こんな設定の話が読みたい バーという場所には様々なタイプの客が来るものだ、とキースは思っている。グラスを磨きがら周囲を見渡す。ふらりと立ち寄った体の仕事帰りのサラリーマン、酒を楽しみたいと訪れている老夫婦、まだこういう場所には馴染みがなく、好奇心で覗きに来た若者達。立場も目的も違う者達がこの狭い店内で一瞬だけすれ違っていく。特にそこに関わるつもりはないが、彼らに酒を提供するバーテンダーとしては一人一人に最適な一杯を提供できるよう、それなりに観察は大切なのかもしれない、と考えていた。たとえ自分が臨時の雇われバーテンダーだったとしても。
カウンターの中でそう物思いに耽っていたキースの前に、何者かが座った。いらっしゃいませ、と型通りの挨拶をしようとした表情が固まる。何故わざわざキースの目の前に座ったのか、相手の顔を見てすぐにその理由がわかってしまったからだ。
「……何なの、お前。いっつも思うけどなんですぐオレの居場所突き止めるわけ? オレここでバイト始めてまだ三日だけど」
「大したことはしていない。少し調べた程度だ」
「少しですぐ辿り着くかよ、全く……」
目の前に座った男はいつも通り、上質な黒いスーツに身を包んで真っ直ぐにこちらを見上げてきた。顔が良ければ動きも洗練されている、その完璧な見た目に、店内の視線は自然とこの男に集まっていく。これもいつものことだった。
「来たからには何か飲めよ、ブラッド。何にする」
「任せる」
ブラッドはそう短く答えると、一度スーツの内ポケットからスマートフォンを取り出して画面を確認し、すぐに戻す。グラスを用意しながらキースは皮肉交じりに一言をかけた。
「相変わらず、忙しいモンだな、刑事サンは」
「あぁ。だが貴様の協力次第で、その忙しさは多少解消されるのだが?」
まだ一杯目も提供していないのに、早速要件を切り出してきた。本当に無駄を嫌う男だ。
ブラッド・ビームス、この地域の担当刑事。頭脳明晰、かつ効率重視の行動力で事件の検挙率はトップクラス。本来ならばとうに都市部の本部に引き抜かれても良い程の有能さを発揮しているのに、何故かずっとこの辺境の街に留まっている。キースとは学生時代からの腐れ縁だ。どんな身分の者でも一律に生活を行う学生時代を終え、今は職業も違えば生活環境も大きく違うというのに、何かとキースの前に姿を現す。そして。
「オレ今、雇われバーテンダーで忙しいんだけど。誰かさんと違って生活費カツカツなの」
「報酬は払う。いつものことだろう」
事ある毎に協力しろ、と言ってくる。
「あのさぁ……」
キースは長くため息をつくと、ブラッドを軽く睨んだ。
「お前刑事だろ、オレなんかに協力仰いで、刑事のプライドとかはねぇのかよ」
「そんなものは調査の邪魔になるだけだ。事件を追うために使えるものは何でも使う」
キースの挑発にもブラッドは全く動じない。不敵な笑みと共にキースの視線を真っ向から受け止めた。
「ある程度『裏側』にも通じている探偵は、この辺りではお前だけだ。使わない手はない」
「好きで通じてるわけじゃねぇんだけど……」
キースは、この街で小さな探偵事務所を構えていた。探偵だけでは生計を立てられず、アルバイトをしながら、ではあるが。決して業界内で名の知れた、という存在ではないが、生い立ち上少し後ろ暗い場所に出入りをし、情報を仕入れることができる伝手がある。ブラッドにはそれを知られていて、捜査が行き詰まった時に頼ってくるのだ――つまり、ブラッドが持ってくる案件は十中八九、厄介なものが多い。
「やりたくねぇ……」
「街のためだ。協力しろ」
「拒否権なしかよ……お前……ほんと暴君だよなぁ。昔から変わんねぇ」
「拒否権がないとは言っていない。どうしても無理だというのなら仕方ない。多少時間はかかるが、お前を頼らず何とかするだけだ」
「……無理とは言ってねぇよ……」
少し、文句を言いたくなっただけだ。厄介事に首を突っ込むのだから、それくらいは許して欲しいと思う。元よりキースには断るつもりはなかった。この男は、目的のためなら手段を選ばない。断って単独行動をさせたらどんな無茶をしでかすか。それよりは、側にいて行動を共にした方が多少は安心できると思っている。
「で、何すりゃ良いんだ?」
「詳細は帰ったら話す。勤務は何時までだ」
「……何だって?」
帰る、とは。
「……もしかしてお前、泊まるつもりかよ」
「そうでなければ、こんな時間に直接会いに来るようなことはしない」
「…………」
「お前の作った食事が食べたくなった」
「……最初からそう言えよ」
結局、会いたくて来たのか協力を要請に来たのかわからない。いや、その両方だとは思うのだが。高給取りで、高級マンションに住んでいるはずの男は、何故か時折キースが事務所兼住居としている小さなビルの小さな部屋に泊まりたがる。何が良いのか、キースには未だにわからない。だが、自分の家で寛ぎ、料理を喜ぶブラッドを見るのは悪い気はしないから。
「……あと二時間」
「ならば、ここで待たせてもらう」
文句が思いつかず、つい素直にそう答えてしまっていた。さんざん振り回しやがって、夜は覚えてろよ、と心の中だけでそう呟きながら。