街灯月明かりの落ちるイシュガルドはなんともいえない雰囲気がある。
高台から美しく荘厳な石畳の街を見下ろしてそう思いながら今日の宿へと歩き始めた。
首元を冷たい風が吹き抜けて行く。
何かがあったわけではないが気持ちが落ちる日だ、と息を一つ吐いて歩を早める。
ふ、と。
月明かりが雲に隠れて影を作り、辺りが急に静かになったと感じた。
「あれ」
何度か訪れはしたが決して長居することのなかった国、街。
忘れようとした記憶。
街灯がひとつ、また一つと燈り始めるとともに心臓が早鐘を打つ。
わかっている。
これは自身の心の問題だ。決して変えることのできない過去。
忘れてしまいたい記憶の一片。
早くここから、離れないと。
息が上がる。
離れないと、宿に戻らないと、そんなことよりも仕事を放り出して、彼の所に帰りたい。
そう思えば思うほど、気分が悪くなり眩暈がする。
ふら、とたたらを踏んで壁に手をつき息を吐けば風に乗って、白い花弁がどこからか一枚。
瞬間、彼と出会った時の事を思い出す。
暗い路地裏、白い花の絨毯、鮮やかな赤。
ああ、あれは。
それまであった事を塗り替えるような出来事だった。
壁に背を預けて、ずりずりとしゃがみ込む。
一つ一つ、数えるようになぞるようにあの日のことを思い出して、思い出したく無い記憶を潰して行く。
「………テオ君」
ややあって最後にここにいない彼の名前をポツリと呟けば、すっかり過去の知りもしない記憶は消えた気がして立ち上がる。
あたりはすっかり暗くなってしまった。
俺はどこかに飛んで行った花弁をいっ時探してからあの日のように弔いの歌を口ずさみ、その場を去る事にした。