ネクタイ ジュンティケ きらびやかな光と音の洪水。艶やかなドレスを纏ったご婦人に囲まれて、もっとも目立っている薄藤色のスーツ。ジュンターヌは主人を見つけると、すっと斜め後ろに身を寄せた。
「お時間です。」
「わかった。」
ティケトはその整った微笑みを、本日のホストであるマダムに向ける。
「名残惜しいのですが、商談がありまして、失礼しなければなりません。お招き頂き感謝致します。」
わずかに腰を折った挨拶も様になり、ほうっとご婦人達からため息が漏れた。
会場を後にして、車に乗り込む。商談場所は普段訪れた事のない郊外にあった。
「止めてくれ。」
ぼんやりと外を眺めていたティケトが声をあげた。
ジュンターヌが車を止める。ティケトは、外に出て、少し来た方向に戻り、草むらから何かを拾い上げた。
「ネコですか?」
「ああ、弱ってるな。」
「車に毛布があります。お待ち下さい。」
車に戻ろうとしたその僅かな隙だった。
一人の男が、ティケト目掛けて突っ込んで来た。突然の事で、バランスを崩し、倒れるティケト。しかし彼は見ていた。向かってきた刺客が足元から崩れ落ちるのを。その太ももにはナイフが刺さっている。ジュンターヌが投げたものだ。ネコは逃げた。あの弱りようだ。長くは生きられまい。
踵を返し、男を取り押さえるジュンターヌ。右腕をねじりあげ、頭を地面に押さえつけた。ナイフを持ち直し、首もとに掲げた瞬間、
「待て!」
制止の声があがった。ピタリ、掲げられた腕が寸前で止まる。
「なぜ止めるんです?」
不満そうに溢すが、刺客を取り押さえた手は緩めない。
「おかしいと思わないか?」
「おかしい?」
「おい。お前はブルボン家の刺客か?」
片膝をついて問いかけると、男は、何を言っているのかわからないとでも言うように首を降った。押さえつけられているため、僅かしか動かない。声も出せない状況に、ティケトは手を緩めるよう促した。しぶしぶ、頭を離すが両手は拘束したままだ。
「弱すぎる。間抜け過ぎる。殺気がない。刺客としては無能過ぎるだろう?」
「訳のわからない事を!」
男は唾を吐き掛けた。それすらもジュンターヌによって未遂に終わる。
「俺たちは毎日食うのにも困ってるんだ。坊っちゃんは、そんないいベベ来て、自動車なんか乗って、その上着一枚あれば、家族が一ヶ月食べていけるのに。」
「だから金で雇われたのか?」
取り押さえている男の低い声の冷たさに、びくり、身震いする。
自分がそうだった。生きていくために何でもした。金で雇われて、この人を襲った。
「もういい。わかった。」
ティケトは自身の首から藤色のネクタイを引き抜いて、男の鼠径部に巻いた。ぎゅっと締め付け、止血する。
「応急措置だ。医者に行けるなら行け。」
上着を脱いで、男に手渡す。
「解放してやれ」
命じると、ジュンターヌは大人しく手を離した。
「信用できませんよ。あんな言葉。」
去ってゆく背中を眺めて忌々しく吐き捨てる。
「いいさ。その時はお前が守るだろう?」
「もちろんです。」
「この格好では商談にならないな。帰るか。」
ティケトは立ち上がり、呟いた。
「それは構いませんが…」
ジュンターヌは不機嫌そうにティケトの手をとった。
「あんな男の足をこの手が触れたなんて。」
その目の奥には獣のような光が灯っていた。 End.