当日。「……随分と大荷物だな」
「いろいろあって……」
十二月二十六日。当日。
大量の荷物を両手に持つメイに、雪原は目を丸くした。
せっかくたくさんの意見をいただいたので、全部盛り込もうとしたらこうなってしまったのだ。
雪原は戸惑いつつもメイの持っている手荷物を受け取り、部屋の中に促す。
あまり部屋に帰らないと言っていただけあって、室内は殺風景で必要最低限の物しか揃えられていない。
メイはローテーブルの近くにちょこんと座ると、同じように腰を下ろした雪原を見た。
「ええと、ちょっと準備したいので目をつぶっててもらえますか」
「準備?」
「はい。お願いします」
「……わかった」
有無を言わせない勢いで頷くと、雪原はやや訝しげな目をした後で素直にまぶたを閉じた。
――よし。
あまり長く待たせてしまうのは申し訳ないので手早く鞄を開け、中身を取り出していく。
そうして準備すること数分。
「おまたせしました」
ふうふうと肩で息をしながら告げたメイに、雪原は眉を寄せながら目を開けた。
「……息があがってないか?」
「ちょっと風船を膨らませていたので……」
言われて、ようやく雪原は自分の部屋の状態に気がついたらしい。
あたりに散らばるカラフルな風船。
テーブルにはサボテンの形をしたケーキと、山積みになった焼き鳥。
「すごいな……」
「みなさんにいろいろアドバイスいただいたんです」
ぱちぱちと瞬きをする雪原に笑顔を向けて、メイは手近にあった風船をひとつ突いて雪原のほうへ飛ばす。
「ええと、まずこのバルーンは空田さんと風晴さんからですね」
あのあと空田と風晴がそろって風船を買ってきてくれたのだ。
数字やつも買おうとしたら風晴に止められた、と空田が口を尖らせていたのは記憶に新しい。
「で、ケーキと焼き鳥は東海林さんとナイトさんです」
ローテーブルに並べられたケーキと焼き鳥を手で示す。
おいしい焼き鳥屋さんを教えてくれたのは東海林だ。今日ここにくる前買いに行くのを手伝ってくれたのはナイトで、途中まで荷物も持ってくれていた。
「ケーキのレシピは火村さん、デザインは直が考えてくれました」
日数の少ないなか、一切妥協せずレシピを考案してくれた火村と、かわいらしいデコレーション案を考えてくれた直には頭が上がらない。
実際に作るときも二人が手伝ってくれたおかげで、サボテン型ケーキは文句なしの出来栄えである。
「あとは……あっ、歌います!」
「唐突だな」
「ちょっと音楽鳴らしますね」
首を傾げる雪原に断って、スマホから昨夜秋元から送られてきた音源をタップした。
サックスの音色で前奏が軽快に流れ、それに合わせてタンバリンが鳴らされる。裏打ちのようになっているのは意図してのことか否か。
程なくして夏井の歌声が聞こえてきた。
重ねるように口ずさんで手拍子。
顎に手を当てた雪原はいったい何を考えているんだろう。
ちょっと恥ずかしくなりつつもしっかり歌いきると、雪原がゆっくり口を開いた。
「……夏井が歌っているのか」
「はい。サックスは秋元さんで……」
「じゃあ微妙に拍のずれたタンバリンは春野だな」
「そうです」
――やっぱりあれは裏打ちじゃなくてずれていたのか。
妙な味を出していたタンバリンの音を思い出して小さく笑いがこぼれた。
「ということで、あらためて。お誕生日おめでとうございます」
なんだか締まらないものになってしまったが、仕切り直してプレゼントを雪原に差し出す。
「食パンの耳と……これは?」
透明な袋に詰め込みかわいいリボンを結んだ食パンの耳セットと、濃紺の包装紙でラッピングされた小さな箱を雪原は不思議そうな顔で受け取った。
「シガレットケースです。煙草よく吸ってらっしゃるので」
「いいな。ありがとう」
ふっと表情を緩めた雪原にひとまず安堵する。
「……山神さんからのアドバイスのおかげです。あ、食パンの耳はハト用ですからね」
「そうか……。いや、ありがとう」
何か思うところがあるのか箱の表面を長い指がなぞった。
メイはその様子を眺めつつ、今日一番の課題点に向かい合う。
――はたして。
「これは喜ぶのかわからないのですが……」
「なんだ?」
どきどきと心臓が大きく鳴る。
膝の上で拳を作り、深呼吸をひとつ。
「カズくん、好き……はーと……?」
ハートマークが重要とは言われていたが、いざ言うとなるとハートマークの付け方がわからない。
思わずそのまま口にしてしまい、雪原が心底不思議そうに首を傾げた。
「はーと?」
「ええと……結城さんがハートマークが重要だって言っていたので」
メイの答えに納得したのかしていないのか微妙な顔になった雪原に、今度はメイが疑問符を頭に浮かべる。
「ああ……その台詞が結城さんからってわけじゃないよな」
「えっ、それはちがうと……、ええ……どうでしょう……」
訊かれてすぐさま否定をしようと声をあげたが――え、どうなんだろう。
自分がなにか勘違いしていただけで、『カズくん好き♡』というのは実は結城から雪原への伝言だったんだろうか。
結城ならあり得る……とメイが神妙に頷いたところで雪原が口を挟んだ。
「君は、どう思っているんだ?」
メガネの奥の瞳がまっすぐにメイを刺す。
窺う視線にメイは改めて姿勢を正して、雪原に向かい直った。
「……大好きです、和哉さん」
大きな手をぎゅっと両手で握り込む。
あたたかくて優しい手だ。何人もの人を救っている素敵な手。
「生まれてきてくれて、私と一緒にいてくれてありがとうございます」
好きな人の誕生日をお祝いできることがこんなに幸せなものだと思わなかった。
雪原の誕生日なのに、自分がプレゼントをもらったような気持ちでメイは頬を緩ませる。
それを見て、雪原も小さく目尻を下げた。
「俺のほうこそありがとう」
ちらりとテーブルの上や辺りに散らばる風船たちに視線を投げる。
「こんなにたくさんプレゼントをもらったのは初めてだな」
穏やかな顔のまま雪原は視線をメイに戻して、ゆっくり指の背でメイの頬に触れた。
「君も、今日はなんだか雰囲気が違う」
「あ、これは……ジョージさんが」
「なるほど。そういうのも似合うんだな」
目の下あたりを何度も撫でられると、なんとなく気恥ずかしくなってくる。
触れられている頬に熱が集まるのを感じつつ、それをごまかすようにそっと息を吐いた。
「……驚きましたか?」
「ん? ああ」
雪原が手のひらでしっかりメイの頬を包む。
やわらかく目が細められ、鼻先がそっとくっついた。
「自分のためにあれこれ考えてくれていたんだと思うと――かわいくてしょうがない」
そのまま顔が近づき、ぴったりと唇が重なる。
メガネが当たらないよう傾けられた首に愛情を感じて――やっぱり自分のほうがプレゼントをもらってしまっているな、とまぶたを閉じながら考えた。
雪原先生のお誕生日お祝いメモ
・ハトのえさ
・カズくん好き♡(ハートマークが重要)
→サプライズ感があって良い
・バルーン
・手作りケーキ(火村さんに要相談 済)
→野菜ケーキ(植物風?)
・肉
→焼き鳥
・おしゃれをする……?(ジョージさんにおまかせ)
→サプライズの一環
・煙草関連のプレゼント
・バースデーソング(with 特対)
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大成功!