クリスマスイブの話「メリークリスマス!」どこかから聞こえてきた客引きの声にそうか今日はクリスマスイブかと思い至る。そうと気づけば街行く人たちの手に有名店のショップバッグやケーキ店の箱があるのが目に付いた。
「いいなァ」
思わずこぼれた独り言は寒空に吸い込まれていく。子どもかそれか恋人をもつ人たちにとっては特別な夜になる日だとすっかり気づきもせず今日一日、仕事をして過ごした。
とはいえ、私にも別に彼氏がいないわけではない。ただ私と違ってお偉いさんで日々忙しくしているだけのこと。彼ことベックマンは先週から海外出張だとかで帰りは年始になると聞いていた。
帰りついたとて暗く寒い部屋でぬいぐるみたちが私を待っているだけなんだよなァと虚しさに浸りながらとぼとぼ歩いてようやくマンションの前に着いた時、私の部屋に明かりがついているのが見えた。
「やば、消し忘れたっけ」
もしかしてテレビまで付けっぱなしじゃないだろうな。仕事で疲れた身体に鞭打つような気分の落ち込みを感じつつも仕方あるまいと部屋に向かう。
玄関扉に鍵を差し込み捻ってみるがどうもおかしい、まさか今朝の私は玄関まで閉め忘れたのかとどっと無意味な疲労感に襲われたとき、ガチャリと音を立ててひとりでにドアが開いた。
「よォお疲れさん、おかえり」
「ベック」
私を出迎えたのは遠い空の下にいるはずのベン・ベックマンだった。
「はは、驚いてくれてるところ悪いが外は寒かったろ?早く中入んな」
悪戯が成功したみたいに笑うベックにぐいと手を引かれて部屋に入る。
「さ、コートを脱いでくれお嬢さん。飯も用意してあるが先に風呂がいいか?どうする」
「え、え?なにがなんで?だってべック出張は」
「おまえさんとこに早く帰りたくてな今日昼の便で帰ってきちまった」
帰りたくて帰って来れるような人じゃないことをこの数年の付き合いで知っている。教えてはくれなくても彼が今この時間を作ろうと努めてそうしてくれたのだとわかる。その気持ちが嬉しい。
「だ、」
「だ?」
「だいすき……」
思わず言ってしまった。普段は恥ずかしくて上手く言えないのに。
「いい子へのご褒美にはなれたらしいな」
ちゅと耳元でリップ音がして
「さっきの言葉ベッドの中でも期待していいか?」
と低い笑い声が吹き込まれる。
私は今度こそ顔を真っ赤に火照らせて「がんばります」と答えるので精一杯だった。