Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    そらの

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 5

    そらの

    ☆quiet follow

    IF設定の種運命時のイザキラに到るはずのお話。
    ・捏造設定多数あり・シホについてはほぼ捏造・公式男女CPは基本的に準拠・ヤキン後イザキラ顔合わせ→終戦条約締結までアスラクキラがプラントにいた設定・イザが議長に疑念を抱くことからラク暗殺がおこなわれずに話が展開する。完結してない。できるかもわからない。

    #イザキラ

    軍人になれなかった男(仮題)(イザキラ)序章


     痛い! 痛い! 痛い! そう叫ぶ己の声を忘れない。焼け付くような痛みを忘れない。己の血が玉となって無重力に舞うのを忘れない。何一つ忘れはしない。
     アカデミーで切磋琢磨した友人がいた。その友人らと将来を有望視され、クルーゼ隊の一員になった。戦場を知らないこどもであった己は、この友人らと終戦を迎えるのだろうと思っていた。友人らの中でも、己と憎らしいことだがアスラン・ザラは白服を纏うことになる。そうして国防の担い手となるのだと思い込んでいた。しかしそんな空想など、戦場に出るなりすぐに打ち砕かれてしまった。ラスティ、ミゲル、そしてニコル。どうして彼らは死なねばならなかったのだろう。彼らも国を守りたいという志を持った志願兵だ。ニコル・アマルフィなど己より二つ下の一五歳でピアニストとしての才能を有した、やさしい少年であった。争いを好まず、反りの合わないアスランと己との些細な衝突でも、いつも仲裁に入るような少年だった。なんで。何故だと目の前が真っ赤になった。込み上げ溢れ出す涙の熱さで頬が焼けるかとさえ思った。けれどそれが零れ落ちてしまえば、残るのは冷たさだけでそれは憎しみによく似ていた。
     ストライクを討つ。
     とてもナチュラルとは思えない敵が何よりも憎かった。それこそユニウスセブンに核攻撃を仕掛けた卑怯者たちを憎むのと同様に憎んだ。
     何度も殺そうとしたし、殺さねば眠ることもできないと悪夢に魘される日々だった。消せるのに残した額から頬に走る傷跡は誓いだ。己へ、奴に殺された仲間へ復讐を必ずや遂げるという誓い。鏡でそれを見るたびに憎しみが燃え上がるのだ。己を突き動かす。いま思えばこの憎しみが己を戦場に立たせ続けたように思う。
     残った親友といえる男、ディアッカ・エルスマンと好敵手であるアスラン。この二人も死んだとされたとき、果たして己はどのような顔をしていただろうか。ただMIAなど信じられず、怒りに似た思いを抱いていたように思う。結果としてアスランは生きておりオーブへ迎えに行ったわけだが、あの時どれだけ安堵したことだろう。顔も合わせたくないと思うほど苦々しく思っていたことも忘れ、頬が緩んだ。
     アスランが言った、ストライクを討ったと。その言葉で救われたような気がした。その後アスランとは別れることになったが、復讐を遂げストライクは討ったはずなのに、どうしても顔の傷を消す気にはなれなかった。己の汚点であるはずなのに、屈辱であったのに、その傷跡は憎しみは己の一部となっていて消すなどという選択肢はそのときにはなくなっていた。
    ――そう。人は一度他人を憎めば、仇が死んだ程度でそれを晴らせはしないのだ。
     イザーク・ジュールは身をもってそれを知っている。今日消す予定の傷跡を指先でなぞり、鏡を覗き込んだ。
     美しい顔だと思う。母の優れた遺伝子を受け継いだ頭脳と容姿、父の優れた遺伝子を受け継いだ身体能力。それらを汚す唯一の汚点がその傷だ。透き通るような白肌に鳶色のそれは皹のよう。怒りに顔を赤らめればそれは血を流すかのように真っ赤な筋を描いた。その様相は修羅と違いはなかったに違いない。指先に微かに盛り上がったそれを感じ、ちいさく吐息を零した。これを消すことに今更何を思うこともない。だからこそ消すのだから。けれどそれに触れながら、これをあの男に見せてよかったのかと、一抹の不安のようなものを感じた。
     そんな悩みなど詮ないことであるが。あの男と会ったからこそ、あの男を知ったからこそ消すのだ。しかしあの男がこの傷を与えた。その矛盾はこの傷を消そうと生涯なかったことにはできない。けれどそれでいい。俺は忘れない。あの男も忘れない。そのうえで、この傷を消すことがこの戦争に対する答えだとイザークは拳を握り締める。
     果たしてあの男はいま何処にいるのだろう? きっと地球の何処か――オーブ連合首長国の何処かだろうが、そこに歌姫と共にいる男のことを思う。男は騎士というには頼りなく哀しい目をしていたが、果たして彼はこの戦争に対する答えを見付けたのだろうか? 傷を消した美しい顔でもって、彼にそれを尋ねたかった。



    一章


    「アーモリーワンが襲撃されただと……? あそこにはミネルバと議長が主導した新型があったはずだ。まさかそれらが強奪されたのか?」
     イザークは白服を翻し、首都・アプリリウスの国防委員会本部に急ぐ。ユニウス条約締結後、大きな戦争は起きていないとはいえプラントの防衛ラインを固める意図と、イザークのその手腕を現プラント最高評議会議長・ギルバート・デュランダルが認めたことにより、イザーク率いるジュール隊は活動の拠点をアプリリウスとされていた。現在も緊急時における出撃体勢は整え交代で駆逐艦・ボルテールにはジュール隊が常駐している。宿直の面々は今頃戦闘準備含め慌ただしいことだろう。確か本日はディアッカがその任に就いていたことを思い出し、それなら心配は不要かと端末を取り出すのを止め、自身は国防委員会本部で情報の確認とその後の対応について確認するに務めた。
     現状把握できたのは、イザークの予想通り新型の奪取がされたこと。ミネルバはそれを追跡しているが、賊の正体は不明。賊はかなり過激で、プラント宙域の警戒レベルが高まり、本部からの指示がなくとも臨機応変な対応ができる隊にアプリリウスからアーモリーワンにかけての哨戒をとそれにジュール隊が抜擢された。それは相応の選出であり、先の大戦での地球連合軍のピースメーカー隊阻止にジェネシス破壊と活躍著しかったイザークに任され然るべきと言えよう。イザークも状況を把握するなりボルテールに急ぎ、既に準備を終えていたそれで宇宙に出た。
    「ミネルバはアークエンジェルを参考にされ脚自慢だ。追跡自体はミネルバに任せれば問題ないだろう。賊が地球軍と仮定した場合、月に向かう可能性も考慮しなければならない。我々はL1宙域へ向かい、本国、ミネルバと通信を取りながら月の警戒も行うこととなる。賊が地球軍であった場合、ミラージュコロイドを利用し旗艦を別に隠している恐れもある。警戒を怠るな!」
     ハッと揃った号令を聞きながらイザークは士官室に向かう。本国から届く情報を精査し、賊に奪取された新型の危険性を測り、衝突した際のシミュレーションを脳内でおこなった。
     奪取された三機とも性能としては申し分ない。あのフリーダムの性能を引き継ぎ、イージスのような可変機構も持ち合わせる。装甲はヴァリアブルフェイズシフト。これにもしアスランほどのパイロットが乗っていたならば、とてもではないがいまのジュール隊では歯が立たない。ザクファントム専用機でチューンアップしているが、それでも性能差は大きい。とはいえ、それほどのパイロットが早々いるはずもなく、賊がコーディネーターのテロリストでもない限り地球軍ならばパイロット技術もたかが知れている。ヤキン・ドゥーエを体験した者であれば心配はないだろう。だが指揮官と旗艦の有無で戦況は大きく変わるに違いない。
    「……敵にされるとこんなにも忌々しいとはな」
     皮肉にイザークは鼻で笑うと開いていた画面をすべて消し、シャワーを浴びてしまうことにした。血の昇った頭をすっきりさせるためにも、すぐに交戦する可能性が低いいま落ち着いているうちに身体を休めるべきだ。
     白服を脱ぎ、シャワーコックを開き水をそのまま頭から被る。生理的に身震いするが、熱くなった頭を冷やすには物理的な刺激が手っ取り早い。これは直情的なイザークが自身を諫めるために見付けたルーチンだ。そのせいで潔癖症と一部で噂されているようだが、不潔であるよりいいだろうと気にも留めていない。漸く視界が冴えて見えるようになり、水からお湯に変えたそれで全身を洗った。湯気が立ち上る身体をバスローブに包み、髪をガシガシと拭いていると来客を告げる声が聞こえる。入るように指示すればそれはディアッカで、飽きれたように肩を竦めた。
    「なんだよお前。既にキレちゃってたわけ?」
    「ふんっ。あの戦争から二年も経たずしてこれかと呆れていただけだ」
    「まるで俺たちへの当て付けみたいだよな、この展開」
    「黙れ」
     折角冷めた頭にまた血が昇りそうになる。しかし隊員を任せられ、あの戦争の事後処理に奔走した経験から、怒りが力となることを否定できないが視野狭窄に陥らせるものであると十二分に認識していた。今更ディアッカを前に恥じらう必要はないと、バスローブを脱ぎ捨てると白服を身に纏う。鏡の前で髪や襟を整えながら、額から頬を指で辿る。そこには滑らかな肌しかない。痛みもない。だが確かにあった傷を思い起こせば、頭を過るのは地球にいる男のことだ。これを奴が知ったなら、またあの泣きそうな目をしながら戦場に戻るのだろうかと思うと悔しさが込み上げる。
     そんなイザークを眺めていたディアッカも、閉ざしていた口を苦々しく歪め引き攣るような笑みを浮かべた。
    「……折角その傷をお前は消せたのにな」
    「だから俺たちは、それが始まらないよう防ぐ。そのためにこの軍服を纏っているんだ」
     顔から手を放すとイザークは踵を返した。メインブリッジに戻り、現在の索敵状況を確認し敵機となるだろう奪取された機体に関する情報共有をおこなう必要がある。それに従うようディアッカは追うが、部屋を出る前にちいさく呟いた。
    「お前、変わったよな」
    「それは貴様もだろう」
     互いにそれ以上口を開くことはなかった。


     出航から半日。本国からの急報にイザークは目を見張った。
    「――ユニウスセブンの軌道が変わっただと? あれは百年は安定軌道にあったはずだろう。ヤキン・ドゥーエの際、その影響も考慮し計測し直したはずだ」
     嘘だと思いたいと、イザークのその声は震えていないことが嘘のように呆然としていた。きっとこの艦内の誰よりもこの危険性を理解しているからこその反応だろう、事態が深刻と理解していたつもりだがディアッカは生唾を飲み込む。
    「だけど、送られてきたデータ見る限りマジだぜ」
    「わかってる! クッソ、隕石の衝突か何かか? このままでは地球が滅亡するぞ!」
     本国からのデータに目を通せば、イザークの凡その被害予想とそれらは合致し舌打ちをするなり士官室に戻る。事が重大すぎるあまり、憶測で物を判断させないためにも、そしてイザークとしても抱える懸念を多くに聞かせたくない意図から情報管制を測る。目線でディアッカとヤキン・ドゥーエを共にしたシホ・ハーネンフースを呼ぶと、そこで国防委員会と通信を開始した。
    「ユニウスセブン破砕には我が隊であたります。アプリリウスに停泊させているルソーにてメテオブレイカーをこちらに――」
     ユニウスセブン落下に対する対応策は破砕しかない。それは国防委員会、イザーク共に共通認識だ。軌道を変えたくとも、これだけの速さで変更されてしまったそれは、機材が届く前に地球の引力に引き寄せられてしまう。そうなってしまえばもう止めることはできない。地球に墜落する運命は既に変えようがない。ならばそれを少しでも軽減するために砕くしかなかった。指向性高エネルギー発振システムの開発に従事する研究技術者であるシホも、それに対し意見を出し合いこの巨大な土地をどう破壊するかの討議が繰り返された。
     破壊ポイントを算出し、ルソーの出航を確認。そうして切られそうになった通信を前に、イザークが口を開く。
    「……ユニウスセブンの軌道変化をどうお考えでしょうか? 隕石? それとも……」
    『ジュール隊長。君の言いたいことはわかるが、それは可能性のひとつとしていまは破砕作業に集中してくれ。ミネルバにはデュランダル議長が同乗されている。彼の判断もなく軽率な発言はできない』
    「承知しました。最善を尽くします」
     今度こそ切れた通信に、イザークは拳を握り締め細く長く息を吐き出す。
    「隊長……?」
     心配を顔に滲ませたシホに、イザークは緩く頭を振る。イザークははたしてどんな可能性に気付いているというのか。ディアッカもそれを判ずるのは難しく、イザークの指示を待つ。
     それもそうだ。ユニウスセブンを地球に墜落させ、得をする勢力は存在しない。あるのはただ破壊だけ。それを人為的にする理由などない。ならば何か別でおこなわれた何かが影響したか。破砕作業以外に自分たちがすべきことがあるのか、それを問うように二つの視線を集めながら、イザークはそこに何かがあるかのか空を薙ぎ払うように腕を切った。
    「メテオブレイカーを乗せたルソーと合流後、ボルテールはユニウスセブン破砕作業に取り掛かる! ザフトの誇りにかけて、ユニウスセブンで罪なき人々を死なせてはならない! 死力を尽くせ!!」
     そう叫ぶ声は苦しみ喘ぐように、悲痛なものに聞こえた。

    「メテオブレイカーにMSは三機ずつ付く。一機は我が隊から周囲の警戒、二機でルソーからの工作隊でメテオブレーカーの設置だ。ポイントは本部から届いている情報を元に――」
     イザークは到って冷静に指示を出す。それは尊敬に足る上官そのものの姿であり、誰一人彼が何かに苦しみ悩んでいるようには見えない。ディアッカが微かに気に掛けるような視線を送ってきているのを感じるが、イザークはそれを無視した。
     いまイザークは感情のスイッチを切っている。己の嘗ての傷、そしてそれをつけた男のことを思えば自然と頭が冷静になるのだ。自身が何をすべきか、傷が、彼がそれを突きつける。
     キラ・ヤマト。ストライクを操り、幾度となくクルーゼ隊に煮え湯を飲ませ、ザフト軍を窮地に立たせた白い悪魔。ヘリオポリスで出会い、それから月日に換算すれば三カ月程だろうか。その間に幾度となく死闘を繰り広げた。殺し、殺され、傷をつけられた。憎み、憎まれ、これに終わりなどないと思った。人生を八〇年とするならば、僅かばかりの時間といえるだろうに戦争とはたったそれだけを生きるのとて難しい。
     イザークにとってキラは悪魔だった。ユニウスセブンに核を撃った地球連合軍という悪の象徴、宗教画にある角を持つそれは人を誘惑し破滅に導くという。正しくストライクのパイロットはそれだ。アスランという優秀な男を誑かし迷わせた。だから一時的とはいえあのように血迷った判断をさせたのだ。そしてナチュラルとは到底思えない彼の男という誘惑はナチュラルにとって抗えない存在に違いない。あんな悪魔が味方する地球軍はやはり悪なのだと、ただひたすら、憎くて憎くて憎くて堪らなかった。――しかしいまは、彼にただ静かに生きて欲しいと思う。静かに、微笑んで、あんな泣きそうな目をせずに彼が生きられたなら、きっとこの世界は平和なのだろうとそう確信している。
     いま、彼は何処にいるだろうか? プラントでは彼らを罰しないよう目を瞑った。けれど地球軍はキラの属していたアークエンジェルを反逆者として今も尚その罪を許していない。ならば地球にいる彼らはきっと、オーブにしかその身を寄せられない。あの戦場を共に駆けたカガリ・ユラ・アスハ、そしてアレックス・ディノを名乗るアスランに守られ、彼は歌姫と共に姿を消した。アスランが守るならきっと彼は大丈夫だ。歌姫が彼の隣にあるなら彼は大丈夫だ。だから突然消えてしまおうと心配はしていなかった。しかし今回は話が変わる。ユニウスセブンが落下すれば、地球そのものが破壊されてしまう。そうした時、そこに生きる彼に生き残る術はない。幾ら彼が〝自由〟を冠するその翼を再び手にしても、彼はひとり生き残る道など決して選ばないから。
    「――ミネルバに通信可能か?」
    「いえ、距離があるため直接のコンタクトはできません。位置から予想する限り、我が隊が破砕作業開始頃ミネルバが通信可能域に到着すると思われます」
    「わかった。それなら問題ない」
     ギルバートがミネルバにいるならば、イザークは自身の懸念について相談をしたいと考えていた。その懸念、つまりユニウスセブンの軌道が変わったのは人為的なものであるということ。アーモリーワン襲撃が地球軍の仕業でナチュラルが起こしたテロ行為であるなら、ユニウスセブンが人為的なものであるならそれはきっとコーディネイターのテロ行為だろう。ただ復讐のため、敵を滅ぼすために掲げられた力によってこの世界は再び滅びに向かおうとしているのかもしれない。その可能性を考えるだけでぞっとしない。この薄氷にある平和を望まない人間がナチュラル、コーディネイター共にいるという事実に眩暈がする。しかしその証拠、犯人捜しに割く時間も人員も足りない。もし犯人が隠れていたとして、そのためにも警戒機をつけミネルバから手伝いが来るのであれば、いまはそれ以上できることはないだろう。
     内心舌打ちしながらもおくびにも出さず、背筋に伝う冷や汗を感じる。これはもう、戦争になるか――はたまた戦争にさえならないか。どちらかの道を辿ることになる瀬戸際だ。
     ともかく、いまは国防委員会でも示したように破砕作業に専念するほかないだろう。顔の傷を消した限り、地球が壊滅するのを見過ごせるはずもなかった。
    「――俺も場合によっては出撃するが、とりあえずは現場の指揮を頼むぞ、ディアッカ」
    「了解した」
     ディアッカにイザークはそう告げると、通信圏内に入ったルソーと作戦の共有をおこなう。それを心配そうに見るディアッカとて、地球が、地球に住む彼女が心配で表情が険しかった。

    ――所属不明のジンに襲撃された。ディアッカの驚きに満ちた声でそれを知り、イザークは拳を握り締めた。

     最悪の予想ほど当たるものだ。イザークはこんなことならば、工作隊にも武装させ自身も出撃し警戒機で小隊を組むべきだったと苦く思う。最悪を予想しながらも自身の甘さが招いた失態だと思いながらも、ボルテールを艦長に任せ自身も出撃する。
     とにかくメテオブレイカーの死守が第一。高度に注意し、急ぎ破砕作業を行わなければならない。被害は最小限に整えたいがいまは時間との勝負だと、手近なメテオブレイカー回収に急ぐ。ジンを急ぎ排除しながらそれを隊員に預けディアッカやシホを基軸に敵性勢力の排除にあたるが、メテオブレイカーは既に二機破壊されていた。
    「すべて打ち込んでも相当の被害が出るんだ! それ以上の破壊を何故望む……!?」
     血を吐きそうなほど憎々しげな声が吐き出された。回線を繋いだままのディアッカ、シホ、ボルテールのメインブリッジに響き、各々にやるせなさと悔しさが募る。未だザフトは義勇軍であり、プラントを守りたい同志が集まった軍隊だ。故に階級のないザフトで自らの生命を預ける士官には相応に尊敬、信奉するものが多い。身内意識の結束の強いコーディネイターらしいともいえるが、イザークのその姿を知るからこそ母の件や数多くの噂を抱える彼に着いていくのだ。そしてそんなジュール隊を見ると、イザークを知る者はディアッカのようにこう言う。「変わったな」と。
     イザークは己の嘆きが部下を鼓舞しているとも知らずMSで駆る。早く敵機を排除し、ユニウスセブンを破砕しなくてはと気が逸る。しかし最悪は重なるものだ。
    「ッ、新手か……!?」
    「クソッ! イザーク、アレだ、アーモリーワンの……!」
     レーダーの反応に身を翻し狙撃を試みるが、その機影は四足で走り去る。獣のようなそれに驚く間もなく正体を告げられ、イザークは舌打ちをした。
     賊はほぼ地球軍で確定だろう。ならばこれは勘違いされているに違いない。詳細を知らず、地球に害をなそうとしているザフトを排斥しようと奴らはしているのだ。しかしそれらの相手と、テロリストの排斥、破砕作業をすべて同時におこなうことなどできようはずもない。しかし賊のパイロットは予想通り腕は未熟。一般のパイロットであれば機体の性能差で太刀打ちできないが、イザークらであれば問題はない。破砕作業は遅れるが、イザーク、ディアッカ、シホでそれの排除にあたる指示を出そうとして、インパルスの機影が視界の隅で確認できた。
    「新手との戦闘はミネルバに任せ、急ぎメテオブレイカーを設置しろ!」
     脚自慢の癖に漸くかと嫌味を口にしそうになったが堪えた。いまはそんな馬鹿な発言一つで連携を乱していられる余裕はない。タイムリミットは刻一刻と近付き、因縁とばかりに新手とインパルスらが交戦する横でメテオブレイカーによって次々と杭が撃ち込まれていった。
    「――グゥレイト!」
     ディアッカの喜びの声と共に、ユニウスセブンが土埃をあげながら分割される。機体越しでも聞こえてくるように思う破壊の様子に、まだ一切安心できる大きさではないが、それでも嬉しさを覚えた。しかし、それは突然繋がった回線から響く無粋な声に打ち消される。
    「だが、まだまだだ。もっと細かく砕かないと!」
     この声、聞き間違うはずもない。イザーク、ディアッカ共によく知る声だ。そしてそれは此処にいるはずのない、民間人のそれでイザークはこれでもかと目を見開くと息を飲む。
    「……アスラン!?」
     驚きの声を上げるディアッカに、自身が幻を見ているのではないと悟る。しかし何故、どうしてとそんな疑問ばかりが頭を過り、同時にこの男はそういう奴だと胸が逸ったことは決して誤魔化せなかった。
    「貴様……! こんなところで何をやっている!?」
    「そんなことはどうでもいい」
     挨拶代わりの怒声さえ、すげもなく冷静に遮られた。しかしそれにどうしても口角が上ってしまう。
     この男はそういう奴なのだ。いつでもこちらの神経を逆撫でするくせに、こちらが力を必要とするときに必ずいる。元は志を同じく、『プラントを守る』という信念に集った仲間の変わらぬ姿にイザークは鼓舞された気持ちになった。――とはいえ、アスランとそりが合わないことは揺るぎようのない事実ではあるが。
     互いに挨拶のような口論を交わせば、それから現在の調子とてわかる。終戦後最後に記憶にある彼より随分と復調している様子に、これなら心配いらないだろうとアスランの同行を許した。アスランであれば汎用機のザクウォーリアであろうと、敵に遅れを取ることはない。到着前に既に討たれた工作隊の残骸を横目に、宙に漂うメテオブレイカーの元へと急ぐと前方にジンと思われる機影が見え、イザークは銃撃でもって威嚇する。
    「ディアッカ! ポイント四に向かったメテオブレイカーを回収、設置に迎え!」
    「はいよ!」
     ディアッカを護衛するようにイザーク、アスラン機で挟む。破壊されていないメテオブレイカーの残りはあと何機あるだろうか。しかし既にタイムリミットは間もない。先の戦争で使用していたデュエルであれば作業をもう暫くできるかもしれないが、ザクファントムの推力では地球の引力に負け墜落の可能性が出る。できれば四分割にはしたかったが、できて三分割か。それでもやらないよりはマシだ。
     イザーク、ディアッカそれにアスラン。現時点ではザフトにおける最高戦力といっても過言ではなく、操る機体がザクウォーリアやザクファントムであっても充分過ぎる戦力であった。証拠にジン複数体とアビス、カオスの襲撃など完璧に抑え込み、メテオブレイカーの起動は容易に実施できた。視認可能距離にもう一機メテオブレイカーを確認出来、すぐに回収したが果たしてどこまでやれるか――。
    「アスラン。あとあそこにあるメテオブレイカーをいま送った座標に打ち込めればこれを割ることができるはずだ」
    「了解だ。それは俺が運ぼう。イザークは」
    「命令するなッ、民間人がァ!」
     お決まりだと言わんばかりにディアッカの溜息が聞こえる。しかし手が疎かになるどころか効率が良くなっているのだから誰も文句あるまい。しかしその瞬間、イザークの目の前の画面に文字通信が入る。ミネルバからの直接連絡、それには艦首砲による破砕を続けながら降下するとある。確かに先の戦争で煮え湯を幾度となく飲ませてくれたアークエンジェルに相似したその戦艦であれば可能だろう。とてもボルテールやルソーでは同じことはできない。あくまでこちらは宇宙艦だ。降下し地上での利用など考えて設計されていない。あの艦は確かタリア・グラディスが艦長を務めていたか。目立った功績を残していなかったが、それは配属先の問題もあるのだろう。あの混乱した戦況で危険を回避していたなら相当の幸運の持ち主といえる。そして即座にこの作戦を選択する辺り度胸も据わっている。軍内部で飛び交う彼女とギルバートの関係を噂する風評もものともせず、イザークはそう評価を下した。ならば彼女の邪魔をすまい。同時に信号弾による帰投指示が入り、イザークは現状を確認すると部隊員すべてへと通信を繋げた。
    「各自現在の作業を取り止め、艦に戻れ! いいか? 賊は戻ったようだが、ここにいた敵はまだ潜んでいる可能性が高い。油断するな!」
     いま手にしているメテオブレイカーを打ち込めないのは悔しい。これをポイントに打ち込めれば割れたのにと悔しさが滲むが、悪戯に隊員に死を命じるわけにはいかない。これからきっと人手はいくらあっても足りない。悔しいことに。歯痒いことに。けれどプラントを守るためにイザークが選択するが、ディアッカは悩むように微かに呻き声を上げる。
    「だけどよ、これ設置するだけならすぐそこだし……」
    「ディアッカ、それはもういい。戻るぞ。ミネルバの艦首砲に巻き込まれる可能性が高い。……帰投、急げ!」
     イザークの指示に呼応し各機動く中、しかしアスランの操るザクは、メテオブレイカーを掴んだまま艦とは逆方向に進んでいく。
    「おいっ、アスラン!」
    「俺なら大丈夫だ。ミネルバが降下体勢に入る前にこれを打ち込み、戻る」
    「それなら俺も……」
     ディアッカもそれに気付き、追い掛けようとするがイザークは鋭く短くディアッカの名を呼ぶ。それだけで彼はそれ以上何も言わず、大人しくボルテールへと戻っていった。
    「そこの民間人。協力に感謝する! ……死ぬなよ」
    「ああ。気遣い感謝する、ジュール隊長」
    「ふんっ」
     民間人となった男に隊長と呼ばれても嬉しさはさしてない。しかし借り物であろうと赤のパイロットスーツを纏うアスランにそう言われるのは、悪い気はしなかった。例えどれだけ最悪な事態がこの先待っていようと。


    「ジュール隊長。残念な結果となったが、よく頑張ってくれた。君たちは出来得る限りのことをしてくれた。あとは私の仕事だ」
    「デュランダル議長……申し訳ございません。力及ばず」
     ボルテールに戻ると、当然のようにそこにギルバートがいた。しかしミネルバが降下するのであればボルテールに移るのも当然であり驚きはない。
     此処からミネルバに変わり賊――ボギー1を追うか、それともギルバートを連れてプラントに戻るか。どちらを彼は選択するか伺うように見れば、困ったようにギルバートは眉尻を下げた。
    「そう言わないでくれ。君たちが妨害に合いながらもユニウスセブンを割ってくれた。そのおかげで地球は壊滅からは逃れられたのだから」
    「……しかし、コーディネーターにテロリストがいた。アーモリーワン襲撃犯はほぼ地球軍で決まりでしょう。この事実を携え、奴らは無理な要求から宣戦布告をするに決まっています」
    「……ああ。悲しいことに、その可能性は高い。話し合いをできればよいのだが……」
     イザークはギルバートと話しながらも不思議な感覚に陥る。彼の声は不思議と染み入るのだ。その落ち着き、抑揚のせいか。何処かラクスを彷彿とさせる。この声に耳を傾けなければならない。そう思わせる何かがある。そして、正しいと思わせ耳に心地いい言葉が聞かされる。
     実際この声に、言葉にイザークは一度救われている。いまこうして白服を纏い、部下を引き連れプラントを守れるのもギルバートのお陰だ。イザークが民間人を乗せたシャトルを撃ち落としたこと。それが終戦条約であるユニウス条約締結後に問題に問われたのだ。地球軍の旗艦から発艦されたものとはいえ、その旗艦はザフトとの交戦で沈没寸前だった。シャトルは脱出艇であり、攻撃を意図するものではない。それを民間人が乗っていたと知らずとも、狙い撃ち落としたこと。評議会の末席に位置するとは言え、文官議員としてユニウス条約締結に奔走していた議員として、それは問題として問われて致し方ないことである。しかしギルバートはそんなイザークを、大人たちの都合により始めた戦争に若者を送り死なせ、誤った者を罪としていままた処分したのなら、いったい誰がプラントの明日を担うというのかと擁護した。辛い経験をした彼らにこそ、平和を築いて欲しい。その言葉は一年経っても忘れはしない。
     終戦のために軍を退き、議員として奔走していたイザークの姿をギルバートは見ていた。だからその擁護だけでなく、イザークの活躍を期待するとして軍への復帰――それも赤服ではなく白服として戻れるように手配してくれた。そのかわり議席からは抜かれてしまったが、彼の母・エザリア・ジュールが急進派NO.2であったことを思えばあまりの好待遇といえる。
     その一件からイザークはギルバートに謝意を抱き、ザフトの誇りにかけて戦い続けることを誓った。初志である『プラントを守りたい』気持ちに変わりはない。未だ小競り合いが続き、ちょっとした刺激で再び戦火が撒かれそうな情勢であるからこそ、国防には戦う力を持つ己が前線に立てる立場を得られることは願ってもない。
     しかし、だ。しかし、ざらりとした何かが胸を撫でる。決して彼を疑っているわけではないし、おかしなことを口にしているとも思わない。だが警戒はすべきだと、本能が騒ぐ。それは母なら間違わないと信じ口を噤んだ結果、パトリック・ザラの凶行を止められなかった経験か。何を理由とは明確には言えない。それでも国防を担う者として、慎重であることに越したことはない。
     イザークはギルバートの慎重な姿勢に同意を示しながら、急ぎ首都・アプリリウスへと向かった。


     報道に映し出される悲惨な光景。ボルテールから見た、地球がユニウスセブンにより破壊されていくさまをそれに重ねるとイザークは深く溜息を吐く。
     ジュール隊はアプリリウスに戻るなり休暇を与えられた。それは間もなく開戦すると告げられたに等しい。いまの内に身体を休めろとそう言われたのだ。どうも一人で休暇を過ごす気が起きず、それはディアッカも同じだったのか。士官宿舎を出るとそこには彼がいた。
     二人で何処かに行きたいわけでもない。そもそもそんな風にべったりとした関係を好む間柄でもなかった。それでもあの戦争の終局を、地球軍でもザフトでもないアークエンジェルの隣で迎えたからこそ複雑な思いが胸を過る。適当にスタンドで珈琲を買い求めると、ディアッカの運転で海に向かう。といっても、地球のそれと比べたら泉のようなものだ。戦艦の進水式や工業利用される、軍備に特化したそこにある海はにおいもなければ、べたつく潮風もない。快適そのものの人工の海。しかしこれこそがイザークの故郷だ。また作ればいいわけではない。砂時計の形をしたその土地ひとつひとつに何十万もの生命がある。一つたりとも欠けさせてはならないのだ。
     エレカから降りることもせず、路肩に停めたそこで冷めた珈琲を啜る。そして何の気なしにディアッカが呟いた。
    「そういやあの時アスランの奴、カガリ・ユラ・アスハの護衛でお忍びで来てたんだと」
    「ああ。議長との内密で会談していたのだろう? ……まったく、タイミングがいいのか疫病神なのか、果たしてどちらだろうな」
    「うーん……どっちもありそうだよなあ、あいつの場合」
     本人が聞けば不快そうな顔をされることだろう。しかしこうも最悪なタイミングに、民間人に戻った癖に出くわすとは何かを持っていると言いたくなっても仕方ない。あの時彼がいたことは不幸中の幸いだった。綺麗にとは言えないが三分割にまでできたのは、彼がいたことが大きい。だからこそ苦く思う。
    ――貴様は一体何がしたいんだ!
     そのひと言が喉の奥に出かかって、イザークは飲み込んだ。あれほどの力を持つ男が、何故オーブに保護されるようにして民間人に戻ったのか。様々なことがあったのだろう、イザークも知らないような事実がいくつも。そして二年前、停戦直前に知ったことではあるが、キラとアスランは幼馴染であり親友だった。その親友が己の仲間を殺し、その親友の仲間をアスランは殺した。その事実とパトリックの息子として、父のおこないとその罪は酷く重く彼を苦しめていることは想像に易い。ならば何故お前はあそこにいた? アスハの護衛についた? オーブで、キラや歌姫のように密やかに生きればよかった。そうしたなら、アスランとてイザークにとっては守るべき存在といえた。軍人は母国を守るために在る。他国であろうと民間人を殺すためにいるのではない。すくなくともいまのイザークはそう言い切れる。
     だからこそ、あの場にいたアスランが許せない。アスハの、姫の護衛などという立場に甘んじることも、ザフトとして己と肩を並べていないことも。
     飲み終えた珈琲の紙コップを握り潰し、テイクアウトの紙袋に叩き込んだ。
    「ディアッカ」
    「……ん?」
    「貴様、あの女とは連絡を取ったのだろう? あれらはどうしてる?」
     イザークがそう問えば、ディアッカは苦く笑った。
    「……お前さ、俺がミリィに振られたの知ってんだろ? そういうこと言っちゃうわけ?」
    「心配も許されないほど険悪な別れ方をしてないだろう? ただ貴様が普段ふざけた態度を取っているくせに、心配性で面倒くさいことをいうから愛想尽かされただけだ。互いに嫌い合って別れたわけではないことなど聞かずともわかるわ」
     うっと言いながら息を詰めたディアッカは、がくりと肩を下げながらもそんなにわかりやすいもんかねと苦笑する。そして彼の読み通り連絡は既に取っていた。
     ユニウスセブンの破片で通信設備も大打撃を受けていたが、そこは元アークエンジェルのオペレーターで現戦場カメラマンだ。危険と隣り合わせな生活を送る彼女はしっかりと不測の事態における通信手段を確保している。それを利用すれば彼女への連絡は問題なくできた。
    「直接は話せてないけどな。誰も怪我はしてないらしい。ほとんどが地球軍の裏切り者になるから、やっぱりみんなオーブにいるみたいだ。オーブへの被害はそれほど出ていないから、寧ろそっちが気をつけろってさ」
    「そうか」
     イザークは一言そう呟く。しかし本来、ディアッカは疑問に思うべきなのだろう。イザークが何故アークエンジェルのクルーを気にするのかと。一時的に共闘し、そこには補給と救助で降り立ったに過ぎない。まともに挨拶さえしていないのだ。交流があったのはアスランとラクスで、アスランなら宇宙で会っている。その後の心配をしたなら、ミリアリアに確認するより報道されるカガリを見ればいい。カガリとアスランは特別な関係にあるのは、聞かずとも察せられた。気丈な彼女だが情に厚く、アスランに何かがあれば泣き腫らした目を必死に化粧で誤魔化しているだろう。だがそんなことはせず、苦しげに顔を歪めながらも彼女は気高くカメラにその顔を晒していた。
     ならば、イザークが心配しているのはただひとり。それは勿論ラクスではない。
    「……キラが気になるのか?」
     そうディアッカが問い掛ければ、ぴくりと肩が跳ねる。表情こそ変えないがその反応だけでディアッカは理解したとばかりに、肩を竦めた。
    「まあ、〝あの半年〟でお前あいつのこと気に掛けてたもんな。ただ見てらんなくて世話してただけかと思ったけど。何? あいつに惚れちゃった?」
    「違う」
     軽口を叩くディアッカに否定を告げるが、激昂も何もしない静かなそれこそディアッカに疑いを持たせる。そのことにイザークは気付いているが、なんと言えばいいか、彼自身言いあぐねていた。
     キラが気になる。それは事実だ。しかし勿論惚れた腫れたの話ではないことも確か。ディアッカとミリアリアの例があるため、過ぎた感情がきっかけひとつでひっくり返ると思われるのも仕方ないが、そういうことでもない。そんな話をするにはイザーク自身、キラと清算できていないものを抱えすぎている。
    「……あの戦争で、俺が最も憎んだ敵はあいつだった。そしてあいつも、きっと愚かなことをした俺を憎んだはずだ。だがあいつは俺を生かし、握手を求めた。あいつへの憎しみを傷跡としてこの顔に刻んでいた俺に、あいつは何も言わなかった。それでただ罪を裁かれ、その傷を消したからと俺ひとり納得するのは性に合わん。あの戦争を生き抜いた者として、一度奴と腹を割って話したい。ただそれだけだ」
     いつ、地球軍が宣戦布告するか――否。下手をすれば宣戦布告もなく、また核を撃たれるかもしれない。そんな状態にあるのを知りながら、本心を誤魔化す気にはならなかった。素直にイザークがそう答えれば、ディアッカは珈琲に口付けながら空を見上げる。
    「……あいつ、不思議だよな。とてもじゃないが、あのストライクのパイロットには見えない。でも何処かラクス・クラインに似てると言うか……」
    「……そうじゃない」
    「ん?」
    「あいつは力を持つだけの民間人だ。どんなに戦場にいても、成果を上げようと、軍人になれなかっただけなんだろうさ」
     イザークの言葉にディアッカは何も言わなかった。けれどちいさく息を吐くと、アクセルを踏み込む。もう充分話しただろうと言うように、エレカは滑らかに士官宿舎へと向かった。


     ユニウスセブン落下テロ事件に関与したテロリストは全員死亡した、これはプラントの公式見解だ。それを地球軍は一度は承認したはずであった。
     地球各地へのプラントによる救助活動の努力も虚しく、コーディネイターによるユニウスセブン落下――のちに『ブレイク・ザ・ワールド』と称される――とそれ以降の地球の反プラント世論と、コーディネイターによる無差別テロの多発、ブルーコスモスなどの各勢力の地下工作活動により地球軍はプラントに宣戦布告し、同時にプラント制圧作戦を発動した。
     そもそも地球軍はプラントと交渉する気など最初からなかったのだ。だから死亡したテロリストを引き渡せなどと、幾ら他の条件を飲み込めたとしても適えられない条件を突き付けてきた。
     地球軍が何の声明も出さず核を撃たなかっただけ理性的だった、なんて笑えない冗談を口にする者さえいた。そうして開戦の狼煙が上る。
    「結局はこうなるのかよ。やっぱり……!」
     プラントのあるL5宙域に配備された空母ゴンドワナに配属されたジュール隊は、ザフト主力戦力として前線で戦うことになる。此処はプラントを守る最終防衛ラインと言えた。それは対話による解決を試みたプラントと、それに耳を貸そうとしない地球軍という、あからさまに地球軍こそが悪と言える状況を作り出すに到る。
     もう悔しいという気持ちはない。対話などできないのだという落胆もない。またも撃たれた核に気付き、先のヤキン・ドゥーエでのトラウマを刺激されてもイザークは今度は涙を滲ませもしなかった。
     ただ思うのは、敵は誰で、どうしたら戦争は終わるのだろう? ただそれだけだった。



    二章


     歴史家はのちに語る。第一次連合・プラント大戦と第二次連合・プラント大戦における空白の二年。その二年にナチュラルとコーディネイターは対話による解決に到れなかったのか、と。そうすればブレイク・ザ・ワールドを迎えることはなかった。正しくあれは世界を終末に導いたのだと。
     その二年、ひたすらに終戦とその未来のためにプラントの議員として、ザフト兵として奔走した一人の青年は戦場より本国から一時的に招集を受けシャトル内で過去に思いを馳せた。


    ――第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦。
     第一印象は、パイロットスーツがあまりにも不釣り合いだと、侮辱にもなりそうなそれだった。
     のちに第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦と呼ばれたその戦いに、ザフト軍の赤服を纏うイザークは一個小隊を任され参戦していた。エザリアから後方へと回されたが、彼はその母のこころよりも己が従軍した理由である『プラントを守る』という意思のもと最終防衛ライン前線へとその身を躍らせた。その彼の勇士に彼の部隊はより結束を深め、彼についていくと心に決めたわけだが、それはまた別の話だ。
     イザークは一貫して、その家名のために敷かれたレールもあったが『プラントを守る』ことを信念としていた。家族、周囲によって育まれた選民思想、ナチュラルを見下し侮蔑していたが、それは彼の生きた環境とその潔癖さ故といえる。生まれも育ちも宇宙であり、地球を知らない。そんな彼が知る地球とナチュラルは周囲の声と、報道からでしか得られない。それでも彼はコズミック・イラを迎えたいま、黴の生えた古臭いといわれる民俗学を趣味とし、持てる者の義務としてノブレス・オブリージュを信条としている。彼の指す、嘲るナチュラルは凡そ地球連合軍に属すそれらであり、自らが劣る能力を核という圧倒的な力でもって力を持たぬ市民を『血のバレンタイン』のような悲劇をもって蹂躙する者どもを指した。戦場にいない、ただ日々を生きる者まで排斥しようなどという考えは元よりない。何故ならコーディネーターであろうと自身より優れている者など早々にいない。自身が認めぬそれを排斥し続け、その先に何があるという。あまりに口が過ぎ、潔癖故に誤解を生むが、彼にとって敵はプラントに牙をむくものであり、そこにナチュラル、コーディネーターに差はない。彼はただ、国に忠誠を誓う軍人であった。――それ故に、彼は一度大きな過ちを犯したわけだが。
     
     ピースメーカー隊の阻止。ジェネシスの破壊。それに協力し見届けたイザークは、アイリーン・カナーバの停戦宣言を聞きながら散り散りとなった自身の部隊員へ帰投を命令、自身はまだ戦闘も可能と判断しアークエンジェルの護衛を務めた。あまりに酷い戦争であった。救いなんて何処にもない。ただ終わりを迎えることができただけに過ぎない。馬鹿な考えを起こす者がいないとはとても言い切れなかった。それでも終わりを迎えさせたのはこの、ずっと討ちたいと思い敵対してきたアークエンジェルがあったからだ。故にこの艦がこんなところで沈む姿など見たくなかった。
     漆黒の宇宙に走る数多の光の軌跡が、撃ち出された信号弾を頼りに帰って行く。爆発により明滅する光は何処にもない。そうして警戒をして幾許か、アークエンジェルから戦闘配備解除が伝えられる。必要であれば帰投してくれと言われたそのとき、通信が入った。
    「――イザーク。イザーク・ジュール聞こえるか?」
    「アスラン……? 貴様、いま何処にいる?」
     ノイズ交じりの音声、それに応えると座標が告げられる。それは視認できる距離であり、ボロボロな機体が漂流していた。
    「すまない。エネルギーが枯渇し推進部も故障した。近くにお前の機体を確認できたからな、回収してくれないか?」
     ジェネシス破壊に向かった彼がアークエンジェルの近くまで辿りついていたことに驚いたが、あの爆発の規模だ。ジェネシス内部でジャスティスをを核爆発させたことは想像に易い。爆発で飛ばされ、漂流物を割ければ近くに味方艦を探すより凡その場所がわかるアークエンジェルの元に向かうのは正しい判断だろう。
     イザークは今更何を言うまでもない。もう停戦し、協力までしたのだ。アスランを迎えに行った。
     回収したその機体はやはりジャスティスではなくストライクで、開かれたコックピットハッチには三人の人影があった。ヘルメットを着けているため顔は判断できないが、赤いパイロットスーツを着る男はアスランで、その腕に抱えられた白いパイロットスーツを着る男は漠然と理解した。
    ――ストライクの、フリーダムのパイロットだ。
     そう思った瞬間操縦桿を握る手が強張った。得も言われぬ緊張を覚え、浅くなりそうな呼吸を抑える。額から頬に走る傷が疼くように感じたが、それは幻想だとストライクを回収しアークエンジェルへと帰投した。
    「イザーク! アスラン!」
     低重力の格納庫でデュエルのコックピットハッチを開ければ大声が響く。それは親友の声で、いつでも飄々としている彼からは想像もできない息が詰まるような声だった。思わずコックピットを降りて身を翻せば、あのアスランも思うところがあったのだろう。腕に抱えていた男をもう一人のパイロットに任せると、足場を蹴って親友の元に向かう。
     言葉にはならなかった。あまりに多くを失い過ぎた。『血のバレンタイン』という地球軍によるユニウスセブン壊滅から始まったこの戦争、ザフトによるヘリオポリス崩壊のきっかけを与えたのは他ならぬイザークたちの属したクルーゼ隊だ。将来を有望視されアカデミーを優秀な成績で卒業した、家系的にもエリートの彼らは最初こそは結束などなかった。それでも仲間だったのだ。共に戦場を駆けた。生命を預け合った。それで、何も芽生えないはずもない。己を押し退け主席でアカデミーを卒業したアスランの、ストライクに対する不審な行動に思うところがありぶつかり合えど、彼らは戦友だった。だというのに、随分と遠いところまで来てしまったものだ。
     戦死したと思われていた親友――ディアッカと、裏切り者のアスラン。そして結局、その彼らに協力してしまったイザーク。
     ヘルメットを外し、こうして触れ合う距離にあるのは随分と久しぶりだった。何も言えず立ち尽くすイザークとアスランに、ディアッカは己の柄ではないと思いながらも、変わりを務めてくれる少年は既にいないのだと認め二人を引き寄せる。
    「……よかった。お前らが生きてて」
     押し殺すようにそう呟くディアッカに、じわりと目頭が熱くなる。これからを考えれば、頭が痛くなるばかりだ。母は急進派でパトリックの右腕だ。パトリックは正気とは思えない作戦を指示し、それを自身らは阻止したのだ。そして停戦を宣言したのが穏健派のアイリーンであったならば、これからのプラントは大きく変わるだろう。そして下手をすれば、母は戦犯として処される可能性もある。それだけの愚行をパトリックはおこなった。母がそれであれば、自身もどうなるかはわからない。アークエンジェルを味方したことはザフトへの裏切りと取られるかもしれない。だからといってイザークはプラント以外に帰りたいと思う場所はないのだ。問題は山積みだ。場合によっては銃殺とてあり得る。それでも、と思う。
    「……ああ」
     生きている。
     こうして熱を感じられる。
     もう一度、話ができる。
     それだけでこんなにも喜びを感じる。
     俺達には明日があるのだと、そう込み上げた涙を溢れさせた。
    「イザーク……ディアッカ、カガリを……みんなを守ってくれてありがとう」
     アスランのこんな泣きそうな声など初めて聞いた。それでも彼らしいやさしい声で、懐かしさにイザークは目を閉じた。
    「――キラ! 無理をするな。私が医務室まで運んでやるから」
    「ううん、大丈夫だよ。力が抜けちゃってただけだから、怪我もしてないし」
     突然聞こえた会話に、びくりとアスランの肩が跳ねる。何事かを問うまでもない。この会話はアスランと共に帰投した二人の会話であり、片方はストライクのパイロット――つまり彼の親友なのだから。
     アスランはイザークとディアッカの肩を叩くと離れ、急ぎ二人の元に向かう。
    「キラ! 無理をするんじゃない。お前はいつも平気な振りをして……っ」
    「大丈夫だって。今回は本当に……本当に、疲れちゃっただけだから」
    「キラ……」
     誰にも涙を見られないように涙を拭い振り返り、睨む。それはただのポーズだ。オペレーション・スピリットブレイクからというもの、イザークはこの戦いにおいて憎しみや怒りの所在がわからなくなっていた。
     怒りはある。だが、それを何処に向けるべきかわからない。いままでは仲間を殺し、明確に敵として眼前にあるストライクとアークエンジェル、そしてそれらが属する地球軍へと向けていた。しかしフリーダムがあの戦場に現れてからというもの、わからないのだ。アラスカでザフト軍の情報漏洩があった。つまりは誰かがザフトを裏切った。そして地球軍で前線で戦っていた者たちは真実を知らず、サイクロプスでザフト諸共消されようとしていた。ザフトの精鋭であるクルーゼ隊に何度も煮え湯を飲ませたアークエンジェルさえ餌とされたのだ。そのうえ、あのラクス・クラインの裏切りと、裏切ったはずのフリーダムに生命を救われた自分。アカデミーからの友人のほとんどを失い、信じるべきがわからない。足場を崩され投げ出された気分だった。
     あんなに憎んでいた。ラスティを、ミゲルを、ニコルを殺したストライクを。ディアッカを殺しただろうアークエンジェルを。殺してやるとどれだけ思ったことか。
     だが、敵味方なく死んでいった生命を見てしまった。戦う意思のない地球軍兵士を、仲間であるザフト兵士が虐殺するのを見た。そして思い出す。ストライクを討ちたいあまり、邪魔をした地球軍の脱出艇を撃った己の罪を。
     何が敵か。どうしたら戦争が終わるのか。それを考えるようになった。
     確かに選び、イザークはアークエンジェルと共にこのヤキン・ドゥーエ宙域で戦った。でも足場を得たわけではない。まだ自分がどうすべきかもわからず、ただ『プラントを守りたい』ただそれだけのためにここに在る。その迷い、弱さを誰にも見抜かれたくない意地でイザークは睨んだ。
    「アスランもカガリも疲れたでしょ? 僕の心配ならいらないよ。ラクスにも早く顔を見せてあげなきゃ」
     柔らかく高めのその声は、しかし女の姦しいそれより耳にやさしい響きだった。アラスカで聞いたフリーダムのパイロットのそれと酷似するその声音に、自分の予想は間違いではなかったと確信する。だが目はそれに映した光景を信じられないものとして捉える。
     アスランより背は低く、細い手足。到底軍人とは思えない頼りない身体に、ヘルメットを外したその下に覗いたのはどう見てもこどもだった。
     柔らかそうな赤銅色の髪、アジア系だろう健康的な色をした肌、丸み帯びた繊細な輪郭に特徴的なのは零れ落ちてしまいそうに大きなアメジストの瞳。その瞳は不随意にゆらゆらと光を反射しまるで泣いているようで、なんでこんなこどもがパイロットスーツなどに身を包んでいるのかと本気で疑問に思ってしまった。
     いまは亡き戦友、ニコルも軍服が似合わない少年だった。しかし彼は国を守ると覚悟を決め、自ら軍服を身に纏っていたのだから似合わないと思っても不釣り合いなどと思うことはなかった。
     しかし、このキラと呼ばれるこどもは違う。彼はあまりに不釣り合いだ。無理矢理着せられた身の丈に合わない衣装を引き摺って歩いているようで、見るに堪えない――否、見ていたくなかった。何故か、わかってしまったような気がした。彼はこの戦争でただ生きるためだけに戦場に立たされた被害者だったなんて、気付きたくもなかった。
     思わず息を詰め、浅くしか吸えない息に眉間に皺を寄せていると、彼はゆるりとイザークに目を向け、ふわふわと覚束ない様子でイザークの元にやって来た。
    「デュエルの、パイロット……ですよね」
    「……ああ」
     少年は目を細める。その目は昏い。しかし逸らしてはならないと、イザークは益々眉間に皺を寄せる。
     視界の隅、キラの後ろでアスランが睨んでいるのが見えた。だが睨むのを止めてしまえば、目を逸らしてしまう。それだけはしてはならないことだと本能的に察すれば、暫くして少年は瞬きしてまたその目を潤ませた。
    「キラ・ヤマトです。みんなを守ってくれてありがとう」
     差し出された掌。それに手を伸ばし、緩く握りしめる。握手は和平の証明、友好的な挨拶の手段だ。それを自分とストライクのパイロットがすることになるとは思いもしなかった。
    「イザーク・ジュールだ」
     繋いだ手。握り締めた細い指。頼りないこの手は何人、何十人いやそれ以上の生命を奪った手だ。しかし自分の手も同じだと思えば、こんな風に泣きそうな少年に憎しみは覚えなかった。


    ――ユニウス条約締結。
     プラント最高評議会は混迷を極めた。戦争が苛烈化し、争いは人を盲目にする。憎しみの連鎖から拳を振り上げる者が大挙し、穏健派を貫いた者は数少ない。シーゲル・クライン前議長も殺害され、アイリーンが何とかそれらを纏めようとするもそう簡単にはいかなかった。この戦争の全貌を知りながら政治に明るいものを招集する中、その臨時評議会により白羽の矢が立てられたのはイザークだ。
     彼は元より、母に議員となるよう敷かれたレールを幼い頃より進んでいた。しかし『血のバレンタイン』を契機に、彼は義勇兵としてザフト軍に入隊し功績を上げていた。一貫して和平を願い続けたラクスの口添えもあり、彼は本来の文官議員としての務めを果たすようカナーバ政権でその力を振るった。
     終戦に向けての日々はあまりにも目まぐるしかった。
     フリーダム、ジャスティス、そしてエターナルと各機の強奪。平和のためといえ、ザフト軍機を討った事実。それらによりラクス、アスランは本来極刑を免れない。勿論地球軍所属のアークエンジェル搭乗員、キラなどは刑に処されずともザフト兵であれば恨みを持つ者は掃いて捨てるほどにいる。国家反逆罪を負わされた彼女らであるが、アイリーンが議長となったことによりラクスの罪は白紙に戻され、それに連ねる者はいまプラントを離れるのであればお目溢しを頂けることとなった。それでもラクス、アスラン、そしてキラは、アークエンジェルとカガリの搭乗するクサナギを地球に帰し、エターナルでプラントに戻ったのだ。

    「……あいつだけでも、先に地球に戻したらどうだ?」
     情報分析のためにラップトップと睨み合っていたが視界が霞む。休憩を取らなければ効率も悪いかと眉間を揉んでいたら差し出されたのは一杯の珈琲だった。デスクの上には冷え切った珈琲があり、ただ苦いだけだろうそれよりも有難いと受け取り啜りながらイザークは呟く。その言葉の意味を珈琲を差し入れたアスランは理解しながらも肩を竦めることしかしなかった。
     だが納得いかないとイザークが睨み付ければ、アスランは吐息を零しガラスで区切られた隣の部屋で一心不乱に画面と向き合うキラを見詰めた。
    「あいつなら大丈夫だ。俺とラクスが見てる」
    「大丈夫と思えば俺とてこんなお節介を口にしない。貴様らとて俺は、せめて停戦条約締結まで何処かに潜伏してろと言いたいところだ」
    「だが、俺は未だしもラクスがいなければ困るんじゃないか? そしてキラも。ジェネシスの影響で各種数値の変動が著しい。それに多くのものが破壊された。各監視装置の数値修正にプログラム構築。あいつ以上に素早く対応できる技術者の余りがいまプラントにいるのか?」
     嘗めるなと一喝してやりたい。そう思うができるはずもない。アスランの言うとおりであった。
     アイリーンは議員としては優秀だが求心力に乏しい。本来議長の器ではないのだ。それでも現在残った議員の中で最も適任であったのが彼女であり、国民を慰め、導くには一六歳の少女を頼るほかなかった。
     父・シーゲルを謂われない罪で殺され、自身も同じ罪に問われてなお平和の歌を歌った歌姫。彼女は父に代わり、彼の志を継ぐように国民に訴えた。明日を見て欲しいのだと、過去ではなく、いまを、そしてその先にある未来のために生きて欲しいのだと。そう切に願い、先の戦いに散った生命へ鎮魂歌を捧げた。それに少しずつではあるが確実に、人々は振り上げた拳を下ろしていった。そしてキラの活躍も著しい。彼のかわりになる人材はいないことはない。しかしいまは安心のためにも一刻も早い復旧と安全対策が求められた。そうなれば、キラほどの技術者をイザークは見たことがなかった。情勢が安定したなら各種拠点を改めて作ることになるだろうが、その間を繋ぐ処置はスピード勝負だ。例えば今回の戦闘によるユニウスセブンやデブリ帯の軌道への影響、新たにプラント周辺に漂うそれらの監視。それらは早期に整える必要がある。
     チッとはっきりと舌打ちすると珈琲を飲み干しカップを叩きつけるようにデスクに置いた。休憩もそこそこに液晶に目を向ければ、アスランはそっと溜息を零しイザークの肩を叩いた。
    「……いまは忙しくしていたいんだろう。立ち止まったらきっと、動けなくなってしまうだろうからって」
     そう呟くアスランに、だから地球に戻してやれと言っているんだと思いながらもイザークは口を噤む。誰も彼も、自分自身さえ情けなくて、涙も出なかった。

    「よっ! イザーク。元気そうだな」
    「……この顔を見てそう思えるのであれば、貴様の目は腐ってるな。病院に行け」
     コーディネーターのナチュラルと比べたら強靭な身体、軍隊で鍛え抜かれた心身でも流石に疲労を隠せなくなってきた。情けなく思いながらも外に出るときは目の下の隈を化粧で隠すようになったイザークは、深々と溜息を吐いた。
     ナイロビ講和会議で出されたスカンジナビア王国の提案を受け入れることとなり、それに関する調整作業が大詰めであった。悲劇の地・ユニウスセブンで締結されることもあり、九月末にあったヤキン・ドゥーエ攻防戦から五カ月。漸く一旦ではあるが終わりが見えてきた。最近ではラクスのメディアへの露出もかなり減っている。偶像であり、歌姫である彼女に酷く過酷な責を負わせてしまったように思う。アスランではなく、すこしでも運命が異なればイザークが彼女の婚約者となる可能性もあったのだ。そんな相手であるからこそ、余計に悲しげに笑う彼女に何もしてやれなかったことが悔しかった。
     しかしイザーク自身も限界に近い。すこしでも弱みを見せれば、エザリアの息子として足元を掬われる。謂れのない嫌疑をかけられ、いまも軍法会議に掛けられるのを待つ母を守ることも適わない。そうしてぎりぎりを歩み続けやつれたイザークは、それでも冗談を口にするディアッカを蹴り飛ばした。
    「痛ェな。ほら、元気じゃん」
    「ったく、貴様の間抜け面を見ていたら力が抜けた」
     一時間で起こせ。そう言ってイザークはソファーに身を投げ出した。長い脚はほとんどソファーに収まっていない。それでも座り続け痛む腰が伸ばされ、幾許かマシになる。
     仕方ないと言わんばかりに、イザークらしくない荒れた執務室をディアッカは片付け始めた。そんな彼が身に纏っているのは緑の軍服で、それを着て此処にいる。それだけでイザークは何も聞かずとも、本心から安心していた。
     ディアッカはプラントに戻ってから脱走兵として一時的に勾留措置を取られていた。しかし彼に関してもラクスの口添えがあり、個人情報紛失によりあらゆる利敵行為は問えないとされたことをイザークは理解していたが、それでもディアッカとはプラントに戻ってから会えていなかったのだ。アカデミーからずっと隣にあった存在。親友。そんな彼を心配しない理由などない。それも一度は戦死したと思っていたのだ。こうして呆れ顔を見せながらも慣れ親しんだ気配を感じるのは、束の間の平和を感じた。
    「……悪かった」
    「……ふんっ。そう思うなら二度と勝手な行動をするな」
     ごろりと狭いソファーで寝返りを打つ。ソファーの座面と向き合っていると、ノックと共に空気の抜ける音が響く。
    「失礼します。あ、ディアッカ……」
    「よっ! キラ、久し振りだな」
    「うん、久し振り。元気そうでよかった」
     ふわりとやさしい声が響く。それにぴくりと肩が跳ねたが、ディアッカがいるならここは寝た振りをした方がいいだろう。自分が起きないことで、ディアッカならば察してくれると信じていた。そして実際ディアッカはイザークの望みを察したのか、極端に声を潜めキラと話始める。
    「実はさ、イザークの奴働き詰めで漸く寝てくれたんだよ。見ろよ、宇宙に出てるわけでもないのにこのパウチの山。まともにあったかい飯も食えてねえの」
    「うわあ……議員になると大変だね。確かに僕、彼が働いている姿しか見たことないや」
    「俺も軍にいなきゃなんねえからこいつを構ってばっかいられないし、本当は秘書とかいればいいんだけどな。突然招集されたから何の準備もできずにって感じでさ」
     ディアッカは上手いこと誤魔化しキラと話を続ける。そうだ、キラは知らなくていい。ディアッカがアークエンジェルに乗り彼らと戦ったことで本来ならば軍法会議にかけられていただろうことも、イザークの母がアスランの父の右腕であったことも。これはザフトの、プラントの問題だ。キラの問題ではない。
     キラもそれを疑わず、イザークを心配するような声を上げた。
    「――だからさ、いまからこいつの飯買ってきてやろうと思って。片手で食えるもんならきっと食うだろうし、ハンバーガーでもって思うんだけどキラも行かねえ?」
    「え? でも僕……」
    「どうせこいつ一時間は起きねえだろうし。俺も腹減ったからさ、一緒に食いに行こうぜ。こいつの飯はそのついで」
    「いや、でも僕やることあるし……っ」
    「キラはあくまで手伝いだろ? 本当は此処にいない人間なんだから、休憩とったって誰も怒らねえよ。どうせイザークになんか報告もあったんだろ? それなら起きるまで時間潰そうぜ」
     どんどん遠ざかっていく声に、イザークはそっと目を開いた。そしてこういうことは自分にはできないと、ドアが閉まる音と同時に溜息を吐く。
     確かにキラはイザークと比べたらやつれた様子は見えない。しっかりアスランとラクスが彼を夜には宿泊先に連れて帰り、食事を与えていた。しかしアスランらとて、何もキラの世話の為だけにプラントにいるわけではない。本当はプラントを離れたいのに、戦後処理のために止む無くプラントにいるだけ。故に現地作業のほかアプリリウスにいるときは、各主要施設にアクセス可能である、イザークが執務室を構える国防事務局本部にて日中は放置されていることが多い。そこの職員らに身分を隠しいるわけだが、人当たりのいい彼はすぐに受け入れられた。ラクスが連れてきたこともあり、彼の技術力は頼りにされている。現場での心配はないと言える。
     しかし彼は休憩を入れない。プログラミングなど孤独なものだ、わいわいと作業する必要もないため作業ブースを与えてしまったことも悪かった。キラは誰かに誘われなければ昼食も取らないのだ。なのにいつでも穏やかな笑みを浮かべている。とてもではないが見ていられなかった。
     イザークは最近でこそ個室の執務室を得たが、エザリアの息子として最初の内は本部内で監視されており、そのために各システムの集中したマシン室にあるガラス張りの一室で仕事をしていた。そのおかげでキラのその悪癖を知ったわけだが、ディアッカのように自然にキラに休憩も食事もとらせることはできなかった。
     職員らへの差し入れに扮して茶菓子を渡したり、急な呼び出しを受けたと言って買ってきた食事を押し付けたり。それもあまり高頻度でおこなえば不審に思われるからと、歯痒い思いをしていたのだ。
     だから地球へ戻せと言ったのだと、イザークはもう一度寝返りを打つと今度こそ考えることを止めた。戦場で身に着けた入眠法で一瞬にして意識が飛ぶ。真っ暗な視界に、濡れたアメジストが見えたような気がしたが、それはすぐに闇に溶けた。

     それから半月過ぎたC.E.七二年三月一〇日。ユニウスセブンで地球軍とプラント間に停戦条約としてユニウス条約が締結された。
     プラントは表面上、平和と日常を取り戻しそれに呼応するように本来もうプラントにいないはずの彼らは姿を消した。アスランはオーブに行きカガリを支えるのだと告げたが、ラクスとキラが何処にいるか何をするかを誰も知らない。
     ただ本来あるべき姿に戻ったプラントで、アイリーンはあくまで終戦に向けた臨時評議会における議長であり、停戦に反発する過激派や国力を基に兵器保有数を制限する条約に反発する勢力の不満を受けて議会を解散させ彼女自身も辞職した。最高評議会の改選が実施され、ギルバートを議長とする新政権が発足した。そして戦時中の記録が見直されイザークは地球軍の脱出艇破壊を罪を問われたが、ギルバートにより不問とされザフトに復隊し白服を身に纏う。彼の名のもとに以前の小隊の面々とディアッカが集った。母の願いとは異なる結果となったが、国防の担い手として若くして白を纏うイザークを誰もが羨望の眼差しを向けることとなった。

    「なんだ。傷、漸く消す気になったのか?」
     イザークの主治医はディアッカの父が経営する病院の医師だ。隠れて無茶をしがちなイザークの動向は筒抜けで、復隊する前に整形手術の日程を組んでいたそれとて同様。守秘義務違反だとイザークはぎろりとディアッカを睨み据えるが、深々と溜息を吐くと額から走る傷跡に指を這わせる。
    「……もう戦争は終わったんだ。復讐も仇もない。それならこの傷を未練がましく残す理由なんてない」
    「……ま、そうだな」
     ディアッカは肩を竦めると、呼出音が響く端末をポケットから取り出した。軍からの呼び出しかと思ったが彼にしては珍しく、あどけないと言える笑みを浮かべる。
    「マジかよ」
     ぽつりとディアッカは呟くと、端末片手に急いで壁際に向かい緩む頬も隠さず通話に応じる。
    「ディアッカだ。……ミリアリア? おいおい、電話してくれたなら喋ってくれよ。顔も見えないのに、全部察しろと言われても無茶がある」
     困ったと大袈裟に溜息を吐くが、彼の顔はにやけたままだ。ミリアリア。その名はアークエンジェルで聞いた覚えがある。それにすべてを理解し、イザークも苦笑した。
     まさかあのディアッカが、ナチュラルの少女を選ぶとは。そう思うが存外熱く、一途な男だ。見た目に反するその性格で振られなきゃいいがと思いながら、イザークは再度傷跡に指を這わせる。
     両親がコーディネイターであるイザークはプラチナの輝きを閉じ込めたような白銀の髪に透き通るような肌、純度の高い溶けにくい氷を思わせるアイスブルーの瞳を有する絶世の美形だ。これぞコーディネイターと言わしめる優秀さと美貌を兼ね揃えながら、彼は目立つその醜い傷跡を敢えて残した。それは復讐の炎が誤っても絶えぬよう、己への見せしめであり、これを目にする者にこの戦いを終わらせねばならないと蹶起させるためでもあった。
     しかし、イザークはキラの手を取った。キラと握手を交わし、彼を知った。
     終戦を迎え、罪も白日の下に晒された。そして、自分は改めて国防を信念と定めた。初志に戻っただけだが、それこそが大事なのだといまの自分ならわかる。
     未だ足場は定まらない。『プラントを守りたい』という信念しかない。ならば仲間と共に入隊したあの日のように、日々を必死に生きるしかないだ。
     イザークは生きている。明日がある。ならば昨日を決して忘れず、抱え、守り、生きていくしかない。
    「……だがあいつは、俺のように信念も持たないただの民間人だった。それは……辛いな」
     あんなにも痛んだ傷は、いまはちっとも痛みなどない。それよりもいま、何処にいるとも知れないキラを思うと、胸が痛かった。
     約半年も近くにいたはずだった。しかし会話という会話をしたことがなければ、ただ仕事のやり取りとすこしの世話を焼いただけ。ただそれだけだった。それでもヤキン・ドゥーエ宙域、アークエンジェルで彼と出会ったあの日は忘れようがない。
     あんな悲惨な戦場の、それも中心にあった艦で、ただの傷付いた民間人と会った。その事実がイザークをただ傷付けた。


    「――イザーク。イザーク起きろって。着いたぞ」
     イザークとディアッカは最高評議会の招集に伴い、自身のMSの整備も兼ね本国に戻っていた。充分な設備があるとはいえ本国に戻るのであればいつでも万全な状況で、いざとなればここから直接戦地に赴けるよう準備しておかねば安心できない状況である。そもそもイザークだけであるならそこまで神経質にもならないが、ディアッカまで前線から外れている現状に、イザークは少なからず苛ついていた。シホにあとは任せており、彼女なら心配はいらないと思うが戦場は予測できないことが起きる。現在L5宙域では小競り合い程度の戦闘しか起きていないとはいえ、いつまた地球軍が核を投下するとも限らない。
    「チッ。このあとの予定は?」
    「評議会に一三○○に出頭。そこで前線の戦況に関する報告らしいが……」
    「他に何かあるんだろう。まったく、何かさせたいならまだるっこしいことなどせず、簡潔に命令すればいいだろう。これだから……」
    「はいはい。焦るのはわかるけど、いまは落ち着いてるんだ。休暇とでも思おうぜ」
     そんな気楽なことを考えられる情勢か。そう思うがディアッカのその能天気さは戦場に立つ兵士であれば持つべき心の余裕であるともいえる。もう一度舌打ちをすると、機体の格納庫への移動、整備士との調整、昼食と済ませれば時間を迎えていた。
     出頭した最高評議会本部にはギルバート一人しかおらず、やっぱりなとイザークは胸の内で鼻を鳴らす。本国に引き戻したのとて、建前を用意して何かを任せたいか話たいかのどちらか。ギルバートを信じているが、どうにもこの振舞いが先の戦争における上司――ラウ・ル・クルーゼを彷彿とさせ複雑な心境を齎す。アスランから戦争の背後にあったラウの暗躍は聞かされた。彼がザフトを裏切っていた、それどころかこの世界を破滅させようとしていた。イザークが聞いたそれは、イザーク自身に不都合が生じない程度にしか教えられず真相とは程遠いだろう。それでも真実を知れば、イザーク自身幾つかの疑念と気付きを得ていた。同時に自身は期待されてなど居らず、彼の中でイザークはアラスカで死んでもよかったのだと。だからメインゲートへ向かうように言われたのだと知ってしまった。結局自身も、プラントを守るために必死に足掻いたというのに、あの戦争においてほかの兵士と変わらない駒でしかなかったのだ。
     沈鬱な気分となったのを振り払うように頭を軽く振り敬礼すると、休めるように勧められ剰え紅茶で持て成された。
    「どうだね? 戦況は」
    「はい。それは既に報告が上がっている通りですが、私の所感として地球軍は現状地球での戦闘に重きを置いており、ザフトの主力を宙域に留めるための侵攻を繰り返しているのだと思われます。双方に被害は然程出さず、しかし相応の防衛は必要とする……下手にこちらが戦力を拡散させ地球に戦力を集めれば、奴らは再度核の投下を試みる可能性が高いかと」
    「君のいうとおりだ。しかしカーペンタリアやジブラルタルへの侵攻に手をこまねくわけにもいかない。積極的自衛権行使は必須だろう」
    「はい。ただ防衛するだけでは国民の不信を悪戯に煽るものとなります。我らとてカーペンタリアやジブラルタルが万が一にも落ちることがあってはなりません。戦力の投下は必須……」
     話しながらはたとイザークは気付く。
    「……議長は我らジュール隊に地上降下作戦に参加しろと?」
    「それは可能性の一つの話だ。私としては、ユニウスセブンの一件でもテロリストの存在をいち早く懸念し振るわれた采配を鑑みるに、地球での戦闘経験のある君たちが向かえば安心できるが、それはプラントの防衛が薄くなることを意味する。最終決定は国防委員会でされることではあるが私としてはできるかぎり対話での解決を目指したい。こうも強硬手段を取り、核を撃たれたとなれば常軌を逸してまともな戦争ではないとはいえ、ね。無駄に君たち若者をまた戦場に送り、死なせたくないのだよ」
    「議長……」
     沈痛な声音にイザークは思わず歯噛みする。その通りだ。イザークとて同胞を――本当は戦う必要のない者を死なせたくない。だがこうして開戦したいま、取らねばならない選択も理解できるが故に歯痒い。言葉にならず視線を泳がせれば、ディアッカも同じように痛ましい表情を浮かべ押し黙っていた。
     何かを飲み込むように紅茶に手を伸ばし喉を潤せば、香り高いそれから口内に渋みばかりが広がった。
    「君たちはヤキン・ドゥーエから、このプラントのために尽くしてくれた。戦場でどれだけ君たちが苦しんだか、プラントで見守ることしかできなかった私には測り知れないものだ。それでも君たちはいま再び、核を撃たれてなお戦火が広がることにそうして悲痛な表情を浮かべてくれている。それが嬉しいのだよ。だから力を貸して欲しい。私も出来得る限り、力を尽くそう」
    「勿体ないお言葉、痛み入ります。お任せください」
     イザークは間髪入れずにそうギルバートに返した。この気持ちに嘘偽りはない。ギルバートの望みとイザークの望みは重なっている。
     しかし、何故だろう。どうしてもギルバートの笑みに、ラウの面影が重なり苦味が広がる。クルーゼ隊で最も長く彼の部下として戦場に立ち続け、騙され続けたせいか。これほどできた人だと思うのに、どうしてもざりざりとこころが削られる。きっとそれは癇癪持ちの自身の気質のせいと思うのに、どうしても引っ掛かるのだ。
    「……君は情報の扱いにも長けている。それも踏まえ、イザーク。君に最高評議会から内密に頼むことも増えるだろう。そしてディアッカ。君にはイザークの補佐として、そして友として彼を支えて欲しい」
     そう切り出したギルバートは、質の異なる笑みを浮かべた。それには何も含みを感じなかったが、何かとイザークは首を傾げ、その後に怒鳴らなかった自身を心底褒めたいと思った。


    「ふざけるなあの男は! いつもいつもいつもいつも!! 俺に嫌がらせするために存在しているのか!?」
     まだ何も物を壊していないことが奇跡だ。着替えのために士官宿舎にディアッカの運転で向かいながら、イザークは腹の底から怒声を響かせる。ディアッカは慣れているとはいえ鼓膜が破れる危険を感じながら、乾いた笑みを浮かべた。
    「予想より早い再会になるな。折角お前がデレて〝死ぬなよ〟なんて言ってやったのに」
    「うるさい!」
     エレカのダッシュボードが破壊されるのではないかと思うほどに、拳を振り下ろす。ダンッと響き渡るその音に、手が痛むだろうにとディアッカは思いながらも口にしなかった。その怒りとてわかるのだ。しかしそうも目の敵にしなくともいいだろうとも思う。
    「ほんとお前、アスランとそりが合わないよなあ」
    「ふんっ、当然だろう?」
     そうイザークは吐き捨てると腕を組み窓の外へと目を向けた。やれやれとディアッカは肩を竦めるも、この懐かしさを覚えるやり取りは愛しささえ感じるように思えた。

     ギルバートに告げられたホテルに向かい十階の角部屋を目指す。そこでノックを二回、重ねてもう二回。そこまではイザークも怒りを押し殺していた。しかしそこに姿を現した男を見るなり、ぷつりと彼の堪忍袋の緒が切れる。
    「イザーク?」
    「貴様ァ!! 一体これはどういうことだ!」
    「ちょっ、待ておい!」
     胸倉を掴み押し入る。入るなり殴りかかれば流石に止めたが、その程度ならじゃれ合いのようなものだとディアッカはゆったりとそのあとを追って入室した。ホテルのグレードは特別高くはないが、セキュリティの面は安心できる。軍人として、アスラン相手には不要だろうが護衛対象の安全面の確認は自然とおこなっていた。――イザークはその実どうかわからないが。何せアスランなら問題ないだろうと、ただ自分が此処にいる理由を作った彼に腹が立って仕方ないのだ。
     気を利かせたつもりなのだろうが、この二人の犬猿具合を知らず手配したギルバートにディアッカは苦笑し、突然掴みかかられ困惑するアスランに同情した。
    「なんだって言うんだ、いきなり!?」
    「それはこっちの台詞だ、アスラン! こっちは無茶苦茶忙しいっていうのに、評議会に呼び出されて何かと思って来てみれば! 貴様の護衛監視だと? なんでこの俺がそんな仕事のために、前線から呼び戻されなきゃならん!」
    「護衛監視……」
     この二人に任せていたら、まともな会話にならない。いじけるように顔を逸らしたイザークと困惑するアスランに、ディアッカはすっと割って入る。
    「外出を希望してんだろ、お前?」
    「ディアッカ」
    「お久~」
     イザークの勢いに自分が見えてなかったかと苦笑するが、これも昔からのことだ。こいつらはいつまで経っても変わらないのだとそう思うと、愉快な気持ちにこそなれ不快には思わない。イザークとてそうだ。キレてこそいるが心底嫌っているわけではない。憎らしく思うならイザークであれば徹底的に排除するか、感情を向けもしない。命令を熟すだけで、それ以上会話一つしないだろう。そしてアスランも、一方的に突っかかれ続けてきたがイザークの本質を理解している。彼だからこそイザークを軽くいなせるところもあり、その実軽快で健全な関係だ。とはいえ、このタイミングは火に油だとディアッカも思わなくはないが。
     外出を希望するアスランについて向かう先は、幾度となくイザークらが脚を向けている共同墓地である。プラントの国土は狭い。故に親族の特別な意向がない限り共同墓地に埋葬され、墓碑が並べられる。先の戦争での戦死者は終戦後まとめて墓碑を立てられ、遺体は埋まっていない。故にニコルらの墓は近くにまとまって存在した。
     鐘が鳴り響く。緑の芝生に一面に広がる白い墓碑。評議会に顔を出してから霊園に辿り着いた頃には夕方に差し掛かっていた。人工の太陽が沈もうとして世界を茜色に染め上げる。その中で順に花束を墓碑に置いていき、ニコルの墓の前で三人は立ち止まった。
    「……プラントは意向を決めたのか?」
     ぽつりと呟くような声だ。アスランのそれにイザークは鼻を鳴らす。すぐにそれは知れることであれば、隠すこともない。国防委員会の作戦内容さえ口にしなければ、国籍の異なるオーブの民間人あろうと告げたって構いはしない。イザークはニコルの墓をまっすぐに見詰めるアスランに視線を向け、先のギルバートの会話を摘まんで説明した。
    「積極的自衛権の行使……やはりザフトも動くのか」
     半ば呆然としたような声だ。その声はまるで停戦後の半年の頃のように覇気がない。振り返るアスランに今度はイザークが目を逸らし、ニコルの墓をまっすぐに見詰める。
    「仕方なかろう。核まで撃たれてそれで何もしないというわけにはいかん」
     それは誰にとなく言い聞かせるものであった。この場の誰一人、戦いを肯定しようなどと欠片も思わない。振り上げられた拳に、拳で応えればそれは終わりを見失う。かといってただ耐え、殴られ続けるわけにはいかないのだ。これはこどもの喧嘩ではない。それこそさきほどまでイザークがアスランに突っかかっていたそれとは本質が異なる。殴られ続けるということは誰かが死に続けることだ。それが戦争なのだ。守るために誰かが死んで、攻めるために誰かが死ぬ。それを身をもって知ってなお、どうして戦争を肯定できるというのか。ただ、プラントを守りたいだけだった。国を、同胞を守りたいだけだった。ただ、それだけだったのに。
     誰もが口を噤む。誰も正解など知らない。どうすることが正しいかなんてわからない。
     それでもイザークとディアッカはザフトという立場を選び、アスランはオーブを選んだ。三人とも思うことは同じはずなのに、両者には大きな隔たりがあった。
    「……第一波攻撃のときも迎撃に出たけどな、俺たちは」
     ディアッカが口を開く。それは淡々とし、しかしアスランに言い聞かせるような響きだ。
    「奴ら、間違いなくあれでプラントを壊滅させる気だったと思うぜ」
     痛みを堪えるようなその声に、アスランが拳をきつく握りしめるのが見えた。争いたくなどない。それでもイザークが、ディアッカが、アスランが銃を手にしたのはプラントを守る為だった。それは幾らアスランがオーブに渡ろうと変わらない事実だ。だからこそアスランはプラントに再び核を撃たれそうになり、痛みを感じている。イザークとディアッカが守ろうと奮闘する中、アスランはその事実を誰かの口からあとになって聞かされることしかできない。そんなの、何かを為せるだけの力を持っていたならば悔しくないのか? そう、イザークの内でじりじりと焼け付くような焦燥を覚えさせた。
    「……で、貴様は?」
    「……え?」
     やはり、我慢ならなかった。
     貴様は何がしたい? と問い詰めることはしなかったが、その問い掛けは止められなかった。イザークの脳裏にはいまは亡き戦友や名もなき兵の姿、無抵抗のまま殺されていく敵兵、撃たれた核。それらがぐるぐると駆け巡る。酷く足場が脆く感じた。ただ地球軍を敵と思い、ただストライクを討つことを考えていたあの頃の方が煮え湯を飲まされても全能感を覚えていたのではないだろうか。正しいかは別として、明確な答えがあったあの頃はひどく楽だったように思う。考えなくていい。ただ引き金を引き続けるだけだ。けれどもう二度とあの頃に戻れるわけでなければ、戻りたいとも思わない。
     何が敵で、どうしたら戦争は終わるのか。
     誰かに教えてもらいたい。けれどそんなものにきっと答えはない。だからこそ不安定な足場でも、一手でも見誤れば奈落に落ちると知っていようと、イザークは立っている。プラントを守りたいから。その初志だけは見失ってはならないと、だからザフトにいる。
     対してアスランは、己より優れているのに迷子のようで見ていられない。奥歯を噛み締めると、幼い驚きの声を上げる彼とイザークは向き合った。
    「何をやっているんだ、こんなところで! オーブはどう動く?」
    「……まだ、わからない」
     苦しげなアスランが何を抱えているか、イザークにはわからない。それでもと思うのだ。思ってしまう。
    「……戻ってこい、アスラン」
     溢れ出た言葉は止まらない。
    「事情はいろいろあるだろうが、俺が何とかしてやる。だからプラントに戻ってこい、お前は」
     お前は。そう区切った言葉をアスランは正しく理解しているだろうか? しかし、イザークはいまこうして迷い立ち尽くすアスランを前に、キラやラクスの名を口にするのは卑怯に思えた。せめてそれを口にしないことが誠実とさえ思う。
     本当であればヤキン・ドゥーエの三隻同盟に参加したコーディネイターすべてにプラントに戻ってきて欲しいところだ。キラやラクスだけではない。バルドフェルドにだって戻ってきて欲しい。彼らなら同じ志の元、共にプラントを守れると思う。しかし彼らは表舞台から完全に姿を消した。
     いまでもラクスなどその姿に歌に触れない日はない。一六歳のときの姿のまま、それでも彼女は記録されたその歌姫の姿で人々のこころを慰めている。それはひどく、彼女を追い詰めただひとりの少女としてのラクス・クラインを見失わさせた。彼女とて戦争で父を、友人を亡くした少女だというのに。それでも気高く心優しい少女はそれに嘆かず、同じく自身を見失ってしまった少年と寄り添って静かに姿を隠すことを選んだ。
     それを逃げたと罵ることができるはずもない。寧ろそれを課してしまった世界が悪いのだ。
     そして彼女と共に消えたひとりの少年もそうだ。幾らMS操縦技術が抜きんでていても、何人殺しても、民間人でしかなかったキラ。戦場で引き金を引けば誰でも軍人になれるわけではない。生きるために、守るために、そこに銃があれば何処にでもいる母でもこどものために引き金を引くだろう。レジスタンスだってそうだ。誰だって引き金を引ける。けれど彼はあまりに強かった、優しかった。だから幾ら自分が壊れ、すり減ろうと、引き金を引いて、引いて、引いて、そうして悲しみに囚われた。戦場に蹲り、助けてと恐怖に泣くこどものような目。けれど誰も助けてくれないと悟ってしまっている目。あんなのは軍人のする目ではない。だから彼は少女に連れられて姿を隠した。
     彼女らは、自分を見失ってそれでも世界を憎みたくなくて、生きたくて姿を消した。それをイザークは咎めない。否、咎める者がいればイザークは許さない。戦う意思のない民間人に無理に銃を持たせるなどあってはならない。そのために軍は在り、誇りを抱きそこに自分は在るのだから。だからこそ、アスランだけは見逃してやれなかった。
     彼女らのように傷付いて、軍人であることを本当に辞めたのなら姿を消せばよかった。持つ力は彼女らを守るためだけに使えばよかった。カガリという存在を守りたかっただけで、本当はラクスやキラと同じように隠れたかったのかもしれない。それでもカガリという一国の代表の傍らに立ち、ブレイク・ザ・ワールドにはザクに乗って居合わせ、開戦したいまオーブに居らずプラントにいる。それを見逃してやれるほどイザークは優しくない。
    「俺だってこいつだって本当ならとっくに死んだはずの身だ。だがデュランダル議長はこう言った。〝辛い経験をした彼らたちにこそ、私は平和な未来を築いてもらいたい〟、と。だから俺はいまも軍服を着ている。それしかできることもないが、それでもなにかできるだろう。プラントや死んでいった仲間たちのために」
    「イザーク……」
     こんな話、できることならしたくなかった。けれど開戦してしまったのだ。いまも再び、いつ核が撃たれるかと怯え、戦火で同胞が死んでいる。それから目は背けられない。迷いながら、脆い足場に怯えながら、それでも足搔き続けなければ何も守れない。そのとき、アスランほどの男が味方ならどれほど安心できるか、それを彼自身に自覚して欲しかった。
    「だからお前も何かしろ。それほどの力、無駄にする気か?」
     アスランは何も言えなかった。けれど深く考え込むように俯く。しかし時間は無情に過ぎ去り、日は暮れた。明日にはイザークたちはゴンドワナに戻らなくてはならないのだから、これ以上無駄に時間を使えるはずもない。
    「……あー、どっかで飯食って帰ろうぜ。アスランもさ、俺たちはお前が戻りたいって言うなら幾らでも手を貸してやる。だから選択肢の一つとして考えろってことで」
    「……ああ。ありがとう」
     どうにかとりなそうとするディアッカに、アスランは微笑んだが力なかった。
     ディアッカに連れて行かれた飯屋でアルコールを大量に流し込まれて漸く笑顔を浮かべたイザークとアスランは、それでも陰りは隠せなかった。


     急進派NO.2だったとはいえ、エザリア自身が先の戦争で誰かを貶めたことも強硬したこともなかった。それはパトリックによって軟禁されたアイリーンを始めとした穏健派の証言があってこそであり、それでもその思想とパトリックの凶行を止められなかった咎として彼女の議員生命は道を閉ざされた。しかしマティウス市では絶大な影響力を持つエザリアは国防委員会に招集され、いまは国防委員の一人としてマティウス・アーセナリー社と軍事開発部門の管理をしていた。そんな彼女にアプリリウスに戻りながらも挨拶せずに戦場に戻れば、後々どれほど文句を言われよう。彼女のことを愛しているが、母として行き過ぎた愛に頭を悩ませることが多い身として早朝に挨拶して、イザークは溜息を吐きながら定時にシャトルに戻った。
    「なんだ? エザリア様に酒臭いって怒られたか?」
    「馬鹿者、そんなわけなかろう! ……いつものあれだ」
    「あー……こんな状況でもか?」
    「こんな状況でも、だ」
     思わずディアッカまで溜息を吐く。そしてディアッカは実家がほどよく放任主義でよかったと安心した。
     イザークは押し付けられたのだろうディスクを片手で握り潰し、足元に投げ捨て踵で踏みつぶす。そこまでしなくともと思うが、個人情報が詰め込まれている媒体と思えば、見る気もないなら正しい処理方法なのかもしれない。あとでこの辺りの清掃係には申し訳ないが、イザークの婚約者候補の情報が詰め込まれたそれの片付けを頼んだと知らない誰かへとディアッカは念を送る。
    「信じているが、もしものことがある。孫をこの腕に抱けず、お前の遺影を抱き締めることになる私が可哀想だと思わないのか?」
    「それエザリア様に言われたわけだ」
    「そこは素直に俺を信じろ! そもそももし嫁がいたとして、嫁と子を遺して死ぬことの方が母上に遺影を抱き締めて泣かせるより未練になるわ!」
    「……お前、いい奴だよなあ……本当にその癇癪持ちさえなけりゃ欠点ないくらいには。本当に恋人も婚約者もいないのが不思議だぜ」
    「うるさいうるさいうるさい!!」
     イザークは怒りのぶつけどころを失い、激しく足を踏み鳴らした。誉あるザフトの白服、そのブーツの踵が可哀想なすり減り方をしていることだろう。新しいブーツを発注しといてやるかと思ったが、どうせシホが気付くだろうとディアッカは見なかったことにした。
     イザークの胃痛の種は、正直この戦争より母親の世話焼きが一番ではないだろうか。顔を合わせれば結婚結婚。婚姻統制を敷かれているプラントにおいて遺伝子を基準にした婚約者探しは一般的だが、何せイザークはあのエザリア・ジュールの息子でありジュール家の一人息子だ。家柄としては申し分なく、彼自身も紆余曲折あれど出世街道まっしぐら。そんな彼のためにエザリアは遺伝子と家柄と器量とを調べては婚約者候補を幾人も連れてきた。有難いのか哀しいことにか、イザークは第二世代だが比較的子を生しやすい遺伝子らしく、候補は選り取り見取りらしい。それが彼の胃痛を加速化させた。誰とでも相性が良いせいでラクスと対のようにあってしまったアスランが彼女の婚約者になったこと、それが内密にだが解消されたいまでもエザリアのこころの中でしこりになっているのかもしれない。エザリアもラクスのことは好きだったようで、義娘にしたかったのだろう。そんな母として、息子のしあわせと孫を抱きたいという当然の願いを叶えてやりたい気持ちはなくもない。
     しかし当然出会いはなければ、いまはそんなことを考えている余裕もない。何より清算したい諸々がイザーク自身山積みであり、まだ一九歳なのだから放っておいてくれという気持ちが強かった。
    「俺はまだやらなければならないことが山積みなんだ。女に現を抜かしてられるか!」
     既にシャトルに機体は乗せられており、ゴンドワナへの物資の積載がされていた。とはいえ他に補給経路は確立されているから、兵士の気晴らしになるような娯楽寄りのそれらであり、すぐにそれも終わるだろう。
     鼻息荒く座席に腰を下ろすイザークから通路を挟んだ斜め後ろにディアッカは座る。
    「まあイザークはキラが気になって仕方ないんだもんな」
    「ッ!? 違うと言っただろう貴様! そういう関心を奴に持つわけなかろう!?」
    「えー? 別にいいんじゃない? しあわせの形は人それぞれってヤツだろ」
    「そもそも奴はラクス嬢の恋人だろう!? 男女以前の問題だ戯けが!!」
     よく鍛えられた声帯と肺活量だ。そう思いながらもディアッカは朝から元気なイザークをからかうのもそこそこに、イザークから以前貰った御守を手にその中身を引っ張り出す。そこには笑顔のミリアリアの写真があり、ふっとディアッカは優しく微笑んだ。
    「ラクス様はどうか知らないけど、キラのあれは違う気がするけどな」
    「は?」
    「まあ俺の勘違いかもしれないけどさ、もし本当に気になるなら素直になった方がいいと思うけどな。キラなら他人の気持ちを蔑ろにはしねえよ」
    「……はああああ。もう勝手に言ってろ」
     いい加減堪忍袋の緒が切れたのかイザークは立ちあがりディアッカの方を向いたが、彼が写真を見て微笑むのを見たら怒りも萎んだ。もうどうでもいい、そんな気持ちになりもう一度座席につく。
     誰も彼も何故そうも色恋沙汰が好きなのか。アスランも多分カガリとそういう仲なのだろうと思えば頭が痛い。もし奴が本当はキラたちのように隠れ住みたいと思っているのに、カガリへの恋情で引くに引けず――だったのであれば頭を抱え蹲りたい。そうでないことを祈り、大きな溜息を吐くと昨夜見れなかったニュースを確認するように、座席につけられている液晶で国営放送を表示した。
    「――――……は?」
    「ん?」
     思わずあんぐりと口を開けてしまったのは致し方ないだろう。市民がどういまの情勢を捉えているのか、それを確認するためのニュースチェックでありイザークは自身の情報網から特別な報告は何も得ていなかった。だからこそいま目の前に映る光景に呆然としていた。
     イザークらしくないその怪訝な声に、ディアッカも不審に思ったのだろう。殴られないよう距離を取っていたが、イザークの後ろの席に移動すると彼が釘付けになる画面を覗き込み彼も呆然とした声を上げた。
    「……なんだこれ」
     二人揃って顔を怪訝に歪め戸惑う。その画面にはよく知る女性が映っていた。少女というには熟し、一人の大人の女性と言った顔をしていたが間違えようのないその美貌、その声。しかし胸を強調し、脚の付け根が晒された衣装を身に纏う女性など知っているはずなのに彼らは知らない。どう見てもこれはラクスなのに、彼らの知るラクス・クラインではなかった。
    「おいおい、イザーク。いつラクス様、オーブからプラントに戻ってきたんだ? アスランが来たのは実はそのため?」
    「知るか。そもそも貴様、これを本当にラクス嬢だと思うのか?」
    「それなー。見る分にはこっちの方が眼福ってヤツかもしれないけど……」
    「…………」
    「冗談だって。……にしても、めちゃくちゃ本物っぽく見えるな」
     イザークの眉間が益々厳しくなる。そして考え込むように口許に手を遣ると、画面を睨みつけた。
     〝ラクス〟が現状を憂い、最高評議会を、ギルバートを支持する声明を発表している。人々に信じるべき答えを提示している。これが本当にラクス・クラインであるならば、いつギルバートは彼女と接触し彼女の信頼を勝ち得たというのか。一人の少女として生きたいと、同じく傷付いた少年と姿を消した彼女がそれを押してまで、もう一度アイドルであるラクス・クラインとなる覚悟をギルバートは抱かせたというのか。そんなこと有り得るのだろうか。
    「……ディアッカ。ミリアリア・ハウは確かにみんなオーブにいると言ったんだな?」
    「ああ。すくなくともラクス様を任せるとは言ってなかったな」
     イザークはそれを聞くと頷き、急ぎラップトップを操作した。インカムを耳につけ、幾つかの連絡を手早く済ませる。ディアッカも何を言われるでもなく、自身もラップトップの操作を始めた。
    「ディアッカ」
    「なんだ?」
    「奴の交友関係を漁る前に、クルーゼ隊長と関係があるか調べてくれ」
    「クルーゼ……? 関係があるっていうのか?」
    「わからん。勘だ。だが奴とクルーゼ隊長はなにか……似たものを感じる」
    「オーケイ。そういう勘は信じたほうがいい」
     イザークと長年の付き合いだけでなく、ディアッカとて赤服を身に纏っていた。そもそも無能であれば、イザークがディアッカと親友になるわけがない。すくなくとも価値観が合うからこそ、互いの欠点を知りながらもこうして隊長とその副官の立ち位置としてザフトの一部隊を任せられているのだ。
     ギルバートが情報の扱いに長けているとイザークを評したが、それは当たりだ。ジュールの名と、自身が議員であった人脈、ザフト内では上官の覚えもよく議会にも軍内にも顔がきく。そして情報処理とて周りに化物が多いだけで優れており、何よりイザークは戦略に長け人を使うことが上手い男だ。イザークの考えをすべて拾えないが、イザークが睨み付けた画面とインカムでおこなっている各種連絡内容に耳を傾ければ想像できる部分は多い。イザークはそれを知ったうえで、ディアッカにギルバートの調査を任せ、そのほかを自身で調べ行動を開始していた。
     これだから着いていこうと思っちまうんだよな、とディアッカは苦笑を零した。

    「ハーネンフース。俺が不在の間の報告を」
     さっきまで最高評議会議長、自国のトップを疑い調べていたのが嘘のようにイザークはいつも通りだ。ディアッカとて同じように普段と変わらない振舞いをしている。しかしメディアにおける〝ラクス〟の動向をいち早く確認するため、インカムに国営放送を繋ぎ聞きながら一緒になってシホの報告を確認した。
     特に変わりがなく小競り合いが一度発生したがジュール隊は出動していない。補給も問題なくおこなわれ、安定しているということ。予想通りの返答にイザークはシホを下がらせた。
    「どうする? 俺が此処にいるから、お前も下がってていいぜ?」
    「いい。あくまで普段通り振舞え。〝アレ〟は苦肉の策で善意の可能性もあるんだ。危ない橋を渡ろうとするな」
    「りょーかい。んじゃ、射撃場にでも行ってくるかな。宇宙に居続けると身体が鈍るし、ちょっとうちの奴ら扱いてきてやるよ」
    「貴様も充分鈍ってるだろう? 白兵戦にして貴様こそ扱かれて来い」
     ゴンドワナにいるため姿勢はいい。しかしその口調は普段と変わりがない辺り、普段通り振舞えとは言ったものの真面目にしろと文句の一つは言うべきだったかと、イザークは眉間を押さえた。

     戦況に変化が見られない中、L4宙域の哨戒を提案したのはイザークだった。
    「哨戒機が飛んでいることはわかっていますが、L4宙域に点在する放棄されたコロニー群は警戒すべきでしょう。コーディネイターによるテロ行為も現在はなりを潜めたとはいえ、地球軍ばかり気をかけてはいられません。これ以上地球で反プラント世論を高めたら、議会努力とて水の泡となります」
     イザークは華麗に軍事会議で丸め込むと、ボルテールにルソーと編隊を組んでL4宙域に向かった。それは確かに彼の言った通りテロリストへの警戒の意図がある。あのブレイク・ザ・ワールドでテロリストの叫びを聞いたジュール隊だからこそ、その危険性を留意していたため、隊員は前線を一時的に離れることに反論することはなかった。しかし実際には別の意図があることをディアッカは察していた。
    「イザーク」
    「隊長と呼べ、隊長と!」
     ゴンドワナからボルテールに移動し暫くして、ディアッカはイザークを呼び止めた。それを𠮟りつけながらも、イザークは休憩に入ると告げてディアッカはそのあとに続いた。
    「……多分、これがこいつのあの疑惑を加速化させてる気がすんなあ」
    「そうでしょうね」
     ぼそっと呟いたディアッカの独り言に返された女性の声。ビクッとディアッカは肩を跳ね上げ、叫びそうになった口を抑え込んだ。
    「隊長が婚期逃したらディアッカのせいですよ」
    「ハーネンフース? どうした。何か相談でも?」
     ディアッカの呟きとシホの返しを知らず、イザークは首を傾げた。さらりと揺れる銀糸に、鋭さが幾らか緩んだ瞳。それは男女問わず美しいと人気を博すものだろう。イザークの口から母への嘆きを聞いたことがあるシホは、彼がその気になれば容易いことでも彼がこのままでは嘆きが止むことはないだろうと吐息を零す。
    「いえ。私から相談はありませんが、隊長たちこそ私に話すことがあるのでは?」
     はっきりとそう言い切るシホに、ディアッカは息を詰めた。それにイザークは表情一つ変えず、ディアッカの爪先を踵で踏みつける。
    「……まだお前に話すことはない。他に用がないなら戻れ」
    「お二人で何をしているか存じませんが、隊を指揮する立場でしょう。私は補佐役のようなことをさせていただいていますが、一隊員でしかありません。私のような協力者がいて損はありませんよ。実際、ディアッカはこんな感じですし」
    「……」
     イザークに踏みつけられた爪先にどうにか叫び声を上げなかったのは頑張ったといえる。しかしポーカーフェイスとはとても言えない様子に、こいつにはまだ腹の探り合いは任せられないかと深々とイザークは溜息を吐いた。
    「貴様が不甲斐ないせいで、こいつを巻き込むことになったぞ。どうしてくれる?」
    「人の足思い切り踏みつけて何言ってんだお前! 流石に俺もキレるぞ!?」
    「うるさい! 貴様の詰めが甘いのが原因だ!」
     イザークはそう怒鳴りつけると士官室に入る。ディアッカもシホもそれに続き、あえてロックはかけなかった。
    「バレたなら仕方あるまい。他には言っていないな?」
    「勿論です。私たちは隊長を信じていますが、それぞれ信条は異なります。隊長たちが何をしているか知らず、それを悪戯に口にはしません」
    「……やはりディアッカではなくハーネンフースを副隊長にすべきか」
    「別にそこに拘る気ねえけどさ。とりあえず何処まで話す気なんだ、お前」
     戯言を本気にする気はない。漸く足の痛みが引いたが、ディアッカは痛みで生じた苛つきにどかりとベッドへ腰掛けた。だがそれこそ本題であり、危ない橋とお前が言ったんだろうと睨むようにイザークを見る。するとイザークは首を振り、L4宙域の地図を表示させた。
    「とりあえずは疑念の内は詳細は話せない。それはお前のためであり、俺たちのためだ。それが我慢ならないなら今すぐ此処を出て行け」
     イザークが視線を鋭く、刺すようにシホを射抜く。しかし彼女もヤキン・ドゥーエからの付き合いだ。そのくらいで怖気ていたら、イザークの補佐などしていられない。
    「承知しました。それで私は何をすればよろしいでしょうか? 隊長たちがあまり単独で行動するのは好ましくないでしょう。私が調査に行きます」
    「ったく、よくわかってるな……」
     たじろぐイザークにディアッカが微かに笑うが、イザークはひと睨みするに留めた。
     表示された地図に指を滑らせたイザークは、ひとつの廃棄コロニーを指さす。そこはメンデル。嘗てのそこで発生したバイオハザードにより放棄された、高度遺伝生殖医療研究所があった場所だ。既にX線照射で問題がないことをイザークとディアッカは身をもって知っている。二人の再会の場所であり、イザークがアークエンジェルに味方するきっかけとなったスペースコロニーだ。
     まさか此処に舞い戻ることになろうとは、誰が予想しただろう。すくなくともイザークとディアッカは考えてもみなかった。
    「〝遺伝子研究のメッカ〟ですか」
    「なんだ。お前の研究分野じゃないだろう? この分野も手掛けていたのか?」
    「隊長は議員を辞しても国内外の政治経済に関する情報収集は日課で辞めないでしょう? それと同じです。指向性高エネルギー発振システムの開発といっても、それを操作することになるのは人間です。操作できないシステムを作っても意味はない。ですのでコーディネイターに関する論文などはよく目を通しているんです」
     イザークはほうと感心するように頷くと、今回シホを巻き込んだのは悪くないかもしれないと考える。いまからイザークらが調べようとしているのは、知られていない事実があるかということだ。遺伝子研究は門外漢であり、手を焼くと考えていたイザークは正直シホが首を突っ込んでくれたことに内心感謝する。
    「L4宙域に着いたら、各廃棄コロニーとその周辺の警戒、敵性勢力があればその排斥をおこなう。その任務の傍ら、ハーネンフースとディアッカでメンデルに知られていない事実がないかを探してくれ。俺は全体の指揮をおこなう」
    「……遺伝子研究所で知られていないって、ヤバいモン見つかりそうだな」
    「なかなかに危険なことをなさろうとしていることはわかりました。いいですよ、お任せください」
     腹の据わったシホの発言に、イザークとディアッカは肩を竦め笑った。


     地球軍との衝突もなく、ボルテールはL4宙域に着いた。そこでならず者が巣食っている廃棄コロニーで小競り合いが起きることもあったが、大きな問題は確認されない。そして熱探知で廃棄コロニーを一つずつ確認していく中、ユニウスセブン墜落を引き落としたテロリストのアジトと思われるコロニーを発見し、イザークは奥歯を噛み締めた。
    「……検証の必要があるだろう。データをできるかぎり採取し、本国に転送してくれ。テロリストの残党がいないとは言い切れない。俺が警戒に出る。ディアッカは二、三人連れて近くのメンデルを確認してくれ。バイオハザードがあったコロニーだ。根城にする者などいないだろうが念のため、な」
    「わかった。シホ、アイザックついてこい」
    「はっ!」
     イザークもMSで出撃し、警戒をおこなう。やはり廃棄コロニーを放置すべきではないと、以前から問題視されていたそれに頭を悩ませるも目下の問題は別にある。
     予想は的中し、ディアッカはギルバートとラウの繋がりを見出していた。友好的な関係であったようで、特に不審な点はない。友人の一人といったところか。しかしギルバートは議員となる前、遺伝子研究に従事しておりメンデル出入りしていた。そしてイザークはこのメンデルの施設に一人入っていったラウの様子がおかしくなった姿を見ている。これを偶然というのは難しいだろう。
    「……何が出てくるか。まったく、頭が痛くなることばかりだ」
     あまり溜息を吐きたくないが、吐きたくもなる。できることがあるならすべきなのだ。そのためにイザークは軍服を纏っている。誰かに付き従うためではなく、プラントを守るために。
     するとプライベート回線が通知を示す。直接でることは適わないが、ボルテールの端末から転送された通知にイザークは息を飲んだ。
    「……キラ」
     イザークはこの世界から逃げるように隠れてしまったキラとラクスを探す気などなかった。できることなら軍人ではない彼らに平穏が訪れるようにと祈った。柄でもないかもしれないが、傷を消してザフトに残ることを選択した己にとってそれはひとつの願いだった。決して自身らのしあわせだけを選べず、有り余る力を持つが故に自分を殺しても世界を守ろうとする彼らがもう二度と自身を窶さないように。彼らが表舞台に立たないこと、それこそがこの世界の平和の指標と漠然と思っていた。だから一度、しっかりキラと話したいと思えど会わなくていいなら会いたくなかった。
     しかし、〝ラクス〟が現れたのならば話は変わる。これが本物でも偽物でも、もう彼らは隠れていられない。ならばと連絡を試みたのだが、それにキラが反応を返してくれた。
    「……何やってんだ、アスラン」
     そこにはオーブが地球軍に名を連ねるのを止められそうにない事実と、そうした時コーディネイターであるキラとラクス、バルドフェルドは居辛くなるだろうことだけが端的に書かれていた。プラントに戻れとは確かに言った。しかしアスランが何を考えているのかイザークは理解できなかった。
     キラはアスランとラクスで見ていると言っただろう。
     カガリが大切で、だからキラのように隠れずに偽りの名で彼女の隣にあったのではないか。
     確かにプラントに戻れと言った。しかしそれらを、大切なものを投げ出せとは言っていない。
     髪を乱すように握り締め、遣る瀬無さを吐き出す。やはりどうすればいいのか答えなんて見付からない。どうすればいいのだろうと吐き出すように吐息を零した。
    「なんで、こんなことになるんだろうな……ただ守りたいだけなのに」
     通信に対する返事はボルテールに戻ってからだ。そう気持ちを切り替え暫くして、イザークはメンデルに急ぐことになる。
    ――施設が破壊され、襲撃された。
     ディアッカからの通信に、イザークの息が止まった。



    三章


     地上への降下作戦『オペレーション・スピア・オブ・トワイライト』が発動されることが最高評議会で可決された。それにジュール隊が抜擢されることはなく、ディセンベルでの本部勤務の後、ゴンドワナにてL5宙域の防衛に尽力するよう命が下されていた。消耗戦というほどでもない。それでも一進一退、変わることのない戦況に精神的な消耗の方が著しいだろう。士官の一番の仕事はそれに喝を入れ、士気を維持する。それこそが最も大変だろうとイザークは肩を竦めた。

    「何が敵で、どうしたら戦争が終わるのか……」
    「難しいこと考えてんな」
    「……あの艦に乗っていたお前がそれを言うのか」
     腕を吊って頭に包帯を巻いたディアッカを睨みつける。舌打ち一つでディアッカを押し退けると、イザークは口の動きだけで伝える。――二時間後シホを連れて第二ブリーフィングルームに。ディアッカはそれに肩を竦めると、擦れ違った隊員に声を掛けその場を立ち去った。
     ディアッカの怪我に憤る隊員の声。悲劇は忘れられない、悲嘆する気持ちもわかる、しかし悪戯に破壊して開戦の火種となったコーディネイターがまだいるなんて。そう口々に語られる憤りに、ディアッカが宥めるような声を掛けていた。それを横目にイザークは士官室に戻る。

     三日前、L4宙域にて。緊急の音声通信に、イザークは弾かれたようにザクファントムでメンデルに向かった。

    「おい、ディアッカ! 何があった!?」
    「わかんねえよ! アイザックを外に残して、俺とシホで施設に入って研究記録確認してたんだ。そしたら突然撃たれた! 完全に見られちゃいけないもんがあるって言ってるようなもんだぜっ」
    「ッ、シホとアイザックは!?」
    「アイザックは多分外で交戦してる! シホは爆発に巻き込まれて気を失ってるけど、たぶん大丈夫だ。だがこのままじゃ分が悪い。早く来てくれ!」
    「わかってる! 持ち堪えろ!!」
     イザークはその場にMSを二機残し、残りと待機要員を呼びつけメンデルに急いだ。イザークらは正規にこのL4宙域に来ており、誤ってもザフト兵に襲われる理由はない。ギルバートが何かを隠すために手配したとして、戦闘となってもテロリストのデータを本国に転送済みであり、容疑をでっち上げられることはないだろう。そんな心配をすること自体が嘆かわしいが、政治や戦争とはそういうものだ。部隊員の生命を預かる身として、誤った戦闘行為を彼らにさせるわけにはいかない。
     メンデルの外に旗艦の姿は見えない。しかし内部に爆発による熱反応を感知した。アイザックに呼びかければ、所属不明のジンに襲撃されているという。ユニウスセブンのテロリストと同じだと言うが、イザークは頭に過る疑念が拭えない。テロリストに扮したザフト兵なのではないか、という疑念。できることなら一人でも生きたまま捕獲できたらと思うが、そのために隊員の生命を危険に晒せるわけもない。迎撃を指示し、コロニー内に突入しテロリストと思われるジンとの戦闘、ディアッカらのいる施設へと急いだ。
    「ディアッカ! シホ! 無事か!?」
     MSによる戦闘はジュール隊が優勢だ。生きたままの捕獲などと無茶を言わなければ、イザークが抜けようと問題はない。鎮圧できたなら、武装し施設へ救援の指示を出しながらイザークは施設内に駆け込む。
     内部は静まり返っていた。もしまだ敵が潜んでいるなら、下手に通信すれば気絶しているシホを庇いディアッカが隠れていた場合、彼らを危険に晒すことになる。それでは本末転倒だ。敵を警戒しながら奥に進んでいくと、人影がありそれが二人でないことを確認するなりイザークは躊躇わず狙撃した。
     肩、両足。動きを封じるそれはライフルではないため、距離が離れすぎてイザークの狙いからは幾許かずれた。しかし両足はしっかりと撃ち抜かれており、逃亡は難しいだろう。敵の呻き声だけが響くが、他に動きは見られない。よく見ればディアッカが健闘したのだろう、既に数人床に転がっている。慎重に歩を進め今しがた撃ち抜いた敵の元に移動する。そこには各種記録媒体が集められていた。システムログだけではなく、どれだけ技術が発達しようとノートなどへの手書きは残されるものである。データの残されているだろう機械を丁寧に破壊しながら、記録の一切を消す気だったようだ。システムログは拾えなさそうだが、ここに集めらえたノートとディスクでも充分探ることはできるだろう。
    「貴様、所属は? よもやテロリストなどと言わないだろうな? このタイミングで此処にいること、そのものが疑わしい。俺が来ると聞きつけ、急ぎこの地の抹消を貴様は指示されたのだろう? 言え! 誰の指示だ!?」
     敵は何も言わない。この分では拷問しても口は割らないだろう。このような命令を受け、実行するとなればそれはザフトでも特殊部隊員か。流石にイザークの情報網では特殊部隊員の情報は掴めない。彼がそうである証明はできないが、ここで死んでいる者たちの顔と、こいつがいれば何かしらは拾えるかもしれない。
     まだディアッカたちを見付けられていない。イザークも警戒は緩めていなかった。しかし誰が予想するだろうか。
    「隊長! 逃げて――ッ!!」
     シホの叫び声に記録媒体を詰められたトランクを掴むと、イザークは地面を強く蹴り走り出す。身を屈め頭を庇ったのは直感だ。直後背後でピッと軽い電子音が響いた。
     耳が聞こえなくなる。到る場所――倒れた人間を中心として幾つも爆発が起きた。全身を叩きつけながらイザークは吹き飛ばされるが、手にしていたトランクが功を奏した。
     爆音が止み、ぐわんぐわんと大きく頭が揺れる。前後不覚となり蹲るイザークは誰かに抱き起されるが、視界も焼けていて呻くことしかできなかった。
    「イザーク! おい、聞こえるか? イザーク!」
    「ディアッカ。一旦戻りましょう。爆弾が工作員にだけ仕掛けられていたとは思えないわ。このコロニーそのものを破壊しようとしてたのかもしれない。隊長のことだから、外は制圧ができると判断して単身中に入ってきたはずよ。行きましょう」
     すこしずつ視界を取り戻し、イザークは両腕をディアッカとシホに抱えられているのに気付いた。俯いた視界からわかるのは脇腹を押さえるシホと、血塗れの腕にトランクを手にするディアッカ。そのトランクには深々と鉄の破片が刺さっていた。
    「でぃぁ、か……」
    「イザーク! 気付いたか?」
    「コロニー、を……はかい、しっ……」
    「イザーク?」
    「ヤツ、らが、せいこうした……ように……っ」
    「……偽装すればいいってことだな」
     キーンと甲高い音が木霊し酷い頭痛がする。しかしトランクの中身がどれだけ無事かわからないが、情報は手にした。それを知られてはならない。知られればこの隊の皆に危険が及ぶ可能性が高い。なんとしてもそれだけはと振り絞れば、右を支えていたシホが離れていった。
    「私の方が動けます。ディアッカは隊長の機体も回収してボルテールへ。隊長がこれでは混乱するでしょうから」
    「悪い。頼むぜ」
     血塗れのディアッカがイザークを引き摺って施設から出てきたことで、それでなくとも交戦していたMSやコロニー各所で爆発が起きていた現場が騒然となる。しかしディアッカが施設内でテロリストの主犯と思われる人物と交戦。イザークを巻き込み自決を目論んだと説明。テロリストの真意はわからないが、それを探る術はもうないとしてアーモリーワンへ一時寄港を進言した。その間、イザークは目に見え目立った外傷はなかったが肋骨を三本骨折し、酷い脳震盪を起こしていたため精密検査をおこなうことになり、ディアッカも左腕と頭に大きな傷を、シホは脇腹を撃たれてていた。隊長含むパイロットが三人欠けた状態ではすぐに前線復帰できるはずもなくアーモリーワンへの寄港はすぐに許可が下りた。
     それから半日イザークは目覚めず、ジュール隊は事情聴取を受けた。テロリストとジュール隊が交戦したことなど、この情勢で公にできようはずもない。けれどジュール隊による働きで、他に企てられていたであろうテロが未然に防げたとして、国防委員会から賞賛された。イザークが目を覚ました翌日、彼は直接ギルバートと話したが、特に探られることもなく一度帰国し評議会に出頭、休暇を取るよう指示されいま、ボルテールはプラントに向かい航行している。

     イザークはアーモリーワンでキラと連絡を取っていた。プラントに来るのであれば、自分が保護する。融通の利くマティウス市に来るようにと。コペルニクスに来たなら連絡をくれれば、シャトルを用意する。その通信への返事はまだ来ていない。まだオーブが地球軍との同盟を発表していないはずだが、宇宙に出るならばその前に移動しなければ地球どころかオーブから出ることが難しくなるだろう。だがどうするかを決めるのは彼らであるべきだ。イザークはあくまで選択肢を示すだけに留めた。
     そもそもイザークのギルバートへの不審は募っていた。あまりにもメンデルではタイミングが良過ぎる。だがテロリストがアジトをザフトに発見されたことで、更なるテロの準備をしていたメンデルに存在する証拠を抹消しようとした可能性も十分にある。ギルバートが口にしていたことがすべて真実であるなら、正義だとイザークは思う。その正義がプラントにあることを誇りに思う。しかしキラのもとにラクスがいると証明されたいま、ギルバートは偽のラクスをあのタイミングで出した。つまり事前に用意していたことを示唆する。それを好意的に見ていいとは、とても言い切れない。
     深々と溜息を吐くと、イザークは胸を押さえたが痛みなどないかのように士官室をあとにした。

    「イザーク遅えよ。傷悪化して呻いてんのかと思ったぜ」
    「俺は肋折っただけだ。貴様らの方こそ傷が開かないように気をつけろ」
     ディアッカは銃弾の掠めた額と腕を計一七針縫い、肩を脱臼。安定するまで肩を固定されている。シホは脇腹を縫い、背中一面に酷い打撲痕があるが比較的軽傷だった。
    「まさか取り押さえた瞬間自爆されると思わず……不覚を取りました。あの時私が気を失わなければ、もっと情報を集められたでしょうに」
     立ち上がろうとしたシホを制し座らせたままイザークは首を振る。
    「いや、俺もそこまでされるとは思わなかった。ハーネンフースがあの時声を掛けてくれなかったら、きっと俺は此処にいなかっただろう。感謝する」
     そう言いながら椅子に腰を下ろしたイザークに、意味ありげな視線が二組送られた。それにイザークが眉を顰めると、ことりとシホが首を傾げる。さらりと揺れるその黒髪に、思わずイザークが瞬くと珍しく彼女がくすりと笑う。
    「メンデルのときのように、シホと呼んでくださっていいんですよ? ディアッカのこともエルスマンと呼ばないのですから、もっと隊員と親しくしていただいてもその程度で規律は乱れません」
    「必死になるとシホとかアイザックって名前で呼ぶくせに、隊長として格好つけてるつもりなのかね?」
    「まあ隊長のかわいらしいところですけどね」
     確かにあの時名前で呼んでいたかもしれない。けれど確かにあの時は必死で、焦っていて、それをからかわれているのだと気付き、微かに耳が熱くなった。だがここでいつものように怒鳴れば益々遊ばれることはいい加減理解している。どうにか深呼吸して抑えようとして、折れた肋に響き呻き声が上がった。
    「満身創痍で遊ぶのはこのくらいにしときましょう」
    「本当に悪化しかねないしな。イザークも怒鳴るなよ? 何処骨折するより肋骨がキツイ。正直喋るのもお前辛いだろ?」
    「……そう思うなら遊ぶな馬鹿者共が」
     急に潜められた小声に、ディアッカとシホは肩を竦めた。こうでもしないとイザークが強がり、痛みを押していつも通り振舞おうとすることを理解していた。それ故にからかわれたことにイザークは気付く。まったくかわいくない部下ばかりだと思うが、微かに口角が上がるのはどうしようもなかった。
    「まあ……いい。それより情報の解析は進んだのか?」
    「はい。一日療養させていただきましたから、確認できる分は」
    「療養って言葉知ってる?」
    「本国に戻ったら実家に強制送還して療養させてやるさ」
    「そこまでしろと言ってないけどな?」
     一々突っ込んでたら話が進まないかとディアッカは口を挟むのを止めた。シホは下手にデータを残さないためだろう、ラップトップを用意しモニターに映さずローカルでそれを表示した。
    「中に入っていたディスクはほとんど壊れていたのでほとんどデータを取り出せなかったのですが、トリノ議定書が採択されて以降もコーディネイターの出生率低下対策だけでなく遺伝子研究がされていたことは明らかです。そういう意味では充分黒いですが、研究者であればそういったことはままありますので、隊長たちが探しているのは多分こちらかと」
     イザークに見えるように向けられた画面、ディアッカははそれを二人の後ろから覗き込む。親の影響で基礎医学の見識があるディアッカでも所見では理解ができない。遺伝子配合に関するデータのように思うが、その程度の認識だ。しかし次に表示されたのはテロメアと思われる画像の比較図と「クローン」の文字。それに思わずディアッカは身を引き、イザークは眼光を鋭くする。
    「……ヒトが作り出されていたのか?」
     シホはノートとバインダー、それに挟まる写真を並べ「これは推測ですが」と前置きをしながら、重苦しく口を開く。
    「この残された記述から、GARM R&D社の出資者アル・ダ・フラガのクローンが作り出されたようです。研究資金目的でしょう。四六年にクローンは作られたと思われるのですが、少々不可解な点が多くて……」
    「不可解?」
    「アル・ダ・フラガは五二年に自宅の火災事故で亡くなっているんです。しかしデータからは施設が閉鎖される以前……直近にクローンを作っているような記述があって」
    「……つまりクローンは二人作られているということか。クローン技術に興味を持った愚か者が引き継いだか、一人目に何かしら問題がありそれを補うためかはわからないがな」
     シホは頷くとテロメアの比較図に付属された再生ボタンをクリックする。二つ並ぶ図は分裂を繰り返すがあからさまに片方がの分裂が速く、最後は分裂できなくなって朽ちた。説明されずとも、それが暗喩するところは察せられる。
    「成長速度が速く、それ故に短命なんです。どういう理由かはわかりませんが、二人作られたことはほぼ確定と思っていいでしょう。そしてこれはネットに残されていたアル・ダ・フラガの映像なんですが、声を聞いてください」
     戸惑いの滲んだ声。しかし金髪の男が画面に表示された瞬間、イザークの脳内で繋がってしまう。何故あの男が此処で不審な様子を見せたのか。男が何故暗躍したのか。この出自が、彼に――。
    「……気のせいか? クルーゼ隊長?」
    「あの男が隠していた事実はこれだった、ということだな」
     ラウは既にいない。しかし先の大戦で戦火を広げた男が世界を恨んだ一端を知ってしまった。そして同時に、第二のラウ・ル・クルーゼがいる可能性が示唆される。イザークの眉間は益々深くなり、忌々しいと言わんばかりの舌打ちが響いた。
     ブリーフィングルームに横たわる静寂。この事実だけでも、それを知る者からすれば消し去ろうとするのも当然だ。だがそれなら何故もっと早くに消さなかった? あんな作戦のためであれば自決を厭わない者を使えるのであれば――否。それだけの力を得たのは最近であり、戦争のどさくさに紛れ消すつもりだったのだろう。
     イザークは口許を手で覆い、思考を巡らせる。だが、クローン一つでそれにギルバートが関わっていたとしても危険な橋を渡るだろうか? 確かに禁忌とされる研究であるしギルバートがこの施設で研究していたことは事実だが、破壊工作に失敗すればイザークに疑念を抱かせることになる。軍の正規な任務として訪れており、且つイザークもディアッカもプラントにおいて家名の影響力は大きい。はっきり言って疑念を抱かれるだけで面倒な存在だろう。ならばその研究を知らなかったで貫くか、二人目のクローン体をギルバートで保護し人道的に扱えば秘匿していたことにも被害者保護としての名目も立つ。殺し、処分してしまうのもいいだろう。身体的欠陥で死んだとしてそれを証明すれば真実は闇の仲だ。ブルーコスモスを刺激しないために秘匿したのだと言えば、また酌量の余地がある。つまりはまだこのメンデルには秘密があるはずだ。
    「他はどうだ? クローン以外で何か……」
     イザークが問えば、シホは顔を顰めノートを捲り二つの言葉を指さした。
    「気になるのはこの言葉です。〝最高のコーディネイター〟そして〝デスティニープラン〟。これについては私も専門外のことですし、何をもって最高と評し、このプランがどんなものかまだ分かっていないのですが……」
     言葉にならないのだろう。ディアッカは落ち着きなく部屋の中を歩き回ると、どかりと椅子に座り込む。シホも何故イザークらがメンデルを調べたかはわからないが、とんでもない事実に首を突っ込んでしまったと自覚し黙り込む。
     イザークはノートを手元に引き寄せ、ぱらぱらと捲り、シホがまとめたのだろうメンデルの研究員、研究内容のリストに記事のスクラップにざっと目を通して、ひと際大きく目を見開いた。
    「……イザーク?」
     ディアッカもイザークの手元を覗き込もうとしたが、イザークはそれを裏返し膝に乗せてしまう。あからさまにディアッカの目に届かないよう隠した。
    「おい、今更隠すなよ。お前、何に気付いた?」
     ディアッカが聞いたこともない低い声でイザークに問うが、イザークは頭を抱え少し待ってくれと呟く。
    「ほとんど妄想と言える俺の憶測だけでこれ以上は語れない。だから少し待ってくれ……話せる時が来たら話す」
     混乱の滲むその様に、ディアッカは舌打ちすると渋々了承した。がしがしと頭を掻き乱すと、深く、長く息を吐き出し、普段と変わらぬ声音で彼はイザークに問い掛けた。
    「……で? これからどうすんだよ。俺たちはとんでもないこと知っちまったみたいだが、正直どれほど危ないもんなのか俺には判断がつかない。いまならすべて忘れて、何も知らないフリをすれば終われる。この先踏み込んだらきっと、戻れないぜ?」
     目は真面目だ。しかしその顔には苦笑が滲んでいる。答えは聞かずとも知っていると言わんばかりに。そしてシホもまっすぐとイザークを見た。
     イザークは視線を泳がせる。そこに浮かぶ逡巡。だが溜息を吐き、開戦してからずっと溜息を吐いているなと呆れる。しかし仕方ないだろう。あまりにも悩むことが多すぎる。
    「俺は真実を知りたい。プラントを守るために、これ以上戦火を広げないために。何も知らなければ俺たちは後手に回ることになる。それだけは避けねばならない」
     拳を握り締めるイザークに、それが答えだった。
     イザークがそういう男だから、一貫してプラントを守るためにザフトに在り続ける男だから着いてきたのだ。ディアッカは肩を竦め、シホは頷く。何も言わない戦友に、イザークは微かに眉尻を下げて目を閉じた。


     積極的自衛権を行使するという名目の元、プラントが攻勢に出る。これを契機に地球での戦火は瞬く間に全土に広がるだろう。戦争はどうしても止められない。そんな悔しさを抱えながら、ディセンベルのザフト本部でイザークは忙しく働いていた。一隊員であれば出撃までは雑務処理のほか、訓練規定を熟す程度だが士官、それも元議員であり国防委員会でも平時役職を務めるイザークが熟す業務は多岐に渡る。それでなくともザフトは人手が足りない。個々の能力値が高く、近年の情勢から一五歳を過ぎれば軍に志願し、アカデミーに入る者は後を絶たない。とはいえ士官となれば話は変わる。特にイザークのような元文官議員でありながらザフトレッド、前線で戦えれば指揮も取れ政治もできるような若者はいない。重宝され然るべき存在であった。
     そんなイザークの元にキラから連絡が入った。それには明日のシャトルでコペルニクスに向かうこと。通信設備が多く破壊されたいま、プラントの情報が入るのが数日遅れになっており、最新の情勢がわからないからイザークで手引きしてくれると助かる旨が記載されていた、
     偽ラクスがいなくとも、先の大戦でラクスらは難しい立場にある。プラントにはクラインであればどうとでも手引きして入れるだろうが、その後の生活を思えば軽率な真似はできない。イザークを頼るのは妥当な判断だろう。きっと彼らはギルバートを信じていいかまだ決めあぐねているに違いない。それでも時間がなかった。
     オーブが地球軍に名を連ねるということは、ブルーコスモスの思想を受け入れることになる。自ら選び、地球軍に味方するコーディネイターは僅かなれどいる。だが基本はその能力を軍事利用されるか、それに従わないなら排斥されるかのどちらかを辿ることが必至だ。オーブにはコーディネイターが多く存在するが、『オペレーション・スピア・オブ・トワイライト』が実施されれば早々に身動きが封じられる。そうなれば、有用性の高い彼らはもうオーブでは静かに暮らせまい。迷いながらも、戦争を忌避するギルバートの言を信じプラントに来るほかない。
     ギルバートが歌姫の名声を利用するために偽物を用意し、有用なラクス・クラインを求めていたなら、メンデルのことを考えれば暗殺を指示していたことだろう。しかし彼らの現在の最たる脅威は、オーブに入り込むブルーコスモスの思想だ。プラントから刺客は送られていない。ならば偽ラクスの件は脇に置き、しかしそれがあるからこそ警戒は残した保護を。そうイザークは考えディアッカとシホを呼びつけた。
    「ディアッカ、シホでいまからコペルニクスに向かい、内密に要人警護の任に当たってもらう。傷は完治していないだろうが、貴様らが適任だ。コペルニクスで要人と合流し次第、マティウスに向かってもらう。貴様らはアーセナリー社で開発された新型の武器の性能テストをおこなう名目で自機の持ち出しを許可する。いつものように軍港のアーセナリー社シャトルに自機格納後コペルニクスに寄ってマティウスに向かうように」
     他の隊員と同じように軍務にあたりながら、イザークに変わり引き続き調査をしていた二人は目を眇める。イザークがはっきりと口にはしないが要人警護と任務内容を語る以上、盗聴などの心配はないのだろう。ディアッカはシホを一瞥して口を開く。
    「それはもしかしてオーブから来るのか?」
    「そうだ」
    「……それなら俺だけの方がよくないか?」
     ディアッカのそのひと言に、察しのいいシホは理解したのだろう。目を見開く。それにイザークは緩く首を振ると、事前に用意していた要人用のIDカードを投げて渡した。
    「いいさ。ここまで来たらハーネンフースを外す理由はない。悪いが一蓮托生というヤツだな」
    「光栄です」
     くすりとシホは笑った。イザークは厳しいが良き隊長であり、尊敬に値する。彼の指揮のもと、ジュール隊は前線に出ることが多いというのに戦死による人員補充は他隊より圧倒的に少なく、経験を積んで他隊にその実力故に回され人員移動がされるほどだ。議席を抜かれたとか癇癪持ちだと噂だけで遠巻きにする者がいないわけではない。だが戦場に出る者であれば、嘗ての『砂漠の虎』のようにイザークに憧れる者は多い。そんな彼だが、だからこそ誰よりも厳しい士官だ。戦場で部下を死なせないため指導はスパルタであれば、この程度もできないのかと罵倒する。だが自身の隊に迎えた限りは見限らない。そんな彼が副官のように扱い、相棒としているのは初の戦場から共にいるディアッカだけであるのは、イザークがジュール隊を結成してから共にあるシホを始めとした面々としたら寂しいものがあった。まだディアッカは副隊長に命じられてなければ、シホと階級は変わらない。そもそもシホは一度は先の大戦後、専攻する分野の研究員に戻っていた。それでも軍に戻ったのはイザークが復隊したからだ。彼のもとであれば、自分の理想に準じプラントを守れるだろう。そう確信しているから。だからイザークに漸く認められたようで、シホは頬を緩める。
    「警戒心剥き出しの猫に懐かれたような気分ですね」
    「あー……確かに?」
    「……そんなことのために危険に足を突っ込む奴があるか、馬鹿者」
     呆れたようにイザークは呟いたが、骨折した肋骨に配慮しただけではないのだろう。吐き出された穏やかな声に二人は声を出さず笑った。



    四章


     マティウス・アーセナリー社のシャトルというが、もうこれはジュール家のシャトルと言って過言ではない。艦船の甲板を始め各部品や武器の開発もおこなっているマティウス・アーセナリー社となれば移動にも融通を利かせやすい。ザクファントム二機を乗せ、シャトルに乗り込むとディアッカとシホは軍服を脱いだ。中立のコペルニクスで要人を迎えるにあたり、ザフトの軍服を着ているのでは目立つだろうという判断である。
    「シホの私服初めて見た。かわいいじゃん」
    「動きやすい服にしたけど、これからお迎えする方を思えばそれなりにはと思って。バランスに悩んだわ」
    「シホはラクス様に会ったことなかったか。あの子ならどんな格好していても気にしないと思うけどな」
    「そのくらいわかってるわ。でもラクス様よ? ファンじゃなくても彼女の隣に立つなら格好だってつけたくなるわよ」
    「シホも結構女の子してるよな~。いつもイザークの隣でスンってしながら仕事してるから、たまにこうして話してると新鮮な気持ちになるぜ」
    「あなたはどこでも変わらないわね」
     通路を挟み並んで座ると気さくに二人は会話を始めた。軍服を着ている彼女は凛々しいの一言に尽きる。『戦場に咲くホウセンカ』などと陰で噂される彼女は、ひどく強かでその戦い方は苛烈。容姿も端麗で軍内で人気があるのも頷ける。一部では彼女にすげなくあしらわれ、いつもイザークの斜め後ろに着いて補佐する姿から彼に気があると言われているらしいが、ディアッカとしては掴みどころがなかった。己の恋人(であった)であるミリアリアとて怒らせてばかりで、空気を読むのに長けているはずだが、ディアッカにとって気の強い女性のそういった事情には下手に触れないことにしている。
    「――シホって何処までAAのこと知ってるんだ?」
     雑談もそこそこにディアッカはそう切り出した。シホも起ち上げていたラップトップを一瞥して、すこし悩むようにして口を開く。
    「そう、ですね……軍内での噂程度、でしょうか。ヤキンでは隊長に置いて行かれてしまいましたし。でも隊長があのとき、核からプラントを守ろうと誰よりも必死だったことも、ザラ前議長がおかしいとラクス様に味方したことも、地球軍への憎しみを見せつけるように残していた傷を消したことも知ってる。私はそれだけで充分よ」
    「へえ……そんなにあいつっていい隊長だったのか?」
     こんなにもシホに信頼を寄せられているのだ。ディアッカがAAに在籍していた頃、どれだけいい隊長として振舞っていたのかと気になり、聞く体制をとった。シホもそんなディアッカに仕事にならないかと諦め、ラップトップをしまうと苦笑する。
    「全然」
    「へ?」
    「そもそも私、一応あなたたちと同期なのよ? あなたたちは優秀で基礎課程終えるなり卒業、すぐクルーゼ隊に所属だったけど。私は一年かかったの」
    「え? まじで?」
    「そうよ。だから正直あなたと隊長は鼻についたし、ラスティ辺りは苦手。アスラン・ザラが一番素敵と思ったくらい」
    「うっわ、聞きたくなかったわ。それ」
     苦虫を嚙み潰したような顔をするディアッカにシホはくすくすと笑った。
    「でもクルーゼ隊長がFAITHになって、急遽イザークが隊長に任命されてジュール隊を結成して。当然よね、あの戦績で実際優秀だったもの。でもあの癇癪持ちの下じゃ、このヤキンで死ぬんじゃないかって正直思ったわ。……でも、変わってた」
     ディアッカは自分がMIAとされていた間のイザークを知らない。イザークも語らなかった。だからひどく新鮮で、彼があの戦争から変わったと思っていたが、こんな風に思われていたのかを知り胸に来るものがあった。
    「隊長は、国の為って熱くなっている隊員を冷静にさせて、死なせないよう必死に思考を巡らせてた。いま思えばとても悩んでたんでしょうね、地球軍だけでなくあなたやアスラン、ラクス様と敵対していたんだもの。でも何より優先したのはプラントで、私たちの生命だった。あのイザーク・ジュールが? と思ったし、どれだけ酷いものを見てきたんだろうとも思った。だから私は祖国のために戦うけど、戦うなら隊長のもとで戦うって決めたの。軍人になった限り死は覚悟しているし、殺す覚悟もある。でもそれは国を、私たちのことを考えてくれる人の命令であって欲しい。ただそれだけの我が侭よ。無駄死になんて御免だもの」
     シホはそう言うと年相応の少女のように笑った。彼女の入隊理由は知らない。指向性高エネルギー発振システムの開発に従事する研究技術者であり、それもあってシグ―の実験機に乗っていた赤服。その程度の認識だ。けれど同期だというなら、『血のバレンタイン』をきっかけに入隊し抱える過去も当然あるだろう。寧ろ何も抱えていない軍人なんてほとんどいない。だがシホほど冷静に物を見、周囲に流されない者が、イザークなら信用できると思ってくれた。昔からの付き合いの自分と同じことを。その事実が嬉しかった。
    「……やべ、俺、泣きそう。うっわ、イザークに聞かせてやりてえ」
    「ディアッカが隊長と一緒にいる理由を隊員の前で告白してくれるならいいわよ」
    「それだけは無理。告白するくらいなら死ぬ」
    「私も同じよ」
     きっとシホはそれをイザークに伝えないだろう。ディアッカとて胸の内など語らない。だがディアッカが考えていた以上に、イザークは良き隊長でありこの隊の結束は固いと知り苦笑する。
    「まったく、いい男に育ったもんだ。あの癇癪持ちさえなければ」
    「本当ね。あの癇癪持ちさえなければ」
     吹き出すように笑う二人に、ディセンベルにいるイザークはくしゃみした。

     AAについては本人たちに聞いた方がいい。短い期間しか共にしなかった俺より。そうディアッカは言い、それからは喋ることなくコペルニクスに向かった。
     指定されたホテルは港に併設されており、ターミナルからそのままホテルロビーに移動する。その要人の一人とそこで合流後、残りの面々と会うとのことで、互いに詳細は伝え合っていなかった。随分用心したものだと思うが情勢とラクス・クラインの名を思えば、当然とシホも納得していた。しかしロビーで彼女らしからぬ顔をして立ち尽くしたのに、ディアッカは苦笑する。
    「お? その嬢ちゃんは俺を知ってるようだな」
    「顔まで知ってるなんて、なに? シホって年上好き?」
     揶揄われていることはわかるが、シホの反応も仕方ない。確かに彼はザフトを裏切り、ラクスに寝返ったという話は軍内部で響き渡っていた。とはいえ、戦後は行方不明になっていたため、意識の外にあったあの『砂漠の虎』アンドリュー・バルドフェルドと会うとは思うまい。驚きに目を瞬かせ、ひとしきり驚くとシホはサングラスを外し敬礼のかわりにお辞儀をした。
    「シホ・ハーネンフースです。よろしくお願いいたします」
    「ああ、よろしく。自己紹介は不要そうだが、ここではアンドリューと呼んでくれ」
     バルドフェルドの名は知れ渡っている。アンドリューであれば一般的な名前であるし、名前だけで身分が割れることもない。こくりとシホが頷けば挨拶は終わりだと、すぐに移動だ。談笑を交わすように、最近の情勢を語り合うも不審にならない程度に周囲への警戒をおこなう。片目が潰れ死角が大きいはずなのに、一切それを感じさせず、話口一つとっても老獪という言葉が似合う男。この男に守られていると思えば、歌姫は安全なのではないかと思えた。
     アンドリューの案内で連れて行かれた客室はセキュリティで選ばれたのであろうスイートルームであり、インターホンは使わず扉をコン、コンコンとノックして彼は来客を告げた。すると間もなくして鍵が開き、ドアの隙間から柔らかな声が響く。
    「バルドフェルドさん。おかえりなさい」
    「おう、ただいま。お客さん連れてきたぜ」
     ゆっくりと開かれるドアの向こう。姿を見せるのはその声に見合う、やさしい笑みを浮かべた青年だ。ディアッカはその青年に首を傾げるシホの、このあとの反応を想像して笑いを噛み殺しながらずいっと身を乗り出す。
    「お久~。キラ、元気にしてたか?」
    「ディアッカ! 君が来てくれるなんて思わなかった」
    「そう? あいつがお前らのお迎えに寄越せる人材なんて俺くらいでしょ」
    「うーん……僕、ザフトでのイザークさんのことよく知らないからな……」
    「おいおい、少年たち。再会の喜びを分かち合いたいのはわかるが、こんなとこで会話せず中に入らないか?」
     青年――キラの柔和な雰囲気に空気が和んでしまったが、アンドリューが指摘する通りだ。慌ててキラが中に案内すると、そこには穏やかな笑みを携えた歌姫がいた。
    「おかえりなさい。そして、遠路遥々お迎えありがとうございます、ディアッカ。そちらの方は?」
     凛と澄んだ声。まるで清らかな湖のような静謐な声音に、シホは一部の隙も無い敬礼を見せる。
    「ザフト軍ジュール隊所属、シホ・ハーネンフースです。ディセンベルへ護衛を務めさせていただきます。以後、よろしくお願いいたします」
    「ラクス・クラインです。シホさん、こちらこそよろしくお願いいたしますわ」
     そんなに硬くならないでくださいな、なんて可憐に笑いラクスは皆をソファーに案内する。お茶を淹れますねなんて言い出され、シホは慌てるがディアッカが苦笑して彼女を隣に座らせた。
    「ラクス様はこういうお方なのさ。寧ろこういうことはさせてあげた方が喜ぶ」
    「ふふっ、そうだね。ディアッカもその様付け止めてあげると彼女は喜ぶと思うよ」
    「それは難しい相談だな。染み付いた習慣みたいなもんだからなあ……」
     朗らかにキラと会話するディアッカに、シホは微かに首を傾げる。いつものようにはきはきと切り出してしまってもよいのだが、キラの雰囲気に戸惑っているのだろう。柔らかく、穏やかで、それでいてどこか哀しい。下手に刺激できないと、キラに繊細さを感じていることが伺える。いい加減紹介してやらねば、あとでキラたちの目がないところで叱責されかねないと、ディアッカは漸くキラを指し紹介を始めた。
    「キラ・ヤマト。元AA所属でフリーダムのパイロットだ。仲良くしてやってくれよな」
    「よろしくお願いします、シホさん」
    「…………」
     アンドリューのときは困惑の色が強かった。だがいまはきょとんと、何を言われたかわからないとあどけない表情をシホは浮かべる。
    「フリーダムの……」
    「はい」
    「パイロット……?」
    「はい」
    「……あなたが?」
    「はい」
     律儀にキラは返事をする。対するシホは噛み砕いてゆっくりと理解して、思わず叫びそうになったのか口を押さえた。
     完全にパニックを起こし本当なのかとディアッカに目で訴えるシホに、我慢ならずけたけたディアッカは声を上げて笑った。
    「ハハハッ! ま、驚くよなそりゃ。俺も最初冗談だと思ったし」
    「え、あ、その、失礼しました……!」
     慌てて頭を下げるシホに喉を鳴らし笑いながら、録画しとけばよかったと言うディアッカの足をテーブルの陰でシホは蹴りつけた。流石に笑い過ぎたかと咳払いするが、当分はこれで笑えてしまいそうだ。キラはそんな二人を微笑ましそうに眺め、顔を上げてくださいとシホに声を掛ける。
    「そんなに僕がフリーダムに乗ってるように見えないもの?」
    「そりゃそうだ。お前はそうして、ラクス様に淹れてもらった紅茶を飲んでるのが似合うと思うよ」
    「……そうかな?」
     キラは肩を竦めると、ラクスの淹れた紅茶に口をつける。丁寧にポットとカップもあたためたのだろう、香り立つ紅茶にバター芳しいクッキー。麗らかな春の陽射しが似合いそうなティータイムだ。キラの傍らにちょこんと座ったラクスと微笑み合う姿など、絵になるほどにやさしい光景でシホは思うところがあるのか微かに目を伏せた。
     癇癪こそ持たないが、イザークとシホは本質が似ているのだろう。だからこそ気が合うのだろうが、キラに対し感傷を浮かべる辺りまでかとディアッカは感心する。自分はミリアリアの件がなければ、キラに目を向けることはなかっただろうと思う。イザークほどではなかったが仲間を殺したキラを憎んでいたし、それが同じコーディネイターで同胞だったと知ったあの時。驚きと困惑、そしてナチュラルでないことに納得した、ただそれだけだ。何よりもミリアリアが、ナチュラルが同じ人間であるという気付きでそれどころではなかった。憎しみが何処かに飛んでしまうほどの、価値観が変わる衝撃。それをAAの営巣に叩き込まれ一人で考え続けた。元来事なかれ主義の楽天家であり、故にイザークとも付き合えた自分が敵だったAAクルーが同じ人間と理解した途端、死んでほしくないと思った。自分には他の奴らほど揺るがない信条などないのだと呆れもした。だから父からも兵士には向いてないと言われたのだと思う。それでもプラントを守りたい気持ちには変わりなく、そこにナチュラルも人間であり自身らも悲劇を生み出していることへの気付きが混ざった。それを悪いと思わないが、これだけでディアッカは自分に手一杯だ。キラがナチュラルの中で何を思い、同胞と、親友と殺し合ったかを深く考えはしなかった。
     まったく、やさしいことだ。だから放っておけないのだと、ディアッカは吐息を漏らし紅茶を口にする。
    「雑談は済んだかな? それなら本題に入ろうか」
     ゆったりと構え、青年というには年若い少年少女の語らいを楽しんでいたアンドリューはそう切り出すとテレビの電源をつけた。そこには狙ったかのように映る、際どい衣装を身に纏いアップテンポにアレンジした歌を歌うプラントの歌姫の姿があった。
    「……それで? これの説明を願おうか」
     自身の偽物がテレビに映るもラクスの表情は変わらない。微かにキラの方が、顔が強張ったように思う。ディアッカは当然聞かれるよなと思いながらも、彼らの満足のいく説明はできないと肩を竦めた。
    「残念ながら俺らもユニウスセブン粉砕に奮闘後すぐ前線に出てたもんで、本国に戻って報道で知ったんだ。詳しくは知らない。デュランダル議長が偽物と知らず使っているのか、偽物を仕立て上げたかもわからない。ただ、最高評議会は彼女をプロパガンダとして使うつもりなのは確かだ。俺たちはラクス様を知っていれば、オーブにいるだろうと予想もできたから、すぐ偽物だろうとあたりをつけたがこの情勢だ。偽物であれ、彼女がいたおかげで過激な報復の声を治められたことも事実。それで下手に突けないながらも調べて、うちの隊長が心配してあんたらに連絡したらオーブにいるのが危ないって話で、それなら引き続き調査は続けながらあんたらを保護しちまおうって話になったわけ」
     あまりに砕けた物言いにシホが顔を顰めるがそれは無視する。全部を全部馬鹿正直に丁寧に話せばいいことでもない。ディアッカとシホはザフトであり、偽ラクスの存在でいま彼らに値踏みをされている。イザークからは護衛と言われたが、実際には保護を頼まれたようなものだ。保護対象にお前らは信用できないと逃げられれば本末転倒だ。相手の反応を見るためにも、普段の延長線上で会話を交わせられるなら情報を引き出しやすい。一時的でも仲間だったからこそできる手だ。
     実際アンドリューは底の見えない右目でディアッカを射抜いていたが、言葉に嘘はないと判断したようだ。どうするかと問うようにキラを見遣る。
    「ディアッカは、デュランダル議長の言葉は本当だと思う?」
     キラは静かに、ただそう問い掛けた。ディアッカらを欠片も疑わず、だからこそどう思うかを問う。その眼差しをまっすぐ受け止め、ディアッカは自身の考えを口にした。
    「俺は一度しか会ったことはないが、この世界を憂いてることだけは本当だと思う。その結果、その手段が正しいかはわからないけどな」
    「……そう」
     ディアッカがギルバートと会ったのは、イザークと共に出頭命令を出されアスランの護衛監視をしたときのことだ。あの時この人は凄いと漠然と感じたが、少なからずイザークが警戒しているように感じ、目が覚めたような気がする。そうでなければ傾倒したくなるような魅力を、ギルバートからは感じられた。あれは一種のカリスマなのだろう。ラクスが持つそれと類似する何か。
     言葉を重ねるならと、微かに俯くキラにディアッカは此処に来る前にイザークに言われた言葉を思い出す。
    「イザークはこう言ってたぜ。真実を知りたいってな。あいつは短い間だったが議員を務めてた。その頃愚痴ってたけど、人間は嘘を吐く生き物だし、政治は一概に善悪を語れない。故に口を噤み、時には偽りも必要だと。だが偽りはいつか綻ぶ。それを理解できずに、偽りを真実にしようとする者が一番恐ろしい。だから俺は誠実でありたいってさ」
     いま思えば、イザークがギルバートを警戒した理由がわからなくもない。偽物であってもあのラクス・クラインの存在は人々を宥めたのだから、そんなに危険視しなくてもいいだろうと。メンデルで起きたあの騒動さえなかったら、イザークの手伝いは勿論したがそこまで気にするか? と楽観的な思いさえ抱えたに違いない。しかし真実を知りたいとイザークが言ったあのとき思い出したのだ。嘗て終戦後、議席を抜かれ審判を待つイザークが口にしたその言葉を。終戦処理にディアッカでさえ方々を駆け回っていた。イザークの執務室を思い出せば彼がそれ以上に、どれだけ苦心して身を窶して平和を求めたかがわかるというもの。
     イザークは「あの戦争を生き抜いた者として、一度奴と腹を割って話したい。ただそれだけだ」と言いながら、キラを探しもしなかった。あれほど憎しみ、激情を抱えていた彼が傷を消したこと。その意味をディアッカでは測れない。けれどこの一年とすこしは薄氷の上と言え、そこには確かに平和が存在したのだ。キラとラクスが身を潜めていられるほどに、イザークが前線に出ずに本部勤務をしていられるほどに。けれどそれが壊された。話をしたいと思ってももう二度と会わずにいられればと思っていたイザークの平和を願う心が踏み躙られた。それが、ひどく憎らしい。
     余計なことを口にしてしまっただろうかと思うも、イザークがこの件に対しどんな思いでいるかを知って欲しかった。キラはディアッカの思いを理解したのか、微かに口角を上げる。
    「イザークさんは、強いね」
     キラはそう言うと、隣にいるラクスの手を握った。それは恋人にする触れ合いのようにも、不安に揺れる友を慰めるそれにも見える。するとラクスはこくりとキラに頷いた。
    「積極的自衛権の行使を正しいとは思わないし、理由があったとしても自分たちにとって都合のいいラクスを作る人がいる国を信じられない。でもあのままオーブにいたら、きっとカガリが僕らを守るために苦しむことになっただろうから……それなら僕はプラントじゃない。イザークさんと、ディアッカたちを信じるよ」
     キラがそう言ってくれたことに、ディアッカは肩の力が抜けた。よかった、そう思わず呟けばシホが隣で微笑んだ。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ❤❤😭💘
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    そらの

    DOODLEIF設定の種運命時のイザキラに到るはずのお話。
    ・捏造設定多数あり・シホについてはほぼ捏造・公式男女CPは基本的に準拠・ヤキン後イザキラ顔合わせ→終戦条約締結までアスラクキラがプラントにいた設定・イザが議長に疑念を抱くことからラク暗殺がおこなわれずに話が展開する。完結してない。できるかもわからない。
    軍人になれなかった男(仮題)(イザキラ)序章


     痛い! 痛い! 痛い! そう叫ぶ己の声を忘れない。焼け付くような痛みを忘れない。己の血が玉となって無重力に舞うのを忘れない。何一つ忘れはしない。
     アカデミーで切磋琢磨した友人がいた。その友人らと将来を有望視され、クルーゼ隊の一員になった。戦場を知らないこどもであった己は、この友人らと終戦を迎えるのだろうと思っていた。友人らの中でも、己と憎らしいことだがアスラン・ザラは白服を纏うことになる。そうして国防の担い手となるのだと思い込んでいた。しかしそんな空想など、戦場に出るなりすぐに打ち砕かれてしまった。ラスティ、ミゲル、そしてニコル。どうして彼らは死なねばならなかったのだろう。彼らも国を守りたいという志を持った志願兵だ。ニコル・アマルフィなど己より二つ下の一五歳でピアニストとしての才能を有した、やさしい少年であった。争いを好まず、反りの合わないアスランと己との些細な衝突でも、いつも仲裁に入るような少年だった。なんで。何故だと目の前が真っ赤になった。込み上げ溢れ出す涙の熱さで頬が焼けるかとさえ思った。けれどそれが零れ落ちてしまえば、残るのは冷たさだけでそれは憎しみによく似ていた。
    61873

    related works

    そらの

    DOODLEIF設定の種運命時のイザキラに到るはずのお話。
    ・捏造設定多数あり・シホについてはほぼ捏造・公式男女CPは基本的に準拠・ヤキン後イザキラ顔合わせ→終戦条約締結までアスラクキラがプラントにいた設定・イザが議長に疑念を抱くことからラク暗殺がおこなわれずに話が展開する。完結してない。できるかもわからない。
    軍人になれなかった男(仮題)(イザキラ)序章


     痛い! 痛い! 痛い! そう叫ぶ己の声を忘れない。焼け付くような痛みを忘れない。己の血が玉となって無重力に舞うのを忘れない。何一つ忘れはしない。
     アカデミーで切磋琢磨した友人がいた。その友人らと将来を有望視され、クルーゼ隊の一員になった。戦場を知らないこどもであった己は、この友人らと終戦を迎えるのだろうと思っていた。友人らの中でも、己と憎らしいことだがアスラン・ザラは白服を纏うことになる。そうして国防の担い手となるのだと思い込んでいた。しかしそんな空想など、戦場に出るなりすぐに打ち砕かれてしまった。ラスティ、ミゲル、そしてニコル。どうして彼らは死なねばならなかったのだろう。彼らも国を守りたいという志を持った志願兵だ。ニコル・アマルフィなど己より二つ下の一五歳でピアニストとしての才能を有した、やさしい少年であった。争いを好まず、反りの合わないアスランと己との些細な衝突でも、いつも仲裁に入るような少年だった。なんで。何故だと目の前が真っ赤になった。込み上げ溢れ出す涙の熱さで頬が焼けるかとさえ思った。けれどそれが零れ落ちてしまえば、残るのは冷たさだけでそれは憎しみによく似ていた。
    61873

    recommended works