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    kai3years

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    kai3years

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    #光サン
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    #光のお隣さん

    光のお隣さん/最終話「最近、リーンの外泊が多い」
    「無断か?」
    「いや」
    「なら、いいじゃないか」

     そう簡単に割り切れるような話ではないのだと、いつもより多めに七味を振っている手が訴えている。別にどれだけ薬味を盛ろうが客の自由ではあるのだが、どて煮は出している料理の中でも、濃い味付けをしてある方だ。赤黒い山を築かれてしまうと、若干の切なさを覚えなくもない。

     平日の月曜である。この日ばかりは、どの季節であっても、客足は控えめになる。火・水を定休日としているため、店自体は開けているが、実のところ、調理・接客よりも、メールを確認している時間の方が長いこともあるくらいだ。ラハのシフトも、休日でない月曜日には、入っていない。
     それを伝えてからというもの、サンクレッドが独りで来るのは、概ね、月曜の夜となった。時刻は零時の少し前。多くのサラリーマンたちは、明日に備えて帰宅している。客はサンクレッド一人しかおらず、こんな話もタメ口のまま堂々と交わせるという訳だ。

     春を迎えて、リーンも今や、高校二年生となった。あれからもサンクレッドとは何度か小さな衝突をしているようだが、そのいずれもが小さなうちに、正しく芽を潰されている。父親であるサンクレッドや、根本的にがさつな自分ではフォローできない部分については、ガイア、ヤ・シュトラ、ときにはウリエンジェまでもが、手助けをしてくれるらしい。後援者にも恵まれて、すくすく育っている、というやつだ。
     ただ一度だけ「泊めてください」と家に来られたときは参った。死を覚悟した。サンクレッドも殺人を覚悟したという。玄関でバスケットボールのゴール前みたいな攻防をしているうちに、見たこともない形相をした保護者が迎えに駆けつけたので、丁重にお引き取りを願い、悲しい事件は回避された。のちにリーンはサンクレッドから「何処かへ家出するにしてもあいつの部屋だけはやめてくれ」と懇願されたと語った上で、距離安全性その他もろもろを考えれば貴方のおうちほど相応しい家出先はないのに、と唇を尖らせていた。鈴木雅之になった。
     まあ、そんなこともありはしたが、現在まで親子の仲は、比較的良好に保たれている。外泊についても、きちんと親に断っているなら、上等だ。行き先だってあらかじめ告げているに違いない。

    「何がそんなに心配なんだ」
    「心配というかなんというか……」

     いつになく歯切れがよろしくない。カウンター越しに手を伸ばし、七味の容器を取り上げると、サンクレッドはそこではじめて、どて煮の上に築かれた山に気付いたようだった。誰がこんなひどいことを、みたいな顔をしている。お前だ。

    「外泊する頻度がな。ほとんど週一ペースなんだ。しかも、やたらと月曜が多い。普通は週末にするもんだろう?」
    「そうだな」

     前日から宿泊地に行き、休みの間、入り浸る。いわゆる「お泊まり」というやつは、そうやって楽しむものだろう。リーンの生活パターンで言えば、金曜、もしくは土曜に行って、日曜の夕方に帰宅する。それが王道のルートではある。
     つまり、彼女は意図的に、月曜の夜、家を空けているのだ。それは、サンクレッドが今、ここにいることにも繋がっている。この過保護気味の父親が、娘を独り家に残して呑みに来るなど、ありえないのだから。

    「だから、その、」

     いつまでも執拗く言い淀む男を見る。

    「あいつ、俺とお前とのことに、気付いてるんじゃないかと思って……」
    「いや、気付いてるだろ、当然」

     むしろなんで今の今まで気付かれていないと思っていたのか。夜にしか顔を合わせないラハにすらバレていたのである。サンクレッドの娘であるリーンが察していない訳がない。
     しかし、サンクレッドはどうにも、認めたくないらしかった。この男、家出事件のときに、リーンをいつまでも子供と思っていたことを後悔していたくせに、またしても無垢で幼い娘の幻影にしがみついている。そろそろ諦めてもらいたい。子供の成長は速いのだ。

    「まだ十六だぞ」
    「お前、自分が十六のとき、何してた」
    「………」
    「つまり、そういうことだよ」

     正確性はともかくとして、知識も興味も行動力も、有り余っているお年頃。恋人というものが手を繋ぐところから始まるとは思っていても、キスで終わるとは思っていまい。もし思っている十六歳がいるなら、それは天然記念物か、義務教育の敗北による産物である。リーンはどちらでもない。

    「じゃあ、なにか」

     うんざりとした顔をしながら、サンクレッドは箸先で、七味の山を崩していく。

    「ガイアの家に泊まるとき、リーンが俺に『ごゆっくり』って言うのは、そういう──」
    「どストレートに言われてるじゃねえか。それ以外の意図があってたまるか。現実を見ろ」

     行儀悪く鉢に箸を突っ込み、やっぱりか、やっぱりなのか、と繰り返しながら白い頭を抱える姿は、正しく残念なイケメンである。彼を完璧な隣人だと思っていた日もあったのに、今となっては、蜃気楼でも見ていたような気さえする。

    「なんだ、お前にとっての俺は、そんなに隠したい存在か?」
    「そういう訳じゃないが……生々しいだろ、父親が同じ男、しかも、自分も知ってるお隣さんと、付き合ってるとか付き合ってないとか……」
    「リーンが嫌だって言ってるのかよ」
    「言ってない。言ってないが……」

     つまり、いつもの先回り、渡る前から石橋をガンゴン叩いている訳だ。毎回そうしてリーンから「うるさいです」と怒られているのに、それでも叩くのをやめられない。本当に懲りない男である。
     いつまで経っても気遣いに終わりのラインを引くことができない。先見性に長けているがゆえ、先ばかりを見てしまう。その結果、今をおろそかにして、衝突の火種を置いていく。
     仕方のない奴だと思う。とはいえ、そういうところも含めて、愛していくと決めたのだ。カバーは己の役目である。誰に任せるつもりもない。

    「もう籍入れるか」
    「は?????」

     ものすごい数の疑問符が付いた声がした。

    「付き合ってるのが生々しいなら、付き合い済ませちまえばいいだろ」
    「いや、待っ、は? なに?」
    「結婚するかって言ってんだよ」
    「わかってる! 改めて言い直すな!」
    「なに照れてんだ、はじめてか?」
    「はじめてだが!?」
    「俺もはじめて」
    「何なんだお前は!」
    「こんばんは」

     からりとひらいた引き戸から、穏やかな挨拶が聞こえた。サンクレッドが面白いくらいの勢いで振り返る。

    「あ、いらっしゃい、ウリエンジェさん」
    「お寛ぎのところ、申し訳ありません」
    「構わないでくださいよ。いつものでいいですか?」
    「ええ、お願いします」

     もごもごと「どうも」みたいな挨拶を寄越すサンクレッドに微笑みかけると、彼から一つ離れた席に、ウリエンジェは腰掛けた。おしぼりとお冷やを差し出して、ジンバックを作りにかかる。レモンジュースはやや多めに、ステアは底までしっかりと。

    「俺ら結婚しようかと思ってるんですが、運勢どうですかね」
    「おい!?」

     先んじて敷いたコースターにグラスを置きながら尋ねると、ようやく七味を散らした箸が、取り落とされる音がした。すっかり冷めた料理の前で慌てる男とは対照的に、最初の一口をゆっくりと味わって、ウリエンジェは厳かに告げる。

    「善き日和が訪れるでしょう」
    「待て、占いすらしなかったぞ、この人!」
    「心外ですね。きちんと占った上で申しておりますよ」

     彼にはあまり似つかわしくない、拗ねた子供のような顔。まるで誰かに教わった、あるいは学んだかのような。

    「また診てくれたんですか?」
    「ええ。とはいえ、此度はお節介でなく、正式な依頼がございまして」
    「ははあ」
    「現在はより正確に、時期を占うよう言いつかっております」

     だいたいわかった。サンクレッドも、だいたいわかった顔をしている。だいたいわかってしまったからこそ、逃げ出したいという顔をしている。

    「ご決断は早ければ早いほどよろしいですよ、お父君。お嬢さんのお小遣いが、私のようなものに渡され続けるのは、ご本意ではないでしょう?」

     案じることは、親から子への、一方通行に限らない。子もまた親を案じているのだ。賢い子ならば、なおのこと。
     もっと話が必要だ。サンクレッドとリーンの間でも、自分とサンクレッドの間でも、そして、意図的に避けてきた、自分とリーンの間でも。うら若い乙女に「よくは知らないが父親と付き合っているらしい隣の男」風情が気安く声をかけるべきではないと、これまで自制──を言い訳にはぐらかしてはきたけれど、向こうの腹も決まっているなら、遠慮は野暮というものだ。今度、こっそり声をかけて、夕飯に来るよう誘ってみようか。サンクレッドではなく、ガイアと一緒に。なんなら、独りで来たっていい。

    「さて、次にいらしたときには、どのようにお答えしましょうか」

     細い手に揺らされるグラスの中で、軽やかな氷の音がする。彼もまた、案じてくれている。若干からかい成分が多すぎるような気もするが。

    「近日中に、って言っといてください」
    「承りました。そのように」
    「それもう占いでもなんでもないだろ……」

     迅速に外堀を埋められていく男のか弱い声がする。実を言えば、近日中になるかどうかは、怪しいところだ。とにかく慎重なこの男が、プロポーズされたときにだけ、即断即決になるはずもない。きっと、むにゃむにゃとした言い訳を繰り返すだろう、今のように。
     それでも、近日と伝えることで、リーンはしばらく満足するはずだ。とかく物入りな高校生の、貴重な貴重なお小遣い。ウリエンジェの言うように、父親の婚期を診るために占い師へと渡されるのは、あまり褒められたことではない。使い途はいくらでも、ほかにたくさんあるはずだ。余所のお子さんの懐事情に口を出す理由なら、たった今、得た。

    「サンクレッド」

     名を呼ぶと、恨みがましい目を向けてくる。ウリエンジェさえいなければ、言いたいこともあるのだろう。とはいえ客として先に来たのはサンクレッドの方であるから、順序で言えば、彼の方が、先に帰ることになる。自分に文句をぶつけたければ、がんばって居残ってもらうしかない。

    「お代わりは?」
    「くれ」

     どうやら向こうも居座るつもりのようだった。空になったグラスを受け取り、新たなグラスを取り出すと、ウイスキーと冷やしていないミネラルウォーターを同量、注ぐ。
     トワイスアップ。
     まだサンクレッドが自身を「私」と言っていた頃、はじめて注文を受けたときには、いかにも見た目に相応しい、洒落た飲み方をするものだと思った。今はそういった感慨はない。ただの恋人の好みである。なんなら飲み方に本人が負けているような気さえする。
     畏怖も、憧憬も、距離感も、どんどん剥がれ落ちていく。互いに無様を晒していくのが、毎日、楽しくて仕方がない。きっと、リーンとも、似たような関係を築いていけるはずだ。確証はなくとも、サンクレッドの娘なのだから、予感がある。
     グラスを差し出し、受け取った手に、ほんの一瞬、指を絡める。そういうことをここでするなと言いたげにちらりと睨む目が、ここでなければいいという許しを孕んで、愛おしかった。
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