幸せの温もりぱちり、と目が覚める。部屋は薄暗く夜明け前といったところだろう。今日はオフだというのに眠りが浅いのか何時もこの時間に目が覚めてしまう。
覚醒してくるにつれ耳元で響くぐぅぐぅと健康的ないびきと、少し鼻腔をくすぐる、でも安心する、におい。自分の胸の辺りに後ろから回された腕に気が付き背後にいる男…昨晩の事で頭が埋め尽くされた。自分が今どんな顔をしているのか、わからない。
ベッドから抜け出そうとすると腰を掴まれ引き戻された。
「……おい」
相当力が強い。起きているのだろうと振り向いたとたん、唇を塞がれた。
一瞬で、思考が止まる。
頭が回らないまま酸欠になって胸を押しのける。
「……離せッ…」
「うッ………え?ブラッド………って今何かしたかオレ?」
「…」
寝ぼけてキスをしたのか…。この男には何時も調子を狂わされる。
「まだ夜中だし寝よーぜ。」
ふと目に入った時計は午前5時を指していた。もう日が昇り始めている時間だ。それにこの時間から寝るのは気が滅入る。
「いや、」
起き上がりベッドから立とうとするが力が入らない。その様子を見てかキーが「あー…」と声を漏らす。
「ごめん。昨日激しくし過ぎたかも」
「…いやそれは問題ない………やはりもう少しやすむことにする。」
「おお、珍しく素直…まあ休んどけって。仕事の方も今日のオフのために相当無理してたんじゃねえの」
「…そうかもしれないな。」
「まあわかってるならいいんじゃねぇの。ほれっ。おやすみ~」
布団を掛けられ頭を撫でられる。
なんだこれは。まるで子供扱いされているような気分だが不思議と嫌じゃない自分が居るのだ。
「……んぅ……あぁ。……おやすみ。」
俺の意識は優しく闇へと落ちていった。
◆
ふわ…と目を覚ますとサイドテーブルにあったスマートフォンの画面は午前10時半を示していた。上体を起こすと隣にいたはずのキースはいなくなっていて、昨日来ていたはずの服がサイドテーブルに畳まれて置いてあった。今朝は気が付かなかったが自身がおそらくキースの、部屋着を着ていることに気が付いた。思わずすんすんと匂いを嗅いでいた。少し鼻腔をくすぐる、しかし安心する、におい。
ドアの奥から足音が近づいてくるのを感じはっとした。キースが開いたドアから顔をのぞかせる。
「簡単なモンだけど飯作ったから食うか?」
「…ああ…!頂こう。」
立ち上がりキースのいる方へ向かう。
「…なんか顔赤くないか?」
「…うるさい」
ついキースの脇腹を小突いた。この男にはどうしようもなく、敵わない。
◇
リビングは美味しそうな香りが広がっていた。カウンター型のダイニングテーブルには黄金色にこんがり焼けたフレンチトーストにトマトの添えられたレタスのサラダ、よく焼き色のついたベーコンに目玉焼きの乗ったプレートが二つ。迷わず席に着き、手を合わす。
「「いただきます」」
何時もならサラダなら手を付けるはずだがフレンチトーストに手が伸びる。小さく切り一口。バターが香り、ほんのり甘いやさしい味。
「…とても、おいしい。」
「そっか」
ふと目の前の男を見る。
いつもより穏やかな表情をしている気がして少しだけ鼓動が速くなった気がした。
◇
「ご馳走さま。うまかった。ありがとう。」
「おう。お粗末さま。」
キースの作る料理は何でも美味しい。それに今日、俺がドライブに行きたいと言ったから、この時間だからとか、そのような事も考えて軽めの朝食を作ってくれたのだろう。キースには何もかも見透かされているような、そんな気がする。
ずるくて、恥ずかしくて、でもやっぱり好きだ。この気持ちに勝るものなんてどこにも存在しない。
今日は何処へ行こうか?次のオフは何をしよう?
この幸せをお前と共に、過ごせるこの時間をいつまでも。