花火「今日はこの町で花火があるんですよ」
物資の補給で立ち寄った島で、露天の商人はそう言った。
「あら、いいじゃない! ペッツも花火を見るのは、はじめてねぇ」
ファイアタンク海賊団。カポネ・ベッジの妻であるシフォン嬉しそうに笑った。
その付き人である🌸は、シフォンを見て微笑み返し、ありがとうございます。と袋詰めされた商品を受け取る。
「シフォン様は花火はご覧になったことはあるんですか?」
船に戻る道すがら、そう尋ねると、そうねぇ、と少しだけ気まずそうに笑う。
「ママの所では結婚式がある度に上がってたわ」
息子、娘が結婚する度に盛大に開かれるお茶会は朝まで続き、
夜にはそれはそれは壮大な花火が上がったそうだ。
「アタシも、兄さん達といる時は楽しんでたわよ。🌸は?」
「わたしは……」
故郷は小さな村だったし、手持ち花火で遊んだことはあるが、見たこともないも同然だった。
「ない、ですねぇ」
「そうなのね、じゃあ、尚更よかったわねぇ」
「頭目は花火は好きでしょうか?」
「ベッジはどうかしら……?」
見目が派手なシロシロの実能力から、派手好きに見られるが、ベッジという男はスマートなものを好む。
実際、ファイアタンク海賊団の船員はドレスコードのシンプルなスーツに、各自で少しだけ装飾を許されているだけだ。
「そういえば、ヴィトは花火が好きなはずよ」
「相談役が?」
「……🌸、あなた、ヴィトのこと"相談役"っていうの止めなさいって言ってるじゃない」
罰が悪そうに🌸は小声で謝るが、もごもごと言い訳を述べる。
「相談役は、相談役ですから……」
「あのねぇ……あんたが、ヴィトがちょっと苦手なのは知ってるけど。それじゃヴィトが可哀想よ」
「せんちょ……ローラ様にも言われました……」
「ま!」
ローラにも言われたの、とシフォンはため息を吐く。
元はといえばローリング海賊団にいた、🌸は男世帯のファイアタンク海賊団でシフォンの付き人に抜擢され、身なりを付き人らしく綺麗に整えられたのだが……その時、同席していたファイアタンク海賊団の相談役であるヴィトにえらく褒められた。それから、🌸は彼が苦手なのだ。
「だって……シフォン様、あの人!会う度に、今日もきれいレロ、とか可愛いレロ、とか……」
「気に入られてるのねぇ……」
うふふと嬉しそうに笑うシフォンに、耳を赤くして🌸は俯く。
「わたし、ローリング海賊団では、男同然に過ごしてましたから、ああいうのは……」
困ります。
言葉遣いも必死に整え、ファイアタンク海賊団らしく過ごしてるが、元々は自由な雰囲気のローリング海賊団。ヴィトの挨拶代わりのような褒め言葉は🌸には少し刺激が強い。
「まぁ、でも、"相談役"呼びはねぇ……」
うーーーんと、考えてシフォンはそうだ!と手を叩く。
「🌸、ヴィトと花火、見てきなさいよ」
「…ふ、船で皆様で見るのでは……⁉︎」
「いいからいいから!」
それからはあっという間だった。船に戻るや否や、
シフォンの部屋に連れ込まれ、子供の頃に着ていたというフェミニンなワンピースを着させられた。
「少し大きいかしら?」
「シフォン様!」
パンツスーツで過ごしてる、🌸はスースーするスカートを必死で手で抑えて抗議の声を上げる。
「大丈夫よ。ベッジにはアタシから言っとくわ!」
「いえ、そういう問題ではなく!」
「だって、やっぱり寂しいじゃない。"相談役"だなんて。それにヴィトはいい人よ。これを気に仲良くなってきなさい!」
パンっと背中を叩かれ、よろよろとヨロケながら、もうコレはどうしようもできないぞ。と🌸は覚悟を決めた。
陽の影ってきた、街を眺める。
船を背に🌸は居心地が悪そうに先程から重心を左右に何度も移動させていた。
「🌸〜ー」
声に振り返ると、いつもの肩にファー付きの上着を引っ掛けたスーツではなく、どちらかと言えば軽装に近いワイシャツにタイを結んだ姿の相談役……ヴィトが大きな手を振っていた。
「そ、相談役。こ、こんばん」
ペコリと、頭を下げる。ひらりと動くスカートを思わず手で抑えて、チラリと背の高いヴィトを仰ぎ見る。
「あの、いつもスーツは…?」
「ニョロロ〜、それは🌸もだぜ、とっても似合ってるレロ」
「ど、どうも、」
しどろもどろに答えると、ヴィトは少しだけ首を傾げた後、手を差し出した。
「少し歩くらしいレロ」
差し出された手に🌸は、怖気付いたように手をぶんぶんとふる。
「相談役のお手を煩わせるわけにはいきません!大丈夫です!」
ピシャリと言い切り、どちらの方角なのかも知らずにズンズン前に歩き出す🌸に、行き場の失った手で自分の頭をポリポリ掻くと、ヴィトは🌸にそれとなく道が違うことを伝えた。
街外れ、少しだけ小高くなっている丘が穴場だと、なぜかヴィトはそう言った。
「けっこう、歩きましたね……」
街を見下ろせるその場所は、思っていたより船から遠く、🌸は心配そう船の方角をちらちらと見ていた。
「🌸、船なら大丈夫レロ。ゴッティもいるし」
はい、と答え、口籠る。
道中も会話はなく、気まづい時間が流れていた。
「おかみさんに行ってこいって言われたロレロ?」
「え!」
思わず漏れ出た言葉に、ハッとして口を抑えるが、ヴィトはニョロロと笑う。
「別に構わねぇよ。🌸が、おれのこと相談役、って呼ぶのも」
「えっと」
言葉を失う。ヴィトはなんでもお見通しだったというワケだ。
「ニョロロ、悪かったレロ。🌸がおれのこと嫌がってるのわかっちゃいたけど……」
「そ、それはその」
何か言わなければ、と言葉を探す。言い訳、弁解、本当にそうだろうか?
口をなんとか開こうとした時、花火が上がった。
🌸の目は奪われて、開きかけた口をポカーンと間抜けに開けたまま空に次々と打ち上がるカラフルな光を見た。
「おーー、始まったレロ〜〜!」
嬉しそうにサングラス越しに夜空を見上げるヴィトに、🌸は言葉を出すタイミングを失い、やっと口を閉じて空を見上げた。
「頭目達も楽しんでるでしょうか……」
「きっと船で楽しくやってるぜ〜」
そう答えてくれたヴィトに、🌸は小さく俯き、花火の音だけが響く時間が続いた。
最後に金色の光が何重にも重なった大きな連発がおわり、しばらく夜空を二人で眺めていたが、ヴィトが帰ろうと来た道を指差すと、🌸は閉ざしていた口を開いた。
「嬉しかった、の!」
「レロ?」
振り返るヴィトに、🌸は勇気を振り絞り言葉を続けた。
「人に、可愛い、なんて言われるの、はじ、めてで…その、」
嬉しかったのだ。
「恥ずかしくて…相談や、ヴィ、ヴィトさんのこと、まともにみれなくて…」
子供っぽいのは重々わかっている。少し褒められたぐらいで舞い上がって、バカみたいで……。
「わたし……」
「ニョロロ〜、じゃあおれのこと嫌いじゃないレロ?」
少しだけ🌸に歩み寄り、膝を曲げて視線を合わせてくれる。
「うん…」
「そりゃ、よかったレロ〜」
いつも大きく開けている口をさら開けて、ヴィトは笑った。
「帰りは、エスコートさせてもらってもいいか?」
差し出された大きな手に、🌸、コクコクと頷くとちょこんと自分の小さい手を乗せた。
「ニョロロ〜、嫌われちまってるとばかり思ってたぜ〜!」
ヴィトはわざとらしく嬉しそうに言うと、静かな夜空が見守る中、🌸の小さな手を引いて、船に帰っていった。