これは『困惑』で間違いないだろう。為朝はそう判断した。
召喚された折も感じていたがその感覚はますます強くなっている。
マスター。
為朝を召喚した人間は、少年から片足が出た程度の青年だった。
良い人間なのは間違いない。
世界を取り戻すため、生きるために戦うという意思も自覚して持っている。
良い廻り合いだと実感していたのだが、一つ気にかかることがあった。
それが、マスターの視線だ。
召喚したときからずっと同じだ。
まるで幼い子供のような無垢で期待に輝く目で為朝を見る。
そしてそれは日が経つにつれ、共に戦った時間が増えるにつれ強くなっていく。
始めはちらちらと見る程度だったのが、今ではもうじっと見つめているに近い状態だ。
さしもの為朝もいささか居心地が悪かった。
「マスター」
声をかければ、マスターはハッと我に返り、自分の行動を思い返すように視線をあちこち彷徨わせた後、「何!?」と為朝に目を合わせる。
視線を何とかしたかっただけで特に用はなかった。
そのまま伝えてしまえばいいのだが、あの視線の煌めきが見られなくなるのかと思うと言葉が出てこない。
じっと為朝の言葉を待つマスターは不思議そうに首をかしげている。だというのに、それでも何も言わずにマスターは為朝の行動を待つ。
その様子を見ていると、為朝の内にぐっと感情が湧いて膨らんだ。
それをなんと言えば良いのか、様々な単語が浮かんではエラーとして処理されていく。
何度エラーを吐き出したか分からない。
待たせているマスターを見ると何とかしなければいけないと、ますますエラーが増える。
その最中に、はっきりとマスターと目が合った。
マスターも理解したのだろう、途端楽し気ににっこりと笑う。
その瞬間、為朝の中に一つの場面と言葉が浮かんだ。
あれは曲亭馬琴が犬士たちの面倒を見ているときに漏らした言葉だ。
「あいらしい。……該当」
そうだ、これは愛らしいものを愛でる感覚だと、思い出して理解した。
満足気な為朝とは裏腹に、マスターは赤くなって驚きに目を白黒させる。
「え、な?えっ!?」
「ああ、間違いない」
頷く為朝を見ながら、マスターは訳が分からずとりあえず困惑の悲鳴を上げた。