Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    きゅう

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💜 💛 🌿 🌛
    POIPOI 9

    きゅう

    ☆quiet follow

    ミスラさんハッピ〜バースデ〜!
    メインで情緒がやられてしまい、
    書きかけで申し訳ありません……

    後日完成版をUP予定です。

    欲しいものは よくも休みなく舌が回るもんだと思う。まるで、口から生まれてきたのではないかと錯覚してしまうくらい、この男は本当によく喋るのだ。

    「ミスラさん、今夜一緒にハーブティーを飲みませんか?」と、ルチルから誘いを受けたのは数時間前。なにやら市場で珍しいハーブを見つけたらしい。いつにも増して上機嫌なルチルは、鼻歌を歌いながらハーブティーを淹れている。「この歌は、南の国で流行している恋の歌なんですよ!」と、ミスラが聞いてもいない情報まで交えて。

     そうして数十分が経過した今現在、ミスラの目の前にはとっくのとうに空になったティーカップ。奥底の花柄まで、くっきりと浮かび上がっている。

    「ミスラさん! ミスラさんったら聞いてますか?」
    「はあ…………」

     曖昧な返事は、部屋に溢れかえる植物と絵画に溶けていく。どうしてこうもよく喋ることがあるのだろう。ミスラには不思議で仕方がなかった。ルチルの話す内容は、これといって決まった話題のない四方山話ばかり。この時間に何の意味があるのか分からなかったが、それでも、こうして相手の顔を見ながら、たわいないお喋りをする時間が好きだとルチルは言っていた。楽しく会話を交わすことで、相手のことをよく知れるから、だそうだ。

    「もー、ミスラさんはぼんやりさんなんだから! もうすぐ、ミスラさんのお誕生日ですよね? 何か欲しいものはありますか?」
    「誕生日……? 別に欲しいものなんてありませんけど。俺は、欲しいものは俺の力で手に入れます」
    「うーん……それはミスラさんらしいですけど……」

     ルチルのあやふやな返事に、ミスラは頭を捻る。自分の生まれた日なんて、とうの昔に忘れてしまった。何かをもらった記憶さえ、頭の片隅にすら残っていない。

    「駄目なんですか?」
    「駄目ではないですけど、ミスラさんの欲しいものをプレゼントしたかったんです。特にないのであれば、私がミスラさんにとっておきのプレゼントを用意しますね!」
    「はあ……」

     取り留めのない話の中で、唯一意味のある話題だった。――欲しいもの、か。新しい呪具や鹿肉のソテー。……ファウストの帽子でもいいかもしれない。こうして考えてみると、ぽつぽつと欲しいもの、とやらが思い浮かぶ。しかし、どうしても欲しいかと聞かれたら、案外そうでもないのかもしれない。朧のように浮かんでは消えてしまうくらい、取るに足らないことばかりなのだ。

    「夜も更けてきましたし、そろそろお開きにしましょうか」

     ルチルはそう言うと、テキパキと手元を動かし、空になったティーカップをトレーの上へと乗せていく。よいしょ、と腰を上げ、ゆっくり立ち上がる。かちゃんとした金属音と共に、ちいさくティーカップが揺れている。結局、『欲しいもの』とやらは、考えたところで分からなかった。それでも、ルチルが自分のために何かを用意してくれる、ということを思い返すと、途端に気分が良くなった。頭の中には、先程の流行歌が小気味よく流れこんでくる。

    「それじゃあ、俺は戻ります。お邪魔致しました」
    「はい。おやすみなさい、ミスラさん」

     ふふん、と脳内に流れるメロディーを口ずさみながら、ガチャリとドアを閉めた。
     
     ***
     
     カーテンの隙間から、かすかに旭光が漏れ出している。人差し指で瞼を擦ると、黒々と浮き出る隈の濃さが一層際立つ。いくら瞼を閉じたところで、眠れるはずがないのに。最後に眠れたのはいつだっただろうか。賢者の力を借りても、必ず眠れるとは限らない。気怠い声で唱えた呪文と共に、カーテンが開く。空が白み始めている。自室で瞼を閉じている間に、どうやら夜は明けていたらしい。
     
     扉を開くとがらんとした静寂が魔法舎の廊下を包む。自室にいるのも飽きたところで、散歩に出かけようと思ったのだ。まだ空が白み始めたばかりの時間。当然、誰の気配もしなかった。寂寂たる光景も、眠ることが出来ないミスラにとってはいつもと変わらない日常だった。片手に抱き抱えるのは三日月のクッション。頭には付けっぱなしになったアイマスク。呼吸音一つ聞こえない廊下を歩き、中庭へと出る。ひとたび外の世界へと足を踏み出せば、鳥のさえずりや風の音が聞こえてくる。そんな命の気配と共に、大きな足音が三つ分聞こえてくる。

    「あれ? ミスラじゃないか。こんな朝早くにどうしたんだ?」
    「……眠れなくて。ただの散歩です」
    「おい、散歩してるくらいだったらオレの相手しろ」
    「はあ……嫌ですけど」

     中庭に出た途端、カインとシノに話しかけられる。どうやらこれから朝練に向かうらしい。こんな早朝から鍛錬だなんて、どうかしているとしか思えない。ミスラは「鍛錬なんてやりませんよ」と、一言。大きな溜息を吐き、花壇の淵へと横たわる。頭に付けっぱなしになっていたアイマスクを下げると、視界に広がっていた曙色は黒い闇へと変転する。カインやシノに話すこともなければ、話しかけられたくもなかった。こうして横になってしまえば、すぐさま踵を返すだろうと思った。ミスラがゆっくり瞼を伏せようとすると、頭上から誰かの声が降ってくる。

    「そういえばミスラ、今日は誕生日だろう」

    『誕生日』というワードに、気怠い体を起こす。付けたばかりのアイマスクを外すと、目の前にはレノックスが立っていた。

    「……はあ、俺、誕生日なんですか?」
    「自分の誕生日も忘れたのか? ミスラらしいな」

     小さな笑みと共に、レノックスの眼鏡の奥底に見える真紅の瞳が細くなる。自分の生まれた日など、もうほとんど覚えていない。唯一覚えているのは、「今日は誕生日だから」と、大量の酒瓶を寄越してきたかと思えば、その殆どを自分で飲み干してしまい、ベロベロに酔っ払った今は亡き師の泥酔した姿だった。

     ミスラは何百年も前の出来事を追憶する。そんなこともあったな、と、郷愁にとらわれていた顔を上げ、辺りを見渡す。大鎌の姿が見えないことから、シノは先に訓練に出向いたのだろうと察した。ミスラが視線を移した数秒後、花壇の淵に腰掛けるミスラの存在に気がついたカインの瞳とかち合う。瞬間、カインは何かを思い出したかのように口を開く。

    「そういえば、少し前からルチルとミチルがミスラの誕生日だからって張り切ってたな! 確かプレゼントに……ちょっ、レノックス!」
    「…………秘密にしてほしいと言われただろ」

     意気揚々と話し始めたカインの口を、レノックスの手のひらがストップをかける。もの言いたげに動いていたカインの口も、レノックスの一言でピタリと静止する。

     今度は『プレゼント』と言う言葉で、ルチルから
    「ミスラさんにとっておきの誕生日プレゼントを用意しますね」と、言われていたことを思い出した。自分のために贈り物を用意してくれることに、何だか気分が良くなったことも。それなのに、ルチルが自分に秘密をしていることがあるなんて……。胸の奥に正体不明の靄がかかる。

     口から生まれてきたのではないかと錯覚してしまうくらいよく喋る男が、ミスラに伝えられないことがある。その事実がなんだか面白くなかった。長らく眠れていない不眠のストレスも相まって、途端に腹の虫の居所が悪くなる。ところ構わず当たり散らしたら、この靄は晴れるのだろうか。こんな気持ちになるなんて、何が何だか分からない。細い針が心臓に刺さってしまったかのような胸の痛みは、更に苛立ちを募らせる。

    「ミスラ、すまん俺が口を滑らせた。本当に悪いと思ってる」
    「ちょっと、秘密ってなんですか? 答えないと殺しますよ」
    「それはすまないが、今は言えない」
    「はあ? なんで言えないんですか?」

     深々と頭を下げ、詫びるカインの目の前で悪態をつく。今すぐ山の一つでも吹き飛ばしたい気分だった。

    「ミスラ、少し落ち着け。もう少し日が昇る頃には分かると思うんだが……」
    「…………」

     会話の間に割って入ったレノックスが、ミスラとカインの仲を取り持つ。曙色をしていた空の色は、もうすっかり空色へと変化していた。

     教えてもらえないのなら、探し出せば良い。

    「アルシム」

     短い呪文と共に、空間を繋ぐ扉が開く。ミスラの胸にかかる靄は未だ晴れないまま、困惑と焦燥感と共に扉を潜った。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator