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    urtrmurow

    @urtrmurow

    くろてらの成人向け用

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    urtrmurow

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    ザドギエルさんの過去話の仔細没案。最終的にいらないかなって思って没にしたのは覚えてる。

     EX:Ⅰ(雪は血に染まり、冬は終わらず)
     あの年の冬は村の者が誰も経験したことのないほどに寒かった。音もなく降りしきる雪が人をひどく憂鬱にさせていた。
     今年の冬は早く来てしまったから、いっそう慎ましく暮らさないと苦しいぞ、とひそひそと話し合う大人。太陽を覆い隠す曇天が、より村の中の空気を重くさせる。
     そうして、永い永い、冬が始まった。
     
    「なあ、雪ってどうして白いんだ?」
    「雪だからだろ」
     おとな達の憂鬱な気配を感じているのが嫌で、少年二人は小高い丘の上で遊んでいた。村の礼拝堂が建つその小高い丘は、村を一望出来る。管理している神父に読み書きを教えられていて、二人は充分懐いていた。一人は銀色の髪の少年で、降り積もる雪を手で掬いながら疑問を口にしている。それに答える少年は、銀髪の少年よりも年上だった。年下の少年を幼い頃から面倒を見ている。何を当然なことをと返せば、だって、と銀髪の少年は頬を膨らませた。
    「だって、村近くの湖は凍っても真っ白にはならないだろ。でも雪は真っ白だ」
    「……まあ、たしかに」
     でもずっとそうだったんだからさ。と軽くあしらう。つまんないさそうに青い目を細めて、それからまっさらな雪にばふ、と倒れ込んだ。
    「おい、何してるんだ?」
    「塩にならないかなぁ、これ」
    「なるわけないだろ」
    「だって塩になったら隣街に売りに行ける。売った金でパンとか、肉とか、薪だって買えるだろ」
     そしたら寒くないし、腹も減らないと呟く弟分に呆れてため息を吐く。腹がぐる、と鳴って空腹を訴えた。
    「飯の話するなよ。腹が減っちまう」
    「…………ごめん」
     しょげた声をする弟分に苦笑いをして、雪が積もったベンチから立ち上がる。積もりきった雪を眺めるが、少年の姿は雪に紛れて見つけづらい。銀色の髪と、色白な肌がそうさせているのだろう。
    「どこにいるんだ。雪に紛れて見えないぞ」
    「ここだよ」
     ひらひらと少年が手を振る。そこに行けば足の跡が雪に刻まれた。倒れたままの弟分の手を引っ張る。
    「そろそろ帰ろうぜ。おとな達もぐちぐち言い合うのもそろそろ飽きただろうしな」
    「うん、だといいんだけどさ」
     身体についた雪を払い、年上の友についていく。雪は降り止まないし、曇天は相変わらず重く立ちこめているが、何も知らない子ども達はきっといつかはこの冬が終わることを知っていた。神父が言っていたのだ、季節が回ることは神に定められた摂理であるのだと。

     神は時に、人に抗いようのない試練を与えるのだという。
    「主はあしたの光のように必ず現れいで、冬の雨のようにわたしたちに臨み、春の雨のように地を……」
     村の礼拝堂をとりしきる神父に教えて貰った聖書の一節を読む。母はそわそわと落ち着かない様子で、窓の外を見ていた。そこは猛吹雪で、目の前の道の様子すら見えやしない。この中をうろつくのは危険だろう。しかし少年の父は、今家を出ている。村の寄り合いに顔を出しているのだ。
     冬がいつまで経っても終わらない。歴の上ではそろそろ春告げ鳥が囀り、雪の勢いもおさまるのだがそんな気配は全くなく、猛烈な吹雪が村を閉じ込めていた。どこの家も火を熾す薪がつきかけている。食事も、潤沢にあるとは言えなかった。
    「なあ母さん。父さんを迎えにいっていい?」
    「駄目よ、■■。こんな吹雪の中、あなたが迷子になったら見つけられないわ」
     いてもたってもいられずに母親に聞けばそう窘められる。いい子だからお家にいてちょうだい、と銀色の髪を撫でられて渋々と頷いた。その直後、ばたん、と扉の開く音がして凍てつくような空気が部屋に入り込んだ。
    「ああ、帰ってきた」
     ほっと安堵の息を漏らして母が玄関に向かう。少年もそれに続けば、青ざめた顔の父親がそこにいた。
    「…………ただいま、■■■■、■■。……ただいま」
    「皆さんとのお話はどうだったの? 何かあった? 村長様は、神父様はなにかをお話になった?」
    「……話がある」
     雪まみれのコートを脱ぎ、父親がそれを壁に掛ける。どこか異質な雰囲気に少年が二人を交互に見ていると、父親が少年に視線を向けた。
    「■■。部屋に戻っていなさい」
    「……どうして?」
    「戻っていなさい!」
    「っ、分かった……よ」
     鋭い声で命じられ、渋々奥の自室に入る。最近は暖をとれるのがリビングだけでずっとそこで過ごしていた。凍えるような部屋の空気に、ぶるりと身震いをして、ベッドの毛布にくるまった。はあ、と息を吐けば白い靄が零れる。
     持ってきた聖書を開いて、続きを読もうとすれば扉の向こうから聞こえてきたのは母親の悲鳴じみた叫び声だった。

     ――なんてことを言うの! ……と……だなんて!
     ――しかしもうどうすればいいのか、皆分からないんだ! 私達が春を迎えるには……
     ――あなたはそれでいいの? ……を、あなたの……を! 神父様は……
     ――…………ものか、しかし……

     壁の向こうで母親と父親が言い争っている。何があったのだろう、父親は、村の寄り合いで何を話したのだろう、と開いた聖書を閉じて扉の前に立つ。音を立てないように、そっと開ければ、父親と母親は向かい合っていた。ここからは母親の、涙に濡れた顔しか分からないが、平穏ではないことは確かだった。
    「……」
    「あいつが言ったんだ。この永い冬の原因は村にいる〝冬の子〟だと……銀色の髪に、白い肌の子どもがそうさせている……〝冬の子〟を夏に生んだせいで、神が怒り、春が来ないように時を止めた、と……〝冬の子〟を柱に……生贄に捧げれば、この村の冬が終わる……」
    「そんな話を信じるだなんて! しかも悪魔の話でしょう!?」
    「…………分かっている、私も同じ考えだよ、■■■■。しかし村の皆は、それを聞いて顔色を変えた……私は私を見つめる、彼らの眼が恐ろしい……」
    「…………神父様は、神父様はなんと言ったのです。悪魔の言葉に耳を傾けるだなんて、お許しになるはずがないわ」
    「…………神父は……」
     思わず一歩、踏み出せば古い家の床が鳴った。弾かれたように両親がこちらを見ている。二人とも青ざめた顔を少年に向けていた。
    「部屋に戻っていろといったろう!」
    「……父さん、母さん。あの、俺……俺の、ことなのか、それ」
     この村に銀色の髪を持つ人間は自分ひとりしかいない。元々ひどく珍しい髪色で母とも父とも違う色だった。上擦った声で聞けば、母親がゆっくりと首を振る。
    「ああ、■■……! いいえ、私がそうはさせませんから、あなたは私達の子よ。でも、暫く家にいてちょうだい、外に出れば何をされるか……」
    「……■■、すまない。私もお前を守るよ、必ず……」
    「……」
     自分を抱きしめる母の肩越しに、父の苦しそうな顔がはっきりと見て取れた。
    (俺に、出来ることはなんだろう)
     ふと、そんな考えがよぎった。自分は子どもだ。父の仕事を手伝うにしても、まだ充分ではない。ましてやこの吹雪の中では、人は何も出来やしない。無力に耐え忍ぶしかないのだ。
     でも、もし、本当に俺が生贄になれば? 子ども一人で、皆が、救われる?
    「……泣かないで、母さん。俺は大丈夫、平気だよ」
     母の背中に腕をまわし、その背を撫でる。彼女の嗚咽が部屋を満たして、暫くずっと、そのままだった。

     数日経ても吹雪は収まらなかったが、ようやく少しおさまった頃に少年は家を抜け出し、親友の家の窓枠をこつ、と叩いた。
    「■■!? お前ここにいていいのか、お前の父さん達は……?」
    「声が大きいよ、■■■■■■。夜だから皆寝てるだろ」
     罰が悪そうに親友が周囲を見渡し、窓を開けてそこから降りてくる。少し泣きそうな顔で、弟分を見つめた。
    「……話、聞いたぜ」
    「うん、俺も……母さんと父さんは知られたくなかったみたいだけど」
    「当たり前だろ、誰が自分の家族を悪魔の生贄に捧げたいかよ」
    「……そっちは?」
    「あー……うん、もうお前には会うなって、お袋が」
    「……」
     一歩、少年が後ずさろうとするのを親友は腕を掴んで阻止する。
    「おいおい、行くなよ」
    「だって」
    「あのな、親愛なる弟分くんよ、オレがお袋の言うことを素直にきくと思うか?」
     呆れたように言われて、少年がはにかむ。なあ、一緒に礼拝堂に行こう。と言えば親友は頷いた。
    「神父様と話したい」
    「なんか良い考えを教えてくれるといいけどな」
    「どうだろう」
     ざく、ざくと雪を踏みしめ歩いて行く。昼間あれだけ吹きすさんでいた吹雪はやみ、空には星々が瞬いていた。村を覆っていた曇り空も、失せている。礼拝堂は村の外れ、小高い丘に建っていた。そこからは村も、小さくだが少し遠くの城下町も見える。幸か不幸か、灯りがなくても雪がぼんやりと道を照らしていた。
    「冬の子だって、俺は知らなかったよ」
    「それって本当なのか? 今までの冬なんてそりゃあ寒かったけど、こんなんじゃなかったぜ」
     信じられないんだよなぁと親友が頭を掻く。それも含めて、自分に本を貸してくれる神父なら教えてくれるのではないかと淡い期待を寄せていた。小高い丘を登り、木造の礼拝堂に辿り着く。神父も今は寝ているだろうかと思ったが、扉は開け放たれていた。
    「待って、足跡が……」
    「本当だ、誰か来たのかな」
     礼拝堂に続く道をよく見ると足跡が続いていた。数人分の大人の足跡で、踏みしめられてそこが固められている。嫌な予感が頭をよぎった。
    「……入ろう」
    「ああ」
     扉の隙間から忍び込む。人の気配は無い。しかし、嫌な匂いが鼻をついて、二人は顔をしかめた。
    「神父さま? いる?」
     奥へと進む。蝋燭の火が僅かに礼拝堂の中を照らしていた。奥で倒れている人影も、微かに。
    「あっ……、ああ……」
    「なっ……」
     神父様、と声を上げる。礼拝堂の奥、十字架の下で見知った神父が血を流して倒れている。その胸にはナイフが突き刺さっていた。
    「どうして……なんで……?」
     ――村の連中が殺したのさ。
     どこかから声がして二人は顔を上げる。ひどくしゃがれた声だ。
    「村の人達だって!? なんでこんなことを……!」
     ――奴さんども、神父が邪魔だったのさ。愚直に神を信じるこいつがな。信仰で腹は膨れねえし、暖もとれねえ、そうだろ。
    「……お前は、悪魔なのか?」
     ご明察、としゃがれた声が笑った。神父の死体と、恐ろしい声に少年がひゅ、と喉を引きつらせる。すると、神父の死体がむくりと起き上がった。その双眸は赤く光り、口は裂けたような笑みを浮かべている。
    「ああ、お前が〝冬の子〟か。パパやママに諭されて来たのか?」
    「ち、違う。父さんと母さんは関係ない……ただ俺はどうすればいいか、神父さまに聞きたくて……」
     しかし二人を待っていたのは事切れた神父だった。これが村人達の仕業だということは、村人達が狂気にかられつつあるということだ。
    「へえ、じゃあ次はお前の両親の番だろうなぁ。村人達がお前を差し出せって言う中、お前の親父は最後まで首を縦にしなかった。この馬鹿な神父と同じようにな」
    「っ、父さん……!」
    「ついでに母親も殺されるぜ、きっと。お前はどうする、村人を止められるのか?」
     神父の嘲る声に少年が目を見開く。村中の大人たち相手に、子ども一人が立ち向かったところで無駄なことだ。捕まって、生贄にされる。
    「…………お前が村の人達にした話、本当なのか?」
    「ああ、俺は嘘を吐かないのが主義なんだ。悪魔にしては正直者なのさ」
     神父に取り憑いた悪魔の声にごくり、と喉を鳴らす。
    「俺は、どうしたらいいんだ」
    「俺と契約したらいいのさ。俺は村の連中に言ってやった。冬の子を柱に括り付け、生贄にしろってな。そうすればお前の魂を糧に俺が冬を終わらせてやる」
    「本当なんだな?」
    「おい、■■……!」
     親友が少年の肩を掴む。こちらに振り向かせ、首を横に振った。
    「駄目だ、こんなやつの話なんか絶対嘘っぱちだろ!」
    「で、でも■■■■■■! 俺……父さんや母さんを守りたい! 俺の命で冬を終わらせられるなら……神父さまの命だって無駄にならない!」
    「お前……」
    「冬は寒いだろう? 暖かい春が恋しくはないか? 吹雪を晴らし、陽光をたっぷり浴びたいだろう? お前の命ひとつで、お前の親も、そこにいるお友達も、村のやつらも、いや、この冬で寒い思いをしているこの地域のやつら全員が救われるんだ。クソッタレな神の定めを自由に出来るんだ」
     神父の死体が腕を広げ、少年を諭す。少年の息が、荒くなってぐらりと傾いだ。
     彼に命を捧げると、どうなるのだろう。
    「……俺が生贄になったら、俺はどうなるんだ」
    「魂は俺のもの、身体は食ってやるよ。簡単なことさ、天国には行けねえだろうが」
    「……わかった。わかったよ、だから村の人達を止めてくれ!」
    「■■!」
    「……ごめん、■■■■■■。俺は神様に背くよ、それで皆の……お前の未来が開くなら」
     少年が親友に微笑む。しかしその青い目には、恐怖が混ざっていた。親友が少年の名前を呼ぶ。
     
     悪魔の声が村中に響き渡り、少年の家を囲んでいた村人は喜びの声をあげた。これで冬が終わる、時が進み、春がやってくる。小さな子ども一人の命で、春がやってくると。
     少年の両親は家に閉じ込められた。子どもが悪魔に捧げられる様子を見たくないだろうという村長が言うが、実際は邪魔をしないようにする為だった。
     既に神の加護が失われた礼拝堂の広場に柱が立てられる。大人達に囲まれて、銀色の髪をした少年はそこへ連行されていた。柱の周囲には数少ない薪で起こされた松明と、痩せ細った山羊と、酒の入った樽が置かれている。そして、親友と神父の死体がそこに立っていた。
    「……なんで」
    「……お前一人を地獄に行かせないって決めたんだ」
     親友に笑みを向けられ、少年がゆるゆると首を振る。駄目だよ、と力なく呟いたがそれに、と親友が囁いた。
    「……あいつら、きっと手を汚したくないぜ」
    「……っ」
     ちらりと大人達を見る。そわそわとした様子で彼らは見守っていたが、柱に近寄る素振りは見せなかった。儀式の実行役を子どもが買ってでた事をこれ幸いと、どこか安堵しているようだった。
    「ありがとう」
     目の前には親友が、ナイフを持って立ちすくんでいる。大人達は呪いの言葉を唱えている。異様な光景をもう見たくなくて、目を伏せる。雪が足下で、月明かりに照らされてきらきらと輝いていた。綺麗だな、と笑みを浮かべる。そしてつ、と顔を上げれば、親友が泣いている。泣くなよ、俺より年上だろと言ってやりたくなったが、ただじっと、その目を見つめていた。
    「血の契約をもって、俺の魂を捧げます。どうか冬を終わらせてください」
     左手を親友に差し出す。刃がそこにあてられる。切っ先は震えていて、二人の子どもの呼吸は、恐怖で荒くなっていた。唇から白い靄が漏れる。
    「この血を捧げます、この魂を捧げます、全てはあなたのもの、神に貶められし、あなたのものです。代償をもって、冬を終わらせてください」
     痛みとともに赤い血が滴り、真っ白な地面を赤く染める。直後、身体が焼け付くような熱をもった。しかし聞こえてきたのは、断末魔だ。悪魔のものだった。
    「チクショウ、なンだお前の血は! 汚れてやがる、あの野郎に犯されてやがる!」
     悪魔の罵り声に、二人の子どもが目を見開く。神父に死体が弾け、中から角の生えた黒い獣のような姿の生き物が現れた。それは山羊の頭にも見えたし、鬼の頭にも見えた。忌ま忌ましそうに罵りの言葉を吐き、少年達を睨み付けている。
    「ど、どういうことですか! 儀式は執り行われた筈です、早くこの子どもの命と引き換えに、冬を終わらせてください!」
     悪魔の言葉に狼狽えながら、村長が懇願する。その声にじろりと赤い眼を向けて、口を歪めた。
    「ああ……やってやるさ、この餓鬼の代わりに、もう一匹の餓鬼を食らってな!」
    「っ、やめろっ!」
     少年が親友に手を伸ばす。しかしその指先は空を切った。親友の眼と視線が合う。
    「――……そっか、友達を生贄にしようとした罰だな」
     親友が微笑み、その肩口から血が噴き出した。腕も、身体も食いちぎられ、あんなにも真っ白だった地面が赤く染まる。目の前で親友が食いちぎられていく。温かな血飛沫が、僅かにかかった。
    「――あああぁぁあ!」
     少年が叫び、親友の身体を取り返そうと縋る。舌打ちをした悪魔がすんなりその屍を離した。重力に従いぼとりと落ちる親友の身体を凝視して言葉を無くす。
    「……っ、――……」
     悲鳴があがった。人々が次々に悲鳴を上げている。のろりと顔をあげれば、夜の空から、炎が降り注いでいる。
    「そら、冬を終わらせてやろう。寒い寒い冬をこの炎で温めてやろう!」
     悪魔が嗤う。炎が流星のごとく降り注ぎ、全てを燃やしていく。村長も、男も女も、老人も、子ども、家々も、礼拝堂も。少年の周りで炎達は踊る。炎に包まれて半狂乱に踊る人々は、やがて燃え尽きて崩れ去っていく。
     そして、丘から見える城下町にも火は降り注いでいた。自分のしでかした事で、全てが燃えている。炎の勢いは止まらない、少年は泣きじゃくりながら叫ぶしかない。
    「やめ、やめて……もう、やめてくれ!」
    「お前達が望んだ通りだ。今まで寒かったろう、指先が凍り付いて、ひもじい気持ちだっただろう。終わらせてやったぞ、お前達の望んだ通りに」
     愚か者への罰にはまだ足らないと、澄み切った冬の空からは流星雨のごとく、炎が降り注いでいる。
     やめてくれ、と懇願する。もう十分だ、十分すぎるほど暖かいと、引きつった声で嘘を吐いて請う。しかしそれは笑みを絶やさずに首を振るのだ。〝お前はまだ寒いだろう、契約は果たされなければならない〟と。
    「いや、なぁに、アレの真似をしてみただけじゃないか」
     アレもやっただろう、みだらな行いで楽しくやってた街に火と硫黄を零してやっていたじゃないか。吐く皮肉も聞こえていないのか、少年はただ目を見開き、がたがたと震えている。しかし耐えきれず、もう見たくない、と炎の海から目を背ける。しかしその視線の先にはもっとひどいものがあった。おびただしい血の海、転がる肉塊たち。
    「っ、……ぃ……」
    「ああ、お前のオトモダチはそこだよ」
     へたり込んで力が抜けた身体をずりずりと引きずり、友人だったものの肉塊に縋る少年を愉快そうに見やって笑う。か細く友人の名前を呼び続け、食い散らかされたそれをかき集めてどうにかしようとする様子は子どもが皿を割ってしまってなんとか元に戻そうと頑張る様に似ていた。
    「元に戻したいのか? やってみるといい、お前と同じで腕が二つに、脚が二つ、頭は一個で胴の中には色々詰まっていたはずだ。ああ、あと心臓も忘れるなよ、あれがないと……おっと、そうだった」
    「あ、あ……なん、で、なんで……なんでないんだ……っ、脚も……腕、これは……?」
    「ほとんど食っちまったなぁ」
     悲痛な絶叫と嘲笑が響き渡る。肉塊を掴んで血塗れになってしまった手のひらで顔を覆い、許しを請う少年を見下ろし、悪魔がげらげらと笑い声をあげた。ごめんなさい、ごめんなさいと親かなにかに謝り泣きじゃくる姿に、神を汚した心地で、悪魔は舌なめずりをして、飛び去っていく。親友だったものを抱きかかえて、少年はいつまでも許しを請うていた。

     小鳥の囀る声が聞こえる。春告げ鳥だと思った。夜なのに、春告げ鳥が鳴いている。うるさいぐらいに鳴いている。どうしてこんなにも、騒がしいのだろうか。少年は不思議に思った。夜空を見上げれば、小鳥がいるのではないかと、視線をあげる。ただ、満天の星空が、輝いている。
     業火を纏った星屑が降り注いでいる。まるで、罰のように。
     しかし、どうして姿の見えない小鳥がこんなにも騒いでいるのか、分からずじまいだった。

    「遅かったか……」
     未だに煙を燻らせ、焼け落ちている家々を見渡しベリアルが舌打ちをする。昨夜まで人々が行き交っていたであろう道には、黒焦げた塊がそこかしこに転がっていた。仲間二人に生存者がいるかどうかの捜索を命じ、自身も僅かな可能性を信じて走り出す。
     北方地域の小さな村、そこの神父から伝書鳩が寄越された。そこには村でサバトが執り行われる可能性が高いという密告が書いてあった。そこで教会は新人使徒であるベリアル、カスピエル、クザファンの三人を現地へと向かわせ、その村の近くにある城下町へ警戒を促すように、もう二人の使徒を向かわせたのだった。昼も夜も馬を走らせて、ようやく村が遠くに見えた頃、三人が目にしたのは夜空から降り注ぐ、流星のような炎だった。それは村に降り注ぎ、夜空を赤々と染めた。城下町にもそれが降り注いだのを確認した二人も、馬を走らせていった。おそらく今頃街の人々を守るべく駆け回っているに違いない。風雪と火の粉が混じるのに眼を細める。一歩踏み出せばざく、と雪が踏みしきる音がした。

     数時間前、夜。

     窓の隙間から外を窺う。いま進む道がどこで、向かう場所がどこかは少年には分からなかったが、この地には既に春が訪れているということだけは分かる。道の端々で咲き始めた小さな花々を揺らす春の風は少年の頬を撫でるが、彼にその温かさを感じることは最早出来なかった。いつまでも、永遠に少年の身体は凍えている。



    「まあ、なんて冷たい手」
     年老いたシスターが驚いた声をあげる。神の教えを厳格に守りながら長く暮らしてきた彼女の手には皺が刻まれていた。それに包まれた少年の手は雪のように白く、痩せている。そしてなにより、氷のように冷たかった。
    「…………」
     皺だらけの手は意外にも力強く、少年はびくりと肩を揺らす。深いコバルトブルーの瞳は戸惑いと怯えを孕んで、じっと彼女を見下ろしている。そんな様子にシスターは穏やかに微笑み、ええ、ええ、と頷いた。
    「もう大丈夫ですよ、ここは神のご加護で守られているのです。身を凍らすような吹雪にも、悪魔の囁きにも畏れなくていいの。ここで悔い改めて、信心を深くすればあなたの罪も神はきっとお赦しになるわ」
     さあ、まずは食事にしましょう。立ち尽くしている少年の背中をそっと撫で、シスターが促す。我に返った少年が背後を振り向けば、そこには自分をここに連れてきた三人が立っていた。
    「――……」
     そのうちの一人と目が合う。鋭い金色の瞳が自分をじっと見据えている。射貫くような視線に自分が言うべき言葉を見失って、少年はふいに強い不安を覚えた。たった幾晩、馬車越しとはいえ傍にいたひとから引き離されるような心地に、動けない。
     


     荒れ狂う暴風の中で、彼らと再会した。
    「ベリアル!」
    「…………」
     剣を携えて、ザドギエルが叫ぶ。声に気付いたのか、鋭い瞳をこちらに向ける。
    「どうして、今ここに居る!」
     ベリアルは応えない。すぐに視線を外して、教皇座を睨み付けた。
    「くそっ……」
     駆け寄ろうとすれば、地面から土くれの人形が現れ、行く手を阻む。これも見知ったものだ。ならばあと二人、近くにいる。
    「ベリアル!」
     ザドギエルの頭上に影が飛び出す。アブディエルがダガーを抜き、ベリアルに飛びかかったのだ。すらりと刀が抜かれて、鍔競り合いになっている。
    「貴様らは絶対に許さん! 教会を裏切り、尚も教皇へと刃を向けるとは……!」
    「うるせぇのが来やがった……」
    「ねえベリアル。そろそろ撤収しようよ、ちょっと分がまずいよ」
    「ああ、奴らこれを知っていたかのようだ」
     ベリアルの傍らに二つの人影が降り立つ。カスピエルとクザファン、かつてザドギエルを村の惨劇から連れ出した、あの三人がここにいた。
    「……っ、どけ!」
     ザドギエルの拳が土くれ人形を砕く。立ち塞がる全てを砕いて、四人の元へ走り寄った。
    「わ、相変わらず、馬鹿力じゃん……ベリアルが仕込んだだけあるねえ」
    「……俺はあんな力任せのことしねえ。殴るぞ」
    「説得力の欠片もないな……」
     クザファンの言葉に呆れたようにベリアルが息を吐く。三対二の状況にさてどうするかと冷ややかな眼を使徒に向けていた。
    「何しに来た」
    「俺だって知る権利ぐらいあるさ。あの夜、貴方に詰め寄られたならなおさら」
    「……」

     ベリアルが叫ぶ。
    「〝全ての敵の頬を打て、悪しき者の牙を折れ〟」
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