帰宅した竜三を待っていたのは、むわりとした熱気に満ちた部屋だった。はあ、とため息を吐く背中でドアががちゃりと音を立てて閉まる。
「あのやろ」
仁のやつ、またエアコンのタイマーを入れ忘れやがった。概ね竜三の方が遅く家を出るが、たまに仁を残して先に出るとこれだ。ようやく涼めると期待していた分、どっと疲れた。こうなるのが嫌だから、帰宅に合わせて部屋が冷えるようにいつも設定していると言うのに。今日は竜三の方が先に家を出たのが悪かったらしい。
靴を脱ぎ捨て、買い物袋をぶら下げたまま重い足取りでリビングに向かう。テーブルの上のリモコンを手に取ると、すぐさま冷房のスイッチを押した。稼働する音を聞きながらこれならすぐに冷えるだろうと設定温度を18℃まで下げてリモコンをまたテーブルの上に放り出す。
ただでさえ暑い中を歩いて帰ってきたのだ、汗だくの体に濡れたTシャツが貼りついて気持ちが悪い。据えた汗の匂いすら自分から漂っている気がする。冷えるのを待つ間に風呂を済ませるかと買い物袋の中身を手早く冷蔵庫に押し込むついでに冷えた缶ビールを一本手に取り、服を脱ぎながら風呂場へと向かった。
頭から水を被ると、ようやく火照っていた体の熱が冷めていく。シャワーを止め、頭や体を洗いながら浴槽に湯を溜める。外が暑かろうが、湯船には浸からなければ気が済まない。 泡を洗い流して湯を止め、半分ほど溜まった湯船にざぶりと浸かる。
「あー」
じわりと体を包む心地好さに思わず声が漏れる。おっさん臭いと言われようが、こればかりはどうしようもない。ふうと息を吐き、浴槽の縁に置いていた缶ビールを取って片手で開ける。ぷしゅ、と小気味良い炭酸の音が風呂場に響いた。
「うんめー」
訂正。おっさん臭い、ではなく、おっさんだ。そんな下らないことを考えながら、冷えたビールを煽る。体に悪いのは重々承知だが、熱い風呂で飲む冷えたビールは最高だ。半分ほどをひと息に飲み干し、はあーっと感嘆の息を吐いたところで、風呂の外からがちゃりと音が聞こえてきた。どうやら予定よりも早く仁が帰ってきたらしい。ただいま、と聞こえた声に、おかえりー、と風呂の中から応える。
「竜三、風呂か?」
「ああ。お先」
ドアの向こうに見えた仁の影が頷き、リビングの方へと消えたかと思うと、うわ、とひっくり返った仁の声が聞こえてきた。次いでばたばたと足音が近づき、風呂場のドアが乱暴に開け放たれた。
「竜三!」
「おお、何だ、覗きか?」
「んな訳あるか! 何だあの部屋は!」
「ああ?」
「めちゃくちゃ寒い!」
「あ」
そういえば思い切り温度を下げていたのだった。風呂でついゆっくりしていたのだから、もうずいぶんと冷えていただろう。
「あー、すまん。あんまり暑かったからな」
「暑くても加減があるだ、え、あつい?」
はたと仁が怒りを静め、ぱしぱしと瞬く。ようやく気づいたか。態とらしくはあ、とため息を吐いてじとりと仁を見る。
「またエアコン忘れただろ」
「あ」
ぽかりと口を開けた仁の顔には、思い切りしまったと書かれていた。
「悪い。すっかり忘れてた」
「まったく」
しゅんと悄気てしまった仁に、何度目だよ、という台詞は口に出さずに飲み込む。過ぎたことは言っても仕方がない。それよりも、だ。竜三を窺っている仁に向かってにこりと微笑んで見せる。
「寒いなら一緒に入るか?」
「え」
とは言いつつも、いい加減逆上せそうだ。髪をかきあげながらざばりと湯船の中に立ち上がると、仁がぶわりと顔を真っ赤に染めた。
「や、いいっ、おっ、温度を上げてくる!」
勢い良くドアが閉められ、またばたばたと騒々しい足音を立てて仁の姿が消えた。今更何を照れているのか。くすくすと笑いながら残りのビールを飲み干し、竜三も後を追って風呂から出た。