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    きゅう

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    きゅう

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    10/27 COMIC CITY SPARK 19にて頒布予定の新刊サンプルです。
    《以下注意点》
    ・上下巻となっているので、上巻からの続きものです。下巻のみだと話の流れが分かりづらいかもしれません。
    ・ミスラとルチルがギスる描写があります。
    ・暴力を示唆する描写あり

    桃花と弾丸 下 手狭な部屋に響き渡る生活音。小さなちゃぶ台。大雑把な手料理の味。早朝の静寂。ノートに向かって走る筆。そして「ミスラさん」と名を呼ぶあなた達の声。
     食って、眠って、暴れて、そしてまた眠る。
     そんな空虚な日々に突如舞い込んできた彼らとの生活は、案外刺激的で、安らぎがあって、日を追うごとに身に馴染んでいった。まさかこの俺が、あの女……チレッタの息子とこうして一つ屋根の下で暮らすようになるとは夢にも思わなかった。

     そんな共同生活にも慣れてきたある日、いつものように窓から飛び降りると、俺の眼前に見慣れた色が映り込む。満開の花を背にかかるのは黄金色の傘。
    「……ドン・スノウ」
    「ほう。やはりミスラか」
     スノウは振り返らずとも、足音だけで俺がミスラだと言い当てる。背から漂うのは、計り知れない重圧と威厳。護衛と招集以外でこうして鉢合わせることなんて滅多にないのに、どうしてこのタイミングで……ばつが悪いな、と眉間に皺を寄せる。
    「最近帰ってこんと思ったら、こんな下町に住居を構えていたとはな」
    「……別に、住居なんて構えていませんよ」
    「ほう……じゃあなんじゃ? 空き家でも見つけたか?」
    「いえ」
     俺もルチルもミチルも、互いに身分を明かしていない。
     そもそもの出会いは賭場。この世界じゃなんら珍しいことでもないが、ルチルもミチルもあのチレッタの息子だ。きっとただのカタギではないだろう。
     ミチルは基本家にいるが、ルチルは昼間は出払っていることが多く、夕飯前に帰宅する生活。入浴後に何度かルチルに胸の包帯を変えて貰ったことがあるが、その手付きがやけに手慣れていた。
     これらのことからおそらく何らかのマフィア所属だろうと見当はつけていたが、わざわざ確かめる必要はないと踏んだ。生活を共にしていても、ふたりから殺意の類は一切感じられなかったからだ。
     ルチルとはよく目が合うな、と思ってはいたが、別に悪い気はしなかった。けれど、ドン・スノウ相手に何者かも分からない相手と同居しているなんて知られたら、後々面倒になるのは目に見えている。
     黙ってやり過ごそうとすれば、スノウがぐっと距離を詰めてくる。
    「さては居候じゃな。はて……相手は誰じゃ?」
     真意を探るような切れ味の良い視線。
     その鋭さを両断するように、深いため息をつく。
    「……あなたに言う義理はないでしょう」
    「ほっほっほ、何を言うておる。義理ならあるじゃろう。ゴロツキだったそなたを拾ってやった義理がのう」
    「拾ったのはあなたではなく、あの女でしょう」
    「ああ、そうじゃったな。でも、もうチレッタはいない。今のそなたに〝ベンティスカの用心棒〟という居場所を与えてやってるのは我じゃろうに」
     感謝せいと言いたげなスノウの表情に、ほとほと辟易する。チレッタがいなくなった以上、別にやりたくてやっているわけでもないのに。
    「全く……聞き込みもせんで何をやっておる。キルシュ・ペルシュは—」
    「カインと聞き込みはしていますよ」
    「ふむ。まあ良い」
     人形めいた顔に嵌る金の双眼が、ゆっくりと弧を描く。
    「ま、我は足抜けは許さんぞ。オズやそなたの師、チレッタのように」
    「…………」
     有無を言わせぬ眼力に、冷えた視線を送り返す。
    「別に、組織を抜けるとは一言も言ってませんけど」
    「分かっておる。今日もキルシュ・ペルシュの聞き込み調査、よろしく頼んだぞ」
     スノウは傘を持ち直し、踵を返す。着流しに咲き乱れる花が小さくなるまで、その背を見送った。

     あの真意を探るような鋭い目線。俺がどこから出入りしてきたのか、大方気がついているだろう。あの人の勘は昔からよく当たる。こうなってしまえば、特定されるのも時間の問題だった。
     新たな生活もここらが潮時かもな、と悟った。元々ひょんなことから始まった共同生活だ。住居不定だから居候をさせて欲しいとみっともなくせがんだわけでもないし、流れでこうなっただけ。あの1LDKから、電飾の裏にひっそりと佇む路地裏に戻るだけだ。それなのに、どうしてこんな——

     そもそも二年前、アジトにあの子供がやってきてからドン・スノウは変わった。
     武力や武器の扱いが出来るわけでもなく、給仕に優れているわけでもない。そんな非力で役立たずな子を、スノウはまるで宝物を仕舞い込むかのように大事にするのだ。愛おしそうに、そして切に焦がれるように。
     そんなスノウに嫌気が差して、アジトではなく繁華街の路地裏で眠る日々を選んだのは俺だ。
     別に住居不定となるのは構わなかったが、その代わりに毎日顔を出すことが条件となっていた。しかし、ここ最近はアジトに顔を出す頻度も目減りしていた。
     ルチルは帰宅するなりペラペラとどうでも良いことを話してくるし、ミチルはミチルで「今日の勉強の成果です」と、ノートを開いて見せてくる。呑気でお気楽なふたりの会話を聞いていると、別に今日は行かなくてもいいかという気分になってくる。
     窮屈な部屋で満足に足も伸ばせないが、それでも三人で過ごす時間は、以前の俺からは到底考えつかないくらい穏やかなものだった。交戦欲が綺麗さっぱり抜け落ちるわけではないが、あの部屋にいるとどうにもそんな気分にはなれない。
     何処の馬の骨かもわからない者たちと共同生活を始める。
     それはすなわち、ベンティスカの情報を漏らしていると捉えられてもおかしくない状況だった。
     ファミリー内で知り得た情報を外部へ漏らすことは厳禁。これはベンティスカだけでなく、他ファミリーもおそらく同義だろう。いくら漏らしていないと正論付けたところで裏付けは取れないし、俺はもちろん、同居人も疑われるのは明白だ。足抜けと捉えられても仕方がないことだった。
     ベンティスカの一員になった以上、足抜けや裏切りは一切許されない。街一番の武闘派ファミリーのボスとぶつかることになれば、当然ルチルもミチルも巻き込まれることになるのはなんとなく想像がついた。
     好き勝手に暴れられれば自分以外どうなったって構わないと思っていたのに、一緒に過ごしたこの場所と、あの腑抜けた顔が見られなくなるのはなんとなく嫌だな、と思った。
     スノウが探しているのは『キルシュ・ペルシュ』という謎のもの。物体なのか、液体なのか、食べ物なのか、全く見当がつかない謎に包まれたもの。それさえ見つければ、俺は——
     気づけば辺りは暗くなってきて、街の電飾が煌めき始める。
     空を見上げればいつの間にか西日は傾き、オレンジとブルーが混ざり合う不思議な色になっていた。夜の気配がした。春一番がざあっと吹き込み、はらはらと散りゆく落月華の花びらが、俺の視界を掠める。
     遠方から揺れる赤髪が見えてきたと同時に「ミスラー、聞き込みにいくぞ」と、活気に溢れた声が耳をつく。きっと用心棒の片割れであるカインだろう。

     今夜の聞き込みが終わり次第、ルチルに家を出ることを告げる。そう心に決めて、声の向こう側へと一歩踏み出した。


       *


     カインと聞き込み調査を行うも、今夜も目ぼしい情報は得られなかった。帰路で謎の暴漢と遭遇することもなく家路に着く。
     家に着いたら、ルチルに家を出ることを告げる。ミチルは年齢のわりには察しが良いし、悪意こそ感じないが、俺のことをあまり良く思っていないだろう。だからミチルに告げてジト目を向けられるよりも、ルチルに告げた方が角が立たないと踏んだのだ。
     密集する住宅の傍にある階段を登っていき、薄鼠色の扉に手をかける。
    『もーミスラさんったら。出入りするのは窓じゃなくて扉です。鍵を渡すので、次からはちゃんと扉から出入りして下さいね』
    『ミスラさん『ただいま』『おかえり』ちゃんと挨拶もするんですよ! ミスラさんも私たちと暮らす家族なんですから』
     扉の前で、ルチルに言われた言葉が反芻する。今でも窓から出入りする方が早いと思うし、特に挨拶の必要性も感じない。あの人の言うことはよく分からないし、俺は家族を知らない。けれど扉の先で『おかえりなさい、ミスラさん』と二人に出迎えられるたびに、なんだか胸の内がホッとするような気がした。

     懐から鍵を取り出して回せば、いつも聞こえてくるはずの「おかえりなさい」という声が聞こえてこない。草鞋を脱ぎ、部屋の中を見渡す。ミチルはノートの上で眠っていて、肝心のルチルの姿はどこにも見当たらなかった。
     ミチルが勉強疲れで机に突っ伏したまま眠ってしまうことは今までも稀にあった。ソファーに置かれたブランケットを手に取り、ミチルの肩に掛けてやる。もう一度部屋を見渡したところで、やっぱりルチルの姿はなかった。こういう時に限ってあの人、外出中か。それなら先に風呂を済ませてしまおうと着流しを脱ぎ捨て、包帯を解いていく。
     脱衣所のドアを開けば、濡れた金髪が白い背に張り付くのが見えた。
    「あれ……あなた、いたんですか?」
     いっさい水音がしなかったから全く気が付かなかった。慌てふためくルチルを尻目に、そのまま浴槽に入り込む。最初こそ散々騒ぎ倒していたが、体が沈めばその威勢の良さも鎮静する。互いの肌が触れ合えば、ルチルの頬が紅潮しているのが見えた。
     顔を近づけた時。手を引いた時。茹蛸みたいに赤くなるルチルは今まで何度か見ているが、今日はより一層赤くなっているように思える。
     理由を聞いたところで「ミスラさんのバカ! 赤くなんてなっていません」とかなんとか言って殴られるのが関の山だ。母親似の中性的な容姿からはまるで想像がつかないくらい、意外と暴力的な面があることを知ったのはここ最近。
     しかし、いくら噤んだところで告げる事実が変わるわけでもないし、スノウに特定されている中、これ以上引き伸ばすわけにもいかなかった。
    「ルチル。……俺、近々ここを出て行こうと思います」
     感情が声に乗らないよう淡々と告げる。しかし、ルチルからの返答はない。
     俺が黙ったままでいるとルチルは異様な雰囲気を感じ取ったのか、搾り取るような声で「何かあったんですか?」と訊いてくる。

     ここ数ヶ月ふたりと生活を共にする中で、互いに身分は明かさなかった。
     ここを出て行く以上、俺がベンティスカファミリーの一員だと告げる必要もないし、ルチルとミチルが何者かも知る理由はない。知ったところで、もうここで生活することは叶わないのだから。
     情報は良くも悪くも弱点になりうる。ひとたび弱みを見せれば、瞬く間に足元を掬われてしまう。フォルモーントタウンは各地のならず者が行き着く街。力ないものは奪われて、奪われたものは影を潜めて生きる道しかない。ここは元来、そういう場所だ。
     俺が黙ったままでいると、萌黄色の目尻が涙ぐんでいるように見えた。無意識に手を伸ばし、頬に触れる。
    「その目……あなた、泣いているんですか?」
    「泣いてはいないです……けど……」
    「けど?」
    「率直に言えば、寂しいです」
     ミスラさんと過ごす毎日が新鮮で、ワクワクして、楽しかったから、と。
     嘘偽りのない言葉に面喰らい、唇を真一文字に引き結ぶ。どう返事をしたらいいのか分からなかった。
     それと同時に俺の心臓が、まるで縄で締め付けられているような痛みがする。ドクドクと鼓動が早まる感覚にわけが分からなくなり、眉間に皺を寄せる。
    寂しい。……寂しい。——寂しい?
     何度も頭の中で反芻する。かつて、チレッタが放った言葉のひとつだ。あの時もよく分からなかったが、今もその言葉の意味は到底理解できそうもない。けれど、あの人が残した言葉は今でも覚えている。
    『大切な人と離れ離れになるのは寂しいよ。でも、巻き込んで怪我でもさせちゃったらさ、それこそ寂しいを通り越して悲しくなる。だから、ミスラも―』
     いつもより低いトーン。八の字に下がる眉。無理やり貼り付けたように上がる口端。いつもなら大口を開け豪胆な笑い声を浮かべているのに、ひしゃげた表情を浮かべるチレッタは妙というか……なんとなく嫌だったな、と幼いながらに思った。
     もう一度ルチルの横顔に目を向ける。いつものような呑気な笑みは、目を凝らしたところで見当たらなかった。むしゃくしゃして、イライラして、まるで多数の糸がこんがらがっているようだ。
     下唇を強く噛むルチルに、ふたたび手を伸ばす。もう一度ここに帰ってくることを約束すれば、この人は笑ってくれるだろうか。
    「方がついたら、ここに帰ってきますよ」
     約束します。そう強く告げた。死角に入っているからか、ルチルの表情はよく見えない。が、これ以上一緒にいれば、むしゃくしゃした反動で風呂の壁を吹き飛ばしてしまいそうだった。すっかり冷めた湯船から立ち上がり、浴室を後にする。
     半裸のままリビングに戻ると、ミチルは目を覚ましていた。
    「もしかして、このブランケットを掛けてくれたの……ミスラさんですか?」
    「はい。よく眠っていたので」
     ミチルは勤勉で知識を得ることに貪欲だ。今は友達を助けるためにと勉学に励んでいるが、きっとマフィアの知識を教え込んだら伸びるだろうな、と思う。
    「ありがとうございます、ミスラさん。ボク……実は……ミッ、ミスラさんのことをあまり良く思っていなかったですけど……一緒に暮らす中で優しいところがあるって気付きました。兄様の言っていた通りだって。だから……っ! これからもよろしくお願いします」
     そう言うと、ミチルはとびきりの笑顔を向けてくる。
     感情や空気の変化が読めない俺でも「この家から出て行きます」なんて言い出せる雰囲気じゃないことくらいは分かる。
    「……とりあえず、腹が減りました」
    「もうこんな時間ですもんね。夕食、今日はボクが作ったんですよ! 兄様もそろそろ上がってくるだろうし、準備しますね」
    キッチンへと駆けていくミチルを横目に見る。
    「あとミスラさん、ちゃんと着替えないと風邪ひいちゃいますよ!」
    「はあ……今着ようと思っていたところですよ……」
     小言を聞き流しながら、変えの包帯に手をかける。あえて言う必要はない。そう判断して、普段通りに振る舞うことにした。

     風呂から上がったルチルも同様で、特段変わった様子はない。
     いつも通りに食卓を囲み、大皿から食事を取り分ける。これが最後の晩餐になるとは微塵も感じさせず、後片付けを済ませて床につく。ものの数十分もするとミチルの寝息が聞こえてきて、ルチルは寝返りを打っているのか、布が擦れる音がする。
    「眠れないんですか?」と訊けば、返事の代わりに寝巻きの裾を引っ張られる。更に「抱きしめても良いか」と訊かれ、悩む間も無く承諾した。風呂で感じた違和感の正体を確かめられると思ったからだ。
    そうして、おずおずと身を寄せられる。が、やっぱりどこか落ち着かない。
     ルチルの顔を見れば何か分かるかもしれないと、今度は俺が振り向いた。ルチルの瞼が大きく持ち上がる。
    「どうです? これで眠れそうですか?」
    「はい……ありがとうございます」
     そう言って、ルチルの顔が胸筋へと埋まった。力強く押し付けられた顔面は次第に脱力し、健やかな寝息へと変わっていく。
     結局、慣れない人肌のせいなのか、胸中はずっと落ち着かなかった。いくら目を瞑ったところで心音がより鮮明に聞こえてきて逆効果。こんなんじゃ眠れるはずがない。

     そうして俺は眠るのを諦め、風呂場で感じた違和感を抱えて朝を待つことにした。
     朝日が昇るまで、あと数時間。窓枠から差し込む旭光を合図に、俺は今日、この家を後にする。


       *


     あの家を出てから早数週間。帰る場所を失った俺は、以前のように路地裏で過ごすようになった。
     呼び出されたら護衛任務に向かい、終わり次第寝床へと戻る日々。退屈だった。特段大きな事件は起こらなかったし、なにより帰ったところで「おかえりなさい」という声が聞こえない。扉を開けた瞬間、胃を刺激する匂いや音もなく、代わりにあるのは家屋の隙間から差す月明かりと血と吐瀉物の匂い。時々酔っ払いに喧嘩を吹っ掛けられたが、全て返り討ちにしてやった。
     アジトに戻れば路地裏より幾分マシな寝床につけるが、居場所が割れている手前、スノウと顔を合わせてうんざりしたくない。これ以上余計なことを詮索されたくなかった。だから結局アジトには戻らず、路地裏での生活を続けている。

     今日もこの街は月明かりとネオンがギラギラと色めき、大通りからは見ず知らずの罵声が飛んでくる。その声は消えることなく、スタンド看板から放たれるネオンはどれだけ強く瞑ろうと、眼裏から圧倒的な存在感を示してくる。
     まともに眠れるはずがなかった。
     うるさくて、鬱陶しくて、今すぐにでも暴れたくなる。
     こうして以前の生活に戻ると、自分がいかに劣悪な環境に置かれていたかを身をもって知る。昼夜問わず明るい街並みも、泥酔してのたれる人影も、ゴミや吐瀉物の匂いにも慣れている。だから別に今更不満など抱かない。
     けれど、どうしても気になるのだ。
     俺が姿をくらました今、ふたりがどう過ごしているのかが。
     壁に背をもたれ直せば、着流しの裾から入り込む夜風が素肌を滑る。あの夜触れた、ルチルの温もりが途端に恋しくなった。感情的になるなんて俺らしくないが、ルチルから放たれた『寂しい』がふとした瞬間脳裏をよぎり、どうしようもない気分になる。
    「……っ! ミスラ、こんなところにいたのか」
     名前のない感情にうつつを抜かしていると、突如頭上から声が降ってくる。
     逆光のネオンに照らされ顔はよく見えないが「やっと見つけた」と、息切れと共に汗を拭う姿には見覚えがあった。目を凝らしてみれば、黒と金の着流しに、腰には刀が据えられている。
    「あなた……カインですか?」
    「ああ、そうだ。どこを探しても見つからないからさ、暴漢事件にでも巻き込まれちまったのかと思ったよ」
    「はあ? そんなわけないでしょう? そもそも、巻き込まれたとしても俺が全部蹴散らしてやります」
    「ははっ、相変わらずミスラは頼もしいな」
     大通りから飛び交う暴言に負けず劣らず、カインの高らかな声が路地裏に溶けていく。
    「で、こんな夜更けに何のようです?」
     理由があって俺を探していたのでしょうと睨め付ける。するとカインはさっきとは打って変わり、唇を引き結んだまま眉を歪めた。
    「…………ホワイトがいなくなった」
    「……はぁ? だってホワイトは、あなたとスノウが毎晩ついていたんじゃ―」
    「そりゃあ護衛にはついていたさ。今日も普段通り可愛い顔で眠っていたんだが、急に何かに取り憑かれたように暴れ出して、それで……ボスの制止を振り切って飛び出しちまって」
    「はあ……」
    「それに加えて、ホワイトの瞳は真っ赤に光っていた。まるで、あの夜みたいに」
    「それって、まさか―」
     カインと視線を交わす。ボスであるドン・スノウが、謎の暴漢に襲われたあの夜と同じ赤い瞳。巷を騒がしている失踪事件と、どこか重なる予感がした。


    〜後略〜
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    きゅう

    INFO10/27 COMIC CITY SPARK 19にて頒布予定の新刊サンプルです。
    《以下注意点》
    ・上下巻となっているので、上巻からの続きものです。下巻のみだと話の流れが分かりづらいかもしれません。
    ・ミスラとルチルがギスる描写があります。
    ・暴力を示唆する描写あり
    桃花と弾丸 下 手狭な部屋に響き渡る生活音。小さなちゃぶ台。大雑把な手料理の味。早朝の静寂。ノートに向かって走る筆。そして「ミスラさん」と名を呼ぶあなた達の声。
     食って、眠って、暴れて、そしてまた眠る。
     そんな空虚な日々に突如舞い込んできた彼らとの生活は、案外刺激的で、安らぎがあって、日を追うごとに身に馴染んでいった。まさかこの俺が、あの女……チレッタの息子とこうして一つ屋根の下で暮らすようになるとは夢にも思わなかった。

     そんな共同生活にも慣れてきたある日、いつものように窓から飛び降りると、俺の眼前に見慣れた色が映り込む。満開の花を背にかかるのは黄金色の傘。
    「……ドン・スノウ」
    「ほう。やはりミスラか」
     スノウは振り返らずとも、足音だけで俺がミスラだと言い当てる。背から漂うのは、計り知れない重圧と威厳。護衛と招集以外でこうして鉢合わせることなんて滅多にないのに、どうしてこのタイミングで……ばつが悪いな、と眉間に皺を寄せる。
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    きゅう

    DONEミスルチWebオンリー 展示①
    「平凡で特別な贈り物を」
    ルチルに対する感情をいまいち自覚していないミスラが、誕生日に贈り物をする話。2部後、魔法舎軸です。
    ※涙の果てで紫花の微笑みを(イベスト)、2024ルチルBDカドスト、ルチルBDボイスのネタバレを含みます。
    平凡で特別な贈り物を 心底面倒な任務を仕方なくこなしてやり、魔法舎の広間へと空間を繋げた。大階段の側から無邪気な笑い声が聞こえてきて、振り返るとルチルがフィガロとミチルと談笑を広げている。
     その表情に、ちょうど目が止まったのだ。
     気の抜けたように笑う姿を見て、ああ、やっぱりしっくりくるな、と思った。
     
     先日、ミスラとルチルを含めた魔法使い8人で、大鴉を鎮めるまじないの儀式を取り行った。
     その際、終始思い悩むように眉を顰める表情がどうにも見慣れなかったのだ。
     ミスラの言動に立て付く勢いもなく、思い悩むように眉を引っ提げ、口を噤む。無事儀式を終えた後だって、ほっとしたような、泣き出してしまいそうな顔で笑うから、またよく分からなくなった。だったら直情的にバスケットで殴られる方がまだましに思えるくらい。それくらい不自然で、見慣れないものだった。
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