Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    人生は沼だらけ

    ☆quiet follow
    POIPOI 24

    人生は沼だらけ

    ☆quiet follow

    二犬小説。習作。◯◯しないと出られない部屋。エロではないし、気持ちのいい話ではないかも。

    ##二犬

    不可解「困ったな」
     犬飼は首を捻る。それは珍しく、誰かに向けた言葉というよりは、自然とこぼれ落ちたという方が相応しい声色だった。
     目覚めたのは柔らかなベッドの上で、勿論記憶にはない。簡素なワンルームに、そこそこ場所を取るダブルベッドが置かれていて、その上に犬飼は横たわっていた。体は見慣れたスーツ姿のトリオン体で、武器は問題なく起動できる。他に持ち物はなし、と確認したところでふと傍らから聞こえた微かな気配に、銃トリガーの引き金に指をかけた。
     が、その警戒はすぐに解かれることになる。ふかふかの布団に埋もれるようにして見えなかった寝息の主が、犬飼の隊長であったからだ。
    「二宮さん」
     返事はない。犬飼と同じトリオン体で、胸が呼吸によって上下してることを確認し、胸を撫で下ろす。ひとまず敵襲の様子はない。犬飼の中の優先順位が、この部屋の安全を確保することに切り替わる。
     室内にはドアが一つ。四方を白い壁に覆われて、床は板張りの簡素な部屋だ。窓の類いはなし。それと、先ほども確認したがダブルベッドが一つ。二宮がすっぽり布団で見えなくなるくらいだから、相当大きいものだろう。今のところトリオン兵のようなものはいないし、人の気配も二人以外になし。そこでようやく息をつく。
     そして、意識的に思考の外に追いやっていたものに視線を移した。ぎしっと、フローリングを踏みしめる。ベッドから腰を下ろし、がちゃがちゃといささか乱暴にドアノブに手をかける。鍵穴はなく、押しても引いてもさっぱり開きそうになかった。犬飼が途方にくれて、肩を落とす。そうすると嫌でも目に入るのだ、ドアの上部に貼り付けられた白いパネル。そこに書かれている文言が。

    「……誰か一人死なないと出られない部屋、ね」
     手を伸ばして、その表面をこん、と叩く。金属製の冷たい感触が、伝わってくるだけだ。ペンキか印刷か定かではないが、文字が変わることもない。
     苦し紛れに、自身の頬を摘まみ、軽くつねってみる。トリオン体のせいで痛みはない。それでも感触は確かにあった。
     ベッドの方へ歩み寄り、眠るその人を見下ろす。最近は目の下の隈が酷かったのだが、トリオン体だからか影も形もない。
     浅く息を吐き、一歩、二歩と後退する。アサルトライフルを構え、アステロイドをこめた。引き金に再度指をかける。迷いは、なかった。



     タタタタッ。小気味良い音が微睡みの奥から、鼓膜を揺らした。それに吸い寄せられるように、意識が持ち上がる。
     柔らかな布団の感触。次いで、白い電灯と思しき光が、瞼を焼いた。渋々と瞼を押し上げ、ぼやけた視界が段々と焦点を結ぶ。眼前に広がるのは、明らかに自室ではない白の天井だった。
     反射的に体を起こす。するとベッドの側に腰かける影がこちらを向いた。
    「あっ、起きました?」
     聞き慣れた軽い声色がして、ひらひらと手を振って見せる。
    「おはようございます? 二宮さん」
    「……犬飼、ここはどこだ」
     二宮がベッドから身を起こし、周囲に視線を巡らせた。四方を白い壁に囲まれている。目測で六畳ほどの部屋は、ほとんどがベッドによって占領されてしまっていた。ドアが一つだけあり、その上に書かれている文字が目に飛び込んでくる。思わず、顔を顰めた。
     一方犬飼は、朗々と状況を報告し始める。
    「俺も目が覚めたらここにいました。ドアに鍵はないし、びくともしないですね。トリオン体の内部通信も動いてないですし、そもそもトリガー以外何も持ってないので連絡手段もないです」
     原因不明、今のところここがどこかも分かりません。そう言って犬飼は締め括った。二宮はそれを受け、忌々しいと舌を打つ。
    「トリガーによる攻撃は」
    「したけど意味はなかったです」
     犬飼が首を横に振った。その腰かけた姿を観察すると、ブレザー姿のようで二宮はすぐに疑問を口にする。
    「トリオン体は」
    「節約のために解きました」
     事もなくそう言った犬飼に、二宮は表情を歪めた。衝動のまま、犬飼を睨むように見据える。
    「換装してみろ」
     二宮はそれだけを告げた。沈黙が部屋に落ち、一分も経たぬうちに犬飼が両手を上げた。顔には、少し困ったような表情を浮かべている。
    「……すみません、嘘つきました」
     はあ、と二宮はため息をついた。その様子に少し安堵したような様子を漂わせる犬飼に、反省の色は薄い。
    「さっきの銃声はお前だな」
     目覚める前に聞こえていた銃声。それは、ランク戦や防衛任務で耳に馴染むほど聞いているものだった。一瞬夢かとも思ったが、あまりに状況と合致している。
    「はーい」
     気の抜けた声に、苛立ちが募った。
    「……大方予想はつくが、何を試した」
     二宮の言葉に、犬飼はドアの上の文字を指差す。頭痛が増すような心地がした。
    「トリオン体だとカウントされるのかって、とりあえず試してみたんです」
    「状況も把握できていない状態で、不確実なことをするな」
     苦言にも犬飼は少し口を尖らせて、一応確認はしてます、と小さく反論をする。それを視線だけで黙らせると、犬飼が眉尻を下げた。
    「確かに、俺だけベイルアウトして二宮さん置いて行ったら、それはそれで良くない状況でしたね。すみません」
     その上吐き出したのが見当違いの反省であることが、また二宮の神経を逆撫でする。
    「そういうことを言ってるんじゃない、大体お前は――」
     もう一度状況を確認しながら、報連相についてとつとつと語っておいた。それが効いているのかいないのか、それどころではないから今はよしとする。



     結局二宮に説教をされながら、また部屋を一から確認することになった。
     換装した二宮が壁に攻撃して見ても、浅い傷が残るだけ。扉はびくともしない。このまま削っていけば、トリオン切れの方が近いと壁を破壊するのは断念した。
     だからといって、書かれた言葉通りにするわけにはいかない。助けを待つと、部屋で過ごす時間が長くなるたびに、二宮の機嫌が降下していくのが分かる。時計もない部屋で、体感半日ほどが経った頃、おずおずと犬飼は口を開いた。
    「このまま耐えるにしても、ここには水もないですよね」
     ベッドに腰かける二宮が、ぴくりと肩を揺らす。犬飼の忙しない思考が、二宮とベッドに並んで腰かけるだなんてなんだか不思議だと宣った。確かにそうだが、この状況を踏まえると楽しい状況だとはとても言えない。心中を宥めつつ、二宮に向き直る。
    「そうだな、食料の類いもない」
     諦観に満ちた声だった。そう、きっと二宮も、犬飼と同じことを考えているのだろう。この人は優しいから、それを口に出せないでいる。ならば。
    「助けを待つような時間はそんなにない。今日一日は待ってみるとしても」
     そろりと、と犬飼は二宮の顔色を窺うように身を屈めた。
    「二人で餓死するくらいだったら、一人でも出られた方がいいですよね?」
     そう言って二宮の顔を覗き込んだ犬飼は、息を呑む。ぐっと胸倉を掴まれ、強い眼差しが犬飼を射抜いた。その表情には、強い怒りが滲んでいる。
    「ふざけるな!」
     そのまま突き飛ばすように、ベッドの外に放り投げられた。
    「いった……」
     強かに尻を打ち、犬飼は思わず呻き声を上げる。
    「俺がトリオン体じゃなかっただけ、有難いと思え」
     その声に、犬飼はベッドの上を見上げた。二宮は渋面を浮かべていて、先ほどまでの怒りと、呆れと、その他色々なものが混ぜこぜになった顔をしている。
    「だって、じゃあ他にどうしろって言うんですか」
     地についた手に力が入り、冷たい床に爪を立てた。考えれば考えるだけ嫌な想像をしてしまう。犬飼だって、どうしたらいいのか分からなかった。
    「あんたが死ぬなんて、俺見てらんないのに」
     犬飼の言葉に、二宮がくしゃりと顔を歪める。そして乱暴にベッドから立ち上がった。
    「おい、立て」
     そう言って乱暴に犬飼を引きずるように立たせる。ちょ、ちょっと、という抗議の声も、二宮は聞き入れない。引きずるように犬飼を立ち上がらせて、部屋を示すように顎でしゃくる。
    「なんですか今度は」
    「この部屋の隅から隅まで探せ。少しでもいい、手掛かりを見つけろ」
     そう言って二宮は、自身も端から壁を確かめるように探り始めた。
    「分かりました」
     犬飼は膝を折って、床から確認していく。二宮に背を向けるような形にはなるが、正直今はどう接していいのかが分からない。逃げる訳ではないが、互いに頭を冷やすべきだと思ったのだ。
     フローリングの感触、どこかに違和感がないか指先に神経を集中させる。少しして、背後から言葉が投げられた。
    「見ていられないと言ったな」
     ずきりと心臓が痛む。そうだ、二宮が苦しんで、そうして死んでしまうなんて、犬飼は少しだって考えたくなかった。だというのに眼前でそれを見るなんて、そうするくらいならいっそ、などと浅慮なことは分かっている。だがそう思わずにはいられないほど、それは犬飼にとっては恐ろしいことなのだ。
     喉が詰まったように、言葉が出ない。だが犬飼の耳は、二宮が小さく息を吸う音を拾い上げた。
    「それならどうして、お前は相手もそうだと思わないんだ」
     らしからぬ湿った声に、弾かれるように顔を上げる。込み上げてくる感情を、胸をつくそれを、犬飼は知らない。恐る恐る振り返ろうと、地面に手をつく。
     その瞬間、指先が床の、違和感を手繰った。
     ぼこりと、薄く、本当に薄く床が盛り上がっている。指を、その木目に沿うように這わせた。殆どが無意識だった。
     そして、さり、と指の腹に引っかかる感触に叫ぶ。
    「二宮さん、ここ! なんかあります!」
     振り返ると、二宮が犬飼の声に、こちらに近付いてくるのが見えた。バレないように少しの安堵を飲み込んで、件の床を指差した。角から二十センチほど離れ、壁からも僅かに遠くて一見して分かりにくい場所である。
    「ここだけ木目がフェイクだな」
     目を細めた二宮が、そう嘆息した。なるほどと犬飼は、先ほどの引っかかりに爪を立てる。根気よくかりかりと引っかいていると、段々とその端が捲れてきた。
     そこにあったのはプラスチックの箱である。それが床に作られた四角い隙間に、綺麗に嵌まっている。慎重にそれを取り出すと、中には小さなラッドが入っていた。
     無機質な目が、まるで犬飼と二宮を観察するように周囲を窺う。これ、と二宮を見るその瞬間、二宮の体が光を帯びた。
    「トリガーオン」
     後は一瞬である。即座に換装した二宮は、次いでアステロイドをその小さな箱へと幾つも放った。ラッドは逃げる間もなく、見るも無残な残骸へと成り果てる。それこそ瞬きのように、全ては成された。
    「……ネイバーからの攻撃、だったんですかね?」
     おずおずと犬飼が口にすると、がちゃりとドアから小気味よい音が鳴る。二人して振り返り、この部屋で目覚めた瞬間から言い渡されていた指令が達成されたことを自ずと理解した。
    「さあな」
     それだけ言って二宮は立ち上がる。犬飼も慌てて腰を上げた。すぐにドアへと向かう二宮を追って、犬飼は歩き出す。
    「なんなんでしょうね、この部屋」
     どきどきと今更焦ったように鼓動を刻み出す心臓を隠すように、犬飼は笑みを浮かべて二宮を見た。だが、こつりと拳で軽く小突かれる。
     痛いですよ、と抗議を口にしようとして二宮へと顔を向けた。
    「……出られてよかった」
     ぽつりと、二宮らしからぬ安堵の滲んだ声に、消耗しきったような姿に、犬飼は立ち止まる。今度こそ、何も言えなくなってしまった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    🙏🙏👏👏😭💴💴💴💴💴👏👏🙏💴💴💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    人生は沼だらけ

    MENU5/4 スパコミ 超吾が手に引き金を2023 にて頒布される、二犬合同誌に参加させていただきます。
    東2ホール ヌ19a「アルマの名前」(佐々川ささらさんのスペース)で頒布予定です。

    タイトル:Rendez-vous
    頒布価格:700円
    規格:A5/54P
    執筆者:佐々川ささらさん(イラスト) / くみこ・+さん(小説) / 人生は沼だらけ(小説)

    本文は私の分の冒頭サンプルになります。
    合同誌「Rendez-vous」サンプル 低く唸る自動ドアをくぐり、息をつく。自分と同じようにビルから吐き出される人波に乗って、そのまま通りへと歩き出した。腕時計を確認すれば、時刻は既に夕方頃。今日は他に予定もない。それでも思ったより長引いたと、肩の力を抜いた。ラフな格好でいいとはいえ、気を抜くことはできない。白い息を吐きながら、駅へと足を向けた。
     二宮も大学三年になり、既に一月半ば。来年の卒業に向けて、ボーダーでの防衛任務に加えて忙しい日々が続いている。就職先はほとんどボーダーで内定しているとはいえ、見聞を広めることは悪くない。今日もインターンの説明会を受けるために、三門から二駅離れたこの街に足を伸ばしていたのだ。
     丁度帰宅ラッシュか何かと被ったのか、随分と人通りが多い。だがその煩雑とした喧騒の中、とびきり高い金切り声が耳に飛び込んできた。
    2849

    recommended works