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    人生は沼だらけ

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    人生は沼だらけ

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    奈良当小説。エワ即売会(9)展示。○○しないと出られない部屋。

    ##イベント
    ##奈良当

    恐ろしいこと 無機質な白い部屋。
    「おー、まじかこれ」
     暢気な声が隣から響く。黙殺。
     格子状のタイルで囲まれた部屋。扉一つしかない空間に、奈良坂と当真は立っていた。
    「……これが、あのトリガーバグなのか?」
     頭痛を堪えながら奈良坂がそう絞り出すように言うと、当真はけらけらと笑う。
    「だろうなぁ。トラップの暴発って触れ込みだったが、開発室でふざけて作ったやつなんだってさ」
     嫌な補足情報は恐らく当真の隊長からだろう。奈良坂は重いため息を吐き出した。

     一週間ほど前だったか、隊員にトリオン体のバグと使用上の注意が勧告された。内容は、トリガー起動時にトリオン体がボーダー内の仮想空間に飛ばされてしまうというものである。
     安全上は問題はないが、戦闘用トリガーを使用することができず、破壊も不可。通信も外部からの接触を待つしかなく、トリオン切れを待つのみ、という代物だ。
     ただ一つ、扉に記された指令。それをクリアすれば簡単に出ることができると、注意事項には書かれていた。

     当真の言い草から考えて、元は近界民の尋問用のものを改良または改悪したのだろうな、と現実逃避をする。

    「まあ、このままここにいるわけにもいかねえだろ」
     珍しくまともなことを言う当真に、視線を向けた。くあ、と伸びをした当真は、普段の様子と少しも変わらない。
    「……あんたに言われるとはな」
    「どういう意味だよ」
     にやりと当真が口角を上げる。ふんとそこから目を外し、奈良坂は扉へと向き直った。
     見たところ、指令のようなものは書かれていない。奈良坂の眉間に皺が刻まれる。
    「とりあえず出られるか試してみようぜ」
     当真がおもむろに扉へと手を伸ばした。危険がないとはいえ不用意だと制止しようとするが、それより前に扉がふっと変化する。

    「ああ? なんだこれ」
     最初に声をあげたのは当真だった。奈良坂は黙ったまま、否何と言っていいのか分からないが正しい。扉に刻まれた文字列を見つめていた。

    『相手に言いたくないことを一つ言う』

    「ヤんないと出られない部屋じゃねえんだ?」
    「……当真さん」
     諫めるように睨むと、ふっと当真が笑み崩す。
    「それだったら早かっただろ」
     簡単に言ってのけるさまに、頭痛が酷くなったような錯覚がした。
    「こんなところでできるか。それに、こっちの方が時間はかからない」
    「へえ。じゃあお前なんか思いつくの?」
     その言葉に従って思考を巡らせる。しばしの逡巡の後、奈良坂は緩慢に口を開いた。
    「あんたのことは、スナイパーとして尊敬はしている」
     一抹の居た堪れなさと共に口にすると、わざとらしく当真がひゅうと口笛を吹く。当然だろう、という顔が憎らしい。

     ブブーッ。

    「……はあ?」
     静かな部屋に響く、間の抜けた音につい剣呑な声が出た。
    「っ、くく、駄目だってさ」
     くつくつと笑う当真に歯噛みし、再び回答を絞り出す。

    「べたべたと他人にくっつくの、やめてくれ」
     ブブーッ。
    「……あんたの顔が好きだ」
     ブブーッ。
    「……顔だけじゃない」
     ブブーッ。

     結果として奈良坂は頭を抱えることとなり、当真はけらけらと腹を抱えて笑うことになった。

     結局一度も正解を導き出せていない。そもそも何を基準に正解を選んでいるのか、自分のことなのだから自分が知らないはずがない、など様々な葛藤が脳内を駆け巡る。
     奈良坂が扉と格闘している間、当真は一つも回答していない。
    「あんたは何かないのか」
     万策尽きたとばかりに、当真を睨むと珍しくその視線が逸らされる。それに違和感を感じる間もなく、ぱかりとその口が開いた。

    「お前は、生きてるうちにゃ俺には勝てねーよ」

     似つかわしくない、淡々とした声色。それに滲む感情を、上手く取り切れない。
     ピンポン、と小気味よい音が部屋に落ちる。部屋の空気から、乖離したように空々しく響いた。
     珍しく、当真の表情に笑みは薄い。
    「俺だって、自分の実力は理解している。それに分別も多少はある」
     当真の言っていることなんて、それこそ今更だ。だからこそ、その当真の躊躇は、払拭しなければならない。
    「それでも、俺が諦められると思うか?」
     挑むように当真を見据えると、当真が顔を上げる。奈良坂を見つめるその目が、一瞬だけ幼げに見開かれた。
     そして、その表情が分かりやすく綻ぶ。ふっと当真は眉尻を下げ、口元を緩めた。変遷に、浮きたつ心があった。

    「そうかよ。……なあ、お前は?」
     いつもの調子を取り戻したのか、当真が奈良坂に投げかける。
    「気分いーから、なんでも聞き流してやるよ」
     鷹揚なようで尊大に笑って、当真はひらひらと手を振った。
    「俺は――」
     そんな当真に促され、おずおずと奈良坂は視線を彷徨わせる。そしてゆっくりと手を伸ばした。
     その、肩を掴む。
    「あんたが遠征に行くたびに、言いようのない感情を抱く」
     浅く、呼吸を繰り返した。当真はじっと奈良坂を見下ろしている。
    「俺のいないところで死にはしないか、今が最後になりはしないか」
     音は鳴らない。だから当真も、それを待っていた。当真の肩に込めた力が、奈良坂の意志とは関係なしに強くなる。

    「いっそあんたが」

     苦しげに、奈良坂は息を吐いた。溺れながら、それでも息をしようと藻掻くように、肩口の手を当真の首へと滑らせる。
     凹凸のはっきりとした、生白い喉元。

    「知らない誰かに殺されるくらいなら、俺が――」
     続く言葉に、当真は口角を上げた。喉にかかる手は、圧迫感しか与えず苦しいだけだろう。それでもである。
     ピンポン。二回目の音に次いで、無機質な扉が微かな電子音を立てて、ゆっくりと開いた。
     はっと、手を離す。たらりと、背を冷たい汗が伝った。眩暈のような感覚に、息を呑む。すると、奈良坂の顔に影が下りた。
     柔らかで、少しかさついた感触は、慣れ親しんでしまったそれである。はむ、と唇を食まれ、ちゅ、と甘やかな音を残してそれは離れていった。

    「続きは後でな」
     呆気に取られた奈良坂を残し、当真は踵を返す。それをぼんやりと目で追っていると、後ろ姿の当真が喉を軽く擦った。
     そこに先程の奈良坂の無体の痕跡はない。力が入っていたとは思うものの、元より痕などつけるほど力はかけていなかった。

     ただ、当真の指先の動きが、首元を這わせるような、添えられていた感触を確かめるような、そんな動きに見えてしまったのだ。

     ぞくりと、身の内に沸き立つ欲を、自覚する。

     受容されるということは、恐ろしいことだ。
     際限のない欲に喉を焼かれる。奈良坂ははっと。当真を追いかけて部屋を出た。
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    人生は沼だらけ

    MENU5/4 スパコミ 超吾が手に引き金を2023 にて頒布される、二犬合同誌に参加させていただきます。
    東2ホール ヌ19a「アルマの名前」(佐々川ささらさんのスペース)で頒布予定です。

    タイトル:Rendez-vous
    頒布価格:700円
    規格:A5/54P
    執筆者:佐々川ささらさん(イラスト) / くみこ・+さん(小説) / 人生は沼だらけ(小説)

    本文は私の分の冒頭サンプルになります。
    合同誌「Rendez-vous」サンプル 低く唸る自動ドアをくぐり、息をつく。自分と同じようにビルから吐き出される人波に乗って、そのまま通りへと歩き出した。腕時計を確認すれば、時刻は既に夕方頃。今日は他に予定もない。それでも思ったより長引いたと、肩の力を抜いた。ラフな格好でいいとはいえ、気を抜くことはできない。白い息を吐きながら、駅へと足を向けた。
     二宮も大学三年になり、既に一月半ば。来年の卒業に向けて、ボーダーでの防衛任務に加えて忙しい日々が続いている。就職先はほとんどボーダーで内定しているとはいえ、見聞を広めることは悪くない。今日もインターンの説明会を受けるために、三門から二駅離れたこの街に足を伸ばしていたのだ。
     丁度帰宅ラッシュか何かと被ったのか、随分と人通りが多い。だがその煩雑とした喧騒の中、とびきり高い金切り声が耳に飛び込んできた。
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