初めて抱き合えた日のこと、覚えているか 初めて抱き合えた日のこと、覚えているか?
あんなに嬉しかった日を俺が忘れるわけが無い。一度に夢が二つ叶ったんだからな。あの手を不便だと思った事は無かったが、もしこの足の様に皆と同じ腕を得る事が出来たら俺の光を存分に包み込む事ができるのに、って。でも、実際は友有、お前が先に抱きついてきたよなぁ。「犬王、大成功だ!」って叫んでさ。お前は見えんし俺はまだ言っておらんからどうするか迷ったけどそっと、お前の背中に腕を回した。力加減なんて分からないから本当にそっとだ。ビクッとお前の背中が震えて、「戻ったのか?」って聞いたんだ。「あぁ、戻ったぞ」そう答えれば更にギュッと首を締められたから同じように力を入れた。友有が自分の事のように喜んでいるのが堪らなく嬉しくてなぁ、はは、本当だって。初めて平家の魂が見えた時のお前の笑顔が好きだったから、もう一回見たいって思ってたから......本当だぞ?
ではお前が俺の前で初めて泣いた日のことを覚えているか?全ての亡霊達が竜になって成仏されて。俺がこれが最後かもしれないなんて思ってたのに、お前はここから始まるって教えてくれたんだ。だから何も恐れずに舞えたんだ。お前の琵琶と共にな。でも、もう少し我慢出来なかったのか?はは、別に良いんだ。お前の泣き顔も独り占めしたかったと思っただけさ。でもやっぱり有り余る。俺はお前から有り余るほどに大切なものを貰ってしまったな。
それから......最後に交わした言葉を覚えているか?俺は、思い出せん。お前との事は出会った時から全て記憶に残っているはずなのに、これだけは思い出せんのだ。何故って......お前は覚えとらんのか?あの日は、確か次の曲についていつもの山で話していたんだ。俺たちの周りにはもう亡霊はいないから何を語ろうかと。互いの事について話したよな。でも大半は俺たち二人の話でさ、
「覚えちょる」
「なぁにぃ?」
「全部覚えちょる、って言っとる」
「なら何故静かに聞いてたんだ?」
「お前の声は随分と心地が良いからな。聞き惚れていただけさ。小さかったお前が町中駆け回っていた事も、あの大きな手の熱さも、鱗の少しザラザラとした感覚も、長い舌も。それから揃った手で抱きしめられるのだって全部忘れる訳がないだろう。お前の姿は見ることが出来ずとも魂はずっと見えとった。あたたかい色をしていたなぁ。声も感覚も匂いも全部、俺の記憶の中にはあるぞ」
「本当?」
「嘘をついてどうする?最後に交わした言葉、か。どれが最後になってしまったか潜って探してみるか?」
「探せるの?」
「いや、探せないがな」
「探せないよな」
「だが、俺が口にしたのはー」
ふと、唇が重なった。
会話に夢中だった唇にゆっくりと熱が伝わってくる。まるで、何かを流し込むように。思い出させるように。あぁ、あの日もそうだった。
「言葉にせんと返答に困る」
「しかしお前は、ちゃんと答えてくれただろう?」
そう、離れる熱を追いかけるようにまた唇を重ねたのだった。友有の頭に手を回して、離さないように。離れないように。溢れてしまった感情を確かめる事は出来ないが、汲み取る事は出来たから。
「好きだよ、友有」
「はは、その言葉をきっと、六百年も待っていた」
そう言って笑う友有は見た事ないくらい美しく笑った。誰にも邪魔されない今、存分にこの腕で大事なものを抱きしめることが出来る。
「なぁ犬王、俺だってお前の面の下位は独り占めしたかったさ」
「あの顔は一つの面に過ぎんからな。どんな場面であっても面の様にその役を通すための道具になる。だからな、こんなに笑ったり泣いたりする顔はきっと、お前だけのものだ」
「そうか。こんなに美しいお前が俺だけのものか。俺はお前の隣でこれからもお前を語ることしか出来んが足りるか?」
「充分過ぎるよ。友有、俺はお前の事を離す気はないのだから、このまま愛されていてくれ」
「ふふ、何だか求婚された気分だ」
「あながち間違いでもないだろう?」
「そうだな。空白の分までお前の全てを愛するぞ」
あの日の俺からしたら全てが夢みたいだろう。人を愛することも、こんなにも俺を愛してくれる人がいることも。きっと友有が俺の唯一の光なんだ。あの日の友有が言うんだ。「名前が無いと見つけられん」って。だから絶対に名乗ってくれ、己の名を。友有なら絶対に見つけてくれるから。そして俺は何度だって愛しいその名を呼ぶんだ。
この先何度、引き裂かれようともな。