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    ぎの根

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    ぎの根

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    イキの安達殿と正殿。じんもちょろっといるよ。よくわかんなくなってしまった。

     どこか寂しげに笛の音が響くなか、焚き火を挟んで親子は向かい合っていた。
     手を組んで静かに聞き入っている正の目は火を見ているのか、その向こうにいる一人息子を見ているのか定かではなかった。いや、火を映す黒い目はただ己の内を覗き込みどこも見ていないのかもしれなかった。
     笛の音が余韻を残してゆっくりと消えた。曲が終わっても黙ったまま微動だにしない正に、仁は声をかけてよいものか判断しかねて戸惑っているようだった。
     ぱき、と薪が爆ぜる音が鳴った。それを機に、晴信は足音を立てながら境井親子の許へと近寄った。
    「上手いものだな」
    「安達殿」
     ほっと安堵の息を吐いた仁が笛をしまいながらはにかんだ。
    「聞いておられましたか」
    「良い音であったぞ。なあ、境井殿」
     仁に頷きながら声をかけると、火に見入っていた正はようやく反応を見せた。ぱちりと瞬いた目のなかで火が揺らめく。
    「ああ、そうだな」
     居たのかとでも言いたげな正の胡乱な視線を受け止めて苦笑すると、正はふいと目を逸らして仁を見た。
    「儂は安達殿と話がある。先に休め」
    「はい。では安達殿、失礼します」
    「ああ、明日も早い。しっかり寝ろよ」
     ぺこりと頭を下げ仁が宛がわれた寝床へと向かうのを見送っていると、正がふと声を上げた。
    「仁」
    「はい、父上」
     正の声に足を止めた仁が振り返る。
    「礼を言う」
     きょとんと瞬いた仁が嬉しそうにふわりと微笑んで頭を下げ、またふたりに背中を向けた。仁を見送り、入れ替わるように正の正面に腰を下ろす。
    「水入らずの邪魔をしてすまんな」
    「いや」
     短く答えた正はまた静かに火を見ていた。ぱちりと爆ぜた薪から火の粉が煙とともに舞い上がる。それを追って見上げた空は晴れていた。星灯りが夜の闇を明るく照らしている。下にある陣からは朗らかな笑い声が波音に紛れて漂っていた。その波を割り、正がぽつりと呟いた。
    「千代を思い出していた」
     静かな、それでいて苦渋に満ちた声。晴信はふうと小さくため息を吐いてただこくりと頷いた。ゆっくりと焚き火から離れた正の視線が晴信へと向けられる。揺れているのは正の目か、それとも、目に映っている火か。ゆらゆらと揺れる煌めきが晴信をひたりと見据える。
    「安達殿が居て、助かった」
    「それは重畳」
     にかっと笑ってみせると、正の視線が微かに緩んだ。もとより表情を見せぬ男ではあったが、妻を亡くしてからは一層無表情になった。しかしさすがに妻の忘れ形見でもある一人息子のこととなると、多少なりとも顔に現れる。最もそれがわかるのは付き合いの長い晴信や正の義兄でもある地頭の志村くらいのものだった。それを仁に見せることができればまた違うのだろうが、言い聞かせたところで正はそれができるほど器用ではない。結果、妻であり母であった千代を失って以来隔たりのある親子の仲を取り持つためにも、晴信がここにいるのだ。それは正も承知のことだ。だからこそ、正は珍しくも素直に弱音を吐いている。
    「やはり仁を連れてきたのは、過ちだっただろうか」
    「そうは思わんが」
     現に壱岐に来る以前より、僅かではあるが親子の距離は近づいている。傾げた首をついでに揉んでいると、正はまた顔を火の方へ戻してしまった。
    「安達殿の子息があれの歳にはもう初陣を終えていたのであろう」
    「ああ、だが仁と比べるのは少々酷だな」
    「何故」
    「政子の子だぞ。千代殿とではまず母御が違いすぎるわ」
     ふん、と鼻で笑うと正が微かに口角を持ち上げた。
    「そうだな」
    「だろう」
     政子は千代どころか晴信よりも勇ましい。無論、そこに惚れたのではあるが。しばし強く美しい伴侶に思いを馳せた後、意識を正に向ける。
    「それより、お主は」
    「儂がなんだ」
     きょとんとした正に思わずため息を漏らす。
    「郎党とは馴れ合わぬ、と?」
    「ああ、聞いておったのか」
    「儂とは?」
    「安達殿は我が郎党ではない」
    「志村殿もだろう」
     もともと境井は志村の郎党であるにしても、義兄なのだ。それが千代亡き後は以前にもまして隔たりを感じると、志村が嘆いていた。相変わらず、息子どころか自分のことにも鈍い。
    「志村殿は地頭だ」
    「ほう。友人ではなかったのか?」
     態と惚けた物言いに、正はじろりと晴信を睨めつけた。
    「意地が悪いぞ」
    「馴れ合わぬなどと言われたのではさすがに気の毒でなあ」
    「安達殿は違うと申したであろう」
    「儂は、な」
     むうと正の唇が尖らされた。あまりからかって怒らせても面倒だと苦笑しながら立ち上がると、正ものそりと腰を上げて晴信の側までやってきた。火に向けて暖を取っていた手を、正の手に掴まれる。熱く、汗に湿ったかたい手のひらが甲を覆う。晴信を真っ直ぐに見つめる目には、ゆらりと光り爆ぜる苛烈な炎。
    「正」
    「黙れ」
     要らぬ火を着けたらしいと嘆息しながら呟いた言は、正に容赦なく斬って捨てられた。包まれた手を引かれ、火の側から離れる正に大人しく付いて行く。その間に周囲に見えていた人影を正が手を振って追い払ってしまった。
    「番も払うのか」
    「鼠相手に要らぬ世話だ」
     呆れを隠さない忠告も正に鼻で笑い飛ばされるだけだった。どうやら矛を納めるのが遅すぎたか。ふうとため息を漏らす間に、周囲に布を張り筵を敷いただけの簡素な寝所に連れ込まれてしまった。突き飛ばされるように筵の上に腰を下ろすと、すかさず正が肩を掴んで跨がってくる。離れているとは言え、辺りにはまだ郎党どもの笑い声が響いていた。
    「正」
     本当に良いのか、との疑問を込めた声も押しつけられた正の唇に飲まれただけだった。
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