そして、彼は真っ当に生きるのを諦めた黒ずんだ青の髪を靡かせた目つきの悪い少年はジャームに囲まれていながら、無表情で言う。
「歪んだこの世界で俺は努力をするのを辞めた。何をやっても無駄、お前らの全ても無に帰してやる。」
前大統領 亜洲虎 紫暮の一人息子。母親に敷かれた人生を嫌い、父親と反対の道を歩んできた。オーヴァードとして覚醒してからは、母親に気付かれないようUGNチルドレンとしての生活を送っている。(執事として雇っていた男がUGN職員であった事は母親も誤算だろう)
つまり、父親と同じ道を歩みたくても歩めないのである。あぁ、なんて親不孝な。
彼は母親と喧嘩を続ける事で政治家になることをさも嫌がっているかのように振舞っていたのだ。
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彼が小学生の頃、事件は突然にして起きた。大統領暗殺事件-東宿の花火。当時6歳。彼がいつものように学校に登校していたなら、こんな事件は起きなかったのかもしれない。
いつもの集団登校のグループに遅れ、1人で登校をしていた彼はFHのセルリーダー、ある男が、道端に倒れている所を見つける。男はオーヴァードながらも、UGNの度重なる反撃で、満身創痍の状態にあった。
純粋な彼は、助けてしまったのだ。解放してしまったのだ。その悪魔を。男は廻鳴に礼を言って立ち去ろうとした。だが、彼の胸に付いている名札を見て立ち止まる。亜洲虎-苗字を見て男はニヤリと笑う。この苗字、間違いない。大統領の一人息子だ。そう思うと男は彼を抱えて飛び出した。真意は分からない。大統領をFHで抱え込めば理想の世界に1歩近付くとでも思ったのだろう。
彼は泣く。遠くで誰かの声がする。"待て!そいつは私の息子だ!"そう呟いたのは今車を降りたばかりの大統領-廻鳴が最も愛していた父だった。
"条件なら何でも飲んでやろう。だからそいつを早いとこ返しなさい。"
"ほう?話がわかる大統領様だ。なら付いてこい。お前に私達の世界を見せてやるよ。"
抱えられていた廻鳴は悪寒がした。
しばらくして着いたその場所は、彼らのアジト-その支部のひとつだった。
廻鳴は目にする。紫暮も目にする。この世界で伏せられていた闇を。オーヴァードの存在を。
そこにあったのは無為に誘拐された子供達が人体実験を繰り返され、オーヴァードとしての覚醒を無理やり起こそうとする施設だったのだ。
"まさか、そいつをそこに入れるってんじゃないだろうな..."
そう呟く紫暮の顔は笑いながらも引き攣っていた。紫暮はスーツの内側に手を伸ばす。
それを見ていた廻鳴はその顔がトリガーになってしまった。何を見ていたのか、彼は未来を見てしまったのだ。
見たのは父が人の形ではありえない体の曲がり方をしてこちらを見ている映像。一言、彼に聞こえたのは"廻鳴、お前が無事なら良かった。"という言葉。
最愛の父が殺される。この男によって?いや、分からない。ただ、そう遠くない未来、父はここで命を落としてしまう。
そう思った廻鳴は何もせずには居られなかった。彼の身体が想いに呼応する。
-しかし、彼の力は意志とはかけ離れた結果を残す。
ウルトラボンバー-その力はこの施設を巻き込み、この街の半分を巻き込み、そして、彼の父親をも巻き込んだ。
気付いた時に目の前に居たのは、未来視で見た、あの父親の姿。
あぁ、自分がやってしまったのか。
気づいた頃にはもう遅かった。
意識を取り戻した廻鳴に向かって、父親は笑顔にならない笑顔で言う。
"廻鳴、お前が無事なら良かった。"
彼と父の会話はこれが最後の言葉になった。
もし、今日の登校が遅れていなかったら。
もし、あの男を助けなかったら。
もし、自分があの時動かなかったら。
彼は悔やんでも悔やみきれなかった。
事件後、彼はUGNに保護され、チルドレンとしての生活を送ることになった。
ただ、元の生活に戻ることは出来ない。失ったものも、トラウマのように付いてくるこの力も、彼の生活を大きく変えてしまった。
しばらくして彼は気付く。父親の意志を継ぐことすら出来ない自分の置かれた立場に。
そして、彼は真っ当に生きるのを諦めた。努力をすることも、家族を愛することも。もう、きっと何をしても無駄なのだから。