ひみつのマジック(リネフレ) 最近、リネを見ると胸が苦しくなる。
病気かと思ったけれど、それ以外に症状はなくて至って普通だ。
リネットに相談したけれど「…大丈夫よ」と一言返された後、頭を撫でられながら「私はフレミネの味方だからね」と伝えられた。その言葉の意味を確認する前に、リネに呼ばれてしまったためにわからないままだ。
「考え事かい?」
「あ……、ごめんなさい」
「謝らなくていいさ」
新しいマジックを見てほしいと呼ばれて、リネの部屋に来たけれど、二人だけだと落ち着かない。また、胸がきゅぅと苦しくなりそうで、気を紛らわせるようにリネの手元にあるトランプへと意識を集中させた。
「ほら、よく見てて。…フレミネが選んだカードはこれかな?」
「すごい。どうしてわかったの?」
たくさんのカードの中から、ぼくが選んだカードを言い当てる。何度も見たことあるのに、いまだに種がわからない。素直に驚いているとリネは楽しそうに笑って、手元にあるカードを器用に広げる。
「わかるさ、フレミネの考えていることなら」
その言葉にドキリとする。きっと、リネにとってはマジックを進める時のお決まりの台詞なんだろうけど、なんだか自分が特別に見られていると勘違いしそうになる。そんな意味はちっともないと、頭ではわかっていてもだ。
「今度のマジックはこの応用でね。まずは選んでもらったトランプを…」
続けて次のマジックへとうつるリネの手元をぼんやりと眺めてしまう。器用に、鮮やかに、見惚れてしまうほどの動きと、リネの声が合わさってまるで心地良い穏やかな海の中に浸かっているみたい。まるで魔法のようなリネのマジックは何度見ても、いや、見るたびに驚いてしまう。
「…ミネ…、フレミネ…?」
「!あっ…ごめんなさい」
リネはぴたりと手を止めて、ぼくの顔を心配そうに覗き込んでくる。
「考え事かい?」
「う、ううん…」
まさか、リネのことをずっと考えてた…なんて素直に言えるはずもなく、ぼくは慌ててぶんぶんと首を横に振った。その様子を見て、リネはぼくが話したくないのを察してくれたおかけが、深くは聞いてこない。
「そう…。でも何かあれば、ちゃんと相談するんだよ」
「…うん」
思わず目を伏せて頷く。…せっかく新しいマジックを見せてくれたのに、役に立たないどころか心配までかけてしまうなんて。申し訳なくて、顔を上げられずにいるとリネの「フレミネ」とぼくの名前を呼ぶ声がして、おそるおそる視線を向けた。
「見ててごらん」
目の前に出されたカード。その1枚にはペールスが描かれていて、思わず驚きで目を見開いた。いつ用意したの?と聞くより早く、リネの指先から空中へとどんどんカードが飛び上がって行く。まるで花弁みたいだ……そう思っていれば、それはいつのまにか本当の花弁になっていて、ひらひらとぼくの頭や肩に舞い落ちる。鮮やかすぎず、けれど目を離せない。まるでリネみたいな赤い花弁に包まれて、すぐそばにいてくれるような錯覚を起こさせる。
「わぁ…!」
思わず声をもらすと、目の前にいたリネがくすりと小さく笑った。
「やっと笑顔になったね」
「え…」
言われて、いつのまにか驚きと楽しさで頬が緩んでいたことに気付いた。それを見られていたことに少しだけ…恥ずかしさを感じて、思わず両手で頬をおさえてしまう。
「隠さないで。フレミネは笑うと可愛いんだから」
「そ、そんなこと」
ぼくの誕生日の時も言っていた。笑うともっと可愛いのに…って、リネは言い過ぎだと思う。そんなことを考えていれば、頬をおさえていたぼくの手を取ったリネは、じっとこちらを見つめてきた。
「本当に…可愛いよ」
熱のこもった視線と、囁くような声で伝えられて、ぼくの胸の奥がまた、きゅぅっと苦しくなる。頬もどんどん熱くなって、このままじゃあ溶けてしまうんじゃないかって、心配になるくらいに。
「フレミネ」
すっと手が伸びてきて、ぼくの頬に触れる。その指先は熱くて、そのまま頬を滑るように撫でた。
「リ、リネ……っ」
くすぐったいような、もっと触れてほしいような。自分でもどっちなのかわからない気持ちでいっぱいになる。…少しだけ、触れてほしい気持ちが強いかもしれない。でも、このままじゃ本当に熱くなって溶けちゃうよ。どうしよう…。
「…ほら、ここにも花弁が」
「えっ?」
ぼくの頬から手を離すと、その指先にはさっきのマジックで現れた花弁が一枚、掴まれていた。いつのまにそんなとこに潜り込んで。それよりも、ぼくはさっき、何を考えて?リネにもっと触ってほしいだなんて…どうしてあんな恥ずかしいことを?!
「ぼ、ぼく、用事を思い出したから!」
いたたまれなくなって、リネの顔を見れず、ぼくは慌てて部屋を出て行く。
「あっ、フレミネ…!」
後ろでぼくを呼ぶリネの声が聞こえたけれど、振り返ることもできなくて、ぼくは自分の部屋へと戻っていくのだった。
「焦りすぎたかな……」
部屋に残され、ぽつりとそんなことを呟く。フレミネが考え事をしているよう見えたから、笑ってほしくて最近思いついたマジックのひとつを見せてみた。…本当は、フレミネに告白する時に見せる予定だったんだけど。
そう、僕がフレミネにマジックを見てほしいと自分の部屋に誘うのも、こうやって二人きりになるチャンスを作るためだ。それなのに、僕のマジックを見て顔をほころばせたり、フレミネにも協力してほしいとお願いするとちょっとだけ悩みながらも最後には控えめに笑いながら「ぼくに、できることなら…」と話す姿が可愛くて可愛くて、告白することを忘れてしまう。…気持ちを告げてしまったら、二度とこの笑顔が向けられなくなってしまうのではないか。そんなことを考えるたび、また今度、次こそ…と先延ばしにしたことは数え切れず。
でも、今日こそは……と思ったのだ。僕がフレミネの柔らかな頬に触れると、びっくりしながらも嫌がる様子はなくて、そのうえ頬を赤らめて何か言いたそうにこちらを見てきた。これは、いける…!と思った。
それなのに僕の頭の中にはまた、もしかしたら…なんて後ろ向きな嫌な予感が過ぎり、つい花弁がついてたと誤魔化してしまった。
「はぁ…フレミネ」
もういない相手の名前を呼ぶも、もちろん返事などかえってこない。
頭のどこかでリネットに「お兄ちゃんのヘタレ…」と言われた気がして、その通りな僕はただただ項垂れるだけだった。