春嵐『雑渡さま。まだまだ寒さ厳しいですが如何お過ごしでしょうか。もう間もなく、桜の開花が待ち遠しくなる季節がやってまいります』
一文字、一文字丁寧に書かれた文を見て雑渡の顔が綻ぶ。文字というのは性格が現れるものだ。この短い便りの主は、恐らく背筋をしゃんと伸ばして、硯で墨をじっくり磨り、紙に余計な滲みを出さぬよう丁寧に墨を筆に含ませて、ゆっくりと心を込めて書いたのだろう。ひょっとしたら、気合を入れるあまり呼吸の仕方を忘れてしまっていたかもしれない。そっと文字を指でなぞり、愛しいあの子を想う。
「桜か…風流だねぇ」
「桜なんてまだまだ先です。山の上のほうは雪が積もっていますから」
ぽろりと口をついた言葉に尊奈門が、小さな手で雑渡の身体に巻き終えた包帯の先をきゅ、と結びながら答える。雑渡が尊奈門の父を庇い、火傷を負ったあの日から数えて三度目の桜の季節がやってくる。もう、そんなに経ってしまったのかと時の流れを感じていると「はい、終わりましたよ」と雑渡の看病をつきっきりで行い、気づけば十三歳になっていた少年が、取り替えた包帯をくるくると巻きながら、満面の笑みを浮かべた。
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