弱み「ーーっと」
ふらついた風間の腕を、咄嗟に掴む。ゆらゆらと重心の定まらない体は、ひとまずバランスを取り戻したようで手を離すと靴を半ば放るように脱ぎ、部屋へと入っていった。
「どっかぶつけんなよ」
見かねた投げた声に返答はない。嘆息して自室の施錠をして、諏訪も風間の後に続いた。真夜中の暗い部屋に、ぱちりと蛍光灯の光が下りる。眩しそうに目を細めた風間は、我が物顔で座していた。
なんだかんだ互いに忙しい身でありながらも、いつもの面子で集まって酒やらを飲み交わしていたのは、一時間ほど前だろうか。風間は普段にしてみれば持った方だったのだろうが、いつも通り早々に潰れ、つまみもそこそこに酒を呷りながらの話は尽きなかった。結局解散したのは、日付も回った頃である。宅飲みだったら朝までコースか死屍累々の二択だったので、それに比べたら健全だろう。
潰れた風間の世話は持ち回りだったが、最近はもっぱら諏訪の係になっている。寺島と木崎は流石に気付いているだろうに、今のところは何も言われていない。落ち着いたらいずれはとは思っているが、風間の普段と変わらぬ様子と一抹の羞恥からか中々機会を逸している。
「すあ」
荷物を置いて上着を脱ぎながらぽつぽつと考えていると、背後から間の抜けた音が鼓膜を揺らした。諏訪が音の方向に首を巡らせると、深紅の視線が一心にこちらへと注がれている。
「すあ。のどが渇いた」
「諏訪、な。言えてねーよ」
風間の横をすり抜けるついでに、いつまで経っても丸みの削げない頬をつまんでおいた。むっ、と不満げな声に満足して、台所へと足を向ける。ついでに脱いだ上着を洗濯かごへと放り込んだ。
水切りバスケットに置かれたままのグラスを一つ掴んで、もう一方でレバーに手をかける。なみなみと注がれた水をまずは己で一気に呷ると、じわりと渇いた喉に染みた。もう一度少し浅めにグラスへと水を注いで、数歩もかからず居間に戻る。
「ほらよ」
こつんと風間の前にグラスを置き、その傍らに腰を下ろした。風間は満足げに頷いて、両手でグラスを支えながら水を飲み干していく。喉がごくごくと動くのを横目に、テーブルにだらしなく頬杖をついた。
ぷはっ、と間の抜けた声を上げて、かつんと少々雑に空のグラスが置かれる。そして、再びいつもより深い赤の目が、諏訪を見据えた。
「すあ、」
また胡乱な発音で名前を呼んで、恐らく近付こうとしたのだろう。風間は一瞬立ち上がる素振りを見せたが、力が入らなかったのか膝をついたまま這ってくる。
「あつい」
それはそうだろう、と思っている間に、ぐっと肩を押された。どうやら酔いが回っていたのは諏訪も同じようで、呆気なく視界がひっくり返る。蛍光灯の光が眩しくて、目を細めると程なく影が差した。
のしかかるように肩に置かれた手が、シャツ越しに熱を伝えてくる。
「っ、んだよ」
無遠慮に諏訪の足を跨いで、結構な重さが腰に乗っかった。我が物顔で諏訪を見つめる風間は、少し屈んでゆらゆらと顔を近付けてくる。
ぱくり、と開かれた口に、飲み込まれるようにキスをされた。ちゅっ、ちゅっ、と稚拙な水音が脳を揺らす。耳朶をくすぐるように這う指に、諏訪は息を詰めた。
「すあ、口をあけろ」
しばらくぬろぬろと諏訪の唇を舐めてよだれまみれにして、少し不満そうに風間が言う。
「……あー、わーったから引っ張んな」
肩口の服をぐいぐいと引くのを諌め、あ、と舌を見せた。満足そうに風間は目を細めると、あんぐりと噛みつかれる。合わさった口から差し入れられた舌が、諏訪のそれに絡まった。
耳朶を弄くっていた手が、セットしてから大分時間の経った髪を更にかき乱す。ざらついた舌を擦り合わせる度に、びりびりと快楽が下腹部に集まるのが分かった。それを助長させるように膨らんだ風間のものが服越しに熱を押し付けてくるのも堪らない。
風間の舌に吸い付いて、ぐずぐずと注がれる唾液を飲み下す。そろりと背中に手を回すと、ふっと息が濡れた口元を撫でた。
どれくらいそうしていたか、快楽によって意識が膜でくるまれたようにぼやけている。わざとらしいリップ音と共に、風間が顔を離した。息継ぎもおざなりに没頭していたせいか、荒く呼吸を繰り返す。
ふと、顔を上げた風間が俯いていることに気がつく。
「おい、かざ」
ま、まで言い切る前にその体が再び倒れ込んできた。だが先と違い、まるで糸の切れたような勢いだった。しっかりと諏訪の肩口に額を押し付けて、ぎゅうと強い力で腕が体に巻き付く。
呆気に取られている諏訪の耳に届いたのは、憎たらしいほどに健やかな寝息だった。起き上がる気力はとうになく、眉間を抑えて呻く。酔っ払った風間は二人きりの時に吹っ掛けるだけ吹っ掛けてきて、最後にはぷつんと眠ってしまうのだ。中途半端に高められた諏訪だけを置いて。
もう完全に腕も放り出して、諏訪は大の字でため息をつく。いつもこうだと分かっていても、布団に放り投げることをしないのは諏訪自身だ。
すあ、と舌ったらずに呼ぶ音が、普段は糸を張ったような声を甘く蕩かしているのが、どうしようもなく好ましくて仕方がない。
風間の黒髪をもしゃもしゃと撫でると、その口が動く。要領を得ない寝言を吐いて、諏訪にまたすり寄った。最初から最後まで、諏訪の負け試合である。手探りで引き寄せたリモコンで、諏訪は部屋の電気を落とした。