恋はメレンゲ 本日の冒険者殿は、冒険を一時お休みして、クラフターのお仕事に精を出すことにしたらしい。
アパルトメントのベッドの上で、サンクレッドは目を覚ました。自室ではない。恋人である、冒険者の部屋の中だ。まだ眠っていた自分のためにカーテンを開けなかったのだろう、未だ薄暗い部屋の奥、ベッドの対極に近いところで、冒険者は小さな灯りを頼りに、何かの作業をしていた。
しばたたくたび、心地好い靄が、惜しいながらも晴れていく。男の手にある器具はどうやら、刺繍枠と針のようだ。ちらちらと揺れる灯りだけでは、作業も心許ないだろうに、それでも出来を落とさない自信が、確かにあるのだろう。一心不乱に針を動かす様子は、たいそう目を引いた。
──他の奴らは呼んだのか?
──呼んでない。
──なんでだ、呼んでやれよ。グ・ラハなんか、特に喜ぶだろうに。
──呼ぶつもりはない。暁の皆だけじゃなく、他の誰もな。
アパルトメントを借りたんだ、見に来てくれ、という誘いに乗って、はじめてここを訪れたとき、彼とは、そんな会話を交わした。プロの助言を受けて調えたという部屋の雰囲気は世辞抜きによく、自分以外もとっくに招いていると思っていたサンクレッドは、彼の言葉に驚いたが、同時に、その意図も察した。
──お前だけだ、サンクレッド。
安い言葉で喜ばされたものだと自分でも思う。が、使えるものは何でも使い、使わせられるものも同じく、そういう生き方をしてきた自分に、だけ、という語尾はよく効いた。二人掛けのソファも、シャワーも、いかにもアパルトメントらしい、小さくまとまったキッチンでさえ、そこに立てるのは彼と自分の二人だけなのだという事実は、なんとも面映い熱をして、サンクレッドの胸を満たした。
「ン、」
シーツの海で、伸びをする。両腕両脚を伸ばしても、広いベッドには、まだ余裕がある。これもまた「彼とサンクレッドが」使うため選ばれたものの一つだ。彼が一人で眠る分には、ここまでの広さは必要ない。
声に気付いたらしい男が、刺繍枠から顔を上げる。職人らしく張り詰めた空気が、サンクレッドを認めて、緩んだ。
「おはよう」
「おはよう」
拡大鏡であるモノクルを掛けた目が、穏やかに笑う。カエアンビロードで織られた服は、無論、着心地もいいのだろうが、何といっても、デザインが好い。きりりと締まったネクタイや、捲り上げられた袖から逞しい腕が覗くスタイルは、サンクレッドの好みだった。
(いい男だな)
体温が、ふわりと上がるのがわかる。あまり近くで観察する機会は巡ってこないものの、サンクレッドは、クラフターの仕事をしている彼が好きだ。戦闘のときに見せる熱とは対照的な冷たさをして、的確な作業をおこなう姿には、ある種のストイックさがあった。
微笑んだ男は、もう真顔になり、刺繍枠を見つめている。クラフターであるときの彼は、サンクレッドのことを見ない。可笑しなことに、だから、好きだ。横顔が特にいいと思う。
昨日の今日で少々だるい裸の体をゆっくりと起こし、ベッドのすぐ傍にある窓の、カーテンを完全に開けた。薄暗かった部屋が一気に、暖色の光で満たされる。部屋の隅にいる男がいかにも眩しそうにしばたたき、すぐに手許の灯りを落とした。
「朝からずいぶん熱心だな。一体、何を縫ってるんだ?」
「クウェインチュレル・ラッフルドレス」
「………」
我ながらこの時点で嫌な予感がするのは早すぎると思う。しかし、同時に、確信がある。たとえ早すぎたとしても、遅きには失していないという。
「ああ……確か、男も着られるようになったとかで、騒がれてたな。さぞかしいい値で売れるんだろう」
「売らんが?」
売れよ。売ると言ってくれ。
「なるほど、自分で着る用か。まあ、好きにしたらいい。おすすめはしないが」
「着ないが?」
なんだってこう予想通りに会話が運んでしまうのだろう。
「いや、お前がどうしてもって言うなら、着るのも吝かじゃないが……キツいと思うぞ、色んな意味で」
「なんで俺が着せたがってるみたいな流れになってるんだ」
そんなかわいらしい服に、そんなかわいそうな真似ができるか。いや、そんなことよりも。
(まずい)
裸の背を、汗が伝う。さっきから、針が仕舞われている。刺繍枠も解体されつつある。片付けに入っているのだ。つまり。
「出来た」
出来たか。出来てしまったか。永遠に出来なければよかったのに。
遠い目になって窓の外を眺めるサンクレッドの背後で、シャキーンという音がした。二回。安定のHQだ。なんということをしてくれたのでしょう。
細々とした器具を片付け、布の切れ端や糸屑までも余さず集めて捨てた男が、こちらへ近付いてくる気配がする。靴音と、重厚なカエアンビロードによる衣擦れの低い音と、なんというか、ふわふわきらきらしゃらんら、みたいな、謎の音。最後のが何から聞こえてくるのかは考えたくもない。
「こっち向けって」
拗ねた子供をあやす口調で呼びかけられ、ギギギ、と音がしそうな首で、どうにかこうにか、振り向いた。果たして、サンクレッドの目の前には、見慣れた男の見慣れた笑みと、まったくもって見慣れない、フリルたっぷりのドレスが一着。
「さて、サンクレッド」
「言うな」
「着てくれ」
「せめて一瞬の躊躇を挟め!」
ゼロ距離からの右ストレートを打ち込まれて後ずさる。
「なんで」
「なんで!?」
「お前に着せるために作ったのに」
「そうだろうな! そのスタートからおかしいと思ってほしかったな!」
「おかしいと思う余地がないが」
「あるだろ! 思う余地しかないだろ! 100%思う余地だろ!」
「こんなサンクレッドに着られるためにデザインされたような服──」
「デザイナーに謝れ! 今すぐ!」
なんでこんなのが自身のブランドを持つほどの職人なのだろうか。技術か。技術なら仕方ない。目の前でひらひらと揺れるドレスの出来は輝き出さんばかりだ。素人目にも最高の仕上がりなのだと見てとれる。無駄遣いにもほどがある。
「少なくとも俺のためにデザインされた服じゃないだろ! 冷静になれ! 暁の中にも似合いそうな奴はいくらでもいるだろうが! アリゼー、タタル、クルル、……ヤ・シュトラ」
「最後、詰まったよな」
「オフレコで頼む」
「わかった。安心しろ」
「……そういうことだから!」
「何が『そういうことだから』なのか若干あやしいが」
一瞬グダった隙を突かれて、ベッドに腰掛けられる。さらに後ずさろうとした腰を囚われ、抱き寄せられると、モノクルを外した青い目が、間近からサンクレッドを捉えた。
「他の奴らには作らない」
頬へと、優しく口づけられる。
「お前だけだ、サンクレッド」
「その台詞に嫌なエピソードを付け足すな! 美しいだけの思い出でいさせろ!」
「あと単純にお前のサイズで作ったので他の奴には無理」
「だろうな!」
実際、男の手にあるドレスは、見たこともないフリルの量と丈を悠然と誇っている。タタルやクルルが着たら最後、中に埋もれるのは明白だ。
「そんな嫌がることないだろう」
ぷー、とわざわざ言ってから口を尖らせている。殴りたい。
「こんなにかわいい服なのに」
「こんなにかわいい服だから俺が着るのはまずいんだろうが」
「確かにお前の普段のコーデは辛口だが」
「コーデの問題じゃない」
「自分一人では見つけられなかった新たな自分を開拓するのもファッションの醍醐味であって」
「それは着る本人が開拓を望んでる場合に限る」
「心の中では望んでるだろ」
「望んでない」
「望んでたよ。超える力で見たもん俺」
「俺の目を見てもう一回、同じことを言ってみろ」
「……見たもん」
「声が小さいんだよ!」
「見ーまーしーたー!」
「逆ギレするな!」
互いの唾が顔に飛ぶ。吠え合う間は、万が一にもドレスに飛沫が行かないように、さりげなく遠ざけているところが、無駄に職人らしくていやらしい。
「なんでそんなに着たがらないんだ!」
「なんでそんなに着せたがるんだ!」
シンプルな問いのつもりだったが、意外にも、男は押し黙った。フリルに余計な皺が寄らないよう、大事に大事に扱っていた手が、ほんの僅かに力を込めて、衝動的にドレスを掴む。逸らされた目は、何かを恥じ入るように、睫毛で隠されていた。
「……いい食材が手に入ったら、最高に美味いメシを作って、お前に喰わせてやりたくなるだろ」
やがてぽつりと零された言葉は、確かに少々、気恥ずかしい。
「貴重な素材が手に入ったら、持てる限りの錬金術で、お前の役に立つ薬を作ってやりたいって思うし」
拗ねた子供が言い訳を連ねるように、男は語る。
「職人って、そういうもんじゃないのかよ」
さて、そういうものなのだろうか。およそ何かを「生み出す」ことのできないサンクレッドでは、クラフターを極めた男の心は、真にはわからない。
「あとこれ着て色んな汁でぐっちょんぐっちょんになったお前とヤりたい」
「職人の霊圧が消えた」
「消えとらんわ! 汚したあとは新品以上まで修理するっつの!」
「色んな汁で一度でもぐっちょんぐっちょんになった服はな、どんなに修理したところで新品にはならないんだよ」
心理的瑕疵案件である。
「だったら二着目を作る」
「量産するな! 職人だろうが!」
「真の職人は名作を量産できてこそでしてねえ! 第一世界でお前ら親子と一緒に喰ったコーヒークッキーも、だいたい作・俺でしてねえ!」
「くっ」
謎の理屈でやり込められている。
「別にこれ着て外(敢えて一ヶ所を選ぶならロスティックさんのいるボズヤ)を歩けって言ってる訳じゃないんだからさあ」
「なんか長い含みがなかったか?」
「この部屋ン中で、俺の前でだけ。今日だけでいい。それでも駄目か?」
未だにベッドから出られないサンクレッドの脚に伏し、上目遣いでこちらを見る男は、常ならば、にべもなく払い落とされてお終いのものなのだろう。しかし、運の悪いことに、サンクレッドはこの男と、俗に言う深い仲にあった。欲目は、広がる光景を、恋人のおねだりと捉えてしまう。
「ああ、クソ──」
ふわふわきらきらの布を、男の手から引ったくる。恋人の顔は一瞬にして、尻尾があれば千切れるくらいに振っていたろうそれになった。
「本当に、これっきりでいいんだろうな」
「ああ」
「部屋からは一歩も出ないぞ」
「構わない」
「まったく、正気の沙汰じゃない。待ってろ、今、袖を通すから──」
「そしてこのまま制限解除のタイタン戦に向かいます」
「BIND属性を付けようとするな!」
「付けなきゃリーンに譲るだろうが!」
「譲らんわ! こんな男に媚びた服をリーンに着せてたまるか!」
「お前な、そういうタイプの親父はあと数年でキモい呼ばわり待ったなしだぞ」
「ー゛は゛そ゛こ゛と゛言゛!!!1!」
「中村●一の声帯から出ちゃいけない声がした」
一瞬でも仏心を出した自分が馬鹿だった。変わらずふわふわきらきらの布を、全力で床に叩きつける。ああー!と嘆いた男の声が、どうしようもなく癇に障った。
「ひどい!」
「三文字で端的に俺を責められる立場かお前が!」
「物を粗末にするなんて! もったいないゼノスが出るぞ!」
「子供扱──おい待て絶対に出ちゃ駄目なやつの話が出た今」
「だから着てください」
「なんでそうなる……」
叫び疲れて、顔を覆う。投げ捨てたふわふわきらきらの布は、躓いたレディを支えるが如き優しさで床から救出され、再びサンクレッドのいるベッドの上へと戻っていた。
わかっている。結局のところ、サンクレッドが着るか着ないか、その点に話は終始するのだ。何せ、ドレスは完成している。今更どんなに足掻いたところで、糸と布には戻せない。重箱の隅をつつくなら、分解できないことはないが、それによって得られるものは、かなり目減りした素材である。
「やっぱ、恥ずかしいか?」
「逆に訊くが、恥ずかしくない可能性が少しでもあると思うのか?」
「お前の中身がラハブレアだったらワンチャンあると思う」
「そんなワンチャンはご免被るしラハブレアそういう奴だったのか?」
「まあ、些か凶暴だから……」
「言ってる意味が何一つわからん……」
喧嘩も凪に入ってしまい、サンクレッドは大きく息を吐きながら、男に水を求めた。甲斐甲斐しくキッチンからピッチャーとグラスを取ってくる姿は、昨夜と何も変わらない、サンクレッドの恋人なのに。
「どうしたら、恥ずかしくなくなると思う?」
どうしても、固執するのだ。
「俺も考えてるところだよ。お前は結局、俺が着るまで納得しないんだろう」
「まあな」
「堂々とするな。で、結論だが、そんな魔法は存在しない」
「つまり恥ずかしがりながら着てもらうしかない訳だ」
「しかない訳では全然ないが、お前の中ではそうなんだろう、お前の中ではな」
「例の画像」
「謎のフレーズで茶々を入れるな」
「俺にとってはお前が恥ずかしがる姿も含めてご褒美なんだが、一方的に負担を強いるのもよくないよなあ」
「今更すぎる」
それでも、スタート地点に立っただけ、進歩はあったと言うべきか。少なくともサンクレッドがこの服を着るのは「負担である」と認識できてはいるようだ。止める言葉を「なんで」で流した男にすれば、快挙と言えよう。
受け取ったグラスの水を呷り、いがらっぽい喉を潤す。昨夜は昨夜で酷使したのに、今朝もまた酷使を強いられている。
「だったら、薄める方法はないか」
「着る恥ずかしさを?」
「着る恥ずかしさを」
何故自分らはこんな話を大真面目にしているのだろう。空はこんなに青いのに。風はこんなに暖かいのに。いや窓はまだ閉まっているので、風の温度はわからないのだが。
ふ、と鼻から息を抜き、干したグラスを明け渡す。押し戴くよう受け取った手とは、逆の手にある、白いドレス。やはり出来栄えそのものは、溜め息が出るほど見事なものだ。いくら出しても買いたいという者は、必ずいるだろうに。
「全人類がそいつを着てれば、多少は薄まるかもな」
行き渡ればいい。自分以外の誰かに。そんな考えが、潤いを得て、なめらかになった口を突いた。
「………」
「………」
そして、後悔した。
「なるほど」
「おい」
「全人類」
「待て」
「真の職人は名作を量産できてこそという──」
「さっきはツッコみ損ねたが、全然そんなことはないからな!?」
黒髪の奥、頭の中で、見えないパズルが超高速で組み上がっていく音がする。
「サンクレッド」
「……なんだ」
「ウルダハの今の人口ってどんくらい?」
「三国から着実に始めようとするな!」
「イシュガルド推しか」
「違う! 断じて違う! あと議長殿には絶対に相談するなよ! あの人ああ見えてこういうのめちゃくちゃ面白がりそうだから!」
「わかる」
わかられている。相棒の親友であるだけはある。
「とにかく、現実を見ろ! いかにお前が英雄だろうと、全人類にそのドレスは無理だし、全人類に着せようとした時点でお前は英雄じゃなくなる!」
「最終手段ってことだな」
「何の!?」
「まあ、言いたいことはわかった」
ようやく立ち上がった男が、倉庫に首を突っ込んで、一体のトルソーを引っ張り出す。心なし、何故か、恐ろしいほどに、サンクレッドと似た体型をしているヒューランのトルソーには、ついに話題の主役を降りた模様のドレスが着せられた。
美しい弧の襟ぐりを彩る、黒いビロードの華奢なリボン。なめらかな純白の布地は、ウエストよりやや高いところで、口金で搾られたクリームみたいに、きゅっと引き締められている。そして、そこからは幾重にも、一切の偏りを拒むよう織り上げられたフリルの波が、ゆったりと広がっていた。
完璧だ。そうとしか言いようがない。はじめからトルソーに着せるために作られたかのようだった。そのままBINDになってほしい。抱えて制限解除のイフリート戦に行ったら、ならないだろうか。
ようやくのことで、今朝はじめて、サンクレッドもベッドから下りる。一応、いつトルソーからドレスを引っぺがした男に襲われても抵抗できるよう、幾分の警戒はしていた。しかし、杞憂であったようで、男はもうこちらを見ず、トルソーからも興味を失くして、さっさと椅子に掛けていた。
再びモノクルを装着した目。今はまだそれだけの、白い布。使い込まれた刺繍枠と、山に刺さった、多種多様の針。
「確かに、全人類には無理だ」
第七霊災後最大級の嫌な予感が、背を走った。
プレゼントがある。
この一言は、いつだって、レディを喜ばせる。まあ、肝心のプレゼント自体は、往々にしてお披露目の瞬間に値を見定められ、ありがとう、大切にするね、の五分後にはマーケットボードの最安値を更新していたり、マーケットボード行きにすらならないことを罵られながら二束三文で店に叩きつけられていたりするのだが、それはそれ、これはこれ。石の家のホールで上記の台詞を発した英雄の周りには、あっという間に視線を貰った暁の女性たちが集まった。
「どうしたの、急に」
「嬉しい! 何かしら」
「楽しみ半分、怖さ半分ってところね」
「ひどくね?」
ヤ・シュトラと軽口を叩き合いながら、抱えた包みを整理する男を、サンクレッドは限りなく入り口に近いところから見ている。ほとんど扉を背にしているため、ホーリー・ボルダーがひどく苦労しながら出入りしていたが、このポジションは譲れなかった。まことに申し訳なく思う。
「わ、私にもでっすか!?」
「もちろんだ」
ホールの中心に集まった女性陣をちらちらと、カウンターの中から窺っていたタタルが、いちばんに選ばれた。厚みのある上品な包装紙に、幅の広い濃紺のリボン。金の縁取りがされたメッセージカードには、タタルの名前がある。開けてみ、と悪戯っぽく笑われて、タタルは包み紙を破った。
中から出てきたのは、言わずもがな。
「クウェインチュレル・ラッフルドレスでっす!」
「流石タタルさん、お目が高い」
気取った一礼をした男に、女性陣の歓声が上がった。クルルやアリゼーがタタルに続き、それぞれの名がある包みを受け取る。
「かわいい!」
「か、かわいいのは事実だし、それは否定しないけど、……こういうのが好みなの……ふぅん……」
「あら、私にまで?」
「全員分ある。受け取ってくれ」
「では、いただくわね」
そうして、ヤ・シュトラが受け取った頃には、クルルも自分の包みを開けて、タタルと二人、体に合わせて、一緒にくるくると回っていた。ララフェルの体型に合わせて織られた、特にまろみのあるドレスが、二人分ひらひらと舞う様子は、言葉を失くすほどかわいらしい。いつしか、ギャラリーもどんどん増えて、やんやと拍手さえ起きていた。
「姦しいことだ」
「言い方ァ」
一方で、言葉を失くさない者も、当然のように存在する。辛辣に水を差すエスティニアンを、グ・ラハが指を立てて、咎めた。
「華やかでよろしいかと存じます」
「うん、灯りが点ったようだ。もともと賑やかな場所ではあるが、いっそう明るくなって見えるよ」
「そうだな、それに半分の華やかさで満足してはいけない」
フォローを入れるヒーラー二人に、ヒーラーも極めている男が、いかにも「最初から俺の居場所はここですが?」みたいな顔で交じった。その腕には、まだ包みがある。女性に配り終えてなお。
「え?」
「全員分あるっつったろ」
察しのよいヤ・シュトラが、逸早く明後日の方を向いた。
「まずこれは相棒の分」
「まずで俺を選ぶか、相棒」
「これはアルフィノのな」
「え、あの、わた、え、」
「これは大先生仕様」
「はあ……」
「これはラハのだ。大事に着てくれな」
「あ、あんたがくれるものなら、オレは何だって喜びたい、喜びたいが……!」
「落ち着け、小僧。そこまで重々しく受け取るようなものじゃないぞ、こいつは。とばっちりの臭いがぷんぷんする、──あのへんから」
勘がよすぎる。
貫く強さでこちらを睨む双眸から目を逸らしつつ、サンクレッドは後ろ手に、そっと扉を押してみた。鍵は開いている。まずはよし。まずでしかないが。何もよくはないが。
「……俺の役回りだろうから、訊くが」
星の中心まで届くのではというほど深い溜め息を吐き、エスティニアンが、皺を刻んだ己の眉間を揉みほぐす。
「こいつはどういうことだ? 相棒」
「ああ、これはな」
男が振り向く。それに合わせて、いくつもの、本当にたくさんの目が、男の見る先を追いかける。即ち、サンクレッドのいる、入り口の方へと、集まってくる。
おもむろに、踵を引いた。
「みんなに着せたいっていう、」
爪先を、反転させる。
「サンクレッドの要望だ」
そんなオチになる気はしていた。
Q. その後、各自どうした?
A. 以下の通り。
【タタル】
すぐ着た
【クルル】
すぐ着た
【アリゼー】
自室に持ち帰り鍵を閉めてからこっそり着た
【ヤ・シュトラ】
燃やした
【アルフィノ】
着ないで持ち帰ったところをアメリアンスに見つかり、芋蔓式にアリゼーも同じ服を贈られていることがバレ、久々のお揃いをアメリアンスの前で披露することになったため、アリゼーに激しく罵られた
【ラハ】
英雄から贈られた喜びと恥ずかしさと愛しさと切なさと心強さとの間で今も苦しんでいる
【ウリエンジェ】
着ていないが友人からの贈りものとして大切に保管している
【エスティニアン】
アイメリクに送り付けたが本人には華麗に躱され、紆余曲折を経て何故かデュランダル伯爵のもとへ渡り、英雄殿からの贈りものとしてありがたく着用されたため、何も知らずにお客様取引に向かったヒカセンの腹筋が死んだ
【サンクレッド】
制限解除の蛮神戦に着て行くことはなかったが、ヒカセンとのタイマン(意味深)により無事にBIND属性が付いた
どっとはらい。