毒の花の餌 とある貴族の館。跡継ぎの青年は美しくて人望も厚いが、前妻の子。弟は心根優しく賢いが、体が弱い。兄弟仲はとてもよい。
貴族の青年(貴族)、ある日、屋敷に遣いに来ていた村の青年と言葉をかわす。村の青年(青年)は花を育てている。解毒草という花を探しているという。難病を患った妹を治療する唯一の方法なのだそうだ。その花は猛毒だが、ある処置を施すとどんな病も癒す薬となる。色も形も取り扱いも分からないおとぎ話のような噂。
解毒草があれば、すぐ寝込む体の弱い弟に外の世界を見せてやれるかもしれない。風邪で寝込んだ弟に本を読んであげながら、(貴族)は思った。その思いから彼は花の魅力に取り付かれ、各国から珍しい毒の花を取り寄せて温室を作るようになった。しかし、肝心の解毒草は見つからない。
その頃領主の父は地方のトラブルで不在にする事が多くなっていた。留守中の政務は執事が守っていた。領民からの直訴によってたまたま帳簿を確認した(貴族)は、そこで執事の不正横領に気付いてしまう。
不正に気付かれた事を知った執事は何か画策。
(貴族)は数日後に毒草を集めたあの温室で息を引き取っているのを発見される。
少し時間を遡る。
村の青年は、貴族と話をしたあの日から、時々彼を訪ねていた。花も知識もどんどん増えてゆく。身分など気にならないように話しかけてくれるのも好ましかった。ある日妹の体調が悪化する。看病で屋敷に通えない日が続いた。持ち直し、久しぶりに屋敷を訪れる。が、彼の姿はどこにもなかった。
密かに様子を伺っていると、青白い顔をした少年が時々現れるようになった。言葉を交わすようになり、あの人の弟だと知らされる。兄に起こった悲劇を知らされる。
誰も近づかなくなり荒れ果てた温室を目にして心を傷めた青年は、自分に管理させてくれないかと申し出る。
その夜、夢枕にあの人が立った。顔の半分が花で覆われた、無惨だが美しい姿。口から血を垂らして、飢えた目で何かを訴えている。が、言葉は聞こえない。
その日から、貴族は毎夜現れるようになった。切なげな姿に魅入られてゆく、やがて、青年の首から顔に、花の模様のような痣が浮かび上がってきた。
本当の花の匂いがするらしく、蝶が群がるようになった。
使用人たちは青年の異様な姿を温室で亡くなった貴族の祟りだと噂する。青年もそうかもしれないと思っている。だが、気になるのは、聞こえない貴族の言葉。何を伝えようとしているのか。
青年は貴族の墓参りをすることにした。
訪れてみると、そこには見たこともない花が咲き乱れていた。青年に集っていた蝶もここでは舞い離れてゆく。一本を手折り持ち帰った。コップに差して眺める。
「兄さん、キレイな花ね。」寝たきりだった妹がいう。この花が咲き乱れた景色がどんなに美しかったか話すと、「行ってみたいわ」とい言い出した。
「だってお前」「大丈夫よ。最近調子がいいの。今日はスープをおかわりしたわ」
翌日妹を連れて出掛けた墓参りには先客がいた。あの貴族の弟だった。惹かれ合う弟と妹。二人は度々そこで逢瀬を重ねることになっていく。
その頃、執事は怯えていた。あの温室に出入りしている青年はなんだ。あの日、新しく入荷した毒草をすり替えた。死んだ兄が注文していたものとは別の、近寄るだけでも危険な猛毒の花に。あの弟は俺が何か知っていると疑っている。あの気持ち悪い男に探らせているのか?何もわかるはずがない。あの花は既に処分した。証拠など…
疑心暗鬼に囚われ、弟の外出を尾け、行先が兄の墓であることを知る。そこに咲き乱れた花を見て、驚愕する。何故あの花が…あいつは死んでまで俺の邪魔をしようとしているのか。
執事は墓に何かあると思い、ある月夜の番、こっそり墓へ出かけた。
スコップで墓を暴いてゆくと、今も生きているように美しい姿を保った貴族がそこに眠っていた。周囲の花々は貴族の身体から生えているように見える。根は長く伸びて絡まって、ひとつの集合体のようだった。その心の臓から覗くのは、一際赤く大きな一輪の花。
それこそが、貴族の命を奪ったあの花だった。思わず出した手は火傷の様に爛れる。
弟はやはり執事を疑っており、青年と一緒に探っていた。今夜何か行動を起こすと知って、様子を見ていた。妹は、恋人と兄が何か危ないことを計画していることに気付いて止めようとするが誤魔化され、寝たフリをしてから兄の後を尾ける。
全員が墓場で揃うことになる。
毒の花に焼かれ、弟に責められ、逆上した執事。そこに何も知らない妹が現れ、捕らわれる。手が出せない弟を短銃で脅す。やり取りの末、引き金を引く。
弟を庇って撃たれる青年。
妹を連れたまま逃げようとする執事の足に地面に拡がっていた草が絡みついた。転んだ隙に妹は逃げ、恋人が保護する。
その時、墓から(貴族)が起き上がり、執事に噛み付いた。地中に引き摺り込まれる幻覚。悲鳴をあげた恐怖の表情で息絶えた。
執事に撃たれた青年。瀕死で横たわっている。血が流れる心臓をなんとか止血しようとして血まみれになる二人。
「もう、やめてください。」
青年は二人に告げる。悲しまないで。
「ひとつだけお願いがあります。私の亡骸は、あの方の隣に。そして焼いて下さい。危険な毒の花と一緒に。」
月明かりが三人を照らす。青年の身体から流れる血液は、黄金に輝いていた。
やがて夜が開ける。青年の血に染まった二人にも朝日がさす。青白かった肌はどこにもない。血色を取り戻し、健康そのものに見えた。
探し求めていた解毒草の正体は、青年の顔に咲いた花だったと知った。
弟は自分の主治医に妹を診せる。
「信じられません。全く健康そのもの。奇跡が起きたとしか…」
約束通り、青年を貴族の隣に埋葬した二人。
弟が跪いて彼女に語りかける。
「妻になって僕を支えてくれませんか?ジュン」
「ありがとう。喜んで。タカト」