割増暴君『三十分後、お前の家』
受信したメッセージには、それだけが表示されていた。理由も状況もさっぱりわからねぇが、とりあえず三十分後に家にいろ、ということだけはわかったから、ディノにそれを告げてオレは自宅へ足を向ける。ちょうどパトロールが終わったところだから三十分後に着けるけど、これタワーで受け取ってたら三十分後に着けるかなんてわからねぇぞ、とそこまで考えて、いや、パトロール中だとわかっていたんだな、と思い直した。あの男のことだ、それくらい把握済みで送った指示なんだろう。
ぴったり時間通りに着くと、既にブラッドは玄関先に立っていた。
「……来たか」
そう言って、オレをじっと睨んでくる。来るなり睨まれても、とオレは思わず後退りしそうになって、それからよくブラッドを観察した。どうも、目が据わっているように見える。なのにどこか覇気がなくて、それから目元や首筋、頬など全体的に妙に赤いような。
これは、もしかして。
「……お前、酔ってる?」
単刀直入に聞くと、ブラッドはこちらを睨んだまま頷いた。
「先程まで会食でな。場の状況から少し多めに飲まざるを得なかった。近くだったからお前をここに呼んだんだ」
それからブラッドは早く家に入れろ、と言う。一緒に酒を飲むことはあるが、ここまであからさまに酔ってます、という様子を見るのは久しぶり、いや初めてかもしれない。常にないブラッドの様子に戸惑いながら仕方なく鍵を開けてやると、ブラッドは思いの外しっかりとした足取りですっと家に入った。ふらつく程ではないらしい。
「キース、来い」
ブラッドはオレの部屋のソファにどかりと座り、手招きをする。来いってそもそもソレオレのソファ。
「水は」
「いらない。まず来い」
とにかく来て欲しいらしい。コイツが何をしたいのかさっぱりわからねぇけど、動かないことには始まらなそうなので、オレは言われた通りにブラッドの隣に座った。
座るなり、ブラッドはぐいとこちらに身を乗り出してくる。いつもの香水じゃなく、酒の匂いが鼻をくすぐる。
「何だよ」
そう聞くと、ブラッドはじっとしばらくオレを見つめて――とんでもない事を言い出した。
「しないのか」
「……何だって?」
しないのか、しないのか……何を。もしかして、アレを?
「え~と、誘ってるってことで、良いか」
「それ以外に何がある。据え膳は食わんのか」
「イヤ待て待て。そういう状況じゃねぇだろ」
何でどうしてそういう展開になるんだよ。いやまぁオレ達、確かにそういう関係だけど。既にそういう関係だからこそ、今更酔った勢いで、なんてことにはならねぇだろ。酔ってる。コイツ思ったより酔ってるおかしい。オレは確信した。さっきの足取りでそれ程でもねぇのかなと思ったのは、全くの認識違いだった。
「とりあえず落ち着け。今水持ってきてやるから」
そう言って一度立とうとするが、ブラッドがオレの肩に手を置いて阻止してくる。
「いらん」
「イヤ、お前とりあえず水飲んだ方が良いって」
「飲むならお前の」
「バカバカ何言ってんだ落ち着け」
オレは混乱を極めた。まぁコイツだって立派な成人男性だからそれなりに性欲あるし、コイツから誘いが来ることだってある。だけどここまでストレートというか、荒々しい誘いは初めてで。コイツ本当にオレの知ってるブラッド・ビームスか?
「お前、実はサブスタンスとかじゃねぇよな」
「試してみるか?」
「何をどうやって確かめるんだよ」
「脱ぐか?」
「脱ぎてぇだけだろ……」
オレは謎のやり取りにぐったりとして肩を落とした。ここまで謎の言動をするブラッド・ビームス。ある意味貴重だけどこれからどうなるのかシンプルに怖えぇ。あと。
「……お前、もしかしてここまで歩いてくる間ずっとその調子だったのかよ」
こんな状態で歩かれてたら、たまったもんじゃねぇ。だが、その問いにはブラッドは強気な笑みを見せて否定した。
「酔った素振りを外で見せるとでも?」
「あぁ……」
なんとなく、様子が想像できた。多分、コイツの言う通りだ。この負けず嫌いは、決して酔っている様子など見せずにここまで平然と歩いてきたんだろう。そして、オレの家の敷居をまたいだ瞬間に、酔っ払い暴君へと早変わりした。オレって一体。
「……しないのか」
オレがいつまで経っても動かないから、その気がないと判断したらしい。ブラッドは僅かに目線を落として、気落ちした様子を作った。酔ってとろりとした目で肩を落とす様子に、オレはうっと小さく呻く。ちょっと可愛――イヤイヤ、惑わされるな。コイツはちっとも可愛くない、紛れもない暴君だ。
まだ動けないでいると、ブラッドの方が先に動いた。自ら制服のネクタイに手をかける。しゅるりと布の擦れる音。オレが呆然と見守る中で、ブラッドはゆっくりネクタイを解き、シャツとベストのボタンを外し始めた。目を伏せ、ゆっくりと動く指と、首元から次第に露わになっていく肌が、正直言って、エロい。
「キース」
ベストを床に落とし、ブラッドはオレの名前を呼んだ。その声が、肌が、目が、オレを捉える。ぐらりと、自分の中で何かが傾いたのが、わかった。
「……仕方ねぇな、もう、知らねぇからな」
そう言ってブラッドに近付き、噛み付くような勢いでキスをする。それから一度離れて、ブラッドを見て言った。
「お前、金輪際オレが見てる以外の場で深酒禁止」
「飲み過ぎが日常のお前に言われたくはない」
ブラッドはオレがようやくその気になったことで、機嫌が上向いたらしい。ゆっくりと微笑みながら、こう言った。
「安心しろ。こうなるのは貴様の前だけだ」