がまんできない 僕とフレミネに任された任務帰り。任務自体は簡単なもので、すぐに終えた僕達は帰りを急いでいた。今日は久しぶりにお父様が帰ってくると聞いていたからだ。
「ここを通っていけば、船着き場まですぐだ。行こうか、フレミネ」
「う、うん…」
僕の言葉にぎこちなく頷くフレミネに少し違和感を覚えるものの、それよりも早く帰らなければという気持ちのほうが強かった。それはフレミネも同じだったのだろう。
街を抜けて、海の見える船着き場に向かって林の中を急ぎ足で進んでいく。途中、つまづきそうになったフレミネの手をとると、何か言いたそうに視線を向けられる。
「どうしたんだい?」
さっきから、フレミネの様子が変だ。ここまで無視してしまった自覚があるため、立ち止まりじっとフレミネの言葉を待った。
「あ、あの…えっと……」
フレミネは脚をもじもじと擦り合わせながら、頬を赤らめている。いつのまにか呼吸も苦しそうで、まさか体調でも悪かったのかと僕は今更ながら後悔した。
「気分でも悪いのかい?!ごめんよ、僕が無理を言って急がせたからっ…」
僕の言葉にフレミネは小さく首を横に振って、それから僕の手をぎゅっと強く握り返す。
「ち、ちがう…」
あの、えっと…と、フレミネは言いにくそうに口をもごもごとさせる。聞き逃さまいと耳を近づければ、フレミネは恥ずかしそうに小さな声でぼつりと、呟いたのだった。
「お…おしっこ……」
「ええっ?!」
思わず大きな声を出してしまい、慌てて口を閉じるもフレミネは今にも泣きだしてしまいそうな顔でこちらを見ていた。顔が赤いのも、脚をもじもじとさせているのも…よく見れば額に汗がにじんでいるのも、きっともう限界が近いのだろう。フレミネのことだから、早く帰ろうという理由も気持ちもわかっていて、遠慮して言えなかったのだと思う。兄である僕がちゃんとフレミネのことを見ていれば…と後悔するも、それよりも早くフレミネをラクにさせてあげなければと焦って周囲を見回した。
街からは離れており、船着き場までもまだ距離がある。そう考えれば、次の手段は「これ」しかないわけで…。
僕はフレミネと手を繋いだまま、ゆっくりと近くの茂みへと歩き出す。
「…ごめん、フレミネ。もう街から離れちゃったし、船着き場まで距離があるから」
「ん…」
僕の言葉に、小さくこくこくと頷くことしかできず、おとなしく手を引かれるままついてくる。その姿に可哀想に思いながらも、もう自分で考えることすら難しいだろうフレミネに正直に伝えることしかできなかった。
「だから……”ここ”で、できるかい?」
「ぅ……ん」
薄々気付いていたのか、僕の提案にゆっくりと頷く。はぁはぁと呼吸も荒くなっており、いよいよ限界なのだろう。林の中、なるべく茂みの多い所へと連れて行く。しかしその茂みは僕達の腰よりも低く、いくら人気が少ないとはいえ見られてしまうことを考えると心配になった。
「ごめん、フレミネ…屈んでできるかい?」
「う、ん…んっ」
「わっ!ちょ、ちょっと」
もう僕の声以外は聞こえていないのか。僕の言葉に従うように、自分の腰へと手をまわすと、上下に別れている潜水服の下の部分、を…勢い良く膝までずり降ろした。当然、というか…僕へ背を向けて立っていたフレミネのそのおしりが、眼前に晒されてしまう。何度も見たことはあるけれど、こんな明るい場所で見せられるのは非常に困る!
「ふっ…ふれみ…っ?!」
「ん…んぅぅ……ッ…」
そのまましゃがみこむと、声を抑えるように…用を足し始めた。聞くつもりのなかった、小さな水音が耳に響いてくる。
「ふっ…ぅ…ん、ぅ……っ」
「っ…!」
もう僕の声も視線も、気にするどころじゃないのだろう。それでも、目の前の光景に僕の体は一瞬固まってしまう。けれどすぐ我に返り、周囲に誰もいないか見張ることにしようと思考を無理やり切り替えた。
「お、終わったら声をかけるんだよ…!」
そう早口にまくしたてると、フレミネから少し離れた所まで素早く移動する。
気付けば僕の頬も熱く、心臓の音がうるさいくらいにドクドクと鳴っている。なにより、あの…小さな水音が耳から離れなくて、フレミネの姿とか、もう何もかもが衝撃的すぎて内心冷静ではいられない。
それに、このあと一緒に帰らなくてはいけない。…フレミネと顔を合わせにくいが、僕以上にフレミネが心配だ。どうか我にかえって泣いていませんようにと祈りながら、僕は落ち着き無く周囲を見回しているのだった。