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    kai3years

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    kai3years

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    #光サン
    luminousAcid
    #ひろサン
    spread

    The Odd Couple サンクレッドの知る限り、その日は何の祝祭でもなかった。サンクレッドをはじめとする、誰かの生誕日でもなかった。夕陽も夜景も美しくはなく、そもそも夕陽は疾うに沈んでおり、夜景は窓と壁の向こうで、あまつさえやや曇っていた。灯りと酒と食事はあったが、いずれも豪勢ではなかったし、場所はバルデシオン分館で、暁の皆で囲んでいた。しばらく前に世界が終焉から救われたというだけの、ただひたすらに、何処までも何もかも、普通の、ありふれた夜だった。

    「サンクレッド」
    「ん?」
    「手、出せ」

     だから、テーブルの向かいで自分と同じ酒の杯を持つ、この男の呼びかけに、躊躇う理由は特になかった。

    「? ほら」

     左の手を差し出す。右は杯で塞がっていたからだ。それ以外に理由はない。
     しかし、男はにんまりと、ひどく満足そうに笑った。まるで最初からサンクレッドが左手を出すことを見越していたよう、あるいは右手を出せないときを狙い澄ましていたようだった。

    「ありがとな」

     掌を上向けた手を、相を占う術師のように、彼は左手で受け止めた。そして、何処かに遣っていた右手を被せるようにして、今は手袋をしていないサンクレッドの手を挟むと、恭しく引っくり返す。直後、かちりと硬いものが、爪に当たる音がした。
     洗練された動きだった。やや大きめに造られているのか。サンクレッドの節くれ立った薬指でも止まることなく、それはするすると根元まで進んで、ぴたりと収まった。

    「よし」

     二秒で事は終わった。満足げに笑った男は、どう見ても機能的でない大きさの石を軽く撫で、サンクレッドに微笑んで、そして、あっさりと席を立った。
     扉を開けて、出て行き、閉める、その流れに誰しもが違和感を覚えなかった。用を足す、もしくは酒の補充、あるいは夜風に当たる、など。そういった「何事もない」動きだと、部屋にいる全員が思っていた。当のサンクレッドでさえ、止めるタイミングを失ったのだ。
     そして、残されたのは、小さな石。左手の薬指の上、灯りを受けてちらちらと瞬く色のない星に、サンクレッドは呆然と、視線を吸い寄せられていた。

    「……なんだ、これ」

     思ったままを零した言葉に、ラハとアルフィノがこちらを向く。四つの目がサンクレッドの顔を見、サンクレッドが見ている手を見、彼が出て行った扉を見、またサンクレッドの手を見て──

    「えええエターナルリングじゃないか!?」
    「おおお落ち着いてくれ、グ・ラハ!」

     大変なことになった。

    「お前が落ち着け」

     身を乗り出してきたアルフィノの首根っこをつまみ、エスティニアンが入れ替わるように、こちらを覗き込む。その端整な口許には、やがて艶やかな笑みが上った。

    「ほう」

     コメントの意図が読めない。

    「ほう、って、お前」
    「ご婚約でっすて!?」

     相棒ともども底の知れない男を詰問しかけたところに、話は聞かせてもらった!とばかり、扉をぶち開けて乗り込んできたのは、タタルである。その後ろからは少し遅れて、オジカがひょこりと顔を出した。

    「は?」

     婚約。誰が。誰と。

    「隠しても無駄でっす! 冒険者さんご自身から聞きまっしたので! たった今、サンクレッドさんに、指輪をお贈りしてきたと!」
    「あの野郎……」
    「おめでとぉ〜」

     果たして何処から持ってきたのか、あの男に渡されたのか。のんびりとした祝辞とともに、オジカがスパークラーを鳴らす。その破裂音がとどめとなって、離れたところにいた女性陣にまで、ついに情報が伝わった。

    「え、婚約!?」
    「あの人が!?」

     もはや騒ぎはバルデシオン分館の外にまで広がりつつある。せめて顔見知りは近くを通ってくれるなと密かに祈るうち、小さなテーブルはあっという間に、ギャラリーで満員となった。特に遠慮というものを忘れがちになる若者たちは、鼻息が触れるほどにまで、左手に顔を近付けてくる。

    「まあ……!」
    「嘘、ほんとに……!?」
    「ええ、本当です」

     花開くように喜ぶクルル、目を丸くするアリゼー、何故お前が答えるウリエンジェ。

    「いや、待て、これは」
    「照れることないでしょう?」
    「照れてない」

     ヤ・シュトラへの反駁は事実だ。照れを挟み込む余地がない。何せ当のサンクレッドがいちばん事態を呑み込めずにいる。手を出せと言われたから出しただけで、それが指輪を嵌められて、その指輪がエターナルリングで。酒精で鈍った頭には、あまりにも情報量が多い。いっそ照れているだけというシンプルさならよかったのだが。

    「はあ、綺麗……」
    「素敵でっすね」
    「お母様が仕舞われていたものを、ねだって着けていただいたことはあるけど」
    「彼のエーテルがとどまっているわ」
    「やめろ」
    「今度こそ照れたわね」

     男どもの反応も充分に過敏だったと言えるが、女性陣にはそれ以上にセンセーショナルなものらしい。ありとあらゆる角度から観察されて、居た堪れない。人生でこんなにも左手だけを見られることがあるだろうか。吹き出した冷や汗は止まらず、かといって、こんなもの抜いてしまおうと右手を動かしたが最後、

    「外すのか!?」
    「外してしまうのかい……?」
    「まさか外す気じゃないでしょうね」

     若者たちから一斉に声を飛ばされ、阻まれる。
     どん詰まりである。責任と指輪の真意を問おうにも、寄越した本人は騒ぎの前に分館から消えている。先ほど意味深な反応をくれた蒼の竜騎士は、とっくに興味を失った様子で、自分の席に戻っていた。奴も奴なら相棒も相棒だ。とにかく説明が足りない。
     喜色に満ちたざわめきは、一向に止む気配がない。ついには何処からか「式」という不穏な言葉まで聞こえてきて、サンクレッドは大いに焦った。この分では「ドレス」が聞こえてくるのも時間の問題である。

    「……ッ、もういいだろう!」

     半ばヤケクソになって指輪を抜き取ると、激しいブーイングが湧いた。何故自分が責められているのか。苛立ちを込めて右手の中の指輪を強く握り締めても、石が掌に刺さるだけで、こちらがダメージを受ける始末だ。

    「そんなぁ」
    「ケチね」
    「意地悪でっす!」
    「あら、二人のものだもの、私たちに見せたくないだけかもしれなくてよ」
    「違うとわかってることを言うな」

     完全におもちゃにされている。
     ようやく空いた左手でぬるい杯を呷っても、
    これ以上は酔えなかった。むしろさっきから覚めたくもないのに覚める一方だ。きらきらした眼差しは今度は右手に突き刺さり、いつ拳をほどくのだろうという期待を隠さない。
     居心地が悪い。片手しか使えないミッションはこれまでに何度でもあったが、こんなふうに不自由を強いられることは、はじめてだ。右手の中、冷や汗にまみれて、それでもきっと冷や汗すらも輝きの一つにしているのだろう、見えない指輪を睨みつける。

    「だいたい、」

     こんなもの。

    「なんだって、俺に」

     空気が凍った。
     ついさっきまで楽しげな声をあげていた若者たちは、見たこともない表情をして、サンクレッドを凝視している。クルル、ウリエンジェ、ヤ・シュトラさえも、きつく眉を潜めていた。エスティニアンだけが変わりなく、ごくごくと喉を鳴らしている。
     そして。

    「……は?」

     異様に低い、アリゼーの声。巨大な氷に亀裂が入る、びしりという不吉な音を、確かに聞いた気がした。



     営業時間外のラストスタンドは、コーヒーの匂いがすっかり消え、昼間に比べると驚くほどの潮の香りに満ちている。メインの照明は落ちているが、万一の転落防止のためか、ぐるりの欄干に沿った小さな灯りだけは残されており、その一つの下に、彼はいた。
     手には小洒落たグラスがある。振り向いて見れば、カウンターには、少額のギルが置かれていた。なるほど、こういうやりとりを、既に何度もしているのだろう。オールド・シャーレアンに来たのはつい最近のことなのに、いつの間にか自分以上に、馴染みの顔を持っている。

    「お疲れさん」

     いけしゃあしゃあと笑う姿はムカつくが、誰のせいだと食ってかかるほどの気力も、今はない。重い足で歩み寄り、大きな溜め息を吐きながら、欄干の隣に寄り掛かる。何か飲むかという質問にも、首を横に振るだけで応えた。

    「長かったな」
    「一生分の説教を食らった……」

     特にアリゼーの怒りようといったら尋常ではなかった。第一声である「最ッッッ低!」から罵る言葉は途切れることなく、この指輪にどれほどの覚悟が込められているのか、それを無下にするなんてどういう神経をしているのか、そもそも普段の態度からして自覚が足りない、甘えるのも大概にしろ、喧嘩を売っているのか、と。後半はもはやいちゃもんではないだろうかと思ったが、口に出したら最後だと察していたので黙っていた。

    「よしよし」

     労いのつもりだろうか、雑に頭を撫でられる。ちらりと睨みつけてやると、幸せそうな目が細まった。酔っているのか。グラスからは、酒の匂いはしてこないが。

    「やめろ」

     剣呑に払いのけても、悪びれた様子は見られない。代わりに、右手を払った瞬間、その向こうにあるもう一つの手に、今はポケットに仕舞い込んでいるものと同じ輝きが見えて、こちらの息が詰まった。
     欄干の上、組んだ両腕の中に、口許をうずめる。
     お疲れさん。長かったな。そう言って、笑っていた男。
     読めていたはずだ。ああなることも、こうなることも。すべて予測した上で、それでも行動に移した。

    「なあ」
    「ん?」
    「なんで、俺なんだ」

     先ほど総スカンを食らった問いと同じものを、投げかける。

    「お前、俺の恋人だろが」
    「それとこれとは」
    「別じゃない」

     からかうように耳をくすぐり、髪を梳る、傷ついた指。確かに、この指にサンクレッドは、多くのことを許してきた。体も、心も、深いところまで暴かせ、委ねた自覚はある。
     恋人。一言に収めるならば、確かに、それ以外にはない。しかし。

    「別じゃないだろ?」

     重ねて尋ねる言葉には、如何とも答えがたかった。

    「俺を愛してないのか」
    「まさか」

     そこは明確に否を唱える。
     愛していると告げられたから愛するようになったのか、愛していると告げられる前からとっくに愛していたのか。始まりはひどく曖昧だったが、今の心は、確かなものだ。この男を愛している。自分を愛してくれるのと同じくらい、あるいは、それ以上に。
     心を注ぎ、注がれるのは、本当に幸せなことだと思う。真実かどうかを疑う気もない。自分などより他の誰かに、と考える時期もとっくに過ぎた。

    「だが──」

     それでも、違和感は拭えない。
     恋人として、言葉も、吐息も、体も重ねた。命まで。これから生きてゆく道も、重なり続けることだろう。ならば、関係の行き着く先に、この指輪を贈られるのは、自然なことなのかもしれないが。
     エターナルリング。
     永遠の。

    「……俺には、荷が勝ちすぎる」

     このためだけに削り出されて、磨き上げられた無垢な光は、やはり、あまりにも眩しく感じる。

    「ふうん」

     低い呟きとほぼ同時、ぐい、と音が出そうな勢いをして、抱き寄せられた。一瞬にして触れ合いそうな近さまで来た唇は、しかし、先へと進むことはなく、やけに硬質な笑みを零す。

    「どうした、サンクレッド・ウォータース。ずいぶん腰が引けてるじゃないか」

     からかう声とは裏腹に、腰へと廻された腕は強い。ほどこうと一瞬、抗ったが、すぐに無駄だと諦めた。
     眼前の顔は笑っているが、その目はひどく冷めている。怒らせたか。怒って当然だ。恋人なのだと、愛していると、そこまでは容易く認めるくせに、証を贈られるとなると、急に尻込みする男。不義理だと言われても仕方がない。
     しかし、彼は、それ以上の言葉を発そうとはしなかった。サンクレッドを抱きしめたまま、静かな呼吸を繰り返している。振動で伝わってくる鼓動も落ち着いていて、先ほどの読みは誤りなのだと、その全身が教えていた。
     ならば、サンクレッドがすべきは、考え、伝えることだろう。この星でいちばん安全な場所から逃れることではなく。

    「……俺は、皆を守ると誓った」

     自分自身が嫌になるほど、弱々しい声が出た。

    「今更、お前一人だけを、特別扱いにはできない」
    「だから、受け取れないと?」
    「そう── いや、違うな。そうじゃない」

     口に出すことで、心の澱は、少しずつ形をとっていく。その欠片を拾い集めて、パズルのように、組み合わせた。

    「俺は、弱い。どんなに皆を守ると強く誓っていても、一瞬でも気を抜けば、お前を特別扱いしてしまうんだ」

     もちろん厳しく己を律す。特別に想っているとしても、それを表に出すかどうかは、結局、行動の如何になる。心でどれほど彼だけを別枠に置いていたとしても、体さえ引っ張られなければ、問題はないとわかっている。
     わかっているが、その「体さえ引っ張られなければ」を貫けると、どうして言い切れるだろうか。これまでにだって、何度となく、振り回されてしまった自分が。
     ずっと、いつでも、何よりも、自分自身の裏切りが怖い。
     己の力量を過小評価しているとは思わない。暁の守護者としての自負もある。本当の、本当にギリギリまでは、最良の選択をし続けられると、そうできるだけの研鑽を重ねてきたと、確かに言える。
     ただ、最後の一手を打ち間違えないと、言い切ることができない。
     そして、それを打ち間違えれば、すべてが反転することを、サンクレッドは知っている。

    「だから、こんなものを贈られると、困る……」

     あの輝きを目にすれば、己に言い訳ができてしまう。指輪を受け取ったのだから。永遠の愛を誓ったのだから。他の誰より優先しても、仕方がないではないか、と。その囁きを、最後の一瞬、自分は確かに撥ねられるのか。
     それが、不安で、恐ろしい。

    「わかってる」

     囁く声は、凪いでいた。

    「それでも、受け取ってくれ」

     いつの間にかポケットの指輪を探し当てていた手は、まるで「ここでいい」と言うように、柔らかく二度、服を叩いた。

    「もし、お前が下手を打って、俺を特別扱いしたときは、俺がお前をフォローする」
    「駄目だ。お前にデメリットしかない」
    「いいんだよ」
    「いい訳あるか」

     ようやく隣に立てるようになったというのに、足を引っ張るなど、屈辱でしかない。侮られるのは苦痛ではないが、目の前の、この男にだけは、それを許したくはなかった。

    「メリットがないことはわかってる。お前の負担になることも。全部、俺の自己満足だ。それでも、受け取ってもらいたい」
    「なんで、そこまで──」

     ただ、恋人であるだけで、お互い、充分だったはずだ。少なくともサンクレッドが不満を感じたことはないし、相手に不満があったなら、もっと早くに察している。見得は切れても、嘘が得意な男では、決してないのだから。
     不審がり、眉根を寄せる自分に、彼は困ったように笑った。やがて、その顔がゆるゆると下がり、サンクレッドの肩に埋まる。

    「俺にできる『特別扱い』は、もう、これくらいしかないんだ」

     悲しげというよりは、疲れた声。腰に廻されている腕は、いつしか、添えられるだけになっていた。

     恐らく、サンクレッドだけでなく、暁の皆も気付いている。たとえ、認めたくなくとも、気付かない訳にはいかなかった。ミンフィリアと同じ、超える力を持った、新人の冒険者。ゆくゆくの戦力になるだろうと、暁に引き入れたあのときからは、ほとんど別物と言えるまで、彼が変質していることに。
     国も、時も、世界さえ超えて、戦いの中にい続けた。うねりに揉まれて研ぎ澄まされた、彼は既に、一つの「威」だ。
     もちろんその中心、核には、一人の男、冒険者がいる。しかし、その核を抉り出すには、彼は、あまりにも救いすぎたし、あまりにも救い損ねすぎた。
     光の戦士。闇の戦士。解放者。救世の英雄。
     それらの肩書きを、それらに寄せられる声を一身に浴びながら、彼は今もなお「一介の冒険者」で在ろうとしているが、そう在ろうとすること自体が、既に「一介の冒険者」にはできないわざとなっている。もはや「一介の冒険者」は「この星の救い」と癒着して、切り離せないものになっているのだ。他の誰にも、彼自身にも。

    「お前を特別に想ってる。だが、俺には、それをあらわすことができない。あらわしたくても、あらわせないんだ」
    「そんなもの、要らないさ。わかってる」
    「お前がわかってるわかってないは問題じゃないんだよ、サンクレッド。俺なんだ。俺が苦しい」

     対極。
     特別扱いしてしまうことを恐れる自分とは裏腹に、特別扱いできないことに、この男は苦しんでいる。

    「いくら口説いても、いくら抱いても、伝えられてる気がしない」
    「伝わってる」
    「そうなんだろうな。そうなんだろうが……」
    「不安か。お前も」

     不満はない。が、不安がある。
     わかってしまえば、シンプルな話だ。

    「……なんだよ」
    「いや、なんとなく」

     気付けば肩に預かった頭の後ろを撫でていた。指先に力を込めて、わしゃわしゃと髪を乱してやると、対抗するかのように廻された腕が強さを取り戻す。

    「痛いぞ」
    「子供扱いか? お?」

     暗い話は終わりらしい。少々ぎこちなくはあるが、調子を取り戻しつつある男が、いよいよ腕に力を込めて、サンクレッドを持ち上げた。浮いた爪先をばたつかせると、背を反らし、さらに高くされる。

    「やーめーろ」

     ぺちぺちと額をはたくついでに、少し翳のある目許を覆う。前が見えねえ、と小さく呟いたのがやたらに可笑しくて、額に額を触れ合わせると、勢いがつきすぎてぶつかった。

    「下ろせよ」
    「やだ」
    「無理するな。腕が震えてきてるだろ」
    「地震じゃないか」
    「壮大な責任転嫁はやめるんだな」

     ようやく踏めた星の大地は、やはり揺れてなどいなかった。温かな地のエーテルが、正常に巡っているのだろう。それを守り、取り戻したのも、目の前にいる男である。

     お互いに譲れないものも、譲りたくとも譲ることができなくなったものもある。あるいは、出会った頃ならば違ったのかもしれないが、多くのものを失うことで埋め合うようになった自分らでは、どう足掻いても「丸く収まる」ことは、きっと、できないのだろう。
     この関係を保つことは、喜びや充足と同じくらい、不安や焦燥を伴う。いずれも解消しようとして解消できるものではなく、見ないふりが下手な同士だから、共に目を逸らすこともできない。しかし、それでもこの男は、関係の名に「永遠」の冠を被せることを選んだ。
     愛しいと思う。その愚直さや、強さ、思い切りのよさ。サンクレッドにはない何もかも、サンクレッドにもあるすべて。

    「貰おう」

     ひどくさっぱりとした気分で、そう告げることができた。

    「ただし指には着けんぞ。邪魔になる」
    「それは全然。俺も外すし」
    「外すのかよ」
    「アクセサリーを甘く見る奴はアクセサリーに泣く」

     見せつけられた左手には、作ったものやら拾ったものやら、性能の高さを謳われる指輪がいくつも嵌まっている。明日以降、エターナルリングを捩じ込める場所は、確かになさそうだった。チェーンを通して首にかけようにも、そこにもやはり似たようなネックレスが下がっている。
     式も、ドレスも、参列者も、誓いの口づけもない。ポケットに仕舞い込まれた指輪は、底に落ち着いてしまっている。戻って浴びせられる言葉は、祝福よりもからかいだろう。先ほど二人して打ち明け合った不安はまったく消えてはおらず、これからの解決策もない。
     すべてが不恰好だけれど、それが相応しいのだと思う。基本の二人が不恰好なのだから、装いだけを丁寧に飾り立てても仕方がない。繊細で華奢な輝きは、ポケットの底に隠し持ったり、時折、部屋で眺めて頭を抱えるくらいが落としどころだ。

    「改めて、これからもよろしくな」
    「ああ。こちらこそ、よろしく頼む」

     唇の代わりに、拳を合わせた。永遠の愛は誓えなくとも、終わったときに永遠の一部になっていたなら、それでいい。
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