追放水龍 岩国サイド根回しの良いようで、璃月へと向かう船まで手配されていた。
もっともこちらはフォンテーヌから璃月へ送って欲しいというだけの内容だったので頼んだ方はともかく、船を出してくれた者に非はない。
断ることもできず船はフォンテーヌから遠ざかっていく。
気にかかることは多々あるが、私は彼らを信じている。
フォンテーヌを良い方へ導いてくれることだろう。
公務の引き続きなどは万全とは言い難いが、いずれは私の担っている役割を民たちで回していくこととなる。
水神と水龍のいない国。
それがどう影響するかはわからないが彼女が愛した民はきっと困難も乗り越えることだろう。
私はそれまで遠くで行く末を見守ろう。
国を追放された自分にはそれくらいしか出来ない。
数百年ほど過ぎれば私を知っている者はメリュジーヌたちしかいなくなっているはず。最高審判官の立場に戻ることはないだろうからフリーナのように一市民としてフォンテーヌ廷に暮らすのも悪くない。
それとも深い海の底でただ悠然と過ごすのもいいだろうか。
とりあえず今は璃月の地でただのヌヴィレットとして過ごしてみるとしよう。
これからのことについて漠然とではあるが指針を決めると、フォンテーヌを追放された直後だというのにどこか浮き足立つような気分になる。
「今のこの感情は……ふむ、心が浮かれるというのだろうか。うん、悪くない気持ちだ」
ここにフリーナがいたら、
「フォンテーヌを追放されて浮かれるな! このド天然水龍!」
と突っ込みが入ってたいただろう。
水龍、璃月で自由気ままなスローライフ始めます
――
「嘉明くん。少し頼みがあるのだが良いだろうか」
「お、なんだい。兄さん。俺に出来ることならいいぜ」
「髪を君くらいの長さに切ろうと思うのだが、長い髪はそれなりの値がつくと聞いたことがある。折角なので切ったらそれを売ってきてもらえないだろうか」
「いや無理かな、それ」
兄さんが髪を短く切ろうとしていると周りで聞き耳を立てている人達が知って少しざわめきだす。
外国からきたこの兄さん。自分のことは全然話そうとはしない。訳ありかな、と思って誰も詮索はしていない。
他所人なんて地元の民からしたら腫れ物扱いになってもおかしくないのだけど。此処にきて早々に宝盗団を撃退したり他国へ輸出する為に必然な書類の書き方やアドバイスをしたり子どもが川で溺れそうになっている所を助けたりと地元民からの好感度が高い。
貴族のお偉いさんかと思うけど高圧的な態度は全く無く(窃盗団には容赦なかったが)庶民的な暮らしにも不満どころか楽しんでいるところがある。
そしていい意味でどこか抜けている……いわゆる天然なところがあるのでつい何か困ってないかとか世話をやかれている。
また兄さんも毎回律儀に「棚の修繕をしたいのだがどうするのがいいだろうか」とか「先日頂いた野菜がまだ残っているので今は問題ない。気にかけてくれて感謝する」とか声をかけてくれる人みんなに返事するものだから気がついたらすっかり溶け込んでしまっている。
ので、兄さんが外でお茶をしていると話題に便乗しようとか困ってことはないかと気にして遠巻きに人がそこそこ集まる。
とまあ、兄さんの周りからの好感度の話はおいておいて。突然のとんでも発言に思わず茶をひっくり返しそうになる。
当の本人は駄目なのか、とちょっとしょんぼりしてるように見える。
そんな顔をされると是といいたくなるが、周り……特に女性からの恨みを買いそうでこわい。
「あのさ、どういう経緯でそういう考えになったんだ。兄さん」
モラならあるだろう? と先日私物のジャケットを換金したことを伝える。あれは予想以上に高く買い取ってもらったので豪遊しない限りモラに困っていることは無いと嘉明は容易に想像がついた。
「……長い髪というのは手入れが大変なのと、何をするにも不便が勝る」
住んでいる家を清潔に保つ為の掃除。壊れた家具の修繕。食事の用意。最近は余裕がでてきたみたいで陶芸もやってるらしい。どれも作業の邪魔になるのが予想できた。
「なにより、目立つのだ。この髪は。ならば短く切ってしまえばそこまで目立つこともなくなると思い」
緩く結った髪に触れながら経緯と一部の不満を漏らす。
確かに男性で長い銀髪は璃月ではあまり見かけないからとても目立つ。此処ではすっかり馴染んでいるので気にしない人がほとんどだけど別の地域だと否応にも視線を集めるだろう。
……とはいえ本人の希望とはいえこれは駄目な気がする。というか周りのやめてくれ止めるんだという圧がヒシヒシと伝わってほしいくる。
どうしたら丸く収まるだろうか。
兄さんの希望と周りの希望の折衷案か止めさせるのにちょうどいい理由を頑張って探す。
が、俺が無言で固まっていたものだから返事に困っていると気付かれてしまい迷惑をかけてすまない、と謝られた。
今回は相談という形で落ち着いたけど、しばらく後に兄さんの所を訪ねたら髪の長さが半分ほど短くなっていた。それだけじゃなく色も白銀から紺に近い黒に染められていて驚きのあまりに荷物を落としてしまった。
相談を受けてから約一ヶ月弱の間にいったいなにがあったのだろう。
――
話の種にと噂の陶芸家の姿を見ようと人だかりの隙間から目的の人物と謂われる人物を見つける。
思わず片手を目に当てて天を仰ぐ。
三秒ほど現実逃避をし、いや人違いだろうともう一度彼の人を見て今度は両手を頭に抱えて蹲る。
間違いなく俺が、俺たちが探している人だった。が、
なにがどうしてそうなった??
最後に見た姿からすっかり変わった格好に虚無の顔になる。
ドラゴンガーネットの瞳も凛と通るテノールの声も記憶のまま。服装が璃月仕様なのは現地の人に溶け込む為でもあるだろう。それよりも驚いたのは長く美しかった白銀の髪が黒く染められている上に、元の長さの半分ほどに切られていたこと。
ふと、手元を見れば土や釉薬で指先が青く染まっている。袖から見える手首は折れてしまうのではと心配するくらいに細く痩せている。
一年少しの間、この人になにがあったんだ……
色々な憶測がリオセスリの脳内を過るがフォンテーヌから出ていった後の詳細を直接ヌヴィレットさんに聞いた方が手っ取り早そうだ。
そうリオセスリが思案していると競りはだいぶ進んでいて二十万モラ! 三十万モラ! という声が飛び交っていた。
今回の商品は茶器だった。三つあるそれはそれぞれに趣きが異なっている。晴天を思わせる淡い水色。水を思わせる透明感のあるターコイズブルー、夜空のような濃紺に白い釉薬が星のように散っている。これは三つセットで購入したいだろう。
璃月の茶器にそこまで詳しくないリオセスリもこの作品には目を引かれてしまう。
作り手が誰か、を知っているのも大きいとは思うが。
五十万モラ! と誰かが叫ぶ。それ以降値を上げる声はない。順当にいけば最後に値段を上げた商人の競り落としで終わるだろう。
「五百万モラ」
思わず口にした金額に周りの商人から驚きの声と視線があつまる。そんな中、貴金属や宝石を大量に身に着けた商人が声をかけてくる。おそらく五十万モラを宣言した商人だろう。
「外国からの旅行者にしてはずいぶんと羽振りがいいねえ、兄ちゃん。だが、強がりも程々にした方がいい。五百五十万モラだ」
おおお! と周りから歓声があがる。どうしてもこの茶器を自分の物にしたいのだろう。
だが、こちらも譲れない。
「こちらは先程宣言した通り、五百万モラだ。ただし、一つにつき五百万モラ。三つ合わせて千五百万モラだ。生憎今はモラの持ち合わせがないので自国の小切手でお願いしても?」
胸元から金額のかかれていない小切手を一枚取り出して陶芸家の前へ差し出す。
「なんなら今回の競りの迷惑料もいれて倍の金額を記入してもらって構わない。あんたならフォンテーヌの
小切手でも問題無いだろ」
な、ヌヴィレットさん?
にこり、と交渉向けの笑顔をしながら小切手を押し付ける。
……フォンテーヌの最高審判官であり国家元首の手作りの茶器なんて国宝物の代物をあんな安値で売らせてたまるか、とちょっとムキになったのは秘密で。
お知らせ
本格的に追放水龍の話を執筆します。
今まで書いてた分ほぼ書き直しすることになりそうです。
完成したらポイピクとピクシブにて公開予定。
紙媒体も視野にいれております。加筆修正のついでにちょっとした後日談を入れたいなぁ、と。
仮タイトル『瑠璃の片割れは杖を曳きて』
ページ数未定。配布予定も未定。
紙媒体手元に欲しい人いましたら反応あると助かります。完成できるように頑張りますので