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    EIGOnon

    えいごが書いたやつを投げるとこです
    気まぐれ更新

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    ブラネロ 現パロwebオンリー「現の沙汰もおまえ次第」展示作品でした!
    ロマンスなんて知らないの番外編で、ブラッドリーが昔食べた料理の味を取り戻しにいく料理人のお話です。
    素敵なイベントをありがとうございました!

    誇りの味 出来立ての料理を前にした時、客は色々な表情を見せる。

     黙って覗き込み、へぇ~という面をする奴や、隣の客とお喋りしたままナイフとフォークを手に取る奴。
     提供したネロの顔を見「やるじゃねえか」と偉そうな顔をする奴に、腹が減っているくせに無表情に努める奴。
     その誰もが一口料理を口に含んだ瞬間には、はっと目を見開いてそのまま食べ続けるのだから面白い。注文の際にはうるさいほどにお喋りな奴も、一回食べ始めてしまえば無口な奴に早変わりだ。
     忙しないランチタイムであっても、ネロは彼らのそんな表情を眺めるのが好きで、愛しく思っていた。

     ネロが営む麦穂の本日のランチメニューは皮をパリパリに焼いた鶏肉のグリルに、ビーツで彩りを加えたトマトとミートボールの具沢山スープ。
     セットとして手作りのパンとグリーンサラダがくっついている。
     次々と入る注文をさばきながら、ネロは皆がランチを平らげていく様子を目に入れて「よしよし、皆よく食ってるな」と微笑んでいた。そのまま、つと、時計を見上げる。
    そろそろあいつの来店する時間だな、とフライパンに大きめの鶏肉を置いた。
     石畳をコツコツと叩く音が耳の端に届く。大きな影が窓を横切り、そのまま中庭へ。
     ネロはそれを端で捉えながら、他の注文を聞き、カナリアの手が空いていなければ自ら運んだ。
     そのついでに、カウンター席の真ん中に水で満たしたグラスとナイフとフォークを準備しておく。初めての客なら「誰もいないのに何を?」と思う光景だろうが、麦穂にとっては最早日常風景である。
     瞬間、ドアベルがけたたましく鳴り、乗馬用のブーツが床を鳴らす。
     続く音がないので、今日は独りらしい。ネロはキッチンへ戻りつつ、その客へ目を向けた。

    「……うわーなんだその恰好。何処で誰を殴って来たんだよ……」
    「ペンキ工場だよ。お嬢もドレスアップ済みだ。キレてるけどな」

     ブラッドリーはむすりとした表情のまま、グラスの水をかっ喰らっている。
     その顔面にはまだ落としきれていないピンク色のペンキがへばりついていた。
     ネロはそのまま彼の服へ視線を落とす。ちびっこ共の憧れの的である真白い制服は今や緑や赤、青が混じって何とも見事な極彩色に仕立てられており、見る影もない。
     顔についているピンクだけは少し可愛らしいのだが、望んでそんな姿になったわけではないのは明白なので、ネロは笑うに笑えなかった。
    「……お疲れさん。大盛りにしとくから、たんと食えよ」
     グラスに水をついでやり、それだけを言うに留めておく。ゆっくりと頷き返したブラッドリーに「ちょっと待ってな」と言い残し、ネロは鶏肉の世話に戻った。
     じっくりと皮を焼き、ガーリックを加えた特製のソースをたっぷりと掛けまわす。
     店中に立ち込めているこの匂いは食欲をそそるようで、ブラッドリーがぴくりと反応したのが分かる。
     そうそう、大人しく待ってな、と苦笑しながら皿へ移し、パンも大盛にしてカウンターへ置いてやった。
    「先にこいつら食っといて。後でスープとサラダも持ってくる」
    「はぁ? 葉っぱなんざいらねえよ」
    「うるせえ。食え」
     淡々と二言で切り、でかめの器にスープを注ぐ。
     ミートボールは普段なら三つと規定しているが、特別に五つ入れておいた。サラダも手早く用意し、卓の上に並べて置く。置いて驚いた。もう鶏肉が半分ない。
    「……でけえの焼いたはずなんだけど」
    「気のせいじゃねえか?」
     ブラッドリーは口の端についた脂を舐め取って「うめえなぁ」と目を細めた。
     先程の不機嫌さは既に薄れており、鶏肉を大振りに切って口に放り込んでは幸せそうに笑んでいた。
     ネロにとっては堪らない光景だ。何せ、自分の一等好きな男が目の前で自分の料理を食らい、美味さを体現するように、きゅう、と目を細めているのだから。他の客がいなければこれで一杯やっているところだった。
    「美味い?」
    「美味い。ったりめえだろ」
    「何であんたが偉そうなんだよ……まぁいいや。ゆっくりしていけよ」
    「おー」
     いつまでも眺めていたいのは事実である、が、今は麦穂の稼ぎ時である。
     言いつつ、見つつ、次々に鶏肉を焼き、葉を千切り、スープを盛って、配膳する。
     カナリアにはレジを任せ、昼間は酒はないと断わり、観光客のたどたどしい注文を聞き。目が回りそうだった。
     ただ、その最中であっても、ネロは気づいてしまった。ブラッドリーがスープを眺めて、ほんの少し、眉を顰めたことを。
     だが彼は、ネロが疑問に思う間もなく、スープをかっ喰らってしまう。
     味の感想は無し。ただし、ご馳走さん、と挨拶はきちんと残し、そのまま席を立った。
    「あっおい、ブラッド……」
     渡そうとしていたマクミラン用の果物を抱きしめたまま、ネロは言葉尻を放り出してしまった。何だ、さっきの表情、だなんて、聞けるか? 今。
     ブラッドリーは言葉のケツを失ったネロをきょとんとした顔で見ていたが、何を勘違いしたのかネロの懐の果物を取り上げ、意地悪く破顔する。
    「明日、来るんだろ?」
    「え、あぁ、行くけど……」
    「おう。待ってるぜ。じゃあな、ネロ」
     ひらひらと手を振り、ブラッドリーは出て行ってしまった。
     中庭に移動した彼がマクミランに果物を与え、そのまま騎乗して立ち去っていく。
     最後に窓辺に向かってひょいと顔を下げたマクミランと目が合って、ネロは小さく手を振った。手を振った形のまま、ネロは暫しその場に留まる。

     機嫌が悪かったわけではない。寧ろ上々で帰って行った。ただ、あの表情。

     嫌いなものを出された——いや、彼の嫌いなものは野菜ではあるが、その野菜に対するものとはまた違う。どこか、胸の奥の、誰にも触れて欲しくない部分を無遠慮に嬲られた時のような、そんなものだ。
     その割には綺麗に完食しており、皿には何も残っていない。だからこそ不可解だった。
     何かしら苦手なものであったのなら、残して行けばいいのに。
     そんな障りのあるものを気づかずに出してしまったのだろうか。
     もやもや、悶々と。
     ネロはとっくに綺麗になっている皿を延々と洗いながら考え込んでいた。カナリアに止められなければ、恐らく夕方までそのままだったろう。

     ——で、週末である。
     恋仲になってからというものの、市場で食材をたっぷりと買ってからブラッドリーの家に泊まりに行くのが定例となっていた。
     本日もその通りで、ネロは紙袋一杯に食材を買い込み、少し前に渡された合鍵を手に持ったままブラッドリーの家の前で立ち往生していた。
     やはり考えているのはブラッドリーのあの表情で。
     憂いのあるそれが頭の中でぐるぐるとしている。訊いちまえよ、と短気な自分がいる一方で、それがどうにも出来なかったらどうするんだ、という臆病な自分もいる。
     うーん、とネロは食材に埋もれながら唸っていた。もう少し考えてから、と一歩足を引いた、瞬間、ドアが内に開いた。
    「なーに人の家の前で考え込んでやがる。てめえじゃなかったら通報してるぜ」
    「……自分で逮捕しろよ。警官だろ、あんた」
    「おうおう、言いやがる。じゃあ逮捕してやるよ。入りな」
     ネロの荷物を取り上げ、野菜を見つけてげんなりしているブラッドリーはいつもの様子だ。
     寧ろおかしいのはネロの方で、それは案の定、問い質されることとなった。
     何かにつけて逃げようとするネロを逃がさぬように、全裸の状態——まぁつまり、事後に、ブラッドリーはネロの身体を柔くホールドして、覗き込むように問うてきた。
    「で? 誰に懸想されてんだ」
    「……んん? 何の話?」
    「あぁ? てめえのそのツラはまぁたどこぞの馬鹿に懸想されて厄介なんだが、ってツラじゃねえのか」
    「えぇ……ちげえし。あんたと違ってモテやしねえよ、俺は」
     そりゃどうだかな、とブラッドリーは何かぶつくさ言っている。
     怠い身体のまま、ネロは苦笑した。そのままブラッドリーの厚い胸板に凭れ「あんたのことだよ」と言ってしまった。
    「俺?」
    「……昨日さ、スープ出したろ。赤いやつ。あん時、眉顰めたじゃん」
    「……あー」
     ブラッドリーはネロの頭の上に顎を置いて、ネロの背を柔く摩った。何か思い出しているようで、口ごもっているような様子もある。
    「言いたかなけりゃいいんだけど、ちょっと気になって。スープ、不味かった?」
    「んなわけねえだろ」
     即答。その後に、ゆっくりと、深い溜息が吐かれた。
    「ほんと、てめえはよく人の顔見てんなぁ……ビビるわ」
    「あんたのことだけだよ」
     鎖骨に額を擦り付け、広い背から締まった腰に腕を移す。
     抱き締めたまま「不味くなかったなら良かったけど、あんたを傷つけるのは嫌だったから気になって」と続けた。
    「はは、てめえにつけられるほど柔じゃねえよ」

     そう、ブラッドリーは肩を揺らして笑い、ややあって、なぁ、と切り出した。
    「……ネロ。初めてヤッた時に、話したろ。俺がガキの頃の話」
    「……あぁ。北の、スラムで暮らしてたんだっけ」
    「あの時はよぉ、豪華な食い物って言やぁ黴の生えてないパンや食えるところが残ってるハムとか、指先ほどのチーズでな。火が通ってるもんなんざ、滅多に口に入らなかった。火は大人が暖を取るものであって、ガキに暖かい食い物を食わせるような代物じゃねえしな」
     ドラム缶で煌々と燃える火を、ブラッドリーは屑に埋もれながら眺めていたという。
     人の暖を盗もうとすれば寄って集って殴られた。子どもであろうと、容赦なく、だ。

    「でもなぁ、ガキの時に一度だけ大鍋に入ったスープを得た」
     
     誰が、どうやったんだか。
     兄弟のうち、比較的身体の大きかった奴が割れた鍋を持って来た。
     そして、また誰かがその破れ鍋を塞ぐ道具を持って来た。
     誰かが落とされた野菜の屑を拾って来た。
     そして、また誰かが小さなチーズの破片を拾って来たのだ。
     まだ大人の半分の背丈もないブラッドリーは、それを見て「おいおい」と思った。
     これは、とんでもなく美味いものが食えるチャンスが巡ってきたんじゃないか、と。
     気づけば飛び出しており、一折の木片に火をつけて戻って来たのだという。
     どれだけ殴られたのだか覚えてはいないそうだが、兄弟たちは拍手喝采だったらしい。
    「そんだけ兄弟が協力して出来上がったのが、何だかよく分からねえけど赤くなっちまったスープだった。最終的には肉団子っぽいのが浮いてたな」
    「へぇ、すげえな。子どもだけだったのに……」
     身を寄せ合って暮らしてきた兄弟の、偶然と奇跡の集大成だ。
     さぞかし美味かったのだろうとネロは思ったが。
    「食えなかったんだよ」
    「……何で」
    「ちびだったから、だな。出来上がったって、そりゃあ喜んだもんだ。何しろ赤いし、熱いし。匂いは……まぁ、正直なところ、あまり良くなかったように思えたがよ。全員分の器はねえから、唯一無事な器で飲んで回そうってなった時に、出来上がるのを待ってたくそどもに取り上げられた」
     当時スラムを仕切っていたのはブラッドリーらではない。ガキから飯を取り上げてやめろと騒ぐ奴も、当然いなかった。
     自分達よりも身体が屈強な大人たちは、下卑た笑いを浮かべながら鍋は取り上げられて、取り返しに行った兄弟——無論、ブラッドリーもそこに加わっていたが——全員、半殺しにあった。
    「んだよ、それ……! 子どもが必死に作ったもんを奪うなんざ、人のやることじゃ……」
    「怒んなって。真っ当な社会だったらそうだろうが、あそこは強えもんが生き残る場所だったんだ。力がなければ取られて当然。寝床も、飯も、火も。何もかもな」
     何も残らなかった破れ鍋は、ぼろになるまで殴られた自分たちの元へ帰って来た。
    兄弟は皆腫れた顔で俯き、動きもしなかったが、ブラッドリーはほんの少しだけスープが付着した鍋を拾い上げ「どんな味だったのだろう」と思ったという。
    「多分、美味くはなかったんだろうよ。何せ、料理なんざしたこともないガキだけで作った代物だ。塩も胡椒も、てめえみたいな上等な技術もねえし」
    「……そんなこと」
    「なんでてめえがそんなツラしてんだ。こっち見な、ネロ」
     呼ばれて顔を上げれば、思いきり額を弾かれた。
    「いッ……何しやがる!」
    「てめえがそんなツラしても、あの時の味は分からねえし、それでいい。二度と口にはいりゃしねえんだ。不味かっただろうって思っておいた方がいいだろ」
    「……でも、じゃあ何で」
     あんな顔を、とネロは言いかけて、また言葉尻を放った。
     魔法使いだった頃と異なり、幾百年と共に過ごしていたわけではない。
     生まれた場所も違えば、育った環境も異なっている。どちらかと言えば知らないことの方が多く、訊いていないことの方が多い。
     踏み込むべき場所、そうするべきではない事柄を、未だ判別しかねている。「なぁ、悔しかったんだろう」と言ってやれない自分に、嫌気が差した。
    「くく、甘ちゃんめ。てめえの起こした事象でもねえのに、気落ちすんなって」
     な? と今度は甘く額に口づけられる。そのまま頬に沿って、唇に下りたそれを、ネロは無言で受け止めた。深く口づけられて、濡れた音を立てて離れていく。
    「もう寝ようぜ。明日出かけんだろ」
    「……うん」
     抱き込まれて、背に手を回す。ブラッドリーが大きく息を吸ったのを感じ、このまま寝入るのだろうな、とネロは思った。故に口を閉ざし、目も閉ざす。

     彼の鼓動に包まれたまま見たのは、雪塗れの景色の夢だった。
     小さなブラッドリーがぽつんとそこに立っている。
     ぼろの服を身に纏い、小さな、いや彼にとっては相応に大きな鍋を、両手に抱えていた。
    「腹、減ってんの?」
     そうネロが問えば、小さなブラッドリーは頷く。小柄な体でとてとてとネロの元へ歩み寄り、彼は鍋の中身を披露してくれた。
     小さなビーツ、割れたジャガイモに、チーズ。それに、生姜や、エシャロットのようなものもある。とりあえず拾えたものを集めて、放り込んだような形だ。あとは、褐色の肉団子に、見たこともない形をした葉。……何だろう。ハーブ類だろうか。葉を摘まみ上げてじっと見つめるネロに、ブラッドリーは不安そうな顔をして呟いた。

    「美味いかな」

     まだ声変わりもしていない幼い声だった。ネロは屈み、視線を合わせて微笑んでやった。
    「あんたら兄弟で集めて、作ったんだ。美味いに決まってる」
     将来、徒党を組んで故郷を立て直し、そして戦乱の先に行く子は「だよな」と大きく笑顔を作った。

    §

    「……何してんだ、こんな朝っぱらから」
     腹を掻きながら出て来た男を見、ネロは苦笑した。
    「寝ぐせすげえな、男前さんよ。まだ寝てていいぜ」
    「……美味そうな匂いが寝室まで漂って来んだよ。寝れやしねえ」
     のしのしと近づいてきたブラッドリーは、そのままネロの肩口に頭を乗せて手元を覗き込んだ。そして不可思議そうに目を瞬いている。
    「……お前、これ」
    「夢でさ、ちびのあんたに材料見せてもらったんだよ」
    「はぁ? 夢ぇ?」
    「幸い、昨日買った食材で出来るもんだからさ。でも、肉だけが分からねえんだよなぁ。なぁ、覚えてる?」
    「……ネロ」
     戸惑うような、真意を探るような声色だ。
     珍しいな、と思いつつ、ネロはブラッドリーを見ずに言う。
    「あんたが、小さい時のあんたが自分らの力で得られたもんなんだろ? それが最後まで分からなかった、なんて嫌じゃねえか。……少なくとも、俺は嫌だ。聞いちまったし、知っちまったし。あんたが知りたくなくても、俺は知っておきたい。あんたらの、誇りの味」
     別に、嫌なら食わなくても良いし、と言えば「馬鹿言え」と怒られてしまった。
    「てめえの作った飯を食いっぱぐれて堪るもんかよ。腹一杯寄越せ」
    「へいへい。で、肉は何使ってたんだ? 鶏とか? 豚も牛も一応全部あるけど……」
    「あー……どれでもねえ」
    「えぇ? じゃあ羊とか山羊?」
    「ちげえよ。……てめえが聞いたら卒倒すると思うんだが、覚悟はいいか」
    「あ、あぁ。何? まだ市場開いてるから、なんでも……」
    「ネズミ」
    「……え」
    「ネズミだ。めちゃくちゃ肥えたやつ捕まえて、団子にした」
    「…………よし、待ってろ!」
    「何処行こうとしてんだ、やめろやめろ。腹壊したくねえっつの」
     折角覚悟を決めたのに、ブラッドリーはネロを羽交い絞めして止めようとする。
     何だよ、折角再現するのに、と唇を尖らせるネロを見、彼は深く笑った。
    「ありがとな、ネロ」
    「おう……じゃあ、今回は鶏肉にしとく。出汁もブロードだし、多分合うよ」

     そうして、大きな皿に一品、スープ料理が出来上がった。
     ビーツのみで色付けされているため、トマトスープよりも深い赤色をしている。
     ジャガイモは大ぶりに切り、刻んだエシャロットと生姜を合わせた鶏団子、チーズと共にシンプルに煮込んだ。謎の葉はローリエで代用し、塩と胡椒も最低限。
     味見はあえてせずに、一皿目をブラッドリーに渡した。
    「……色、似てんな」
     そう、彼は言う。そして一口、黙って口に入れた。
     ネロはパンを焼きながら、あえてその姿を見ないように(いや、実のところ、少しだけ見ていたが)努め、気にしない振りをし続けた。
    「……うめえ」
     ぽつりと、ブラッドリーは呟く。
     そのまま、小さく食器が鳴る音が続き、ネロがきちんと振り返った時にはスープ皿は空になっていた。
    「ネロよぉ」
    「……なに?」
     焼き立てのパンと簡易に作ったサラダを食卓に運んで、彼の顔を見る。
    「感謝するぜ。兄弟どもも、こんなに美味いなら泣いて悔しがって食いたがったろうな」
    「……きっとあんたらが作ったのも、美味かったよ」
    「そうだな」
     ブラッドリーは言って、また笑んだ。
    「これ以上に美味かったに違いねえよ。なにせ、俺様自慢の料理人でも手に入れられない食材を使って作ったんだからな」
    「てめえ……そう言うなら拾って来るけど?」
    「冗談だっつの」
     ほれ、と空のスープ皿を渡された。
    「腹一杯にしてくれんだろ? あー味はもうちょい濃い方が良い。流石に薄い」
    「ん。じゃあ味見してサワークリームとか足すわ」
     皿を受け取り、ネロはキッチンへ戻った。一旦皿を洗い流して拭き上げているところに、「うまくやりゃ店でも出せんじゃねえの?」と声がかかる。
    「んー……いや、やめとく。あんたが食いたい時にだけ作るよ」
     特別な味なんだろ、と付け加えて返す。
    「言うようになったなぁ、てめえも」
     やや間を置いた後の、呆れたような、それでも喜色が含まれた声に、ネロは笑った。
    「誰かさんと一緒にいるからな」

     言って、一匙、味を調える前のスープを口にした。
     仄かな酸味と、優しい野菜の味がする。目を伏せれば、瞼裏で幼いブラッドリーが笑う姿が、確かに見えた。
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    EIGOnon

    DOODLE「ロマンスなんて知らない」の二人が過ごすバレンタインの話です。今度は間に合ったぞ!!
    ターナーくんが作っていたのはザッハトルテです。

    蛇足
    海外では贈られる側(女性)は赤い下着で相手を迎えるそうなんですけど、ボスの趣味じゃなさそうなので省きました(ネロくんはやりそうですが)
    これ以上ない程の愛を込めて〈月曜日、空いてるか?〉

     穏やかな昼下がり、使い慣れない携帯端末に表示されたのは、そんな短い単語だった。
     ネロは「月曜日」と単語を繰り返し、アプリコットを焚く手を止めてカレンダーを見やる。
     二月十四日。はて、と首を傾げる。ええと、何かあったよなぁ、この日。何だっけ。
     安物のカレンダーをじっと見つめるも、最低限の祭事しか書かれておらず、答えはない。
     兎角、月曜日は麦穂も休みである。
     土曜の夜から日曜にかけてはブラッドリーの家で過ごしてはいるものの、月曜はネロにとっては空いた休暇に過ぎない。
     掃除か苦手な帳簿付けくらいしかやることもなかった。あまり深く考えずに返答を寄越すことにする。
     〈空いてるよ〉と、爺かよと揶揄されるレベルで遅い打ち込みを以て送ったメッセージには、〈じゃあ夜に行くから、そのまま予定空けとけ〉と即座に返って来た。
    3202

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