「……さっむ」
目が覚めたのは、温かい布団からはみ出た足がいやに冷たかったから。ベッドの中で身を捩ると、体が何かに当たる。回らない思考のまま体を起こして、目を擦った。
くあ、と欠伸を一つ吐く頃には、毛布からはみ出た足が素足であることに気付く。そりゃ寒いと、隠岐は足を戻した。
別段隠岐の寝相は、悪い方ではない。ベッドなんかで寝ていても、寒くて体を丸めることはあってもはみ出すなんてことはほとんど記憶になかった。昨日そんなに疲れていただろうかと、曖昧な記憶を手繰る。その時、横でうめき声がした。
びくりと体を跳ねさせて、ベッドの端に寄る。その時ようやく、隠岐は自分の横で毛布が膨らんでいることに気付いた。
咄嗟に見回した室内は、朝の薄暗さでも分かる。何度も訪れた、水上の部屋だ。
隠岐の頭で、ベッドが狭いことや下半身がパンツ一枚なことがかちかちと繋がっていく。極めつけは、正直気付きたくはなかったが腰に僅かな鈍痛を感じることだ。
「ほんまに腰痛なるんやなあ」
のんきな声は、水上を起こすには至らなかった。
始まりは何だったか。
隊室ではしないものの、二人きりであれば学生らしく下世話な話をすることもあった。おかずはなんだとか同級生にDVDを押し付けられただとか、そんな話をしていた気がする。
昨日はとても寒くて、まだ季節は秋だというのに酷く冷える日だった。だから、お互いに手を伸ばしてしまったのかもしれない。
その上、隠岐は水上に片想いなんてものをしていた。女の嬌声が部屋に流れていて、目の前に好きな相手がいる。妙な空気にあてられた隠岐に、正常な判断能力なんてあるはずもない。
『男同士でもセックスできるんやって、知ってました?』
そうけしかけたのは隠岐で、受け入れたのは水上だった。
思い出した記憶は曖昧で、それでもふわふわと隠岐の意識を持ち上げる力があったのだけは確かである。
浮ついた気持ちのまま水上を起こせば、元来の寝起きの悪さと全て覚えているのだろう渋い顔で頭を抱え始めた。
「……まあ、お互いなかったことにするのが懸命か?」
ベッドに胡坐をかいた水上がぼやいた。
俺は抱いた側やから、んなこと言えるんやけど、と付け加えられたそれに、隠岐は少し強張った肩の力を抜く。謝られたら嫌だなと漠然と思っていたからだ。
呻きながら頭を掻く水上は、それなりに頭を悩ませているようだったがそこに悲壮感は見られない。
「先輩は、嫌やったんですか?」
なるべく平静を装って隠岐が尋ねると、水上はなんとも言い難い顔をして、視線をベッドの端へと放り投げる。
「あー……、別にそういうわけやないけど」
言葉を濁す水上に、隠岐は握った手のひらに爪を立てた。
「俺は、正直悪ないなって思いました。痛かったけど、後の方は気持ちようなったし」
水上がぱちぱちと瞬きをして、隠岐の顔をまじまじと見つめる。それに臆さないように、口角は上げたまま。こういうのは得意なはずだと自分に言い聞かせた。
「先輩がよかったら、またしません?」
誰にも言えなかった想いと高揚感が、隠岐の背中を押している。失態でもあったが、チャンスでもあると思った。仲の良い先輩後輩である自覚はある、でもそれは生駒や海も同じだ。水上は、一見近寄りがたいが一度懐に入れたものには甘い。
そんな相手を好きになってしまったのだ。もう一つ隠岐は踏み込みたかった。その関係性に貼られるラベルが、恋人というものでなかったとしても。
「お前がええなら、ええけど」
ため息混じりに吐き出されたのは、それでも了承の言葉である。内心ガッツポーズをしながら、それをおくびにも出さず、ほなよろしくってことで、と返した。
「とりあえず服着ましょか」
撤回されては敵わないから、さっさと話題を変えてしまおう。隠岐が立ち上がろうと、少し覚束ない仕草でベッドから足を投げ出す。
「……俺も思ったよりよかったかもしれんわ。初めてやったんやけど」
背中に投げつけられた言葉の一つにだって、隠岐は嬉しくなってしまうのだ。
「俺も、後ろは初めてですわ」
振り向かないまま、ついこぼしてしまって水上に小突かれる。隠岐は小さく笑った。作ったものではない、自然とこぼれたものである。
それから、お互いの気分が合う休日の前日に、隠岐は水上とセックスをするようになった。