だって、どうせ。でも、どうしたって。どうやら風邪をひいたらしい。というのも、病院にさえ行かなければこの体調不良に病名はつかない。だから風邪かは分からないけど、レオがそういうのならそうだろう。
「うーん。天井がぐるぐるしてる」
なんとか自分の家に連れて来てもらったがなんかもう動ける気がしない。
「ぐるぐるしてんのはお前のアタマじゃね?本当に病院いいのか?」
「うん。こんなにだるいのにめんどくさい」
「だから俺御用達の医者ならすぐ診てくれるし、家にまで来てくれるって」
「……寝てれば治るよ。レオ大袈裟」
「体温計も常備してないお前に言われたくないな。いつもはどうしてるんだ?」
「んーー、熱だって測らなければそれって無いのと同じじゃない?全部気のせいかも」
「だったら体調悪い時学校はどうしてたんだよ」
「だるかったら休むだけでしょ?行かないけど?」
「じゃあ今日はどうして……」
「どうしてって、レオが迎えに来たじゃん」
「そうだった。でもいつもと同じように見えたし」
「……朝は何ともなかったよ」
「本当か?」
「うん、本当に」
くるくると回り続ける視界を遮るように自分の腕で目元を隠しても、やっぱり世界が回り続けてておかしかった。玲王がずっと話しかけてくるから何も考えずに返事をする。別にどうでもいいんだけど、言葉を止めたらもっと心配する気がした。
──プルルルル。
「あ、ばぁやからだ。ちょっと待ってろよ」
そう言って、玲王は玄関へかけてくと大量の荷物を抱えて戻ってきた。
「なに?それ……」
「うーんと、体温計だろ?あと、薬を何種類か、それと凪が食べれそうなものと、暖かそうなもの。まぁほら、熱測って」
「さっきレオが測ってくれたじゃん」
「はぁ?あれだけじゃ俺の体温より高い事しか分からないだろ?はい、脇に宛てて」
「んー」
されるがままに制服のボタンを外され体温計を脇に挟まれ、出しっぱなしにしていた部屋着を目の前に差し出された。
「終わったら楽な服に着替えろよな、手伝ってやるから」
「うー」
38度3分。
この数字を見てまた玲王が顔を顰める。
「凪、他に悪いところは?」
「だるいくらい頭ぼーっとする」
「他は?」
「ないよ」
「本当に寝たら治る?」
「なおるよ」
「いつもそれで治ってんのか?」
「れお」
「なに?」
「心配しすぎ。俺、寝るけどお前かえるの?」
「帰らないよ。さっきばぁやにもちゃんと伝えたから大丈夫」
「そう。じゃあ俺もだいじょうぶ」
その言葉に更に眉を顰める玲王だけを現実の世界に残して、静かに目を閉じた。
このベッドの上で、スマホの画面以外を寝る前に見るなんてとても久しぶりな気がした。
玲王の顔を最後に見たから、玲王の夢を見た。
俺の面倒くさがりも許容範囲って言うし、すごい世話焼くし、それでも一緒にいるの楽しいって言うし、面倒くさくて大変な玲王の人生とか夢とかに俺を巻き込んで、俺の事を宝って呼ぶ。なのに、夢の中の玲王は他の誰かと一緒にいて笑ってた。それが高校の奴なのか、違うのか、男なのか、女なのか分からない。誰でもよかった。誰だとしても平等になんかスッキリしない変な気持ちになる事には変わらないから。
他人になんて興味すら湧いたことないから、心の奥がだんだん冷えていく感覚に戸惑いを覚えているうちに目の前の笑う玲王は歪み、消えていった。
冷たい。頭がヒンヤリとして……うーん、おでこ?
「お、起きた。おはよ」
「なに?」
「お前熱あるから、冷やそうと思ってさ」
額を触れば熱さまシートが貼られていた。頭を動かしても変に眩んだりはしない。
「何時間寝てた?」
「ん〜、3時間とちょっとだな。なんか食うか?色々あるけど」
「今は飲み物だけでいい」
「おー。取ってくるよ」
そう言って離れていく玲王の背中を見ているとチクリ、と心臓が痛む気がした。夢と現実がリンクしたような、そんな感じ。
「凪、どうした?」
「なんでもない」
「他に欲しいものあったか?」
無意識に布団の外へと伸びていた腕を不思議そうに眺めた玲王は、その手にペットボトルを差し込んだ。
「レオ」
「ん?」
「レオかも」
「はぁ?」
「ねぇ、これレモンティーじゃないね。ないの?」
「あるけど病人にはまだ早い」
「なにそれ」
考えていた事はそのまま言葉に出てしまう。状況のよく分かっていない玲王を置いて、冷たい飲み物で喉を潤せば頭の中で色々と感情が整理されていく。
「レオはなんで、俺にここまでしてくれるの?」
「そりゃあ俺がやっと見つけた宝だからな」
「それって、俺の才能の為だけ?」
「え?」
「もし、俺より強いヤツがいたらソイツと組む?」
「そんな事はしねぇよ」
「そう」
「なぁ凪、なんか言いてぇことあるのか?」
「言いたいことは全部言ってる……でも上手く言葉にならないや」
上から覗き込んでくる玲王の顔を引き寄せる様に腕を引っ張ってベッドに乗せた。
「な…ぎ?」
「ベッド、1つしかないから半分使っていいよ。レオにもし熱が移っちゃったら下がるまで隣に居てあげるから」
「はは、意味ねー」
そう言いながらも玲王は凪の隣に横になる。
「なー凪」
「うん」
「俺、お前といて楽しいって言ったよな」
「うん」
「それは凪にサッカーの才能があるから楽しいって訳じゃねぇよ。ただ、単純にお前といるのが楽しいから一緒にいる」
「ふーん」
「って、こういう事が聞きたかったんじゃねぇの?」
「うん。合ってるよ」
天井から玲王の方へと視線を移せば、玲王もこちらをじっと見ていた。
「もし、レオが俺の才能だけが欲しいって言ったら、俺の全部が欲しいって言わせようと思っただけ」
「……は?な、にそれ」
ボッ、と顔を赤らめる玲王を見てなんだか擽ったい気持ちになる。
「でも、レオそうじゃなかったからもうなんでもいいや」
「まてまて、凪、どういうこと?」
「こんなに俺を巻き込んどいて突然離れられたらちょっとっていうか、大分困るから」
「いや、そんな事する気は一切ねぇけど」
「じゃあ責任もって最後まで一緒にいてね」
「あぁ、必ず。約束するよ」
「うん…俺、なんか疲れたから明日学校休む」
「……凪が休むなら俺も休むわ」
「レオは学校行きなよ」
「なんでだよ」
どちらともなく笑って、布団の中で触れた手の甲から伝わる熱を指先を絡めて確かなものにする。
やっぱりちゃんとした言葉には出来なくて、それでも欲しかった答えは貰えた気がした。「約束」が守られるのかよりも約束してくれた事に今は安心して、その約束を守ってくれたかどうかは俺が死ぬ時まで考えないことにする。
「レオ、やっぱ明日も一緒にいて」
その言葉に玲王は眉を下げて優しく笑った。