溶けるまで ウエストのメンバーを中心に開いてくれたバースデーパーティは、先程無事に終了した。ディノが頼んだピザに、キースの料理、ジュニアのバースデーソング披露など、年々賑やかになってきているように思うが、嫌ではない自分がいる。昔は音楽が関わらない集まりごとなんて、面倒としか思えなかったのに。俺も色々変わってきたなと自分を顧みながら、フェイスは自室に戻った。片付けを手伝おうとしたのだが、本日の主役だからと免除された形だ。まだ休むには早いし、届いたプレゼントの整理でもしようかなと思っていたところで扉のノックの音。
返事をすると、入ってきたのはブラッドだった。
「……どうしたの」
想像していなかった来訪者に驚いて、素直に問いかけてしまう。兄は表情を動かすことなく、手に持った袋を差し出してきた。
「追加でお前宛のプレゼントが届いてな。ディノ達に届けてくるよう頼まれた」
そうだった。この兄も先程のパーティには参加してくれていて、片付けも手伝っていたのだった。すぐに片付けを離脱しようとするキースのお目付け役も兼ねてだが。
「……そう、ありがと」
「…………」
礼を言って受け取るったが、ブラッドはすぐに部屋を出ようとはしなかった。僅かな沈黙。まだ、何かあるのだろうか。推測しようとしたが、相変わらずの固い表情からは何も読み取れない。無言で先を促すと、ブラッドはもう一つ小さな包みを差し出した。
「……これは、俺からだ。どこかで渡そうと思っていたのだが、タイミングが掴めなかった」
「え」
驚いて兄の顔を改めて見る。タイミングが掴めないなんてこの兄にしては珍しいと思ったが、表情はやはり変わらない。そのことに悩んでいたのか、戸惑っていたのか、そういった感情は読み取れなかった。
プレゼントを贈られるなんて、思っていなかった。自分達兄弟は、険悪ではなくなったものの付かず離れず、という表現が近い。長い時間離れすぎていたために、簡単には歩み寄ることができなくて。自分もブラッドも、素直に感情を表すような歳は過ぎ去ってしまっている。だから、少なくともプレゼントを贈り合うような仲ではないと思っていたのだ。きっと、先程の沈黙も、その為だ。表情にこそ出ないものの、兄は兄で、どう切り出せば良いかわからなかったのかもしれない。フェイスは、少しぎこちない動きで差し出されたものを受け取った。中身は、何だろう。
「ねぇ、開けても良い?」
そう聞いてみると、ブラッドは構わないと返事を返してきたので開封した。
「ショコラ……」
抹茶やきな粉といった和のテイストが入ったショコラだ。グリーンイーストの店舗の一つに、こういったショコラの店があることはフェイスも知っている。ブラッドらしいプレゼントだと思った。
「食べてみても、良い?」
その問いにも同じ返事が返ってきたので、そのうちの一つ、おそらくきな粉が練り込まれているだろうものを摘んで口に運ぶ。きな粉のまろやかさと、カカオの甘みと苦味が程よく溶け合って、品の良い味だ。
「美味しい」
素直に感想を言うと、兄はそうか、と僅かに表情を緩めたように見えた。嬉しいのだろうか、そう思ったら何故か胸が締め付けられるような感覚を覚えて。少しだけ、近付きたいと思った。
「食べる?」
「……俺が渡したものだろう」
「そうだけど、せっかくだし」
フェイスは抹茶が入っていると思われるグリーンのショコラを一つ手に取り、ブラッドの前に立った。
自らの口に運んでからブラッドの顔をぐいと引き寄せ、口を合わせる。
「――っ」
ブラッドは一瞬体を固くしたが、すぐに応じて口を開けた。フェイスはその中に、自らの舌とショコラを差し入れる。ゆっくりと、互いの舌の温度でショコラが溶けていき、抹茶とカカオの風味が口内に広がっていった。いつの間にかそれぞれの腕は互いの背に回されていて。室内に響くのは、互いの少し不規則な息遣いの音だけ。ショコラが溶け切って、完全に消えるまで長い間それは続けられた。
溶け切って、なくなって。それからやっとフェイスは口を離した。少しだけ上がった息を整えてから、兄を見上げる。
「……美味しかったでしょ」
「……あぁ」
同様に息を整えたブラッドは、頷く。僅かに目元や頬は紅潮しているが、先程緩んだように見えた表情は、もういつもの調子に戻っていた。
「プレゼント、ありがと」
「あぁ」
もう一度礼を言うと、ブラッドは頷いて踵を返す。その姿が消えたのを見届けてから、フェイスはもう一つ手元のショコラを手に取り、口に運んだ。
また一つ、口の中でショコラが溶けていく。ショコラは兄と自分の中で簡単に溶けて消えていったのに、自分達兄弟の間にある何かは、まだ溶けないままだ。それが何かも、ブラッドが抱えているだろう事情も、まだまだわからない。だから素直に手を伸ばすことができなくて、こんな方法ばかり取ってしまう。それはおそらく、ブラッドも同じだ。
もう少しだと思うのに。口の中で溶けて消えていくショコラの余韻を感じながら、フェイスはそう思った。