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作りすぎじゃないか?
きょうはオレが飯を作る、とブレが言ったので任せた。その結果、机に積まれている量に浮かんだ言葉だった。
机に所狭しと並んでいるのはケモノ肉丼、串焼き肉、岩塩焼き肉。その全てに、極上ケモノ肉が使われている。他にはフルーツケーキにクレープなど、甘いものもある。
昼からかなり豪華だ。きょうはなにか特別な日なのだろうか。そうでなければ、これほどの量を用意する意味がわからない。ブレは外で次々と料理鍋に放り込み、出来たものを運び込んでいる。鼻歌交じりなので、機嫌はいいらしい。ひとりで考えていても仕方がない、本人に直接聞いてみるか。
「ブレ、きょうはなにかあるのか?」
新たな品を手にし、入ってきたところで声を掛けた。
「なにかって、なんで?」
「明らかに作りすぎだろう、これ」
俺が料理でいっぱいの机を指で示すと、首を傾げていたブレがにんまりと笑った。机に皿を乗せ、いまなお場所を空けているからまだ作るのか。
「オレとトワさんなら、昼と夜で食べ切れるでしょ」
「それでも多いように思うが、材料なくなるぞ」
「大丈夫だよ。このためにここ数日、食材もたくさん集めてたし」
確かに思い返せば、ここ何日かは祠などの探索よりも、狩りや森での採取が多かった。ブレがやりたくてやっているのなら、無理に止める必要もないか。それより、邪魔するほうが野暮だろう。好きにさせることにした。
俺の好きな料理も並んでいるので、出来上がるまでおとなしく待つか。いい匂いに唾を飲み込み、ブレが忙しなく動く音を聞きながら。
「トワさん、食べましょう」
二階で適当な本で時間を潰していると、用意が出来たようだ。返事をするように腹が鳴る。呼びに来たブレからいい匂いがして、喉まで鳴った。誘われて手を出したところで、実際に食われるのは俺なんだが。なんていらないことまで思い浮かべてしまい、俺は慌てて頭を振った。
「ずいぶんと作ったな」
「トワさんの好きなものも、結構あるでしょ」
ブレと向かい合って座り、改めて並ぶ料理を眺める。あれとかあれ、と指で示される料理は、間違いなく俺の好きなものだ。その通りなので頷けば、ブレに楽しげに微笑まれた。
「やっぱり! それ食べてる時のトワさん、嬉しそうな顔してるから」
「なっ」
「真っ赤になって可愛いですよ、先輩」
にやにやと、憎らしいほどの笑顔をこちらに向けるな。せめてもの抵抗に顔を逸らすも、頬が熱いのできっと隠しきれていないだろう。俺のことをよく見て、覚えているんだなと、喜ぶ心は押さえつける。ああ、余計に熱がこもる。
このままではせっかくの料理が冷めてしまう。俺が手を合わせれば、ブレも同じ動きをする。温かい食事に手をつけ始め、ちらりと盗み見れば目が合った。
「トワさん、おいしい?」
先程までのからかうような笑みは消え、眉を下げて不安げな表情だ。ブレの料理は何度も食べたことがあるのに、心配するなんておかしなやつ。
「お前の作る料理、いつもうまいと言ってるだろ」
「そうだけど、きょうだから余計に気になる」
「やっぱり、きょうはなにかあるのか?」
そういえば先に聞いた時は、結局答えをはぐらかされていた。しかし、こんなに料理を用意する祝い事など誕生日くらいだが、きょうではない。大体、俺もブレもお互いの生まれ日は知らない。一応もなにも付き合っているが、話題に出ることもなかったんだよな。
「これはいつもわがまま聞いてくれるトワさんに、お礼も兼ねて」
髪をがしがしと掻き混ぜ、照れくさそうに話すブレは、正直言うと可愛らしい。自分の身の丈以上の大剣を振り回し、拠点に連射弓で矢を容赦なく放つ姿は可愛くないが。
「色々考えたけど、食べ物が無難かなと思って」
「うまいメシが食えるのはありがたいからな、いいと思うぜ」
この世界は食材や素材の種類が豊富だから、実に様々な料理が作れる。見た目もよく、とてもうまい。俺が過ごした世界でビンに入れられる物のことは、いまは考えたくない。
自分の何気ない行動に礼をされ、少し照れくさい。そんなブレのわがままは可愛らしいもの、ばかりではないな。メイド服とか、胸を触りたいとか、時々どうしようもないことを言ってくる。なんでも許してしまう俺は甘いなあと思うも、こうして気遣われるのだから、きっと直らない。惚れた弱みとかではない、多分。
口に運んだ料理を噛み締め、飲み込む。極上ケモノ肉を使っているだけあって、とにかくうまい。腹が減っていることもあり、意外と俺とブレの胃に収まるかもしれない。
「トワさんもっと食べて、これとか、これとか!」
ブレが俺の前に差し出してきた皿に乗ってるのは、こんがり焼けた肉と山菜。
「あ、水減ってるけど足す? ミルクがいい?」
「水でいい」
俺が食べる様子をにこにこと見ながら、水差しから注いでくれる。ブレになら、世話を焼かれるのも悪くないな。俺のために、こんなに張り切って料理を作ってくれたし。
勧められるまま食べていると、身体に違和感を覚えた。体力と気力が、限界を超えて満ちている気がする。この世界にやってきた存在である俺も、適応されるのか。驚きから、思わず両手を目の前で握ってみる。どうやら間違いなさそうだ。
「トワさん、どうかした?」
「ブレ、お前この後なにする気だ?」
「なにって」
「こんな料理食わせて、なにする気なんだって聞いてんだ」
呆れた俺の視線などものともせず、ブレはくすくすと余裕の笑みを浮かべている。あれはマックスラディッシュを包んで焼いた肉と、ガッツニンジンの山菜だとネタばらしをされた。
出掛ける用事もないのに、わざわざ強化する意味はない。だから最初からそのつもりで用意したように思ったが、違うらしい。色々な料理を並べようとして作り、ふたつ揃って勧めたのも偶然なのだと。単にうまかったから、俺に差し出しただけ。
「あ〜あ、トワさんのせいですよ」
「俺のせい?」
ブレは椅子から立ち上がり、ゆっくりと俺の傍まで来た。
後ろから抱きつかれ、腕の中に閉じ込められる。耳を尖った先までべろりと舐め上げられ、ぞくりとした。もしかして、ブレのスイッチが入ったのか。
「先輩が言わなかったら、その気にならなかったのに」
「ブレ、ちょっと待て」
「だってそう考えるのは、トワさんがしたいからでしょ?」
俺が、したい。なにを。なにをってことを、俺が、ブレとしたい。いや、いまの俺にその気はない。頭の中の俺は、めいっぱい首を振って否定する。
「お前がすぐに、そういうことばかりするからだろ」
なにかと手を出してくるブレのせいで、そっちに予測する癖がついてしまっただけだ。和やかに食事を楽しんでいた空気が、明らかに変わってしまっている。やばい、このままだと俺まで飲まれてしまう。ああ、耳に息を吹きかけるな、スプーンが音を立てて落ちた。
「それはトワさんが可愛いからですよ」
「自分よりでかい男に、なに言ってんだよ」
可愛いという言葉は俺より、まだブレのほうが似合うだろ。わずかだが、背が高いのは俺だ。それがよくなかったのか、唇や舌、指でふたつの耳を執拗に弄られて落ち着かない。すっかり食事の手は止まってしまった。
「……トワ先輩」
急にねっとりと艶を含んだ音を流し込まれて、息を呑んだ。悪化する一方の状況に、目の前の料理を楽しむのは一旦お預けだと察する。
どうやら、ブレのスイッチは完全に入ってしまったようだ。
せっかく俺のために作ってくれたと言うのに、どうしてこうなった。ブレに釘を刺すつもりで、口にしたのがいけなかったのか。いやでも、あれは突っ込みたくなるだろう。それに気づかない振りをしたところで、今度はその気なブレにネタを明かされる展開も考えられるわけだ。
ごちゃごちゃ考えたところで、この空気を変えるのはもう無理だ。ブレはやる気になっているし、こうなったら付き合ってやるよ。
「どうした?」
「先輩は自分より小さい男に抱かれて、可愛くないているんですよ」
忘れないでくださいね、と首を撫でたブレの手が、するりと服に中に入ってきた。
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