、理解は待ち合わせ相手からの言葉を思い出した。
『この指輪をお守りだと思って、僕と一緒につけてくれませんか?』
「……ああ、あのっ……! 私には、心に決めた方がいますので……!」
理解は緊張で女性と目を合わせることはできなかったが、どうにか自身の左手を相手に見せながら伝えた。
「そっか……そうですよねぇ……お兄さんカッコイイし、カノジョいますよねぇ……じゃあ、幸せを祈ってます♡」
女性はそう言い残し、立ち去った。相手を怒らせたのではないかと不安だった理解は緊張が解け、胸をなでおろした。「どうにか帰ってもらえた…… 」と気が抜けたところに、後ろから「エクスタシ〜〜〜〜!!!!」と聞き慣れた叫び声が聞こえ、理解は勢い良く振り返った。
「あああああ、天彦さん!? いつからそこに!?」
「理解さんが可愛らしいお嬢さんに話しかけられていたところ、からですかねぇ」
「最初から!? そんな……見ていたなら助けてくださいよ……!」
「いやぁ、理解さんがどの様に対応するのか気になりまして……つい」
「つい、って何ですか全く……」
「でも、役に立ったでしょう? それ」
「それ」と言って、天彦が理解の左手を指差した。お互いの薬指に嵌められている揃いの指輪が、街灯に照らされキラリと光った。
「う……まぁ……たしかに……」
「それにしても、天彦のことを“心に決めた方”とは……」
「なんてセクシーなことを……」という小さな呟きは理解の耳には届かず、無自覚に告白をしていたことに気付いていない理解は、首を傾げながら天彦に尋ねた。
「えっ……? 理解は、何か間違ったことを言いました……?」
「いいえ? 何も間違えていませんよ。そろそろ移動しましょうか」
「はい……?」
なぜ天彦が笑っているのかわからない理解は、言われるがままに歩き出した。