傷を覆うガーゼが取れても、当分は薬を塗り続けなければならない。
化膿しようが痕が残ろうが知ったことではないが、数週間ぶりに両目で見た弟の表情は、腹の中をむず痒くする。手伝えることはないかと寄ってきた彼が余計に気に障り、怒鳴る代わりに皮肉を吐いた。
「テメエらのお綺麗な顔に傷がつかなくてよかったなァ」
ヒュッと弟が息を呑む。丸く優しげな目が見開かれ、こちらに伸ばしていた手が止まる。
笑いかけると顔の右半分が引きつった。さぞ不恰好で不愉快だろう。しかしそれでいいのだ。
感謝しろ。オレがやったことを、オレにしかできなかったことを讃えろ。そして、オレをこれきりで使い捨てようなんて決して思うな。
呪詛によく似た情動を逸らしたのは、割って入った兄だった。何かの作業中だったのか、手には銀色のレターオープナーを握っている。
それで打擲されては洒落にならないと身構えたが、兄が先端を向けたのは彼自身だった。
「ッ兄さま お止めください!」
弟が飛びつかなければ切っ先は目を突いていたかもしれない。代わりに頬の皮一枚を引っかいて、刃物は床に落ちた。薄く血がにじむのを意に介さず、兄は弟を見る。
「Ⅲ」
「駄目です! それは……兄さまが、後悔します」
どちらのと言わない弟は卑怯だ。睨む先は長兄だが、牽制の意識はこちらにも向いている。
……なんて馬鹿らしい。
弟には悪いが、それは無用の心配だった。兄が傷を負ったところで今のはただの自傷であり、オレへの説教である。
じくじくと疼くこれは違う。もっと重く、深い意味を持ち、オレを、家族を苛み続ける、安い言葉でいうなら絆が形を成したものだ──家族のために他人を害した、オレだけが持てるものだ。
どんな結末が訪れようと、後悔なんてしないと覚悟を決められるだけの。
レターオープナーを拾い上げ、テーブルの端に置く。開けっぱなしの救急箱から自分の薬を取ると、残りを弟のほうに押しやった。
「痕、残すなよ」
「……この程度、残るものか」
低く返した兄に弟の言葉は効いたのだろうか。すべらかな方の頬には影が落ち、その表情は窺えなかった。