苦手なもの特になし「涼ちんってさ。苦手なものはないの?」
出窓を開けて外を見下ろす涼の背中にたずねた。同じ景観に、変わり映えのしない人々の日常。毎日見ててよく飽きないものだなと思う。涼は毎日、楽しいらしいが。
「んー?」棒付き飴を咥えながら、生返事をする涼。「苦手……」そしてぎこちなく反芻して、渋い顔をしてうーんと天を仰いで唸る。
「あ、ごめんごめん。ないならいいよ。今日これから出かけるだろ? 食事も一緒に摂るだろうし、苦手なものあったら先に聞いとこうかなって思っただけ」
腕を天井に向かってうんと、筋肉を伸ばしてから、窓に張り付いている涼の肩を抱き、なんとなく一緒に外を覗き込んでみる。肌を撫ぜる生暖かい空気と白くてやわらかな光が視界と身体を包み込む。朝特有の清々しいにおいがした。目を細めて注視すると、大都会新宿の道路は乗用車と通勤通学途中の人間が忙しなく混ざり合っていた。
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