【モブ女は見た!】 私は、どこにでもいる普通の社畜。
日々とあるカフェにて推し成分と糖分を摂取しながら、どうにか生きている。
今日もエレベーターでオフィスのある十階から、カフェのある一階へ降りる。毎回降りていくのは面倒ではないか、と思われるかもしれないが、推しと美味しいコーヒーが待っていると思えば、そこまで苦ではない……と、思いたいだけかもしれない。
エレベーターを降りて左へ曲がると、見慣れたあの有名なロゴ。店内へ入ると、ふわりとコーヒーの良い香り。お昼時を過ぎた店内には、空席もいくつかあった。普段は座れることはごく希なので、午前の仕事が長引いたことに、少しだけ感謝してやらなくもない。さて、推しはいるだろうか……
「いらっしゃいませ!」
「……!!」
推しとの急なエンカウントは心臓に悪い。てっきりレジにいると思っていた推しが、まさかフロアにいるとは……動揺を会釈でごまかしつつ、レジ横のサンドイッチを選び、コーヒーを注文するためレジへ向かった。
そう、私の“推し”というのはこのカフェの店員さんだ。長身で、切れ長の目に黒縁メガネがよく似合う、笑顔が爽やかなお兄さん。白雪のような色合いの艷やかな御髪。メガネの奥に見える赤い瞳は、まるで宝石箱に眠るルビーの如し。店内に響く澄み声は心地よく、耳が蕩けるかのよう……語彙力の低下している疲れた社畜には、推しを褒め称えるのはこれが限界だな。ああしかし、本日も麗しゅうございます……
「お飲み物は、お隣のカウンターからお渡しします!」
「……! は、はいぃ……」
いかん、ぼーっとしてしまった。これまた余談だが、私は推しに対して崇めてはいるが、いわゆる恋愛感情というものは無い。推すことと恋愛は似て非なるものだというのが私の持論である。
「トールサイズ、氷抜き、ミルク多め、アイスのキャラメルマ○アート、お待たせいたしました!」
「ぁ、ありがとうございます……」
また余計なことを考えていたおかげで、推しからの爽やかな笑顔とお声を真正面から浴びてしまった……私は、危うく失神しそうになったのをどうにか堪え、コーヒーを賜った。
これまたどうでも良い話なのだが、私は推しの顔を直視できないタイプのヲタクである。普段は混雑している時間帯なので手早く注文を済ませ、ドリンクが出来上がるのを待つ間に、推しの顔を横目で見るくらいが私には丁度よかったりする。
運良く空いていた窓際の席に座り、推し成分の過剰摂取からくる動悸を抑えようと、外を眺めた。今日は朝から雨が降っている。
そういえば、あの日もこんな空模様だったな。
私はサンドイッチを齧りながら、数日前の記憶を呼び起こした。
─────────
今日は久々に定時上がり。何日ぶりかなんて数えるのは虚しくなるからやめた。雨も降ってるし、さっさと晩ご飯の買い物して帰ろう……あれ、あの人は……最近見かけるようになったス○バの店員さんだ。はあ、眼鏡イケメン良き……
「お疲れ様です、リカイさん」
うわ、なんかすごい背の高いイケメン来た! 友達、なのかな……?
「アマヒコさん? なぜここに?」
「ちょっと用事があって近くまで来たものですから。そろそろリカイさんのお仕事も終わる頃だなと思いまして……お迎えにあがりました」
いかん、会話聞こえてしまった……こんなモブが近くにいてスイマセン、すぐ帰りますので……しかし、高身長イケメンの低音ボイスヤバ……
「そんなに仕事についてお話していないと思うのですが……この時間に終わること、よく覚えていましたね?」
「それはもちろん……大切な、恋人との会話ですからね」
「……こ、恋人……」
え、ちょっと待って? こ、こい……? コイ? KOI? 鯉? んんん……? あれ、眼鏡イケメン、なんか、照れてませんか……? え? もしかしてトキメイてます? 可愛い……可愛いかよ……高身長イケメン✕眼鏡イケメンの組み合わせ……良き……
「照れているリカイさん、いつ見てもセクシーですね」
「こっこんな所で変な事言わないで!?」
何この高身長イケメン……ナチュラルにセクシー言いましたけど……? 普段から言い慣れてる感出てませんか……?
「これは失礼……さあ、そろそろ帰りましょうか」
「待ってください、私も傘持ってます……って、ちょっと……! 何ですかこの手は……!」
こ、腰に手……だと!? え、なんか、イケメンがイケメンの腰に手を添えてますけど……? なんならちょっと腰抱いてますけど……? 何この高身長イケメン……スマート過ぎるんだが……
「雨が降っていますからね……くっついていないと、濡れてしまいますよ」
「〜〜〜!?」
……傘で見えなくなってしまったが、眼鏡イケメンはきっと顔真っ赤にしていると思われ……え、尊い……あくまで妄想だけど、イケメンの赤面、美味しすぎる……こんな尊き存在だったとは……!!高身長イケメンさん、こんなにも尊きお方の存在に気付かせてくださり、ありがとうございます……モブとして、お二人の恋路の邪魔は決して致しませんので……貴方様の彼女さん、推させてください!!
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我ながら、ヲタク丸出しの忙しない脳内だな……しかし、あんなイケメンカップルを見てしまったら、私の内にある腐女子の血が騒ぐのも仕方あるまい。
そんな都合よい解釈をしつつ、私はコーヒーを飲もうとプラカップを手に取った。氷を抜いてもらっているので、キャラメルソースが底に沈んでいる。ストローでソースをかき混ぜようとカップを持ち上げると、黒い油性ペンで書かれた文字があることに気がついた。
『お仕事お疲れ様です☻』
お、推しから労いのお言葉いただきましたーーーー!! え、何この『☻』可愛すぎない? これをあのお兄さんが書いたの? 最高過ぎないか……? 持って帰って部屋に飾ろうか……いや待て、流石に気持ち悪いぞ私よ……
疲れていると、ちょっとした事でテンションがおかしくなってしまうな……カップは写真に収めるだけにとどめ、私はコーヒーを口へ運んだ。