寝顔盗み見高人さん いつもより少し早く目が覚めた。頭に添えられた手は優しくて甘ったるくて。でもその太い腕はぎゅっと俺を抱き寄せて動けないほど。決して逃がさないと。そっと目だけを動かして盗み見たその顔は、なんて満たされているんだろう。逃げないし逃がさない。そっと指先を握りこんだ。
恋人に抱きしめられて眠っていた、冬の早朝。
眠る天使に出逢える日は少ない。天使はほら、警戒心が強いから。安らかに閉じられた瞳を守る長い睫毛。結ばれた唇は口角をあげて、静かに寝息を漏らしている。そんな無防備な様がとても可愛くて愛しい。安心して眠ってほしい。俺の前では気を抜いていいから。どんなお前も好きだから。
この腕の中はいつも温かい。いや、暑い。のぼせそうだ。身動ぎもできず、でもそれすら心地よくて、数ミリの隙間を詰めて喉元に鼻を埋めて吸い込んだ。なんでこんなに体温が違うんだろうな?同じ男なのに。熱で少し蒸れた匂いも嫌いじゃない。こんな温もりに包まれて眠ることが当たり前になるなんて、昔の俺に教えてやったら驚くだろうな。怒るかもしれない。分からないだろうな。これは俺だけの特権だから。掴んだ手に力がこもる。その時、
背中に回された腕が動いた気がして、ビクッと身を縮めた。確認しようとした体を今度は間違いなく大きな力で抱き包まれた。見上げた先の恋人は、この世の全てを手にしたような笑顔を浮かべ、天使と呼ばれるその眼差しに俺はいつもドキドキさせられて、ただされるがまま、優しいキスを受ける。
乾いた唇は少し冷たく、あまじょっぱい味がした。
「お、お前、寝たフリか、また」
「今起きたんですよ。」
「嘘つけ。」
恥ずかしさもあって、悔しさもあって、ジタバタと腕を振りほどく。
布団から出たわけじゃない。密着していた体を、少し離しただけだったのに。
「さむっ。」
冬の朝とはこうだったと思い出させるには充分だった。ピンと張り詰めた尖った冷気が、辺りを覆っていた事に、今更気付かせられた。
不本意ながら。居心地の良い空間をもう少しただ噛み締めたくて。すす、温もりの中へ再び体を潜り込ませた。
意外そうにパチクリと覗き込んだ仔猫のような目を見て、イタズラ心がムクムク沸きあがる。しっかり視線を合わせ、ゆっくり近付いて、捕獲するように素早く。
ちゅっと、その唇に口付けた。
やってやった。ざま見ろ。いつもドキドキさせられる俺の気持ちが分かったか?
満足してどうだと見上げた俺は、その瞳が仔猫どころか大型肉食獣のものになっていることに気付いて後悔することになる。
「それだけですか?」
「こ、これだけ。お、おわり。」
「じゃあ、俺からお返しです。」
***
高人さんが俺を見てる。俺の袖を掴んでる。可愛い人。
抱き締めれば逃げて、寒かったのかな?すぐに懐に潜り込んで。猫みたいだ。
そんなに俺を煽ってどうしたいんですか?
貴方は、俺をドキドキさせる天才だ。
End.