1217今朝は凍えるような寒さに目を覚ました。もうすぐ冬島の海域に入ると聞いてはいたが冬とはこんなに寒かっただろうか。久々に冬島に入るせいもあるだろうが冬島の冬にあたるとも聞いたからやはり特別寒く感じてしまうのも仕方ないのかもしれない。
「うーさぶさぶ」
服を着込んでもまだ寒い。身体を芯から温めるならばと食堂に足を向けた。
「よォ」
聞き慣れたその声の主ベックマンはこちらが見ていて寒くなるような格好、普段通りの黒いシャツに唐草模様のマントといった出で立ちでぷかぷか煙草をふかして現れた。
「寒くないの?」
「……そういえば寒いな」
「もしかしなくても寝てないでしょうベック。最近寝たのいつ?」
「少なくとも夜番の後は寝たはずだ」
「ねえそれ5日前の話なんだけど」
なるほど通りで。5日前ならまだ夏島の海域近くを航行中だったのでこの格好も頷ける。
「とりあえず今すぐ部屋戻って暖かい格好して待ってて。なんか食堂でスープでも貰ってきてあげるからそれ飲んで寝な」
「なんだてっきりてめぇがあっためてくれるものかと」
「バカ言ってないでとっとと部屋行って服着な。そのままじゃ冗談抜きで凍え死ぬからね?」
そこまで聞いてようやくきびすを帰したベックマンを後目に私は食堂へ少し早足で向かった。
「入っていい?」
「あァ、開いてる」
入ると初めに目に飛び込んできたのは書類が乱雑に積まれたデスクとうず高くできた灰の山。ぶわりと煙ってくるのは換気もろくにせず缶ずめになっていた証拠だろう。
「スープ持ってきたよ」
「ありがとな」
格好が冬仕様になっていることに一安心してスープを手渡し手近なスツールに腰を下ろす。
「なんだ居てくれるのか」
「ちゃんと寝たの見届けてからじゃないとね。また寝ずに済ませそうだし」
「信用がねェなァ」
はは、と笑いながらスープに口をつける。布団に入ってスープを飲むベックを見ているとムズムズする。滅多に見ない姿だからだろうか。
「なんだか看病されてるみたいだな」
ポツリと零された言葉に言われてみればその通りだと納得する。弱っているのとも違うけれどそういう時と似たようなことをしているせいで妙にムズムズしたのだ。いつもブレない強くて広い背中を見てばかりいるから、こういう少し弱々しく見える彼の姿は見慣れなくてでもちょっとした優越感みたいなものも感じてしまって。
「ごちそうさん」
そう言ってベックは私に椀を返すと大人しく布団に入った。それから思案するような妙な間のあと口を開いて言った。
「どうせおれが寝るまでいるつもりなんだろ?子守唄でもうたっちゃくれねェか」
甘えるように上目遣いでこちらを見てねだるのだ。その場の雰囲気に流された私は思わず「いいよ」なんて言ってしまって、上手くもない子守唄を口ずさむ。
随分寝ていなかったせいか寝入るのは早く、すぐにすぅと落ち着いて穏やかな呼吸が聞こえてきた。
「よかった、あ……」
静かな寝息を聞きそっと立ち上がりかけてふと片腕が布団からはみ出ているのが視界の端に映った。起こさないように細心の注意を払って大きな手のひらに私の手を重ね合わせるようにして持ち上げ布団に滑り込ませる。スープを飲ませた甲斐あってかほんのりと暖かい手のひらを気づかれないようにそっと気づかれないように弱々しい力で握ってみた。いつか当たり前にこの人と手が重なり合うような関係になれたらなんて淡い恋心を止められなくてあと少しだけこのままでと願わずにいられない。
手を握られた感覚に意識はすぐ浮上した。それでも狸寝入りを続けたのは睡魔が重くのしかかって瞼を上げるのも億劫だったせいもあるが何よりこの手を握る相手が彼女だったから。もう少しこのまま彼女の小さな柔らかい手のひらを堪能していたいと我儘で意気地無しな恋心が唆すせいだった。