抱き上げる/おやすみ/嵐「よう、プリンセス。目の下に隈できてんぞ」
「ああ王子か久しぶり、大丈夫今日はこのあとすぐ帰れそうだから」
会うなりそんなロイヤルな者同士のような挨拶を交わす。しかし私たちはどちらも正当なそれではない。王子は実際いいとこのお坊ちゃんだったようだけれど私の方は完全に無関係である。
「うちの姫さんはまた忙しそうにしてんな」
「そういう王子こそガープさんに連れられての遠征から帰ったばかりでしょ」
お互いにそのあだ名に似合わずすでに退職届を軍に提出済みという立場にあるのだからおかしな話だといつぞや同期に笑われたことがある。最前線に立つ王子や姫がいてたまるかと。しかしそんなあだ名をつけて呼ぶようになったのは周りにいた彼らの方なのだから文句はこちらが言いたいくらいである。
「あァそれでな今回はおれが大!活躍したんだぞ!」
「やるじゃん王子」
コビーが英雄視されつつある昨今、どうも王子は彼よりいかに有能であるか示そうと奮起しているらしかった。そうして互いの近況を話しつつ執務室へ向かっていると窓の外に稲妻走がった。
「ヒッ」
「……雷苦手なのか」
「いやまあなんていうか」
誤魔化そうとしているうちにもまた窓の外では稲妻が光り雷鳴が轟く。
「ヒィ……」
「そうなんだな。別に隠す必要もないのに」
「それは、そうだけど。でもいい大人が雷怖がるとかちょっと恥ずかしいというか」
「そういうもんか?」
王子は首を傾げる。王子は意外と何事も賢明な判断ができる上に能力もあってそれでいて実直だからなのかあまり恥じらう姿を見たことがない。むしろ開き直っているような姿なら時折見かける気がする。本当に不思議な男だ。
「なァおまえこのあとどうする?」
「執務室にこれ置いたら帰って寝る、つもりだったけど……」
「ふうん」
そういってごついリングのついた指で顎を撫でながら何か考えている様子だったがそのあとは何を話すでもなく部屋に着くまで彼にしては妙に静かだった。
部屋に入って荷物を整理するとやるべきことはすぐに何もなくなってしまったので一応確認をと思い窓に近寄る。すると先ほどまで少し静かになってきていたような気がしていた空がまたピシャリと音を立てて嵐の真っ最中であることを知らせてきた。仕方ない少しここで休んでいくしかなさそうだ。
「やっぱり帰れねェ、か?」
「うーんちょっと無理かも」
「そうか。じゃあちょっといいか?いいな」
「えっ」
こっちの答えを待たずにひょいと抱き上げるとソファに寝かされた。
「なになになに」
「で、これを……よし!」
「いやなにがよし!なの!?」
ソファの上で仰向けになった私の顔面から身体にかけて、この触り心地は恐らく、彼のもこもこコートがかけられていた。
「よし、寝ていいぞ!」
「ん?え?」
「雷ダメなんだろう。それで目隠ししてついでに寝ちまえ」
「いやいやいや」
「なにかダメだったか?」
「ダメって言うか……あ、確かにダメではない?」
「おう、そうだろうそうだろう」
割と勢いにのせられてしまったような気がしないではないがここはもう大人しく甘えておこうか。
「じゃあ、ちょっとだけ。おやすみ王子」
「おう。おやすみプリンセス」
女が静かになったのを確認してグルスは溜息をついた。
「うちのプリンセスは無防備で困るぜまったく」