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    ビジネスに失敗して小さな島に収監された鷹鰐 ※鰐の過去を捏造しました

    ユートピア【鷹鰐】 危険なものは何もない。この小さな島には野菜を三種類ほど育てられる小さな畑と、日光浴を楽しめるくらいの小さな芝生張りの庭と、小さなダイニングルームと小さなバスルーム、それに小さな寝室と小さな書斎を納めた、ラベンダー色の小さな平家だけがあった。天候は安定していて、半袖とショートパンツで気持ちよく過ごせるほどの気温があり、さんさんと太陽の光に照らされ、麗らかなそよ風が吹き、たまにシャワーのような雨が降る。
     不便なことは何もない。食料や日用品は、定期的にこの島の所有権を持つ数km先の王国がドローンで運んでくれる。蛇口からはきれいで安全な水が豊富に溢れ、電気は昼も夜も途切れることがない。
     少しだけやはり煩わしいと思うのは、床にぬるぬると粘液を擦り付けながら這う映像伝電虫くらいだ。彼は自分たちの生活の様子を、新世界政府の監視局員へ送っている──取り立てて変化のない細々とした生活を。
     クロコダイルは若葉色をした、コットンファブリックのソファに座りながら新聞を読んでいる。膝の前にはアザーブルー色のサイドテーブルがあり、白字で「LOVE&PEACE」と書かれたサーモンピンク色のマグカップが乗っている。王国が支給するコーヒーはノンカフェインだ。隣では、ピーチ色の薄手のシャツにシャンパン色のショートパンツを身に付けたミホークが、黙々と萌葱色のウールで鍋敷きを編んでいる。一昨日、クロコダイルが鍋底に付いたシチューの吹きこぼしで汚してしまった鍋敷きの代わりになるものだ。彼はずいぶん集中していて、鼻先に引っかかった老眼鏡を通して網目を睨み続けている。
     クロコダイルはふと、自分の体を見下ろした。戦闘を禁止されて熱心に鍛えるのをやめた体は、筋肉が脂肪に変化して丸くなっている。薄紫色のTシャツと花柄のライトコーラルのハーフパンツは、数年前ならもっと窮屈だっただろう。
     新聞の第二面──北の海で新国家設立、またも民主制採用……最近はどこもかしこも、新しい国作りで大忙しだ──を読み終えたところで、パッションピンク色の鳩時計が鳴き、正午になった。ううん、とミホークが唸りながら目頭を抑え、編み途中の鍋敷きと老眼鏡をソファに放った。夢中になって取り組んでいるように見えたが、その実どうでもよいのかもしれない。わざわざ編まなくても、頼めば王国が汚した物と同じ品を送ってくるだろう。

    「トマトパスタにする」

     そう言ってミホークは立ち上がった。最近の昼は毎日トマトを食べている。畑でよく採れるからだ。

    「辛いのがいい」

     クロコダイルはそうリクエストしつつ、ソファの老眼鏡を拾いサイドテーブルに置いた。ソファに捨てられたままにしたせいで、尻で押し潰して壊したことがあった。

    「ああ」

     ミホークは頷き、灰緑色の杖を突いてゼニブルー色のタイルが貼られたキッチンへ向かった。十数歩進めばすぐに昼食の支度に取り掛かることができる。辿り着くと、ミホークは杖をそばのスプリンググリーン色のダイニングテーブルに立て掛け、さっそく鍋に湯を沸かし始めた。そして、フライパンでオリーブオイルを熱し始める──左足を引き摺りながらキッチンを動き回るミホークの様子を、クロコダイルはもうずいぶん見慣れている。澱みない立ち回りに、手つき。弟子に二度目の決闘を挑まれ、受けて立ち、そして敗北した男の背中は小さくなったが、軽やかだ。
     そう待たないうちにダイニングテーブルには、クロコダイルのリクエストどおり鷹の爪を効かせたトマトパスタ、缶詰を温めたコーンスープ、そしてレタスのサラダが置かれた。ロゼワインボトルとグラスも忘れずに。クロコダイルは席に付き、折り曲げた新聞を左腕で押さえながらパスタをフォークに巻いた。ミホークは料理の出来栄えを眺めながらワインを飲んでいる。食前に感謝する神は、ふたりにはとっくにいない。

    「なんだって?」

     ミホークがレタスを飲み込んでから尋ねた。

    「……マスカットが豊作、農園で食べ放題ツアー、三千ベリー相当のお土産あり、五千ベリー」

     クロコダイルが新聞広告の概要を読み上げてやると、ミホークはふうん、と興味なさげに頷いたが、食べ終わり間際、マスカットか、注文票に書いておこう、と聞かせるもなしに呟いた。午後四時までに玄関先のポストにメモを入れておけば、明日の朝にはドアの前に置いてあるだろう。
     昼食を終え、クロコダイルは食器や調理器具を洗ったら、庭のコーラルレッド色のデッキチェアで昼寝をする。ミホークはデザートワインを舐めながら本を読んでいる。パラソルの影の中、彼の金色の目が光っているのを横目に、クロコダイルはうとうと微睡んだ。夜から朝まで毎日十時間は眠っているというのに、昼に腹を満たせば眠くなる。
     悪趣味な家や家具や小物、服の色合いは、王国のデザイナーが、こうも明るくて可愛らしい色ばかりに囲まれたら悪事を起こす気にもなれまい、という理由から決めたもので、そのとおりなのかどうなのか、クロコダイルはもうまったく、国を丸ごと乗っ取る気も、最強の軍事国家を一から建国する気も起こらなかった。ただ、こうして気ままに昼寝ができることを幸福と呼ぶのだと、そんなような気持ちになってくる。
     海は凪いている。水平線の間際、海王類が頭を出してまた沈んだ。あの先に何があるのか。書斎にある世界地図には、この星の全容が載っているけれども、実際のところどうなのかは、自ら海に出なければわからない。どんな土地に、どんな人間がいて、どんな動物や植物が生息していて、どんな文明があり、宝があり、秘密があるのか、どんな力を持てば世界を丸ごと手にできるのか、どうすれば何者にも脅かされることのない居場所を作れるのか──

     ──キャプテン!

     クロコダイルは睨みつけていた海図から顔を上げ、振り返った。クルーが両手を上げて呼んでいる。その背後には、やっと手に入れたガレオン船と、眩いばかりの大海原がある。

     ──早く! 波に乗り遅れる前に、早く!

     クルーは皆笑っている。クロコダイルは荷物をまとめてリュックサックに押し込み、駆け出した。彼らと世界中を確かめに行く。どんな敵や障害にも打ち勝って、全てを手に入れる。自分たちにはそうできる力がある。自分たちは可能性に満ち溢れている。クルーのひとりが駆け寄って迎えに来た。この前ドジして前歯を折ったせいで、間抜けな笑顔。愛らしくて、クロコダイルは足を速めた。

     ──行きましょう、キャプテン、おれ、今度こそ宝箱見つけて、アンタに全部あげる!

     そう言って左手を握られる。じゃあおれは、この世界の全てをお前たちにあげよう──クロコダイルは高らかに笑った。

    「それ以上は撃たれるぞ、クロコダイル」

     はっと目を開くと、目の前には薄汚れたオフホワイトの木柵があった。島を囲んでいるこれを越えると、高度二百五十kmを飛行する人工衛星からレーザーが放たれ、脳天から貫かれるらしい。
     ミホークはクロコダイルの右手首を掴んでいて、クロコダイルがふっと息をついて内陸へ一歩下がると、柔く引っ張って抱き寄せてから、剥き出しの二の腕に軽く口付けてきた。

    「何か食べて、薬を飲もう。まだ死なれては困る」

     クロコダイルは頷いたが、声は出なかった。動悸が激しく、息が荒んでいる。室内に入ると、ミホークはキッチンの棚の奥から薬箱を取り出し、グラスに水をたっぷり汲んで、ダイニングテーブルに置いた。クロコダイルはソファで項垂れながらりんごを齧っている──クソッタレ、おれはこんなところにいるべき人間じゃない、これからまたなんだってできる、おれの思うとおりの世界を、全部壊して、滅茶苦茶にして、全員殺して! 殺してやる!

    「飲め」

     ミホークの指に錠剤を口に押し込まれ、続け様に唇にグラスのふちを当てられたクロコダイルは、憎悪で瞳を燻らせながら水を飲み込んだ。そして、ミホークが顎に垂れた水を親指で拭い、額にキスをひとつくれた頃には気分は落ち着いて、全身に湧いた冷や汗を気持ち悪く思っていた。キッチンの窓から夕陽が差し込んでいる。時間はまだ早いが、風呂に入りたい。
     ライムグリーン色のタイルに囲まれたバスルームで、クロコダイルは白磁器のバスタブに湯を溜めて浸かった。ミホークにはちょうど良い大きさのバスタブだが、クロコダイルにとっては尻と腰をよく温めてくれるほどしかない。より大きなバスタブを注文票に書いてみたが、王国は届けてくれなかった。バスルームに収まらないだろう、と。
     しかしこのバスタブを使うようになって、クロコダイルは湯に浸かる心地よさを思い出した。スナスナの実の能力を奪われた代わりにとしてはあまりにも些細な幸福だが、この島で生きるにあたっては、もはや欠かせない感覚だった。頭上の窓枠に置いたラジオを流しながら、ぼうっと宙を眺めている。北の海では依然専制君主制根強く民主化進まず──女が堅苦しい声で喋っている。
     夕食はいつもどおり、クラッカーにクリームチーズを乗せ、ワインと一緒に食べた。そのあと、クロコダイルはベビーピンクのパジャマを纏って早々に寝室に引っ込み、ミホークがシャワーを終えるのを待った。お揃いのパジャマを着たミホークはすぐにやってきた。

    「これ」

     クロコダイルはミホークに一冊の本を差し出した。先日手に入れた植物記だ。ミホークは杖を壁に立て掛け、本を受け取りながらベッドに乗り上げ、そしてクロコダイルの左腕の中に収まった。ミホークはクロコダイルの先が途切れた手首の丸みを左手で包みながら、右膝を立てて本を腿に立て掛ける。

    「シュセイソウはワノ国のサケに似た香りを放つイネ科の一年草で……」

     穏やかなテノールが文章を読み上げる間に、クロコダイルは一日を終えていく。ここに来て一、二年の間はセックスに勤しんだりもしたが、もうすっかり飽きてしまった。そんなことよりも、こうしてミホークの声を聞いている方が気持ちよかった。それに、きっともうお互いのペニスは薬の影響で碌に役に立たないだろうし、それ以外の性感を盛り立てる気力もなかった。
     夜中、クロコダイルはミホークの呻き声で目を覚ました。彼は眠りながら何かを探すように腕を振り回すので、クロコダイルは打たれて舌打ちをした。

    「……夜……夜は……」

     そう呻くミホークの顎を掴み、クロコダイルは唇に噛み付いた。ミホークはしばらくうんうんと唸っていたが、ふと落ち着いて目を覚ました。

    「お前のデカブツは博物館だ」

     クロコダイルが唇を離してそう教えてやると、ミホークは再び目を閉じて、そうだったな、と呟いた。クロコダイルは汗ばんだ彼を抱いて眠ろうとしたが、目覚ましが鳴るまで、夢現をミホークと一緒に漂い続けた。
     朝、玄関のドアを開けると木箱と新聞があった。それに巻き付く紐を引っ張って中に運び入れ、新聞はミホークに放り、クロコダイルは木箱を開けた。牛乳、卵、バケット、ヨーグルト、日用品の諸々、そして巨峰と紙切れ一枚。マスカットは酷暑のために不作ゆえ、代わりにハウス栽培の巨峰を送ります、悪しからず。
     朝食はバケットやソーセージ、トマト、スクランブルエッグ、巨峰を入れたヨーグルトを、クロコダイルが用意した。

    「何だって?」

     クロコダイルが尋ねると新聞を開くミホークは、

    「ポンちゃんが月を欲しがったので、父親は小さな湖を買い取って湖面に浮かぶ月を娘にプレゼントしたが、ポンちゃんは満足せずに父親を湖に突き落とした」

     と四コマ漫画の内容を答えた。

    「なんだそりゃ」

    「さあな」

     朝食を終え、クロコダイルは家の掃除を、ミホークは畑の手入れをして、それからふたりはソファに座った。ミホークは鍋敷きを編み、クロコダイルは新聞を読む。南の海でストライキ激化、連鎖止まらず。
     北の海が民主制なのか専制君主制なのか、マスカットが豊作なのか不作なのか、シュセイソウは実在するのか、南の海の労働者が暴れているのかどうなのか、それとも何もかも全てが架空のものなのか、クロコダイルとミホークはこの島以外のことは何もわからない。上空でレーザーを放つ人工衛星が本当に飛んでいるのかもわからない。わかるのは、もうクロコダイルとミホークは、この小さな島でふたり、いつまで律儀に届けられるかもわからない水や電気、物資を頼りに生きていく他ないということだった。
     映像伝電虫が、ソファに座るふたりをじっと映している。クロコダイルは、そっと右手の中指を立ててみた。新世界政府の監視局員へ。これを見て笑っているか、嫌悪を抱いて睨んでいるか、それとも監視局員なんて存在しないか。すべてがどうだっていいとも、またふたりで全てを破壊したいとも、今すぐに死にたいとも、このままふたりで穏やかに老いていきたいとも、クロコダイルは思った。その隣で、ミホークは鍋敷きを編み終えて満足げな顔をしている。クロコダイルは彼の老眼鏡を抜き取って、皺のあとが残る彼の眉間にキスを贈った。昼食は何にしよう。
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    PROGRESS書き直し中の曦澄「俺の居候がこんなに可愛い訳がない」の途中まで(元々の3話目あたりまで)〜だいぶ変わってるし多分改題する✌️
    【曦澄】俺の居候がこんなに可愛い訳がない(仮)① 江晩吟が寒室の扉を開け放った先にいたのは、真っ白なふわふわだった。そのふわふわは、薄暗くひんやりとした居間の真ん中で、座布団の上に丸まってくんくんと鼻をならしていた。
     江晩吟は、ここが姑蘇藍氏宗主の居住であることを忘れて部屋に飛び込んだ。それほど、そのふわふわ──小さな犬が、もし涙を流せたのなら川を作れるくらいに、哀しげに鳴いていたから。そしてその犬の前に躓いて自分ができる精いっぱいのやさしさで抱き上げると、胸に収めた。

    「大丈夫」

     江晩吟は、犬の被毛に顔を埋めてそう囁いた。またそう間を置かず、もう一度同じ言葉を囁いた。両親の温もりが恋しいと泣く赤子を、夜通し腕に抱いていたときのように。
     腕の中の犬はしばらく震えながら、きゅうきゅうと鳴いていた。江晩吟はその小さな鳴き声を聞くたびに、犬の背を何度も何度も撫でてやった。すっかり冷えてしまっている体が温まるように、手のひらの熱を送り込むように軽く揉んでやった。すると、犬の震えはだんだんと治った。
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