「あ、シャルル!」
両手を広げて女子たちに服をあちこち弄られている女の子の声は、確かに立香の物だった。
けれど目の前の人物の姿と立香がうまく一致させられず、シャルルはぽかんと口を開けてフリーズしてしまう。
「どう!ジュリエットの衣装とメイクなんだけど似合うと思わない!?」
テンションの高い女子たちの声に思い出す。
そう言えば立香は主役をやるんだった、と。
文化祭の出し物は演劇。演目は定番のロミオとジュリエットで、配役に奇をてらうことにしたらしく演者は全員男子。
クラス中の男子から苦情が出たが、女子の権力の方が強かった。見事に押し切られ、配役はくじ引きで決める事になった。
立香が引き当てたのが、まさかのジュリエット。
あの時の絶望の表情はちょっと忘れられない。
ちなみにシャルルは運良く数少ない裏方を引き当てた。
「俺のジュリエット、中々の物でしょ!」
女装から逃げられず、またシャルルに見られた恥ずかしさで自棄になった立香は、胸を張ってどや顔で主張する。
少し顔が赤いのは完全に開き直り切れていないからだろう。
男子高校生の女装なんてたかが知れていると思っていたけれど、これは予想外にもほどがある。
メイクの腕がいいのか、衣装係のセンスがいいのか、立香の素材がいいのか。多分全てだ。
誰が見たって可愛いと言うだろう姿に魅了されてシャルルはうまく言葉が出てこない。
「シャルル?」
動かないシャルルに立香が近寄って顔を覗き込むと、勢いよく飛びのくように距離を取る。
その反応に立香も周りの女子たちも驚いて目を丸くするが、一番驚いているのはシャルル自身だ。
妙な空気が流れ始めた教室に男子生徒がやってきた。
「……何?どした?」
室内の様子に訳が分からず混乱して入り口で立ち止まる。
シャルルはそんな男子生徒にあることを思い出した。
「ちょっと話があるんだがいいかい?」
「え?俺これから衣装合わせ」
「すぐ終わるから、な」
男子生徒の肩を掴むとずるずると引きずるように教室の外へと出ていく。
壁の向こうで何やら話している声が聞こえるが内容までは聞き取れない。
動くに動けなくなっている立香たちがその壁の向こうの様子を不安げに見守っていると、シャルルと男子生徒がまた教室へと戻ってきた。
晴れやかな笑顔を浮かべるシャルルと、対照的にびくびくと怯えている男子生徒。
男子生徒は震える声で言った。
「お、俺、やっぱロミオは無理だわ……、しゃ、シャルルが変わってくれるらしいから。あの……」
後はよろしく!と叫ぶと踵を返して逃げだした。
「ってことらしい。よろしく!」
満面の笑みのシャルルに、立香も女子たちもツッコミを入れたくて仕方なかったが、なぜかその笑顔が恐ろしくて誰も何も言えなかった。