覚悟してください山奥の廃墟。呪霊祓除に来ていた七海と同期の○○は途方に暮れていた。
一級相当が複数確認された為、珍しくアサインされた二人。当初は問題なく進んでいたのだが、途中から数体が外に飛び出した。帳があるので逃げられることは無いが、雨の降る廃墟の外を走り回らされる事となった。小雨ならまだしも、この日は列島に近づく台風の影響で大粒の雨が止めどなく降り続いていた。もちろん祓除は問題なく終了したが、彼らはまるでプールにでも飛び込んだ様にぐっしょりと濡れてしまっていた。この日は電車で帰ることになっていた二人は、降り続く雨とずぶ濡れになった自分達を見て、途方に暮れた。
「これじゃ帰れないね」
「そうですね」
「一応電話してみようか」
「そうしましょう」
短い会話を終え、○○はスマホを取り出し電話をかける。
『はい、伊地知です』
「○○です。あのさ、忙しい所申し訳ないんだけど、迎えって頼めないよね?」
『どうしました?』
「雨が酷すぎて、廃墟から動けないんだよ」
『なるほど。かなりお待ち頂くことになってしまいますが、そちらでよければ迎えを送りますが、どうしますか?』
伊地知の質問に、彼女は七海を見上げる。
「かなり待つって。どうする?」
「これでは帰れませんし、待ちましょう」
七海の言葉に彼女は頷き、その旨を伊地知に伝える。彼は出来るだけ早く迎えを送ると言って電話が切られた。
「どれくらい待つかな?」
「どうでしょうね」
七海は素っ気なく答えると、遠くを見つめる。○○は、濡れたジャケットの重みに耐えられず徐ろに脱ぎ始めた。それを視界の隅に捉えた七海は深いため息をつく。
「え、何のため息?」
「なぜ脱ぐんですか。寒いでしょう」
「だって水分含んで重いんだもん。肩凝っちゃう」
彼女は七海の制止を気にもせず、ジャケットを脱ぎ、それを搾り始めた。絞られたジャケットからは大量の水がボタボタと落ちる。
「七海も脱げば?」
「結構です。というか、着てください」
「やだ。重いし気持ち悪い」
「風邪引ますよ」
「大丈夫だよ」
全く彼の話に耳を貸さない彼女に、七海は長いため息を吐き、自身のジャケットを彼女の肩にかけた。
「……余計重いんだけど」
「こっちの身にもなれ」
「は?」
言われてる意味が分からず、彼女は七海を見上げた。が、彼は反対方向を向いていて顔色を伺うことは出来ない。
「ねぇ、どういう意味?」
彼女が七海の方に一歩進むと、七海はそれに合わせて一歩ずれる。それを何度か繰り返すと、彼は珍しく歯切れ悪く言った。
「ワイシャツ……」
「ワイシャツ?」
彼に言われて自身の姿を見て、彼女は初めて気づいた。雨に濡れたせいで、白いワイシャツから青いブラジャーが透けてしまっていたのだ。
「あら、透けちゃってる」
「だから……上を着ていて下さい」
七海は耳まで真っ赤にして言う。その反応に彼女はニヤリと笑った。
「やだ七海。エッチ」
彼女の言葉に彼は舌打ちをした。しかし、彼女はめげることなく彼を揶揄う。
「別に下着くらい良くない?見えてるわけじゃ無いんだし。それに七海私じゃ反応しないでしょ?」
ニヤニヤと笑いながら言う彼女に、七海は振り返り彼女を見下ろす。その瞳には先程までの照れはなく、怒りに似た何かがあった。それを察した彼女は、やりすぎた、と思った。しかし、時すでに遅し。言い知れぬ圧をまとった七海は、彼女に歩み寄る。それに気圧された彼女は後ずさり、あっという間に壁際に追いやられてしまった。
「好きな相手のそんな格好に反応しないわけないだろう」
「……え?」
「それとも、他の男の前でもそんな格好晒してるんですか」
「ち、違うよ!」
「他の女性ならこんな反応しない。貴女だからです」
「そ、れ、どういう」
「鈍感が」
吐き捨てるようにそう言うと、七海は彼女の顎を掬い、噛み付くように口付けた。唇を食み、舌で舐め上げる。咄嗟の事に何が起きたのか分からない彼女は、それをただ受け入れる。
「私も男だ。好きな相手のそんな格好を見たら欲情もする。こっちの気も知らないで。どれだけ我慢してると思ってる」
「なっ」
彼の名を呼ぼうとした彼女の口を再び塞ぐ。今度は食むだけではなく、唇を舌で割開き、強引に口内へと侵入する。両頬、上顎、歯列、そして小さな舌を堪能するように丹念に舐め上げていく。その快感に彼女は瞼をぎゅっと閉じ、時折甘い吐息を漏らす。好きなだけ彼女の口内を犯すと、七海は優しく口付けて唇を離した。
「愛してる」
鼻先の触れる距離で、七海が甘く囁く。○○は頬を赤く染めて、彼から視線を外した。
「そんな事……急に言われても……」
「わかってます。貴女が私を同期としか思っていない事は。ですが、こうなったからには逃がすつもりは無いので」
「……七海って、そんなだったっけ……」
「先程も言いましたが、私も男なんです。手に入れると決めたら手段は選んでられません」
俯く彼女の額に七海の唇が触れる。
「覚悟してください」
「覚悟……」
「私に愛される覚悟を」
そう言って、七海は再び彼女に口づけ、微笑んだ。初めて見る彼の妖艶な笑みに、彼女は頬を染めて思う。これは、覚悟を決める前に仕留められそうだ、と。それもまた悪くないと思っている辺り、既に彼女の心が動き出している事に彼女はまだ気づいていない。