1220「寒いなァ」
はぁと息を吐いたり手を擦り合わせてどうにかこうにか暖をとろうと動くその小さな背中にひとつの影が近づく。
「あっためてやろうか」
その大きな体躯でぐるりと包み込むように背後からのしかかってきたのはこの船の副船長、ベン・ベックマンだった。
「副船長、どうしたんですか。交代時間でも無いしそもそも次の見張り番は副船長じゃないですよね」
「そうツレねぇこと言っていいのか?」
そう言って副船長はちゃぷりと手元の瓶を揺らしてみせた。
「このクソ寒ぃ中頑張ってるお前さんにと思ったがそーか要らねェってんなら」
「いります!飲みます!ください!寒い!」
「正直で結構。ならここに座ってくれ」
ここ、と示されたのは三角座りした副船長の膝と膝の間。
「どうした、ん?」
ゆらゆら酒瓶を揺らして悪い笑みをみせつけてくる憎たらしい色男。
「……お邪魔します」
「それじゃやるか、ほらよ」
渡された盃にとくとくと酒が注がれる。少しでもつつくと零れてしまいそうなくらい並々と注がれた酒が月の光を受けてきらりと輝く。
「おいしそう」
思わずそう零せばふ、と息を吐き出すような笑い声が頭上から聞こえてきた。
「こうも食い付きがいいと持ってきた甲斐があるってもんだ。さて、乾杯」
耳元で聞こえた低く甘い乾杯の声に合わせて慌ててコツンと盃を合わせた。副船長の恐らく秘蔵の酒、どんな味がするのだろう、思い切って酒を煽る。口付けるとふわりとフルーティな香りがして口に含むとじゅわりと沁みるような甘み、舌に残らないスッキリとした爽快感。
「美味しい……」
「……あァ、悪くはねェな」
味わうようにどちらも口数少なくこくりこくりと飲み下していくうちにとくとくと時間が過ぎていく。それぞれが盃を空けたころあいを見計らって副船長が口を開く。
「なァ、これからもお前が不寝番の夜にこの酒をここで一緒に飲もうと思うんだがどうだ?」
「いいんですか?こんなにいいお酒。私からもお礼におつまみでも用意出来ればいいんですけど毎回なにか用意できるかは分からないし……」
「礼なら、ひとつ願いをきいてくれ」
「お願いですか。どんな?」
「この酒をひと瓶明け切る頃に、おまえから答えがほしい」
「こたえって」
「愛してる。おまえの答えをいつかの月夜にでも聞かせてくれて」
耳元でそう囁いて副船長は去っていった。きっと赤く染まった頬もお酒のせいにしようとする私のことなんかお見通しなんだろう。分かっていて酒を飲ませてから告白を聞かせるのだから副船長はとても意地悪でとても優しい人だ。