キングたるもの ハウスに連れてこられたジャックは、あっという間に子どもたちのトップに君臨した。
一つには最年長だったこともあるだろう。しかし体格と力の差をあくまで他人より優位に立つことに用い、守り育むことに何の興味を示さない点は、ハウスの管理者であるマーサの悩みの種だった。
たくましく育ってほしい。けれども物事を暴力で解決するようなたくましさなら持たない方がいい。
窓の外から聞こえる「オレがキングだ!」という暴君の名乗りに、マーサは一計を案じた。
「レディの扱い方?」
マーサに呼び出しを食らい戻ってきたジャックは、いかにも不満げな顔で、ともに暮らす子どもたちをデュエルでこてんぱんにした後も気が晴れない様子だった。
どうしたんだろう。クロウが尋ねてみると、ジャックはそれを教え込まれたのだと声を低くして言った。
「怖がらせてばかりのキングに人はついてこないと。キングたるもの、まずは一番弱い、女の人や子どもを大切にしろと……ふん、くだらん」
吐き捨てたジャックにばれないよう、クロウは内心で頷いた。
たしかにジャックは誰彼構わず喧嘩を売りがちで、それが自分より弱い人間に向くこともある。不機嫌なときはそれが顕著で、さっきクロウが慰め泣き止ませたチビもその被害者の一人だった。
マーサはそれを見かねて指導をしたのだろう。でも、とクロウは考える。
ジャックのことだ、自分だけに押しつけられたルールに従うだろうか。周囲も同じフィールドに立たせ、その中で己にしかできないことだと感じさせた方がすんなり受け入れてくれそうな気がする。
クロウは「へーっ」と関心を示した。
「オレはそれ知らないな。教えてくれよ、ジャック」
「……見ていろ」
大義そうに応じたが、少し上がった口の端はクロウの策に乗ってきた証拠だ。
ジャックは片膝をつき、顔を伏せた。正面には仮想のマーサがいるのだろう。それから掬うような形にした左手を宙に上げ、その上に頭を垂れる。
「こうだ」
「…………わり、何してるかさっぱりわかんねえ」
真似てみてから失敗する作戦だったが、その動作を見て出てきた言葉は半ば本音だった。顔でも洗っているのだろうか?
しかしジャックはそれを「下手くそ」の意味と受け取ったようで、あっという間に激昂した。
「貴様が教えろと言ったんだろうが!」
「だから悪かったって! オレは、レディの扱い方?とかわかんねーもん。イメージも湧きにくいっていうかさ」
ジャックはじっとクロウの顔を見つめ、盛大なため息をついた。呆れを示すことで悦に入ったのだと思う。
まだ見限られることはなさそうだ。ならば、とクロウはさきほど仮想のマーサがいた位置に立った。
「なあ、オレにやってみてくんねえ?」
「断る!」
ガツンと強めに言われた。断固拒否の勢いだ。そんなにか、と少々面食らったが、そこまでむきになられるとむしろ気になってくる。
「いいだろ、マーサにもやったんだから」
「マーサだからやったんだ。だいたいお前はレディではないだろう!」
「子どもも大切にしなきゃなんねえんだろー! オレも大事にしてみろよ! ……あ、それとも」
クロウは動きを止め、そろそろキレそうなジャックの様子を窺った。押して押して引く、これがコイツほど効くヤツはいない。
「……もう忘れちまったんじゃねえの~? さっきのも実はうろ覚えだったとか」
にやにや笑いながら言うと、ジャックの顔が歪む。肩を震わせ、いつもなら殴りかかってくるところだがマーサの叱責が効いているのだろう、拳が飛んでくる気配はない。代わりに、食い縛った歯の間から言葉が絞り出される。
「…………一度だ。一度だけしかやらんぞ」
クロウは内心ガッツポーズをした。
「おう! じゃ、オレは何をすれば……」
「黙っていろ」
何もするなと一睨みされた。口をつぐんだクロウを、再び膝をついたジャックが見上げる。
「こうして姿勢を低くすることで、相手への敬意を示す。……右手を出せ」
差し出したクロウの小さな右手を、ジャックが左手で押しいただく。驚いて引っ込めそうになったのを見てジャックは鼻で笑う。
「怖じ気づいたか?」
「ちげーし!」
「どうだかな」
フンと軽く息を吐いてから、真剣な表情に戻る。クロウも落ち着いたのを見て取ったのち、手の甲に顔を寄せた。
「そしてこれで……尊敬の念を示す」
えっ、と無音の声が出た。短く湿った音とともに、肌に何かが触れたのだ。ふっくらとやわらかくて温い、ジャックの何かが。
今度こそ逃げようとしたクロウの手を、ジャックはしっかり握り込んだ。
「……わかったか?」
「おっ、おうっ」
視線がジャックの顔に吸い寄せられる。特に、今しがた自分の手に触れた部位に。
ジャックはこれから、女の人にこんなことをするのか。
「……お前、すげーな」
「何の感嘆だそれは わかったかどうかを聞いているんだ!」
「わかったわかった! はー、オレにはできねえや」
「フン、当然だ! これでオレが完璧にマスターしたことがわかっただろう、貴様らにはできんことがな!」
狙い通りに機嫌を良くしたジャックを褒め称えつつ、もやもやする心に困惑する。しかもその理由がわからない。
クロウは手の甲をズボンで拭いながら、触れた感触が忘れられないでいた。