aokbワンドロライ ホワイトデー/手持ち/嫉妬「へえ……ここは手持ちのポケモンくんと一緒に入れるカフェなんだね」
「ええ、天井も高く作られていますし安心して休憩出来るかと」
「助かるよ。ぼくのマルヤクデは炎の調整は上手いんだけどたまに楽しくなって火が出ちゃう時があるからね」
いい子いい子とマルヤクデの頭を撫でているカブを見てアオキとノココッチは目を細めて癒しの波動を受けている。
マルヤクデとノココッチを連れてふたりがカフェに入れば中は広々としていて落ち着いていた。
「4名様ですか?」
「うん、そうだね。4名様だよ」
4名様と聞かれたことにカブは嬉しそうに頷き、そのまま「4名様」だと指を4本立てて主張するのにまたアオキが眩し気に目を細める。
角の席に案内を受ければ直ぐにカブがメニューの確認を始めるが、アオキは既に壁に書いてある特大パンケーキと心に決めた。
「ポケモン用のパフェもあるんだね……マルヤクデ、ぼくらはヤクデのカフェセットにしようか」
「ぶふぉ! まるやくで!」
ポケモン用のパフェとミルクがセットになっているらしく、ふたりは仲良くそれに決めたらしい。
カブとマルヤクデ、アオキは直ぐに決まったが、ノココッチは困ったような顔をしていた。
長年の付き合いなので何に対して困っているかは手を取るようにわかるアオキはノココッチを慰めるように頭を優しく撫でてやる。
「ノココッチ……残念ながらノココッチモチーフのセットは無いようです……自分と同じパンケーキにしましょう」
「ノコ!」
「まるやくで」
いやだ!と主張しているのはアオキじゃなくても分かるほどに首をぶんぶん振っている。
あはは、とカブが苦笑いをしているとマルヤクデがノココッチに何かを言っているようだ。
マルヤクデがノココッチを誘っている、というのは今度はカブが理解できた。
「ああ、じゃあぼくらと同じヤクデセットにするかい?」
「のっこ! ノコ!」
嬉しそうに体を揺らしているので恐らくはそれが良いということだろう。
カブ、マルヤクデ、ノココッチがヤクデのセットでアオキが特大パンケーキ。
全員嬉しそうに待っていたが、カブが暇つぶしに他のメニューに目を通し始める。
「ああ、パシオではやっぱりホワイトデーも取り入れているんだね」
「……ホワイトデー?」
「ああ、うん。バレンタインデーのお礼の日、という感じかな……流れとしてはバレンタインデーに思いを伝えてホワイトデーに返事をする、で良いのかな……?」
まあ、ぼくの故郷での風習なんだけどね。お菓子業界の陰謀だよと笑っていたが……アオキはしくじったと内心で舌打ちをする。
「……今日はカブさんに贈り物をすべきだった、と…………」
悔し気にしているアオキにカブが両手を振って否定する。
「いやいや! そもそもバレンタインデーにお互い贈り物をしたから必要ないだろう!」
「そうですが……」
しかし、そういう催しがあるならば是非とも乗っかりたい。
アオキがホワイトデーのイベント内容に目を通すとホワイトデー限定のケーキ……しかし、それを得るには恋人同士であると主張しなくてはならないらしい……目立つのは、成るべく避けたいのが本音だ。
「あれ? カブさん!」
言いながら入ってきたのはルリナだった。後ろに見えるのはメロンとサイトウだ。女性陣3人でお茶に来たと言ったところか。
入ってきたルリナがカブが来ていると後続の仲間に伝えているのが聞こえ、アオキはカブとの逢瀬に邪魔が入ると内心ガックリと肩を落とす。
アオキの顔が若干強張ったが、カブ以外の人間には感じ取ることが出来ないレベルだ。カブは感じ取れる、くらいのものだった。
「へえ、カブもこんなお洒落なカフェに来るんだねえ」
「カブさん!……と、アオキさん? も、一緒にお茶良いですか?」
カブとアオキの席に近づいてきたルリナが底抜けに明るい声で尋ねて来るのにダメなんて言えるはずもなく。
メロンに至っては当然だとばかりに店員に席をくっつけさせているし、今日のデートにピリオドを打たれたことが確定した。
アオキの様子は気になってはいるが、この状況で「どうぞ」以外の何が言えようか。ルリナもサイトウも「ありがとうございます」と嬉しそうに言ってカブの両隣をキープしている。
「カジカジカジ……!」
「まるやくで!」
マルヤクデがカジリガメに呼ばれて嬉しそうに近寄っていく。
御三家リーダーの切り札としてふたりは良く交流しているので仲が良さそうだった。
そんなマルヤクデを見てノココッチも負けじと着いて行く。
ぼくも居ますよ!仲良くしてください!!とノココッチが主張しているようでとても微笑ましい。
ネギガナイトやこのメンバーでは紅一点のラプラスも出てきてにぎやかになってきた。
「ハハハ、ポケモン同士でも交流を深め合ってるみたいだし席を固めてやろうかね」
メロンがてきぱきとポケモンたちのメニューを固めて、ポケモンたちだけで席を作ってやれば嬉しそうに色々と話している。
そうしてポケモンたちのセッティングを終えて戻ってきたメロンは空いているアオキの隣へ。
己のバディたちの楽し気な姿を見て癒されていたが、トレーナーも負けじと交流を深めようとルリナが先陣切って話題を振ってきた。
「最近良くふたりでご飯してるんですか?」
「はは、そうだね。アオキくんとは気が合ってね」
「今度は私たちともご飯行きましょうね」
ニコニコとカブの隣で笑うルリナやサイトウを見てアオキの表情が更に強張っているような。
勿論女性陣には伝わらない程には鉄面皮はキープされているが、カブはこの後の自分のスケジュールの不安を覚え始める。
「そう言えばカブ、最近は飲みに行ってないのかい?」
「……ぼくが毎日飲んでるみたいに言わないでくれる?」
「実際そうだったじゃないか」
「そんなことありません! 誤解を招くようなことを言わないでくれ」
ルリナやサイトウなどの年の離れた可愛い後輩や恋人の前では特にやめて欲しい。
ちょっと擦れていた頃は確かに酒を呷ってはメロンやポプラ、ピオニーには多大なる迷惑をかけたりもしたが……近年ではきちんと更生して社会復帰且つメジャー復帰して清く正しく生きている。
「そうですよメロンさん! カブさんはわたしたち御三家ジムリーダー中でもいつも引っ張ってくれるしっかり者ですから」
「……わたしは御三家ではないですが、いつもトレーニングではお世話になっていますし、筋肉の追い込み方はいつもストイックかつ的確で尊敬しています」
メロンに揶揄されても他の若い女性陣から絶大な信頼と尊敬を向けられカブは照れながらも器用にドヤ、としているが……アオキの機嫌は真っ逆さまに落ちて行っているのには気づいた方が良い。
しかし矢張りドヤ顔した後に照れが大きくなったのか目の前に置いてあるクリーム付きのパフェを口に運ぶ。
ヤクデの可愛いプレートを楽しむ余裕も無かった……と、口に運んでから食べた部分を隠しながら写真を撮るカブは恐ろしく愛らしかった。
可愛いオジサンにメロン以外の全員がホッコリしているが……メロンが呆れたようにため息を吐く。
「なーにがしっかり者だよ。顔にクリーム付いてるよカブ」
子持ちのオカンであるメロンが旧友のカブの口元に手を伸ばそうとする―――その時、パシッという音がして、カブは反射的に顔を上げた。
見ればメロンの手をアオキの大きな手がしっかりと掴んでいる。
「あ……! アオキくん………!?」
カブの声に呼ばれてもアオキは微動だにしないまま。鉄面皮のまま固まっている……この状況での鉄面皮は寧ろ違和感しかない。
突然のアオキの行動に女性陣も困惑した顔で見て……いたが、いち早く状況を理解したメロンがぶっ、と噴出した。
アオキに手を掴まれたまま大笑いをするメロンの声で一瞬張りつめた空気が一気に融解して、アオキもその時ようやく再起動をする。
「……あ、すみませんでした」
やっと我に返った幸治は掴んでいた手を解くと立ち上がってメロンに向かって深々と頭を下げた。
「い、いや……、ほんと!、ごめんねぇ、大事なカブに勝手に触ろうとして……次から気を付けるよ」
「いえ……あ、はい。そうですね、出来ればそうしていただけると助かります」
語尾にたくさんの笑マークを付けてメロンが笑って謝っている。
まあ、否定はしないです。事実ですし別に隠していませんのでとアオキもしれっとしたものだった。
「……っえ? え!?」
結果、特に何もしていない自分だけが恥ずかしいという状況に落ち着いて混乱をしているカブ。
更にその隣に居るルリナとサイトウも漸く状況を理解して……そして、ルリナはいきなり目つきを鋭くさせる。
「えっと……ちょっと待ってください。ぽっと出のパルデアの人がカブさんとお付き合いしているってことですか……?」
呆然としたままのルリナがカブの腕をガシ!と掴んでアオキを睨みつけている。
サイトウもルリナに近寄り「生半可な男なら認めませんよ」と黙々と殺気立っていた。
どうやら照れている場合では無いようだとカブがアオキを確認すると……案の定、アオキもしっかりと嫉妬をしてルリナの腕を見ている。
「いやいや、ルリナもサイトウも……落ち着こうか」
カブが心底不安そうに言えば、女性陣ふたりは品定めをするようにアオキを見始める。
ああ、嫌な予感だ。
言い表しようのない漠然とした不安がカブの胸中に広がったが……、
「カブさん、このホワイトデーカップルメニューを頼みましょう!」
「えっ? でも、」
「すみませーん! このホワイトデーのケーキくださーい!」
問答無用でルリナが挙手をして店員を呼び寄せアオキを煽る。
色んな事に焦ったカブがルリナに捕まれた腕の反対側で必死に手を振って中止を求めるがまるで聞かない。
「いやいや、ヤローに悪いから、それにぼくたちじゃカップルと言うより親子だよ……!」
「悪くないです! 告白されなかったし、カブさんは紳士的です!」
あぁああぁあ…………!
カブがアワアワとしているが、メロンは依然として笑っているだけ。
もう何がなんだか、と思っていると店員がやって来て追加オーダーの対応にやって来る。
「カップル限定ケーキをください!」
ルリナがカブの腕をつかみながらオーダーすれば店員はカブとルリナを見て確認をする。
「ではそちらのおふたりにケーキを、」
「いえ、自分と彼にお願いします」
「……え?」
店員がルリナとカブのケーキのオーダーをとろうとしたが、そこにアオキが待ったをかける。
例え嘘でもなんでもカブとのカップルケーキならば自分が相手だと強く退かない姿勢を見せるアオキ。
バッチバチに火花を散らせるアオキとルリナ、に巻き込まれたカブと名も知れないもうすぐ退勤だった罪なき店員。
「ああもう、仕方ないね!」
メロンがパンパン!と手を叩いてアオキとカブ、サイトウとルリナがカップルだからとにかく黙ってケーキを持って来い、多様性の時代だろと強く言えば店員も面倒くさいし早く帰りたいから応じてケーキが4個届く。
「はい、全員これ食べて仲直りしな! 隣のテーブルを見な! ちゃーんと仲良くしてるじゃないか!」
見ればポケモンたちはラプラスを中心として仲良く上手にお茶をしながら談笑していた。
仲良く話すポケモンたちを見て大人げなかったと反省したルリナやサイトウ、まるで反省していないアオキがメロンママの言うとおりにケーキを食べて大人しくなる。
そしてひとり、メロンがケーキを食べていないことが気になるカブが自分に渡されたケーキを前に突き出して一言。
「……というより、メロンのケーキが無いじゃないか。これをお食べ」
「いいよ、また話がややこしくなるだろ」
「じゃあぼくと半分こしよう、それなら別に気にならないだろう?」
あーあ。どうしてこんなにも変なところでズレているんだこの男はとメロンが深いため息を落とす。
先程までのアオキの不機嫌はカブにしかわからなかったが……今はメロンにもよーく伝わる。
今も若干隣の大男からブリザードが飛んできて、氷の使い手のメロンさんに吹雪かせるなんて生意気な、と笑っていたとかなんとか。
メロンが全て丸く収めて、みんなで仲良く帰ってきた。
めでたしめでたしだと思っていたカブだったが、甘かったと知ったのはアオキの部屋に一歩踏み入れた時だ。
一気にアオキからブリザードが飛んできてカブは直ぐに距離を取るが、敵は目前だった。
「あ、ああアオキくん! まさか紅茶で酔っちゃったのかな!? 大分顔つきが悪いね??」
「普通そこは顔色が悪いというところですし……アルコールは摂取していないですし、例え酔っていたとしても、カブさんが罰せられることをした件とは関係ないですよね」
「ぼくは何もしていないだろう! ぼくは!」
何かしたとしたらそれはルリナだったし、よしんばルリナが悪いと罰しようとしたら全力で止めはするが。
「しかしルリナさんに10分以上抱き着かれていたのを振り解かなかったのは事実ですし、メロンさんとケーキを半分こしていたことも十分処罰対象かと」
「子供のしたことだし、メロンとケーキ半分こなんて今更じゃないか」
「つまり日常的に人妻の彼女と食べ物をシェアしている……罪深いですね、是非罰しましょう」
「こんなことで人は罰せられません!」
「世界ではファッションセンスが悪い男性の外出を禁止する国もありますし、罰する理由は様々です」
「ここはパシオだからそんなもの無いよ!」
「しかしこの部屋は自分の部屋なので、禁じられています。罪ですね」
思いっきり独善的に言い放つアオキにカブは固まる他なくて。
この場においての法律だ、ルールブックだと言い切ったのだ、アオキが。
アオキに限ってそんなことを言うなんて。信じられない。しかし今彼はそうはっきりと言い放った。
「とりあえず、一度ぼくの部屋に行こうか?」
この理不尽な法律の及ばない場所で一度冷静に話し合おうとカブが空笑いで提案してみるが、アオキの顔がニコ、と本日一番の笑顔を模る。
「それはきちんと罪を償ってからにしてください」
罰金刑でも良かったのだが、残念ながらアオキの法律内では懲役刑に値したらしく。
しっかりと体で罪を償う羽目になってしまったカブはホワイトデーに黒歴史を刻んでしまったのだった。