これはわしの道楽よ、と老人はよく口にした。
当主の座を年若い愛孫に譲ろうともいまだ家中の実権を握る老人は、そう時を開けずして鹿介の前に姿を見せる。
時には主家のことは忘れて楽になれと諭し、時には同じくして捕らえられた何某は誘いに応じてこちらに就いたなどと嘯き、時には鹿介の武勇を褒めそやし、仕官の打診をする。仇敵に尽くす忠などないと鹿介がいくら突っぱねても、毎度愉快そうに目を細めるだけであった。
虜囚の自分を生かし続けることに何の意味があるのか。謀神とまで謳われた男の考えなど鹿介には図れなかったが、初めて手ずから縄を打たれ男の尊厳を辱められた夜に、老人の言う「道楽」が文字通りのものであると知った。
鹿介が、囁かれる甘言に乗り仇に降ろうとも降らずとも、その苛烈な責めに音を上げようが堪え切ろうが、老人にとってはどちらでもよいのだ。主家再興という途方もない大願がために奔走し、抗い、捕らえられてもなお希望を捨てず、同志を信じて牙を剥き続ける若者の不屈の闘志を高みから愉しんでいる。
篭に入れた虫や鳥が人を襲えないのと同じように、鹿介に命を脅かされる懸念など微塵も感じていない。手懐けられれば吉、躾に堪え切れず死んでしまうのならそれまで。まさに畜生の扱いである。
――なめられている。
強く、そう感じた。
――俺はこの男に侮られている。
それは、身を貫かれ慰み者のごとく扱われた屈辱よりも堪えがたく、烈しく鹿介の心を焼いた。
――見ていろ。憤怒と憎悪の渦巻く胸中で誓う。必ずその寝首を掻いて、俺を殺さなかったことを後悔させてやる。
元より鹿介は、どれほど恥辱に塗れても生き延び、逃げ出す心積もりであった。老人に己を殺す気がないのならば好都合である。いつか機が訪れる。いまはまだ雌伏の時だ。そう己に言い聞かせる。
「――仇を前に余所事か」
「ッぐ、ウゥ!」
途端、鹿介の意識は思考の海から引きずりだされる。
老いてなお活力に満ち満ちたその手が鹿介の肩を強く抑えつけ、縄目を絞ったのだ。若く瑞々しく、獣のごときしなやかな肉に這った縄がきつく鹿介を戒める。肺から呻き声が漏れた。
「この程度の責めではおぬしには足りぬか。それともわしに膝を折る気にでもなったか?」
首を差し出すように地べたに両肩を着かされていた鹿介は、首を捩じり背後の男を睨めつける。
痛みと屈辱に、鈍るどころか鋭さを増す鹿介の眼光を受け、老人はうっそりと歪んだ笑みを見せた。
「そうだ、もっとわしを愉しませてみせよ」
今宵の「道楽」は始まったばかりだ。